69 商人と獣人
暇なら読んでみてください。
( ^-^)_旦~
大きなリュックを背負い森を歩く男がいる。彼はウォルトが頼りにしている商人で、名をナバロという。
年齢は30を越えたばかり。黒髪で中肉中背の体型に、容姿もこれといった特徴はなく至って普通の人といった印象。普段は、フクーベの隣町【タマノーラ】で商人をして生計を立てている。
今回は訪ねるのが遅くなってしまった。ウォルト君も困ってるかもしれない。会ったら謝らなきゃな。
ウォルト君の住み家に向かう途中で、回想する。
★
商人になりたいと思ったのは、いくつの時だったか。商売をしていた両親の影響を受け、物心ついた頃から商人になるのが夢だった。
夢といっても国で一番の商会を作りたいとか、世界を股にかけるような商人になりたいといった大それた夢ではなく、家業を継いでタマノーラで暮らす人々の手助けをして暮らしたいと慎ましく思っていた。
成人を期に一旦故郷を離れて、カネルラの色んな街を巡る旅に出た。行く先々で新たな商品や取引相手を手に入れて、商人としての活動は順風満帆かに思えたけれど、旅の途中でふと実家に立ち寄ったとき、父親の病が発覚する。
大きな病ではなかったものの、気丈に振る舞おうとしても商売を続けるにはかなり辛そうに見えて、家族会議の末に20歳の若さで商会を継ぐことに。
代替わりしても大きな問題はなく、店の運営は順調そのもの。派手さはくても、安定した品揃えと安心の価格設定で町民の信頼も厚く、薄利でも庶民に寄り添って誠実に商売を続けてきた先代達のおかげ。
旅をして新たな取引相手を開拓したこともあり、少しではあるが新たな商品も売買できて、充実した日々を送っていたけれど、旅が性に合っていたのか時折新たな土地に行ってみたいと思うようになる。
少しの期間であれば父も仕事に支障はないようで、「むしろその方が身体にいい」と言われたこともあり、暇を見つけては新たな商品探しの旅に出ることにした。
そして、4年程前のこと。「素材を卸してもらえないか」と街の薬師から依頼を受けて、動物の森に薬草を探しに向かった。
獣や魔物との遭遇に備えて、フクーベのギルドで「高い給料を払ってでも高ランクの冒険者を護衛として雇いたい」と依頼を出したところ、運よくB級冒険者である狐の獣人が依頼を受けてくれることになり一緒に森へと向かう。
なぜかギルド側が「森に行くのなら彼はやめた方がいいかも…」と薦めなかった獣人は、確かな実力で武器を片手に蹴散らす活躍を見せてくれたけど「ちょっと雉を撃ちに行ってくる」と言い残したきり二度と戻らなかった。
任務を放棄するような冒険者には見えなかったけれど、魔物と遭遇したりなにかしらの問題に巻き込まれた可能性もあると思いつつ、『不安を感じていたところで運悪く野犬のような魔物に遭遇した。
気付いたときには既に囲まれて逃げ場もなく、採取用のナイフで反撃しようとしたものの非力な僕の力では精々かすり傷程度しか負わせることができず、魔物の爪と牙で深手を負って満身創痍で命を諦めかけたとき、跳びかかる魔物を突然現れた何者かが蹴り飛ばす。
黒いローブを着た白猫の獣人は、すかさず残りの魔物にも数発の打撃を加えてあっという間に撃退してしまった。
ふぅ…と一息ついて僕に笑顔を見せた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。大丈夫。助かったよ、ありがとう」
「かなり血が出てます。家に戻れば傷薬がありますが…歩けますか?」
「ちょっと厳しいかもしれない…。足が痛くて…捻ったかも」
「わかりました。ボクが背負って行きます」
破いた布を使って手早く止血すると、僕を背負って駆け出した。しばらく駆けたところで、拓けた場所にポツンと一軒家が建っている。
「あそこです。あと少しだけ頑張って下さい」
「大丈夫だよ。ありがとう」
家に着くと、そのまま玄関のドアを開けて中に入る。居間の椅子に座らされて少しだけ待つように言われ、痛みを堪えながら命が助かったことに安堵の表情を浮かべる。
その後、白猫の獣人が戻ってくると手に傷薬らしきものが握られていた。それを指で一掬いして傷に塗り込むと痛みが引いて血が止まる。
「効いてくれましたね」
全ての傷に薬を塗って治療してくれる。塗り終える頃には痛みが引いてかなり楽になっていた。
「あとは自然に治ると思います」
「本当に助かったよ。でも…治療してもらったのに今は持ち合わせがないんだ……。申し訳ない…」
高い回復効果の傷薬が安いモノでないことは即座に理解した。「家に戻って必ず代金を支払う」と伝えようとして獣人は微笑む。
「お金はいりません。困ったときはお互い様です」
笑顔でかけられた言葉に胸を打たれた。先代達が口癖のように言っていた「困ったときはお互い様」という言葉は、今では家訓のように扱われている。頭をよぎったのは父の言葉。
「商人らしくないかもしれないが、人が苦しんでいる時は損得など気にせず助ける。そういう想いで商売してきた。そうすれば、いつか自分達が苦しい時に周りが助けてくれる。俺達はいつだって持ちつ持たれつだ」
商売と彼に助けられたことが結びつくかはわからない。けれど、今までの自分の行動が引き寄せた縁なのかもしれない。
「恩に着るよ。ところで君の名前を教えてもらえるかな?」
「ウォルトといいます」
「ウォルト君。僕はナバロという。タマノーラで商人をやっているんだ。困っていることはないかい?モノが足りないとか」
「困っていること…。塩の在庫がもうすぐなくなりそうで…って、こういうことじゃないですよね」
「いや。だったら僕が届けるよ。他にはない?」
「いいんですか?塩だけで充分で、もの凄く助かります。調味料は大体作れるんですけど、塩だけは買わないと手に入らなくて」
「それはそうだね。いつ頃なくなりそう?」
「あと20日くらいは大丈夫だと思います」
「わかった。それまでに届ける」
「嬉しいです。量を気にせず使えます」
「どれくらいの量が必要かな?1人で住んでるの?」
「2人で住んでます。同居人は出かけてていないんですけど。量はこのくらいほしいんですが…」
必要な量を確認して記憶に留めると、すぐさま帰り支度を整えてタマノーラへの帰路につく。
「心配なので一緒に行きます」
森の出口までウォルト君が同行してくれて、世間話に花を咲かせながら帰路についた。
一旦フクーベに戻ってギルドに立ち寄り、護衛中に冒険者がいなくなったことを伝えた。文句を言いたかったワケじゃなくて、腕の立つ冒険者が急にいなくなって心配になったから。すると、『やっぱりか!』といった反応で受付の職員が平謝りしてきた。
ギルドの説明によると、狐の獣人の実力は折り紙付きだが、とんでもない方向音痴らしい。きっと森をさまよっているけれど、強いので心配いらないと言われてホッとした。
「迷惑をかけて申し訳ない!」と依頼料を全額返金されそうになって、途中までは護衛をこなしてくれたから少しだけでも報酬を渡してもらうようお願いした。
そして次の日。
タマノーラに戻って動物の森で起こった出来事を家族に伝え、店で扱う最上の塩を手にウォルト君の住み家へと向かう。家族には「しっかり恩を返してこい!」と笑顔で見送られた。
その後、約束通りウォルト君に塩を渡すと感謝されて、逆に傷薬をもらうことになった。「いらない」と断ったけど「対価にしてもらいたい」と。
治療に使ってくれた傷薬と同じモノで、ウォルト君が調合したらしい。だから遠慮はいらないし、捨てても売っても構わないと言われた。ただし、売るのであれば1つだけ頼みたいことがあると。
「対価にと言った手前頼みにくいんですが、もしナバロさんが誰かに売るなら新人冒険者でも買える値段で売ってもらえませんか?」
「なぜだい?君の傷薬はそこら辺の薬師が作ったモノより高く売れるよ?」
獣人が作ったと思えない良質な薬だ。実際に傷薬を取り扱っているから鑑定には自信がある。
「この森で倒れた何人かの冒険者を看取りました。皆、新人だったり若かったんです。そういう若者に使ってもらいたいので」
真剣な顔で語るウォルト君に誠意で応えなければと思った。
「そういうことなら君の希望通りにする。でも、僕が高く売ったとしても君にはわからないよ?」
正直に言ったけど、キョトンとした顔で「その時はその時です。ただ、ナバロさんはそんな人ではないと感じたので」と首を傾げた。
商人として信用は裏切れない。「今後も定期的に商品を卸しにくるよ」と約束して森を離れた。
その後もずっと交流は続いて、様々な薬を対価に今でも商品を卸し続けてる。ウォルト君は年々調合の技量を上げて、今や僕の町で評判の傷薬になってしまった。毎回「いりません」と断られるけど、強引に売り上げの一部を渡すのも慣れたもの。
彼の作った傷薬や回復薬は、安価かつ高い効果が評判を呼んで「買いたい」と言う者が後を絶たない。けれど、数が少ないことに加えてウォルト君の意向で新人冒険者や町人に優先的に販売するから入手困難。
それでも、薬が買えなかったお客さんが他の品揃えに満足してくれることも多くて、店の顧客が増えた。
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ウォルト君の住み家に向かう途中で、昔を懐かしんで微笑む。
今では身体を鍛えて森を歩くのも苦にならない。獣や魔物から逃げ切ったり弱い魔物なら倒せるくらい逞しくなった自信がある。
ウォルト君に助けられていなければ、僕はこの世に存在していないかもしれないし、彼の調合する薬は看板商品の1つとして店を支えてくれてる。
依頼品を届けるだけで恩を返せるなんて思ってないけど、せめて遅れることなく最良の品を選んで誠意を届ける。今回は妻の出産に立ち会うという大きな出来事と重なったとはいえ、時機を逸してしまった。
それにしても、通い出して4年以上経つのに一緒に住んでいたという同居人には会うことがなかったなぁ。
ウォルト君が言うには「知らない人に会うのが大嫌い」な人らしく、僕に限らず他人の気配を感じたらそそくさと出掛けていたらしい。そんなことが可能なんだろうか?あの狐の獣人冒険者も息災か気になる。
充分懐かしんだところで、住み家が見えてきた。
かなり遅れてしまったけれど、彼は変わらず迎えてくれるだろうか?おそらくはいらぬ心配をしながら歩を進める。
久しぶりにウォルト君と顔を合わせて遅れてしまった理由を告げると、「おめでとうございます」という笑顔の祝福とともに出産祝いとして「産後、間もない奥様に」と滋養の薬をもらった。きっとよく効くだろうし助かる。
それに加えて、「持ってきた塩と交換したい」と遙かに高価な岩塩を分けてもらうことになって意味もわからず混乱してしまった。
読んで頂きありがとうございます。