687 猿との出会い
ウォルトはチャチャと猿を探しに行くことになった。今はプリシオンに行ったときに見掛けた場所まで共に駆けている途中。
「兄ちゃん。駆けるのちょっと遅くなったんじゃない?」
「そうかな?」
「もたもたしてたら…置いていくからね!」
チャチャが加速した。言うだけあって確かに速くなってる。でも…。
「無理だと思うよ」
あっという間に抜き返す。まだチャチャには負けない。
「くっ…!競走だよ!」
「いいよ」
木々の隙間を縫うように2人で駆ける。空気が気持ちいい。結構遠いけど、このままスピードを落とさずに駆け抜けられるかな?
「ハァッ…!ハァッ…!」
「お疲れさま」
「負けたぁ~!悔しい~っ!」
「相当速くなってるよ」
持参したよく冷えた水をガブ飲みするチャチャ。ボクもお茶を飲もうと水筒を取り出して、コップからゆっくりすする。
チャチャは、力も強いし駆けても速い。そして賢い。なにをさせても平均以上の能力を兼ね備えてる。飛び抜けて凄い能力がないことが本人は不満みたいだけど、万能だからこそできることは沢山ある。
「毎回思うけど、よく駆けた後に熱いお茶をすすれるね。潤わないでしょ」
「至極の1杯だよ。身体に染み渡る」
「ところで、猿を見かけたのこの辺り?」
「もうちょっと先だけど、少しずつ近付いてみようと思って。駆けるのは目立ちすぎるから」
動物は警戒心が強い。過去に会ったことがある動物には、もれなく逃げられた。気配を察知するのが上手いんだと思う。シャノみたいに怪我でもしていれば別だろうけど。
「よし!こっそり探してみよう!」
こんなに楽しそうなチャチャは初めて見る。気持ちがわかるなぁ。獣人なら誰だって祖先に会ってみたい。
「姿を消して、歩く音も消してみようか?」
「そこまでしなくていいよ。捕まえようとしてるみたいじゃない?そんなつもりないし、猿にそう思われるのが嫌」
というワケで、普通に歩いて探してみることに。
「……兄ちゃん!…見てっ!」
チャチャが指差す先には、高い木の上でのんびり眠ってる猿がいる。
「凄いっ…!本当にいたっ…!」
限りなく小さな声だけど、相当興奮してるのがわかる。
「猿に似た魔物ってことあるかな…?」
「間違いなく猿だと思う。魔物の雰囲気がない」
「だよねっ…!くぅ~~っ!」
「よかったね」
かなり太い木の枝とはいえ、落ちるかもしれないのに器用に寝てる。猿は動物の中で最も人に近いと云われてるけど、酔っ払って道端で寝てるおじさんのよう。
「起きないかなぁ。動いてるの見たいなぁ」
「黙ってたらその内動くだろうけど」
「落ちたら受け止めてあげるのに」
…と、猿が動いてバランスを崩した。
「危ない!」
チャチャが受け止めようと駆け出した……けど、猿はくるりと枝を回って立つ。
「よかったぁ~」
「ウキッ?」
猿と目が合う。
「………」
「………」
意外だ。直ぐに逃げると思ったのに動く気配がない。ボクらと猿はしばらく見つめ合っていた。
「私はチャチャ。言葉わかる?」
「ウキッ?」
チャチャの問いにおどけたような返答。いまいち意図が掴めない。猿と猫だからなのか?
「キキッ!キッ!キッ!」
枝の上で跳んだり回ったりして忙しい。
「チャチャ。なんて言ってるかわかる?」
「全然わかんない」
「話してるワケじゃないのかもしれないね。かけ声的な」
「どうかなぁ?」
「ウッキッキ!」
この猿は表情も豊かだな。
「ちょっと話したいんだけど~、下りてきてくれないかな~。私達はなにもしないよ~」
チャチャの呼びかけに…。
「ウッキィ~!!」
もいだ木の実を上から投げつけてきた。慌てて躱す。
「あっぶなぁ~!!」
「キキッ!キッキッ!」
身体を左右に揺らしてご機嫌そう。笑ってるのがハッキリわかる。
「木の実をくれたって感じじゃないよね?」
「攻撃されたと考えるのが妥当だろうね。かなりの勢いで投げつけてきたし」
「もう1回だけ話してみる」
「わかった」
「お~い!私達は敵じゃないよ~!わかる~?!」
猿は首を傾げて考えこむような仕草。
「キキッ!」
…と見せかけて、また木の実を投げつけてきた。青々した実は当たると痛そう。
「下手に出れば調子に乗って…!!」
動きながら木の実を拾ってチャチャが投げ返すも当たらない。枝を飛び移りながら華麗に躱される。軽やかな身のこなし。
「くっそぉ…。弓があれば撃ち落とせるんだけど」
「さすがに危ないって」
チャチャは立腹してる様子。でも、ボクが思うにコレが普通。そもそも動物と人族は敵同士と言っていい。シャノは物分かりがよすぎたんだ。
「猿は遊んでると思ってるのかもしれない」
「違うよ。同じ猿だからか段々わかってきた。私達のことをなめてる」
その後も、ボクらにお尻を向けて手で叩いたり、舌を出して挑発してくる。チャチャの言う通りなのかな。
「ただ憎めないんだよ~」
「無邪気というか、可愛げがあるね。いなくなるまで観察してみるかい?」
「そうしようかな」
こちらが仕掛けなければなにもしてこない…と思ったのも束の間。猿は不穏な動きを見せる。お尻に手を当てて、ホッとしたような表情。
……まさかっ!?
「チャチャ!一旦離れよう!」
「どうしたの?」
チャチャの手を引いて駆け出すと同時に猿がとんでもないモノを投げつけてきた。
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
上空から投げつけてきたのは、ホカホカのウ〇コ。どんな爆弾より恐ろしい。チャチャの悲鳴が森にこだまする。
『強化盾』
回避は無理だと判断して、魔法で受け止めてセーフ。
「元気だなぁ。健康そうなウ〇コだ」
「なに吞気なこと言ってんの!?とんでもないことになるとこだったよ!」
「食らっても魔法で洗えたし、猿に悪気はないんじゃないかな」
「あるって!いくら祖先でもやっていいことと悪いことがある!」
「獣人らしく同じことをやり返してみる?」
「無理に決まってるでしょ!でも、一言怒らなきゃ気が済まない!」
チャチャは猛ダッシュ。凄い勢いで木を駆け上がっていく。
「ウキッ!」
「そのまま待ってなさい!説教してやるから!」
そんなことしても意味ないと思うけどなぁ。いかに身軽なチャチャでも、森は動物の領域。猿は木々を飛び移りながら軽々と逃げ切った。それでも離れていかないからボクらを心底舐めてるんだろう。
「はぁっ…。はぁっ…。相当すばしっこい!」
「キキッ!キッキッ!」
「兄ちゃん!手伝って!」
「手伝ってって言っても…捕まえるのは嫌なんじゃなかったのか?」
「逃げるのはいいけど、人族にこんなことしたら命を狙われるって教えなきゃ!」
「わかってくれるかなぁ?」
「いいから、早く!」
仕方ない。手を翳し魔法の網を打ち出して捕獲を試みる。
「ウキッ!?」
『捕縛』を躱して驚いた様子の猿は警戒を強めた。魔法を視認してる。立て続けに繰り出すも全て躱された。
「キキッ!」
遊びだと思ってるのかな?枝の上で跳びはねて、どうやら虚仮にされている。
「本気出してないね」
「どうやったら怪我させずに捕まえられるか考えてる」
コレならどうかな?枝に引っかかったままの『捕縛』を消滅させる…と見せかけて、跳び移ってきた瞬間に足に絡みつかせた。
「キキッ!?」
枝から滑り落ちて宙吊りになった猿。足に巻きついた魔力の網を慎重に伸ばして、地上近くまで下ろす。
「こらっ!人に向かって汚いモノを投げたら無駄に刺激するんだからね!アンタが危ない目に遭うんだよ!わかる?!」
「キキィッ…」
ぶら下がったままチャチャに説教される猿。どうやら本当に反省していそう。
「チャチャ。もう許してあげ…」
言いかけて気配に気付き、駆け出す。
「兄ちゃん、どうしたの?!」
チャチャを抱えて身を躱した。直後、大きな影がチャチャのいた場所に現れる。
「キィッ…!」
ボクらを睨む巨体の猿。牙を剥き出しにして威嚇してくる。
「もしかして親猿かな…?」
「そうかもしれない」
かなりのスピードで駆け寄ってきた。草を踏みしめる音がしなかったから、近くまで木を跳び移ってきたのか。『捕縛』の魔法を解除すると、捕まっていた小猿が大猿に駆け寄る。
「キキッ!キキッ!」
「…キィッ!」
ペチーン!と頬を張られた小猿。……あぁ、汚い手で触られたからか。一応伝えておこう。
「ボクらは敵じゃないんだ」
「ウキィィッ!」
やっぱり敵対心剥き出し。わかってもらえないだろうな。小猿を捕まえてるように見えただろうし、実際その通りだ。
「捕まえたのはゴメン。猿に会いたかっただけなんだ。彼女は猿の獣人だから」
「ウキィッ!………」
大猿の視線がチャチャに向いて…興奮しだした。
「ウッキィ!ウウウッキィィ!」
「急にどうしたのかな?」
「チャチャのことを気に入ったみたいだね」
「なんでわかるの?」
「匂いで」
人族でいう恋慕の匂いに近い気がする。猿は人族に近いと云われる動物だ。
「ウキッ!」
会話の途中でチャチャを捕まえようと迫り来る。素晴らしいスピード。油断していたチャチャを抱えて躱した。攫われたらたまらない。
「キィッ…!」
ボクを睨む大猿。鼻息も荒い。
「チャチャ。相手は興奮してるけど、頑張って交流してみる?」
「う~ん…。猿とはいえ、いやらしい目で見られるのはちょっと嫌だなぁ…」
「キキィッ!」
また手を伸ばして迫り来る。かなり素早いな。身体能力が高くて執着心も強い。一旦落ち着かせないとよくないな。
「彼女はボクの番なんだ。落ち着いて話をできないか?」
「キキッ!?」
下手な嘘だけど、退いてくれたら冷静に話せるかもしれない。チャチャは番に間違えられてもない嫌じゃないと言ってくれてるし、この手はどうだろう?
「チャチャ。今だけ話を合わせて……」
チャチャを見ると、見たこともない表情で尻尾がくねくね動いてる。目が血走ってるような…。
「わ、私はぁ~っ!ウォ、ウォルトの番だからねぇ~っ!」
…めちゃくちゃ動揺してるな。実は嫌なんじゃないだろうか…。そうだとしたら一言断っておくべきだったかな。
大猿はというと、意外なことに小猿に慰められてる。縮こまった背中をポンポンと叩かれてさらに肩を落とした。人族とは常識が違うかもしれないけど訊いてみよう。
「子供がいるんだから、君にも番がいるんじゃないのか?」
「キキッ!」
答えてくれたのは小猿。なんとなくだけど言ってることがわかった。『番と別れてしまった』と言ってる気がする。
「もしかして、番はもういないのかい…?」
死別した可能性もある。森の生存競争は過酷だろうから。
「キキ~ッ…」
「…はぁ?!自業自得でしょ!」
突然怒るチャチャ。ちょっとわからなかった。
「小猿はなんて言ったんだ?」
「他の女猿のお尻を追い回してたら、怒って逃げられたんだって!そりゃそうでしょ!なに考えてるの?!」
「キキッ!キッキッ!」
「そんな猿のルールなんて知らないよ!私を巻き込まないでくれる?!」
「大猿はなんて?」
「よりいい女猿がいたら、目移りするのが猿なんだってさ!どっかで聞いたような話だよ!」
「どこで?」
「こっちの話!身内のね!」
ということはダイゴさんか。獣人だし奔放なんだろう。ナナさんがよければ別にいいのかな。
「兄ちゃん!私は浮気許さないからねっ!」
「しないと思うよ。してくれる人もいないだろうし」
そもそも恋人じゃない。
チャチャと大猿は口論を続けて、小猿が近寄ってきた。
「キキッ」
「長い話になりそうだね」
『面倒くさい』と言った気がする。
「お互い興奮して埒があかないから、今日は離れようか。もし森でまた会えたら、また話してくれるかい?ボクはウォルトだ」
「キキッ!」
『いいよ』と言ってくれた気がする。じゃあ、ちょっと強引だけど言わせてもらおう。
「あのねぇ~!そんなことだから番に逃げられ……って、兄ちゃん?!」
チャチャの背後から忍び寄って一気に抱きかかえる。
「さっきも言ったけど、彼女はボクの番だから諦めてくれ。君に譲るつもりもない。でも、友達になれたら嬉しいよ」
「…ウ、ウキィ~ッ!」
予想通り捕まえようと向かってきたので、『強化盾』の檻に閉じ込めた。小猿も別で閉じ込めておく。
「キキ~ッ!」
「キキッ!」
「そのまま静かにしててくれないか。チャチャ、ゆっくり下ろすよ」
「べ、別にこのままでいいけどぉ~!番だからねぇ~!」
「魔物が接近してる」
「えっ?!」
地面を這う音と、段々濃くなる独特の匂い。
「シュルル……」
先の別れた舌をチロチロと動かしながら現れたのはフラーボ。バジリスクやヒラクのように蛇型の魔物。なかなかの巨体が2匹。
「キキッ…!キキッ!キキッ…!」
騒ぐ猿達。蛇は猿の天敵と云われていて、逃げてもらおうとも思ったけど、フラーボにはバジリスクやヒラクとは違う特徴がある。
「シャ~ッ!」
それは厄介な跳躍力。尺をとるように身体を縮めてボクに跳びかかってきた。低い木なら軽々と飛び越えるほどの高さ。
『細斬』
研ぎ澄ました魔力の網で細切れにした。肉には毒がなくて、食べると美味しいけど持って帰るには遠すぎる。
「待たせてゴメンね」
猿達を解放すると、円を描くようにボクの周りをぐるぐる回る。
「どうしたんだ?」
「キキッ…キッキッ!」
「兄ちゃんを認めたみたい。やるじゃないかって言ってる」
「ありがとう」
「キィ~!キッキッ!」
「あいたっ!」
跳び上がった小猿に背中を叩かれて、2匹はそのままボクらから離れていく。チャチャが慌てて声をかける。
「またね!元気でね~!」
「キキッ!」
チャチャが猿と交流できてよかったな。
「行っちゃったね……って、くっさ…!」
「見事にやられたよ」
小猿がボクの背中を叩いたとき、手に付いていたウ〇コが移ったんだろう。背中から香ばしく匂う。
「駆けたら気にならないから帰ろうか」
「綺麗にしようよ!今すぐにっ!」
「匂いもいい思い出だから、住み家に着いてから洗うよ」
「無類の綺麗好きのくせに!師匠から貰った大事なローブなんでしょ!いいから脱いでってば!」
近くを流れるアマン川に移動して、脱いだローブをチャチャが綺麗に洗ってくれる。
「結構頑固だぁ~!あんの悪戯好きめぇ~!」
……まだかなぁ。ローブを脱ぐと寒いから脱ぎたくなかったけど、大事なモノだってわかってくれるチャチャの気持ちが嬉しいから任せよう。
また猿に会えたら今度はゆっくり話してみたいな。今度はサマラと狼を探してみようか。




