685 酒造り
修練場もそうだけど、コンゴウさん達の工房にも久しく行ってないことに気付いた。
というワケで、工房を訪ねようと森を駆けている。事前に連絡はしてない。ナバロさんの商会に寄って買ったお酒を持参したけど、喜んでもらえるかな。
工房に着いて中に入ると、途中の防御結界の術式が変更されてる。とりあえず覚えたので、一旦解除して中に入ってから同様に展開する。いつもは奥から鎚を振るう音が響いてるけど、今日はやけに静かだ。
広い工房に出ると、ドワーフの皆が1箇所に集まってる。大声が飛び交って騒々しい空間のはずが輪になって一言も発してない。
「皆さん、お久しぶりです」
話しかけると一斉に注目を浴びた。
「おぅ。ウォルトか」
「ご無沙汰してます」
「大袈裟なやっちゃ。10年も顔を見せてないならわかるが」
さすが長命種。1、2ヶ月会わないくらいでは久しぶりという感覚ですらない。
「お酒持ってきたので、仕事終わりに飲んでください」
「おぅ。ところで、いいところに来た。お前ならなんとかなるかもしれん」
「どうしました?」
「コレを見てみろ」
コンゴウさんは宝箱みたいなモノを持ってる。
「コイツが開かなくて困っとる。全員で頭を捻ってたところだ」
箱はどう見ても木製。枠が鉄っぽいのと鋲が打たれてるだけで、コンゴウさん達ならハンマーで破壊できそう。鍵穴はない。
「パカッと開きそうですね」
「それが開かんのだ」
「ちょっとお借りしても?」
「いいぞ」
受け取るとずっしり重い。
「なにが入ってるかわかりますか?」
「知り合いのドワーフに頼んだ工具だ。届けに来たはいいが、酔っ払って封印したらしい」
「封印ってなんですか?」
「人間が魔法封蝋ってのをやるだろ?似たようなことをドワーフもやる。だが、付与した奴がどんな封印をしたかまったく覚えとらん。ふざけて何人かで付与したらしくてな、使った魔法も特定できん。普通なら責任取らせて無理矢理にでも開けさせるが、納期が近くて時間がない。役立たずはぶん殴って帰らせた」
「なるほど」
深酒はいろんな意味でダメだという教訓を得た。
「魔法の封印を無効化すればいいんですね?」
「ただ解除するだけじゃいかん。無理に開けると中身がダメになるように封印するのが普通だからな」
「1つずつ丁寧に紐解けばいいんですか?」
「そうなる。頼めるか?」
「やってみます」
気になるし、やり甲斐がある。
とはいえ、箱から魔力を感じない。本当に魔法がかけられてるのかな?
「金具が付いとるだろ。そこに触れてみろ。鍵穴みたいなところだ」
「ココですね」
触れてみると魔力を感じる。絡まって付与されているな。
「お見事です。3種類の魔力が付与されてます」
「どうせ、適当にやったら上手くいっただけだぞ。解錠できそうか?」
「やり方はどんな感じなんでしょう?」
「同じ魔法で相殺するだけだ」
「わかりました」
付与された魔法はわからないけど、魔力の質はわかる。同量で同質ならいいのかな。
1つずつ丁寧に付与していくと、やがて魔力を感じなくなった。
「終わりました」
「そうか」
コンゴウさんが箱を開けると、ノミや鎚、杭のようなモノが詰め込まれている。
「助かった。ドワーフ魔法も軽々だな。がっはっは!」
「魔法がわからなくても魔力の模倣はできるので」
「有り難い!よっし!大急ぎでやるか!」
男衆は作業にとりかかった。
「アイツらはあんな感じだけど、アンタが来ないって心配してたんだよ。なにかあったんじゃないかって」
フェムさんが教えてくれる。
「有り難いことです」
「まぁいいさ。…で、今日は猫はいいのかい?」
「はい。森に帰りました」
「そうかい。森に住んでりゃまた会うこともあるだろう。楽しみじゃないか」
「そうですね」
「おい!ウォルト!早く手伝ってくれ!間に合わん!」
「わかりました」
忙しく作業するドワーフの皆を手伝う。
「今日はなにを作ってるんですか?」
「でっかい魔道具の元だ。羅針盤を知ってるか?」
「方角を指し示す道具ですよね」
「そうだ。船に載せるとかで、デカいのが欲しいらしい。出航に合わせて早く仕上げて渡さんといかん」
海がないカネルラで作られ、大海原に出て行くなんていい。
箱が開かなくてイライラしたみたいだけど、その鬱憤を晴らすかのように休憩なしで仕上げていく。やっぱり凄いな。
「よっしゃ!終わりだな!」
「上等だ!」
夜には全て仕上げてしまった。コンゴウさん達がよく言う無骨な羅針盤が出来上がって、宴会に突入するかと思いきや…。
「ウォルト。試しに魔法を付与してくれ。ちゃんと方角を指すか確認したい」
「どうすればいいですか?」
「付与するのはどんな魔法でもいい。詳しい仕組みは知らんがな」
魔導師がいなくなっても、代わりの者が付与すればいい。方角を見失えば海を彷徨うことになる船乗りにとって、重要な装置となる羅針盤。
魔力を流してみると針が動いた。ゆっくり回転してやがて止まる。
「少し針がブレますね」
「魔力を流すだけでは不安定だからだ。魔法をぶつけると指針を保つ力に変換できるような素材でできてる」
「なるほど」
羅針盤に小さく『火炎』を当てると針が安定した。魔力そのものではなく魔法から直接変換するのは面白い仕組みだ。遠くからでも魔法を命中させれば動力を確保できるのは便利。
「ドワーフは鍛冶が得意だが、作るモノには得意分野がある。コレは魔道具が得意な奴が考えた」
「今回はなぜコンゴウさん達が?」
「急な依頼で工期も短いうえに、作るモノが多すぎて助っ人を頼まれたってワケだ。「組み立てるだけでいい」と偉そうにぬかしてな」
「で、渡された工具箱が開かなかったと」
「ふざけとるだろ。報酬を弾ませんと気が済まん。まぁ、持ちつ持たれつだがな。こっちも頼むことがある」
「ドワーフの皆さんって、どうやって依頼を受けてるんですか?商業ギルドと取引してるとか?」
「いろんな街に交渉役がいて、ソイツが仕事を持ってくる。直接来る奴もたまにいるな」
「コンゴウさん達って、街に家とかあるんですか?」
この工房に寝泊まりしてるところしか見たことがない。酒や食材も大量に常備しているし、お風呂からトイレまで完備してる。
「あるっちゃある。俺は独り身で滅多に帰らんが、女共はしょっちゅう帰っとるぞ」
「私らが買い出しもしてるのさ。男共は怠けて行きやしない」
「たまにはいっとるだろうが!」
「買いに行くのは酒だけな!酒だけのくせに偉そうに言うんじゃないよ!」
「火酒はココで作ってるんですよね?」
「そうさ。けど、違う酒が飲みたいって駄々こねるときがある。ウォルトがたまに買ってきてくれる酒が美味いもんで、味を占めてさ」
ナバロさんが勧めてくれてるだけだけど。
「酒造りについて基本的なことを教わってもいいですか?」
「珍しいこと言うじゃないか。アンタは下戸だろ?」
「昔から興味があります。自分では飲みませんが、友人に飲んでもらえる酒を作ってみたいです」
「いいな!できたら俺達にも飲ませろよ!」
「もし作れたらドラゴさん達にも飲んでもらいます」
「俺達は火酒しか作らんからな。バッカス、教えてやれ」
「ウォルトなら直ぐ覚えるな。ちょっと来い」
バッカスさんは、この中で酒造りが1番上手いと言われてる。
工房の一角にある火酒の貯蔵庫に向かう。酒は大きなカメで保管されていて、ボクにとっては匂いだけで酔いそうなくらい酒の匂いが強い。
「工程を簡単に説明すると、麹に水と酵母を加えて発酵させる。 その中に原料となる穀物なんかを入れて熟成。 さらに発酵させて蒸留して、濾過、熟成させて出来上がる」
「なるほど」
「細かく説明するぞ」
「よろしくお願いします」
バッカスさんは各工程を細かく教えてくれた。
「こんなとこだな。お前は酒を飲めないから、どんな風に味が変化してるかを確かめることができないのが問題か」
「限りなく薄めて舐めればなんとかなりそうです」
「途中の酒で判別できるか試してみるか?」
「やってみます」
一滴の酒を水で限りなく薄めながら幾つかのカメを味見してみると……味の変化がわかる。
「大丈夫そうです」
「そうか?顔赤いぞ」
「このくらいならどうにか」
顔が火照って熱いけど、ほろ酔いくらいだ。帰ったら住み家で仕込んでみよう。
肴を作ってボクも遅い夕食にする。気を抜くと頭がボーッとしてしまうな。ふわふわして気持ちいい。
「ウォルト。まだ恋人はできてないのかい?」
フェムさんから質問。
「できてません。好きな人達はいるんですけど」
「達…ってのはどういう意味さ?」
「同じくらい好きな女性が4人います」
「はぁっ?!なんだいそりゃ!?」
「がっはっは!いいな!お前が女好きとは思わんかったぞ!」
「ウォルト!節操なく手を出そうってんじゃないだろうね!」
「あり得ません。ボクの大切な人達で、恋人になれなくても構わないんです」
「…アンタには余計なお世話か。女の嫉妬は怖いんだ。いい加減なことしたら痛い目見るよ」
「わかってます」
「がっはっは!固いこと言うな。それぞれ遊んでみて決めりゃいいだろ」
「余計なこと言うんじゃないってんだ!適当なこと言いやがって!」
コンゴウさんの一言でフェムさんが熱くなる。
「適当なことなんぞ言うか。いきなり変な女に引っかかったらどうする?それより遊んでみて決めりゃいい。嫁に貰うワケじゃあるまいし、効率的だろうが」
「女を弄んでるだけだろ!選ばれなかったらどうすんだい!」
「がっはっは!お前もドラゴも若い頃は遊んどったろ。人のこと言えるか」
「ぐっ…!」
「へぇ~。フェムさんも恋愛に奔放だった時期があるんですね。ちょっと意外です」
「違うっ!アタシは遊んじゃいない!ドラゴはそうさ!」
「ふざけんな!そりゃお前だろ!男に色目ばっか使ってやがったくせに!」
騒ぎ立て責め合う夫婦。ほろ酔いだからか、口ゲンカを聞くのも楽しいなぁ。
「ドワーフって、恋愛も頑固だと思ってました。一度番ったら離縁はしない…みたいな」
「間違っとらんぞ。コイツと決めたら最期まで一緒にいることが多い。ケンカは相当多いがな」
「そういえば、ドワーフの子供を見たことないです。いる街にはいるんでしょうけど」
「大体工房にいて仕事場で育つ。親がどっちもいればそうなるのが普通で、自然に手伝わされて仕事を覚えるワケだ」
鍛冶の英才教育か。凄いなぁ。
「フェムがお前にドワーフの女を紹介するとかほざいとったが、ハッキリ断れ。気が強い奴ばかりで死ぬまで尻に敷かれるぞ」
「黙れブサイク!モテないからってひがむんじゃないよ!」
「ウォルト、勘違いしちゃいけない!コンゴウは気遣いの1つもできない男だからモテないんだ!アンタは違う!ドワーフの女はちゃんと尽くすんだよ!」
「岩塩崩しが趣味の変人ドワーフが偉そうにっ!」
「なんだと!?この尻軽ども!」
「旦那が仕事してんのに、死ぬほど浮気する奴もいるだろうが!」
「浮気は男の方が多いだろ!勘違いさせるようなこと言うな!」
男女入り乱れて取っ組み合いが始まった。力比べはどっちも退かない好勝負。楽しいなぁ。
「ウォルト!お前、ヘラヘラして…さては酔っ払っとるな?!」
「はい。見てて楽しいです。それに、皆さんと一緒に酔って話すのは初めてだから嬉しいですね」
全員ピタッと動きを止めた。どうしたんだろう?
「酒は嫌なことを洗い流す。もっと飲め」
「そうですね…。たまにはいいです」
「アンタは気を使いすぎなんだよ。ちゃんと発散しなきゃ潰れちまう。今日は酒を楽しみな」
「ありがとうございます」
今も思う。種族なんて関係なく親しくなれるってことを。尊敬できるか人達かが重要。
「ドワーフと獣人の混血っているんでしょうか?」
「俺は知らん。聞いたこともない」
「いないこたぁないだろ。けど、基本的にドワーフはどの種族とも交流しないからねぇ」
獣人と交わると全て獣人が生まれる…っていう説が正しいとすると…。コンゴウさんを見ながら獣の耳が生えた姿を想像する。
「ぶっ…!」
「なんじゃい!?なにがおかしい?!」
「すみません。コンゴウさんにボクのような耳が付いてたら可愛いと思って」
「お前、バカにしとるのか!?」
「してませんよ。獣人との混血だとこうなるかもって予想です。見てもらいましょうか」
『変化』の魔法でコンゴウさんの頭にモフモフの耳を付ける。
「ぎゃはははっ!似合ってんじゃないか!」
「はははっ!それならモテるかもね~!」
「愛嬌があっていいわ!」
「ですよね。想像だとこんな感じです」
「ふざけとらんで、さっさと戻さんかっ!」
その後、「肴は作らなくていい」と言われ、会話を楽しんで初めて工房に泊まらせてもらった。他種族ではボクが初めてらしい。
ドワーフの師匠達は口が悪いけどやっぱり優しくて、甘えてしまったことを申し訳なく思う。




