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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
682/715

682 知恵の象徴

 ウォルトは鍛錬で森を駆ける。


 なにも考えずにひたすら駆けて、体感ではそろそろ1時間。休憩をとろうと思ったところで人と魔物の匂いがした。


 シャノ達が旅立って、最近では森の広範囲結界は解除した。どうしても探したくなってしまうからだ。今は魔法の修練をするときと、寝るときくらいしか展開しない。あとは必要に応じて。

 匂いからすると獣人と魔物か…?問題ないかもしれないけど、気になったので目視できる距離まで近付いてみる。


 

 3匹のフォレストウルフと対峙しているのは、ボクのようにローブを着た人物。匂いからすると間違いなく獣人だけど、フードまで被って全身を隠してるから顔も毛皮も見えない。


 立ったまま動じてないから、冒険者?


 …よく見ると、獣人の身体が小刻みに震えてる。もしかして…。


 すぐさま『身体強化』して駆け出した。


「シャァァッ!」


 間に合うかっ。 


「ひぃっ…」

「ギッ…!」

 

 どうにか牙が届く前に剣で防いだ。踏み込んで一太刀放つも躱される。


「ガルルッ…」

 

 警戒を解かず攻撃を待ち受けるも、姿を消した。獣人に向き直る。


「大丈夫ですか?」


 話しかけても俯いて顔を上げない。ずっと小刻みに震えてる。急に魔物と遭遇したから驚いて動けなかっただけなのかな。恥ずかしいのかもしれないし、そっとしておこうか。


「街の方角はこの獣道を真っ直ぐです。道中気を付けて」


 獣人ならわかってると思うけど、一応伝えて鍛錬に戻ろうとしたらローブの裾を掴まれた。


「どうしました?」


 掴んだままでやっぱりなにも言わない。実は怖くて動けないとかなのかな?


 ……ん?この匂いは……。

 

「話すのはゆっくりでいいです。待つので」


 相手がコクリと頷いてから数分静かに待つ。


「温かい花茶はいかがですか」


 携行していた花茶を差し出すとゆっくり飲んでくれた。落ち着いてくれるといいけど。


「………あ………の」

「はい」

「あ、あ……り……がとう……」

「どういたしまして。少しは落ち着いてきましたか?」

「う……ん…」

「ボクはウォルトといいます。この森に住んでる猫の獣人です」

「わ…たし……シエ…ッタ……」

「シエッタさん。よければ今からボクの家に行きませんか?」

「…?」


 困惑してる匂いがする。知らない獣人にいきなり誘われたら怪しむのも当然。


「もし誰でもいいから吐き出したいことがあるなら、ゆっくり聞きたいと思ったんです。他意はありません」

「あ…」

「無理にとは言わないので、ゆっくり決めて下さい」

「う…」


 お節介は一度きり。ボクだったらしつこく誘われるのは嫌だからだ。ちゃんと伝えて、あとはシエッタさんの意志を尊重する。


 花茶をすすりながらゆっくり結論を待つ。


「ウォ…ルト…」

「はい」

「わ、私……探し…てる……人が…いて…」

「街に住んでるんですか?」

「ちが……う…。多分……この森に…いる」

 

 少しずつ慣れてくれてるかな。上手く話せてる。


「この森にいるとなると…」


 ……まさかと思うけど。


「もしかして…魔導師のサバトを探してるとか?」


 シエッタさんはコクリと頷いた。予想外の展開。


「なぜサバトを探してるんです?」


 シエッタさんがゆっくりフードを外すと、美しい黒い瞳が露わになる。


「私は…梟の獣人……。でも…魔法……の研究をしてる…」

「そうなんですね」

「…おかしい……とか言わ……ないの…?」

「魔法を研究することはおかしくないので」

「魔法を使えない……獣人よ…?」

「使えないなら研究してはいけないルールはないと思いますが」

「……貴方みたいな人……初めて……会う…」

「たとえば、どんな研究をされてるんですか?」

「言っても……わからないと思う…」


 それもそうか。


「サバトを…探してるのは………最後の願いだから……」

「最後の…?」

「話せば長くなる…。居場所を…知らない…?」

「知っています」 

「ほ、本当…に…?」

「会うなら他言無用の誓いを守ってもらうことになりますが」

「私は……絶対に言わない…」


 匂いに噓はない。そして、話の先がとても気になる。


「では、用件を伺います」

「え…?」


 魔法で白猫面の姿に『変化』した。


「ひゃっ…!?へ、変装……?も、もしかして……貴方が……サバト…な…の…?」

「信じてもらえますか?」

「信じるも…信じないも………うっ…うぅ~~!」


 急に泣き出してしまった。また落ち着くまで待とう。焦らせてはいけない。シエッタさんからは、昔のボクやロムーさんと同じ匂いがするんだ。


 自ら命を絶とうとする者の匂いが。





「ごめんなさい…。急なことで……気持ちが整理できず…」

「構いません。こちらも驚かせてしまいました」


 落ち着いたかな。


「サバト…さん…。いや……ウォルトさん…?」

「どちらでもいいですし、さん付けは必要ありません」

「では…サバトで…。私の話を…聞いてほしいの…。魔法について…」

「はい」

「この……資料を見てほしい…」


 手渡されたのは年季の入った分厚いノート。ずっと頁が継ぎ足されて紐で綴じてある。適当に扱っていいモノじゃないと一目でわかった。


「拝見します」


 丁寧に頁を開くと、様々な研究の成果が記されてる。内容はとても興味深く、流し見で一気に目を通した。


「素晴らしい内容です。複合魔法に多重発動、転移魔法や禁呪に近い魔法まで研究されているなんて」

「私と…師匠の研究で……絵空事だと…笑われたの…」

「絵空事?」

「無駄な研究だって…。私は……獣人だから…。初めから…相手にされない…」

「獣人が関わった研究は信用できないという意味ですか?」


 コクリと頷く。ボクが怒るのは筋違いだろう…けど納得いかない。


「研究内容と種族はなんの関係もありません」

「正論など…通じない…。師匠は……素晴らしい魔導師だった…。人付き合いが下手な人間だったけれど……森に置き去りにされた私を…1人で育ててくれて……多くの知識を授けてくれた…」

「獣人を差別しない方だったんですね」

「そう…。梟は……ある国では知恵の象徴だって……。いつも…「お前は賢い」と褒めてくれて…。でも……私のいた国では…ただの獣だと蔑まれ…相手にされない…」


 聞いてるだけで頭にくる…。


「間違っていたらすみません。シエッタさんは、ディートベルクから来たんですか?」

「なぜ…わかるの…?」

「ディートベルクの魔導師に会ったことがあります。言葉の抑揚が似ているので」

「傲慢だったでしょう…?私は……あの国の魔導師を許さないっ…!師匠をバカにして……追い込んだアイツらが憎いっ…!」


 形相が変わった。獲物を狙う鳥の表情。


「追い込むとは?」

「師匠の才能を妬んだ魔導師が……罠で陥れて地位を奪った…。孤独に…魔法を研究せざるを得なく…。挙げ句……病気で亡くなったことを知って……研究成果を奪いに来た…!」

「この資料を…?」

「そう…。見下していたくせに…数十年の成果だけを奪い取ろうとした…!「どうせ大したことないだろう」…なんて蔑みながら……師匠が優秀だったことを知っている…!魔導師が集団で奪いに来て……抵抗して家も燃やされたっ…!」


 悔しさは察して有り余る。この人は一切噓を吐いてない。ふと表情が緩んで、シエッタさんは目を伏せた。

 

「もう…疲れたの…。私は…師匠以上に人付き合いも下手で…まともに話せもしない…。独りになって……味方もいない…。研究ばかりして…鳥人なのに飛ぶのも下手で…。どう生きればいいのか…わからなくなってしまった…。生きたい理由もない…」


 静かに耳を傾ける。


「けれど……最後にやりたいことが思い浮かんだ…。それが……貴方に会うこと…。師匠が会いたがっていた…」

「なぜですか?」

「ディートベルクで噂を聞いて…師匠は「サバトと話をしてみたい」って…。研究成果の意見を聞きたいって…。代わりに叶えてあげたくてカネルラに…。でも……魔物に遭遇して……もういいと思った…。元々…死んでもいいと思いながら森に来たから…。勝手すぎる…」

「死にたい理由は人それぞれだと思います。自分を認めてあげませんか」

「え…?」

「ボクも過去に死にたくてこの森に来ました。けれど、いろいろあって生き長らえています。そのせいで傷つけてしまった人達がいて……何度も反省しましたがあの時は真剣だった。今でも否定したくない」


 勝手なことを言ってる。でもこの人とは本音で話したい。


「生きろなんて偉そうに言えません。ですが、素晴らしい研究を続けてほしいと思います。既に教わったので」

「え…?」


 さっきの流し見で記載されていた幾つかの魔力操作を学んだ。まず、多重発動を操ってみせる。


「貴女のノートから学んだ知識で改良した多重発動です。差は秒に満たないかもしれませんが、スムーズな発動が可能になりました」

「本当に……多重発動してる……」

「複合魔法も同じです」


 少しだけ集中してから操ってみせる。


「炎と氷、相反する魔法の複合も別のアプローチで興味深いモノでした。今は完全にノートから学んだ方法で発動しています」


 とても素晴らしい研究。多くの時間をかけて組み上げたロジックは見事としか言い様がない。


「うっ………うぅ~~っ…!あぁぁ~~っ…!」

「な、なぜ泣くんですか?」

「だ、だっでぇ~!本当に……でぎだがらぁ~!うぁぅぅ~っ!師匠~っ…!」


 シエッタさんはしばらく泣き続けた。



 ★



「話はわかった。別に構わない」


 いつもの釣り場に行くと運よくファルコさんがいて、シエッタさんを紹介した。事情を説明して、「鳥の獣人の里で暮らせるよう口添えをお願いできませんか?」とお願いしたら、深く訊くことなく了承してくれた。

 もしディートベルクから資料を奪いに来たら危険だし、鳥の獣人の里ならよほどのことが起こらない限り安全だと思ったから。


「シエッタさんはいいですか?」

「帰る場所はないから…」

「ウチの里には鳥人しかいない。慣れるまでは辛いと思うが、飛ぶ練習もできる」

「私……研究以外になにもできないけど…。鳥人とも関わったことないし…」

「生きていくうえで必要なことができればいい。里の場所は内密にしてもらうが」

「それは大丈夫…。巣を知られるのは嫌…」

「ふっ。さすが鳥人だ」

「ファルコさん。急なお願いなのにありがとうございます」

「気にするな。鳥人で里の恩人の知り合いとなれば誰も反対しない。古いが空き家もある」


 頼りになるなぁ。ボクは恩人なんかじゃないけど、ファルコさんにはお願いしてばかりで恩ばかり増える。


「シエッタさん。上手く飛べるようになったら住み家に来て下さい。ディートベルクの魔法や研究の成果を教えてもらえると嬉しいです」

「いいけど…お礼を言いたいのはこっちよ…。会えてよかった…」


 ノートを差し出される。


「どうしました?」

「貴方が持っててほしい…。師匠の研究を…魔法に役立てて…」

「凄く貴重な研究資料で申し訳ないです」

「読みたくないの…?」

「じっくり隅々まで読みたいです。数日寝不足になる自信があります」

「ふふっ…。だったら持っていてほしい…。私と…師匠の研究は……サバトに救われた…」

「ボクがなにかしましたか?」

「到底実現できない…と思っていたの…。師匠も私も…近い未来では無理なんじゃないかって…。でも…サバトは既に私達の先を行ってた…。しかも……研究が正しかったことを証明してくれて……充分すぎる…」

「ボクじゃなくてもできますよ」

「そんなはずない…」

「シエッタ。サバトの魔法については俺がゆっくり教えてやる」


 ファルコさんはボクの魔法を知ってる。その方がいいかな。


「私は……研究を辞めない…。師匠に教わった魔法の知識を……梟の私が生かしてみせる…。今日から…新しい魔法の研究を始めるつもり…。師匠に甘えないように…そのノートは一旦預ける。自由に読んで…」

「わかりました。大切に保管します。いつでもお返ししますので」

「万が一…ディートベルクから輩が来ても渡さないでほしい…。いざとなったら…燃やして…」

「わかりました。お師匠さんはなんという方ですか?」

「ゴレン=ヤグルミンよ…」

「少しだけノートに手を加えます」


 手を翳して呪法で表紙に署名を打つ。


『魔導師ゴレン=ヤグルミンとその弟子シエッタ』

 

「コレで改竄も改訂もできません。やろうとしたら死が訪れます。今は一時的ですが、改良して解かれないように付与します。破ったりもできないよう加工しておくので」

「ありがとう…。カネルラに来てよかった…。この国には……サバトのような優しいエルフもいるのね…」

「ふっ…」


 ファルコさんがチラリとボクを見て、珍しく言いたいことがわかった。ボクもシエッタさんには言っていいと思える。初めて出会った魔法に対して理解の深い獣人。


 魔法の変装を解く。


「シエッタさん。ボクの名前はウォルトです」

「え…?」

「サバトが偽名です。そして、エルフではありません。貴女と同じ獣人です」


 混乱した表情。


「本当だぞ。ウォルトは紛れもなく獣人の魔法使いで、サバトの正体だ。本当に親しい友人しか知らない秘密だが」

「噓だと思うなら、顔を触ってみますか?」


 そっと両手で触れてきた。


「柔らかい毛皮の感触…。本当に…獣人…?」

「はい。白猫の獣人で若造です。これからよろしくお願いします」

「足が震える…。信じられないことが…次々起こりすぎて…」

「ボクは獣人だけが操れる魔法も研究しています。シエッタさんに意見を伺うことがあるかもしれません」


 シエッタさんは目を見開いて固まってしまった。


「とても気になる……。私にも…協力させてほしい…」

「よろしくお願いします。詳しくは、また今度お会いしたときに」



 ファルコさんに抱えられてシエッタさんは飛び立つ。


「は、速すぎる…」


 相当なスピードで離れていく。ファルコさんの希望通り『身体強化』したからなぁ。爽快な顔をしてた。


 さて、今日は徹夜になる。楽しみすぎて仕方ない。

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