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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
689/715

689 結局、聞くことは叶わず

 花街にサマラとキャロルを残して移動するウォルト。


 後で戻ることを2人に伝えてからやってきたのは、フクーベの裏通り。目的はある人に会うため。家のドアをノックしてみる。


「はい~……って、ウォルトじゃないか」

「お久しぶりです。ヨウさん」


 会いにきたのは南蛮の国ナムプールの第三王女ヨウさん。カネルラ刺繍を習得して祖国でも広めたいと修業中…のはず。後ろから婚約者のイダチさんも顔を覗かせた。


「刺繍を教えに来てくれたのか」

「いえ。訊きたいことがあって来ま…」

「入ってくれ」

「ちょっ…」


 ぐいっと腕を掴まれて家の中に引きずり込まれる。居間に通されて刺繍のフープを見せられた。


「上達したろう!」

「上達してます」


 ボクの教えた花を幾つも刺繍して、かなり綺麗に縫えてる。正直ボクの予想より上達が早い。


「どうだ、イダチ!成果ありだな!」


 イダチさんは、ヤレヤレ…といった反応。見事にお尻を蹴られた。


「次は刺繍を繋げる練習をすると効果的だと思います」

「どうやるか教えてくれないか」


 ボクなりのやり方で実演して見せる。


「なるほど…。ウォルトは本当に器用だ。失礼だが、本当に獣人か?」

「紛れもなく猫人です」

「よぉし!早速やるぞ!」

「ヨウさんが覚えるのはこの技法までで充分だと思います」

「なぜ?まだ初歩のような気がする」

「これ以上の練習はカネルラ刺繍を突き詰める形になるので、ナムプール独自の刺繍を編み出すなら分岐点だと思えます」

「なるほど。確かに寄りすぎてはいけない」

「技術を吸収することは大切ですが、独自性が失われては意味がありません。完全な模倣を目指すなら別です」

「君の言う通りだ。カネルラ刺繍の美しい技法に、ナムプールらしさを加えて新たな刺繍を編み出したい。教えてくれて感謝するよ」

「いえ」


 部屋の隅には何十枚も布が置かれていて、ボクが教えた刺繍の花を何百と刺繍してる。ヨウさんの本気具合を感じて、ちゃんと伝えておくべきだと思っただけ。

 トントンとイダチさんに肩を叩かれた。顔を向けると、笑顔で親指をぐっ!と立てる。いい仕事をしたってことかな?


 そろそろ本題に入ろう。


「今日はヨウさんとイダチさんに訊きたいことがあって来たんですが」

「なんだい?」

「今、カネルラにナムプールから知り合いが入国されていますか?」

「ちょっと前までいたよ。私を連れ戻しに来た者が数名ね。追い返したけど、なんでそんなことを訊くんだい?」

「フクーベの花街でズーノシスとエバイル病が流行しています。エバイル病については南蛮地方の病だと認識しているので、なにか知らないかと思ったんです。関係ないかもしれませんが」


 ボクの言葉を聞いたヨウさんの顔色が変わる。イダチさんを睨んだ。


「おい…イダチ…。まさか……」


 イダチさんは外方を向いて脂汗をかいてる。


「お前……やりやがったな!」


 イダチさんに跳びかかったヨウさんは、馬乗りになって殴り始めた。凄い手数で一方的に殴られるイダチさん。ガードを固めてるけどいいのが入ってる。

 

「この…大バカ者がっ!」

「ヨウさん。待って下さい」


 横から両手を掴んで止める。


「離してくれっ!私は…この阿呆共に腹が立って仕方ないんだっ!」

「ヨウさんが怒っている理由はわかりませんが、冷静にイダチさんの話も聞きたいんです。ダメですか?」

「…………ふぅ~~っ!」


 ヨウさんは大きく息を吐いて立ち上がる。細い身体でまるでネネさんのような力強さだった。


「イダチ!お前、一枚噛んでるんだろ!」


 口元の血を拭いながらゆっくり立ち上がるイダチさん。


「私はいつも言ってるよなぁ?!エバイル病は他国に迷惑をかけるって!………「すまん」で済むかっ!この阿呆がっ!」


 口にしなくてもわかるのが凄い。


「伝染させたと知れたら国の評判が落ちる!もう何度目だっ?!ナムプールの男には…阿呆しかいないのかっ!」


 目に見えて縮こまるイダチさん。ボクは内心を読み取れないからちょっと確認してみよう。


「イダチさんは病気の感染に関わっているんですか?」


 コクリと頷いてくれる。


「でも、決まったワケじゃないですよね?違う可能性もあります」

「ほぼコイツらの仕業だよ。ウォルトは知らないと思うが、エバイル病はナムプールが発祥。国民病と言ってもいい。原因は定かじゃないが、南蛮の他の国では勝手に流行らないから間違いない。そして、幾度も他国に伝染させている」

「伝染を恐れては出国できません。現にヨウさんも旅行に来たんですよね」

「エバイル病は出歩くだけでは感染しない。肌の触れ合いから感染することは歴史が証明している。つまり、花街で遊んで伝染させたんだ。厄介なことに、ナムプール人は罹ってもほぼ自覚症状がなく…だからこそ平気で遊ぶ」


 じろりとイダチさんを見た。慌てて全身で否定してるけど、真実は本人のみぞ知る。


「別に遊ぶなとは言わん。我が国の男は、陽気かつ血気盛んで言っても無駄だからだが、せめて他国に迷惑をかけるなと言っているのに…コイツらは平然と無視するっ!腹が立って仕方ない!」


 女性として、王女として思うところがあるんだろう。夜鷹の皆に心当たりを尋ねたら、浅黒い肌の男達を相手にして以降調子が悪くなったと言った。

 気になって確認に来ただけで責めるつもりもない。病が拡大する可能性があるなら止めてもらうよう頼むつもりだったけど。


「夜鷹の皆さんは、ナムプールの客人を面白い奴だったと笑ってました。恨んでもいないと思います」

「人の善し悪しは関係ないんだ。花街は街の治安維持に一役買っている。機能が停止すれば国民に影響が及ぶ。自国でなら許されても、他国ではよくない。長期滞在するならまだしも、短期の移動くらい欲望を制御しろと怒鳴り散らしてやる。イダチ、連れて行ったのはお前だろ?兄上もいたから断れなかったんだろうが」


 中には王子もいたのか。豪快だな。ただ、マッコイのドーランとは違って悪い話は聞かなかった。


 ヨウさんは薄着の上に服を羽織る。


「どこに行くんですか?」

「花街だ。一言詫びねば気が済まない。逞しい女達の仕事を自国の男が邪魔した。こうなる可能性に気付いていながらの単なる我が儘。知らなかったのなら庇えるが完全に故意だ」


 イダチさんがどんどん小さくなる。強い意志を感じるヨウさんは止まりそうにない。必死に国の特産物を生み出そうとしているのに、自国を貶めるような行為は容認できないのかもしれない。


「なぜ我慢できないんだ?エバイル病は、ナムプールに常に蔓延しているが、出国すると半月程度で完治することも知れ渡っている。太古から付き合ってきたナムプール人の体質なのに、その程度すらも欲望を我慢できない。まるで獣だ。イダチ、私は間違ったことを言っているか?」

「………」

「お前は違うことくらいわかってる。…が、私と結婚するつもりなら止めるくらいしろ!阿呆がっ!!」


 イダチさんはバコーン!と殴られて吹っ飛んだ。本当に豪快な王女。


「よし!いざ花街へ!イダチ、案内しろ!知らないとは言わせない!」


 …というワケで、3人で花街に向かうことになった。




 花街に到着すると、また人の気配が消えていた。お腹が満たされて寝ているのでは…というのがボクの予想。とりあえずリタさんだけでも話せるかな?店に向かうと、リタさんはサマラと姉さんと会話していた。


「すまない」


 ヨウさんが事情を説明してリタさんに頭を下げる。


「本来なら全員に詫びるべきだが」

「気持ちよく寝てるよ。王女が夜鷹に頭下げていいのか?」

「私がカネルラに残ったのも原因の1つ。ズーノシスについては不明だが、ナムプールの者が多大な迷惑をかけた」

「いいって。もう治ってるんだ。アンタのせいじゃない。男と女がいりゃ、こんなことしょっちゅうさ」

「お前達は寛大だな」

「アンタこそ。夜鷹にならないか?別嬪だし売れっ子になりそうだ」

「直ぐに男を殴って、稼がない夜鷹になるぞ」


 笑い合う2人。ヨウさんは気が晴れただろうか。


「ちなみに、この無口男は花街で遊んでないか?」

「皆が起きてくればわかるかもしれない。いい男だから相手してれば覚えてるだろ」


 イダチさんはかなり焦って否定してる。その姿を見てヨウさんはまた笑った。


「私はカネルラで刺繍を学んでる。まだ先の話だが、もっと腕を上げたらせめてものお詫びにお前達の衣装を作って贈るよ」

「楽しみにしとく」

「しかし、エバイル病はカネルラでは珍しいだろうに、よく診断できたな。優秀な医者がいる」

「あぁ。医者というより薬師だ。アンタの傍にいるよ」


 リタさんはボクを見る。


「「言ってもいい」って顔に書いてるから言ったけど、よかった?」

「別に構いません」


 直ぐに読まれるなぁ。他国の王族だし、帰国すれば会うことはない。特段驚くことでもないだろう。知識があれば推測できる。


「ウォルトはなんでもできるなぁ。益々ナムプールに誘いたくなる」

「いつか行く機会があったら顔を出します」

「来てくれたらいい女を紹介できるよ」

「間に合ってます」


 ボクの周りにいるのは魅力的な女性ばかり。紹介してもらう必要がない。


「ははっ。…そうだ。博識なウォルトに訊いてみよう。コレがなにかわかるかな?」


 ヨウさんが服をめくり上げると、腹部に痣のように黒ずんだ箇所がある。

 

「近くで見てもいいですか?」

「もちろん」


 接近して観察すると皮膚には異常はなさそう。内側に腫瘍できてるとか、それともミシャさんのように古傷なのか。素人のボクには形や色だけでは情報が少なすぎて診断できない。


「見ただけではわかりかねます。少しだけ触れさせてもらえればわかるかもしれません」

「構わないよ」

「イダチさん、いいですか?」


 断ると頷いてくれる。そっと指先だけ触れて、視認されないよう体内のみに魔力を浸透させて解析する。


「触れている所が微かに温かい…?なんだ…?」


 集中が途切れるからヨウさんの疑問には答えない。『浸透解析』して意外な答えに辿り着いた。


「思い当たる病名はありません。呪術が元でできた痣じゃないでしょうか?」


 皮膚の裏に黒い魔力のようなモノが蠢いている。死後の呪いや預かった呪物で散々見てきたから間違いない。魔力ならぬ呪力とでも言うべきか。


「見抜くとは凄いな。その通りだよ」

「たまたまです。なぜ呪いを受けたんです?」

「ははっ。単なる失敗なんだ」

「え?」

「私が誕生したとき、父上が神の守護を受けるよう聖印を刻むつもりだったらしいが、蓋を開けたら術式を間違えて複雑な呪いがかかっていた…というお粗末な結果さ。まぁいいか!…と放置した適当な我が国の男共に腹が立つワケだよ!あっはっは!」


 豪快に笑ってるけど、ずっと呪いと付き合っていくつもりなのかな。継承権がないから軽んじられたと云えるんじゃなかろうか。


「取り除きたいですか?」

「できればね。痛みはほぼないんだが、見た目が禍々しくて少しずつ範囲が広がってる。付与した術者でも解呪できなくてね」

「では、少しだけ時間を下さい。また少し肌に触れます」

「ん?」

 

 実際に解析して感じた。おそらく術式は完全に失敗したワケじゃない。薬と同じで、良薬にも毒にもなるような術式を掛け違えた結果、複雑に絡んでしまっただけ。

 その証拠に呪力の他に聖なる力のようなモノも混在している。だから痛みが緩和されているというのがボクの予想。つまり悪意のない呪い。


 集中して指先から『解呪』を送り込む。…実際に魔力を送り込んでみると、呪力と聖なる力が知恵の輪のように絡み合って干渉してくるな…。高度な術式だと思える。針の穴を通すように呪力のみ上手く消滅させたい。


 紐解いていくのはやり甲斐がある。


「ウォルト…。君はなにをしてるんだ…?」

「聞こえちゃいないよ。アンタは黙って待ってりゃいい」

「そうそう!絶対悪いようにはしないから!」

「意味がわからないが…とにかく真剣なのはわかる。彼は一体何者なんだ?」

「「只の猫人だよ」」


 ………もう少しで…………よし、解ける。


 黒い痣がゆっくり消滅して、新たに白く美しい印が浮かび上がった。問題なく解呪できたと思う。


「まさか……呪いが解けたっていうのか…?」

「断言できませんが、もう大丈夫かと……うわっ!」


 イダチさんが笑顔で抱きついてきた。とても嬉しそうな匂いをさせてる。締め付ける力が強いなぁ。まさか男にハグされるとは。


「どうやったんだ…?なにかしたようには見えなかった…」

「少しだけ解呪の知識があるので。ありがとうございました」

「なぜ?礼を言うのは私の方だよ」

「ウォルトに礼は一切いらないのさ」

「いらないよね!頼まれてもないのに勝手にやってるし!」


 キャロル姉さんとサマラの言う通りで、やりたかったのは呪いへの興味本位。解きたいという希望を聞いたから、やってもいいと判断しただけ。結果として解けたのはたまたま。


「興味を抑えられなかっただけなんです」

「君は本当に珍しい男だな。そして不思議すぎる。まだ混乱しているが、国に帰ったら付与した術師にこれ見よがしに見せてやろうか!はっは!驚くぞ~!」


 呪術師では解呪が困難だったかもしれない。絡みついた聖なる力が反発してくるから、細かい操作ができる魔力の方が適している。

 

「ウォルト。私とイダチは君と友人になれないだろうか」

「ボクは構いませんが」


 イダチさんも頷いてる。王族でありながら、どんな種族や職業にも理解があり、なにより飾らず驕らない人達だ。ボクを庇ってくれたりと好感を持った。


「君にとても興味がある。友人になれば深く知れるかな」

「知ってもなにも出ませんよ」

「それでもいいさ」

「興味があるのはボクもですけど」

「なに?」


 解呪して以降、ヨウさんが不思議な力を纏ってるのが視認できる。おそらく刺繍が放つ光と同様で、聖職者の力に近いような…。

 でも、見えることは言わない。珍しい獣人と思われそうだし、他国で噂になりたくない。いずれ判明する時がくるだろうか。


「ウォルト~…。どういう意味…?」


 サマラが鋭い視線を向けてくる。


「そのままの意味だよ。ヨウさんに興味があるんだ」

「あっそ…。この浮気者~っ!」

「うわぁっ!なんでだっ!?ぐふっ…!」


 サマラに捕まってぶん投げられた。背中から落とされて息が止まる。痛いっ…!


「はっはっ!ウォルトは女性の気持ちに疎いのか。苦労するタイプだ」

「そうなんだよ!まったく!」


 疎いとかいう問題じゃなく…なぜ浮気者なのかわからない…。サマラのことは好きだけど、ヨウさんに下心があるワケでもないのに…。


「ウォルト。思わせぶりな態度はいけないぞ。ハッキリ口にしないと」

「してるつもりです」


 起き上がるとイダチさんに『そうだぞ』と言わんばかりの反応をされたけど、喋らないイダチさんには言われたくない。


 

 

 数日後、リタさんが住み家に来てヨウさんとイダチさんはナムプールに帰ったことを聞いた。そして、リタさんがボクとヨウさん達を繋ぐ連絡役になると。必ずまたカネルラに来ると言っていたみたいだ。その時はナムプール刺繍の作品を持って。結局、イダチさんは出会ってから一言も喋らず、声を聞くことができなかったな。


 あと、気になるのはズーノシスの感染経路が不明だということ。ナムプールからの入国者に獣人はいなかったと聞いてる。少々気になるけど、要因や感染について詳しい知識がない。


 師匠の文献にはなかったから、またギルドの書庫に行くことがあれば調べてみよう。

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