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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
680/715

680 記者魂

 ウォルトの住み家を意外な来客が訪ねてきた。


 1人は知っていて、もう1人は見たこともない。ただ、知ってるといってもちょっと話したことがある程度。


「貴方は……サバトだな?」


 野菜の収穫をしていて話しかけられたのは、フクーベの新聞記者ツァイトさん。隣には無表情の若い女性が立ってる。野菜の泥を綺麗に払って向き直った。


「お久しぶりです。ツァイトさん」


 答えると緊張の表情が和らぐ。


「…合っていた。あの時は…悪かったな」

「悪かったとは?」

「偽サバトの件、俺は記事にしてやれなかった」

「お気になさらず。いきなり訪ねて無理を言ったのはこっちです」

 

 いきなり謝罪されると思わなかった。


「よくココがわかりましたね」

「フクーベでサバトに関する情報を集めたんだ。過去の事件から洗いざらいな。幾つかの不可思議な事件に白猫の獣人が関わっていそうだと推理できた。紐解いていった結果、動物の森に住む魔法を操るらしい獣人がサバトだって結論に至ってな。確証はなかった」

「そうでしたか。なぜサバトを探していたんです?」

「単に話したかった。俺はお前のファンなんだよ」


 ボクのファン?意味がわからない。


「会話の内容は他言無用にする。記事にする気もない。だから話を聞かせてくれないか?」


 ツァイトさんの匂いに変化はない。


「そちらの方もでしょうか?」


 隣の女性は言葉を発することなく表情も変わらない。


「コイツも大丈夫だ」

「私はオーパと申します。閉口は約束できかねます。公表させて頂きたいので」

「ばっ…!おまっ…」

「では、話すことはないです。お引き取りください」


 記事にするなら話すことはないので、野菜の収穫を続ける。なかなか帰らないけど、無視して収穫を終えた。住み家に入る前に話しかけられる。


「サバト…。ちょっとだけでも話せないか…?」

「サバトの事を除く当たり障りのないことなら構いません。ただ、暗くなると魔物が出やすくなりますよ。帰るも帰らないも自由ですが」

 

 大きく溜息を吐いたツァイトさん。


「はぁ~…。だからお前を連れてくるのは嫌だったんだよ…」

「私は間違っていません。国民に伝えるタメにサバトさんの話を聞きに来ました。先輩の調査に協力したのだから当然の権利です」


 なんでもいいけど、住み家に入って皆に連絡しておく。2人がいつまでいるかわからないので、今日のところは住み家に来ないでほしいと。

 そこからは、外に出ることなく家の中で魔法の修練をしたり、魔導書を読んだり。家の中でやれることはたくさんあって、やると決めたら苦にならない。


 夕食を終えても外には2人の反応がある。数時間経つのにまだフクーベに帰ってない。なぜ居残ってるんだろう?話すことはないと伝えたから、サバトとは関係ないはず。勝手に家に入ってきたら叩き出すけど、なにもしてこないなら放っておこう。


 



 翌朝。


 外にはまだ2人の反応があった。温暖な気候とはいえ、この森で野宿したのか。日課である朝の水撒きのタメに外に出ると、2人は住み家に寄りかかって寝ている。特に気にすることなく、やるべきことを終えて朝食を食べる。

 魔法を見せたくないから外で修練は無理。今日は織物をやろうか。ナバロさんに頼まれることも多くなってきた。カネルラ刺繍をいれてみよう。


 昼過ぎに玄関のドアがノックされて、開けるとツァイトさんがいた。


「サバト。悪いが水を分けてもらえないか…?」

「いいですよ」

「ありがとう。すまん」


 渡したあとなにやら外で言い争ってる。よく聞こえないけど、フクーベに帰って記事を書きたいと言う女性と、阻止しようとしてるツァイトさんの攻防かな。


 しばらくして、またドアがノックされた。


「一旦街に帰って、また来たいと思うんだが」

「御自由にどうぞ」

「答えてくれたことは絶対記事にしないから信用してくれ」


 結界の反応からすると、なぜかツァイトさんだけが帰ってオーパさんは残ってる。どういうことだ?



 生地作りで足りなくなった糸を取りに離れに向かおうとして、オーパさんに呼び止められる。


「サバトさん。いえ、貴方は本当にサバトさんですか?」

「そうですが」

 

 まだ疑われてるのか?離れから糸を取って戻ってきたら再び話しかけられる。


「私はこのままだと魔物に喰われてしまうかもしれません」

「そうですね」

「それだけですか?」

「他になにか?」

「助けようと思わないんですか?」

「思いませんね」

「か弱い女性が身体を張ってるんですよ」

「止める理由はありません。魔物に襲われることも承知で残ってるんですよね?嫌なら帰ればいいだけです」

「…薄情な魔導師だと記事にしますよ」

「どうぞ。魔物に遭遇する前に書いたほうがいいのでは?」


 記事にすると宣言された。いまさらだ。


「貴方は心優しき魔導師だと思っていたのですが、勘違いだったようですね」

「全て間違ってます」


 優しくないし、魔導師でもない。


「こうなったら根比べです。話してくれるまで居座りますので」

「お好きなように」


 話さないと言ったのに粘るつもりか。住み家の外ならいてもらって構わない。ただ、根比べになるかな?


「グルル…」


 既に何匹かの魔物が森の中から彼女を狙ってる。瘦せて見えるけど、よほど腕っぷしに自信があるとみた。お手並み拝見といこう。


「では、ごゆっくり」


 ドアを閉めてしばらくすると、騒ぐオーパさんの声が聞こえてきた。結界の反応からすると魔物に追いかけ回されてる。

 

「サバトさん!お願いですっ!!助けてくださいっ!!あぁぁぁっ!!」


 魔物に捕まったのか泣き叫ぶ甲高い声。


 ………気になって仕方ない。


 外に向かうと、オーパさんは倒れて動かずフォレストウルフ数匹に囲まれていた。


「シッ!ハッ!」


 駆け寄って魔物の首を斬り飛ばす。倒れたまま動かないオーパさんは、さほど傷を負ってない。頭を打ったのか恐怖からか不明だけど、気絶してるだけみたいだ。


「…オーパ!大丈夫か!?」


 遠くからツァイトさんが駆けてくる。


「魔物から助けてくれたのか…?」

「あまりに騒ぐので倒しただけです」

「すまない…。感謝する…」


 オーパさんに手を翳して魔法で傷を治療した。


「凄いな…。あっという間に…」

「居座るのは構いませんが、次は助けないと伝えて下さい」

「わかった。念のためフクーベに連れて帰る」

「一応確認しますが、なぜこの人は残ったんですか?記事にしたがっていたのに」

「記事に噓は書けない。帰る前に意地でも一言サバトのコメントをもらうって言い張った。どこまでも粘るつもりだと。上司や同僚が心配しちゃマズいと思って、俺は一旦出社した。食い物も飲み物もなかったから調達も兼ねて」


 無計画すぎる気がする…なんて余計なお世話だな。


「一言でいいなら言いましょうか。静かに暮らしたい。以上です」

「だよな…」


 ツァイトさんがオーパさんを背負って帰るようなので、せめて体重を軽くしよう。


「重さをまったく感じない…」

「フクーベに着くまでは持続するように付与しました。この魔石を触れると解除できます」

「恩に着る。サバト……また来てもいいか?」

「来るのは構いませんが、信用できない人達に話すことはありません。それでもよければ」

「俺達は一括りってことだな」


 ツァイトさんは帰っていく。記者の粘り強さと、正しい記事を書くという心意気は感じた。






「サバトさん!私のような愚か者…いえ、たわけ者の命を救って頂き、深く感謝致しております!」

「礼は必要ありません」


 数時間後に2人が戻ってくるとは予想外だった。診療所に行き、目を覚ましたオーパさんが置かれた状況に気付くと暴走気味に診療所を飛び出して、ツァイトさんは後を追ってきたらしい。


「私は…命の恩人であるサバトさんの情報を墓まで持っていく所存です!」

「気持ちが重すぎます」

「この度は……申し訳ありませんでしたっ!」


 いきなり土下座される。


「頭を上げてください。人前でやることじゃないです。謝罪されるようなことはされてません」


 無視すると気分が悪いから助けただけ。それ以外に理由はない。


「先輩の助言も聞かずサバトさんをバカにするような発言を繰り返し…挙げ句の果てに命を救われるという体たらく…。お漏らしまで見られて……恥ずかしさで死んでしまいたいですっ!」


 言わなくていいことを全部言ってしまう人だ…。黙っておくつもりだったのに…。


「何卒御容赦をっ…!私と話して頂けるとは思っておりません!ですがっ……せめてツァイト先輩とは話して頂けませんかっ!お願いしますっ!」


 オーパさんの匂いが届く。


「会うのを楽しみにされていたのですっ!貴方の魔法を目にしてから、ずっと忘れられないと…!足を棒にして情報を集め、貴方の元に辿り着いた先輩の気持ちを汲んで頂けませんかっ…!」

「オーパ…。お前…」

「先輩は…私の助力抜きではサバトさんに辿り着けなかったと思います…!」

「…なに?」

「『ブン屋は足で稼ぐ』という謎で古い気質の愚かな先輩です!賢い私のフォローなくして今があり得ないとしても…なんとかなりませんか!」

「お前……地味にバカにしてるだろ!?」

「今日だけで構いませんので!誓いを破ったら先輩の腹を斬ります!責任持ってこの私がっ!」

「ふざけんなよ!」

 

 ……ははっ。オーレンとアニカのような掛け合いが可笑しくて、つい笑みがこぼれる。ふざけてるワケじゃなく真剣な気持ちが伝わった。


「わかりました。ただし条件があります」

「なんでも仰ってください!」

「サバトに関すること…知り得た全てを口外しないならオーパさんにも話します」

「かしこまりました!厳守致します!」

「俺も約束する。絶対に漏らさない」

「ツァイトさんは信用してます。貴方は噓を吐いてない。そして、オーパさんも噓を吐いてない。だから信用しなかっただけです」


 どちらも本音で話してるのがわかったから。


「確かに…私は公表する気満々でした…。サバトさんのインタビューは、新聞社創設以来最大の話題になります。国民も未だ知りたがっていて、伝えるのが記者としての責務。先輩は、自ら特ダネを捨てて愚行に走る阿呆だと思っていましたので」

「この野郎……いい加減にしろよ…。それはさておき、俺はある筋の集団から釘を刺されてる。公表したら抹殺されるかもしれない。そうでなくても言わないが」


 ある筋の集団ってなんだ?釘を刺されてるの意味もわからない。濁してるくらいだから教えてくれないだろうな。


「花茶とカフィ、どちらがいいですか?」

「「カフィで」」


 2人を住み家に招いてカフィを淹れる。


「美味い…」

「美味しすぎます…」

「よかったです」


 味わって飲んでくれてる。好評でよかった。


「まさか、サバトからカフィをご馳走になると思わなかった」

「店で出せるくらい美味ですね」

「たまにフクーベに現れるのは、仕入れのタメなのか?」

「それも理由の1つです」

「たとえば、獣人のマードックやエッゾは知り合いで、会いに行ったりするのか?」

「知り合いですが、滅多に会うことはありません」

「やはり交流があったのですね。いくら訊いても「知らない」の一点張りで、最後にはマードック氏から「テメェ…殺すぞ」と脅されました。あまりの怖さにちょっと漏らしてしまったのです」

「言わなくていいですよ…。2人にはあまり関わらない方がいいと思います」

 

 口にしなくていいことがあると思うんだよなぁ…。


「情報を追っている内に気になった事件について、幾つか確認させてほしい。まず、グランジ商会を潰したのは貴方なのか?」

「商会の建物は破壊しました」

「麻薬売人の取引を阻止して子供を救ったのも?」

「取引は阻止してません。拠点では暴れましたが」

「花街でマッコイの獣人王子をぶちのめしたのも?」

「ボクです。よく調べてますね」


 ことごとく正解。ツァイトさんはボリスさんとも交流があると聞いた。衛兵と繋がりが深そうだ。


「私の手柄なのです。先輩はただがむしゃらに調べていました。私は効率的かつ秘密裏に貴方を追っていて、調査先が被ったことで判明しました。協力して調査することを提案し、情報を重ねて急激に進展したのです」

「盛りすぎだ。要するに、コイツは頭は切れるけど体力がない。俺は足で稼ぐけど勘が悪い。協力して上手くいった」

「先輩が相棒でなければ、もっと早く辿り着けたと思いますが~」

「こっちの台詞だ」


 いいコンビなんだな。


「お2人は恋人同士ですか?」

「サバトさん。笑えない冗談です。タバコと酒、加齢臭と嫌な匂いばかりを振りまく先輩に、私が好意を持つなどあり得ません」

「すみませんでした」


 また軽口を叩いてしまった。テラさんの覗き事件で懲りたはずなのに。


「しかし、記事にできたら新聞の売上アップ間違いなしの話ばかりだ」

「クズァイト先輩!記者のプライドはないんですか!?守秘義務を徹底できないなら、記者なんて辞めちまえ!」

「誰がクズだ!冗談に決まってるだろ!最初からバラそうとしてたお前に言われたくねぇ!」


 その後もボクのことについて質問をしてくる。内容が控え目で助かるな。親しくない人に深く答えたくない。記者ならそんな心情もお見通しか。


「私はサバトさんに伺いたかったことがありまして」

「なんでしょう?」

「カネルラ魔法の発展についてどうお考えですか?世間では、貴方が現れたことで劇的に飛躍すると予想されているようですが」

「お門違いです。ボクが操る魔法は凡庸で、魔導師には適いません。ライアンさんのような大魔導師ならわかりますが」

「貴方の魔法が凡庸…?随分と謙虚なのですね」

「事実です。ボクは魔法が使えるだけで、質問の答えとしてはカネルラ魔法は緩やかに発展していくと思います」


 ざわ……ざわ……と不気味な音が聞こえてきそうな雰囲気。なんだ?


「貴方の魔法は過去に類を見ないと言われているが…知らないのか?」

「宮廷魔導師より高度な魔法を操るとの評価です」

「大袈裟すぎます。誰かが歪曲した情報では?かなり脚色されているか、フレイさんと間違えていそうですね」

「貴方は武闘会に出たサバトだよな…?」

「そうです」

「ドラゴンも討伐したサバトさんですよね?」

「はい。倒せたのは友人のおかげですが」

「なにか魔法を見せてもらえたりするだろうか?」

「どんな魔法がいいですか?」

「なんでも構わない」

「手品のような魔法なら今でもできます。こんな感じですね」


 子供を楽しませる用の魔法を幾つか操ってみる。目を見開いてるけど大したことはしてない。


「サバトさんは……御自身の魔法を普及しようと考えたことは…?」

「自分自身まだ魔法を学んでいる途中です。普及なんておこがましい」

「…先輩。サバトさんには今後も詳しく話を伺う必要がありそうです…」

「あぁ…。そんな気がしてる…」

「白猫のお面を被って目立っただけの魔法使いで、耳寄りな情報もありません。もう出涸らしですよ」


 2人は混乱したような表情。でも、おかしなことは一切言ってない。


「…そうだ。お面といえば…俺はずっと謝りたかった」

「ボクにですか?」

「前に会ったとき、顔を見て嘔吐いただろう。失礼なことをしたとずっと悔やんでた」


 そんなこともあったな。


「コレのことですね」


 面を脱ぐ仕草と同時に爛れた顔へと『変化』させる。実際は被ってないけど、まだエルフだと思っていたのならオーパさんにも見てもらおう。


「オエェェェッ…!」

「せ、せんぱ…オ、オ、オエェェッ!」


 いい反応してくれるなぁ。楽しんでくれてるようでなにより。この顔を造形してよかったと思える。ちょっと気持ち悪がられそうな表情と声色で話してみようか。


「気持ち悪がられて当然なんです…。スザクさんもそうでした…」

「オ、オェッ!ち、違うんだっ…!決して気持ち悪いとかじゃ…オエェェェッ!!」

「よ、よ……オエェッ!想像以上で……オエェッ…!さっき軽く食べたモノが上がっ…オゥェッ…!」


 仲良く住み家の外に飛び出して、しばらく帰ってくることはなかった。帰ってきたら揃って顔面蒼白。


「お腹が空いたのでは?食事されませんか?」


 首を激しく横に振る2人。今の魔法の技量なら、もうちょっと迫力ある顔に仕上げる自信がある。でも、この顔を数人に見せてしまったし、反応もいいから今さら変えるのもどうかと思ったり。


 その後、ツァイトさん達は直ぐに帰ったけど、また来るつもりらしい。謝罪しながら『変化』したままのボクと目が合うことはなかった。

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