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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
679/715

679 また会う日まで

 猫小屋の前で呆然と立ち尽くすウォルト。


「朝ご飯だよ」と猫小屋に呼びに来たらシャノ達の姿がなかった。床に落ちている首輪を集めてそっと拾い上げる。


「いつか来るってわかってたけど……」


 思っていたより……くるな…。


 いつもみたいに夜には元気に帰ってくるかもしれない。でも、いつもと違う状況がそうじゃないことを物語っている。

 誘拐対策で夜間は人用のドアを魔法で施錠してる。開けられた形跡はないし、猫用の出入口は魔物が入り込めない大きさ。

 朝食を一緒に食べてからボクらの1日が始まる。子猫が生まれてからずっと続いていた日課のようなモノ。自分の意志で出て行ったと考えるべきだ。 

 猫は気まぐれ。別れを告げる必要もないし、好きなように生きる。一緒に暮らして楽しい時間を過ごした。欲しがりすぎてはいけない。


 作ったご飯を食べてくれて、一緒に遊んでくれて、獲物を分けてもらった。ずっと忘れないし……今生の別れではないと思いたい。


 また会えたら、その時はもてなそう。


 ボクにできるのはそれだけ。


 

 


 その日の夜。やっぱりシャノ達は戻ってくることはなかった。近郊に展開した結界にも反応なし。


「やっぱり落ち込んでたね。大丈夫?」

「一気に瘦せたように見えます」

「ご飯は食べてますか?」

「兄ちゃんの気持ち、わかるよ」


 口にしたくないと思いながら、ちゃんと伝えなくちゃダメだと思って、4姉妹や母さんに連絡したら訪ねてきてくれた。


 母さんは無言で通話を切った。気持ちはよくわかる。


「ご飯を準備するよ…」


 今日はなにもしてない。畑仕事も魔法の修練すらも。抜け殻みたいに居間で動かず食事もしてない。この場所に住んでから初めてのこと。


「ウォルトは黙って座っといて!包丁で指とか切りそうだから!」

「危ないです」

「私達に任せて下さい!」

「たまにはいいでしょ」


 気力が湧かず、4姉妹の厚意に甘えることにした。


 気を抜くとシャノ達のことばかり考えてしまう。笑って別れるつもりだったのになぁ…。湿っぽくなっちゃいけないってずっと思ってたのに…。

 引き止めたくなかった。「ココにずっと住んでいいんだよ」って何度も言いそうになったけど、その度に飲み込んだ。


 コレでいいと思ってる……のに、自分の心がままならない。


「はい、ウォルト!できたよ!召し上がれ!」


 温かい料理が差し出されて、皆が揃うのを待つ。とても美味しそう。


「頂きます…。………美味しい」


 栄養が身体にゆっくり染み渡るような感覚。ボクは…こんなに空腹なのに気付かなかったのか。


「暗いよっ!くよくよしてたらシャノ達に笑われちゃうからね!」

「シャノ達も寂しく思ってるはずです。ウォルトさんのご飯を食べたくても、堪えて頑張ってるんじゃないでしょうか」

「きっと家族揃って魔物も負けないくらい逞しくなります!才能ありありでしたから!」

「落ち着いたらまた会いに来てくれるかもしれないし、皆で楽しみに待とうよ」


 うん……。うん…。


 皆がいてくれてよかった…。シャノ達を知ってるのがボクだけだったら耐えれなかったかもしれない。


「口にしなくていいよ。しょうがない。今夜は皆で添い寝してあげる」

「遠慮する」

「なんでよ!」

「今日だけは目一杯寂しさを味わう。いつもの日常に戻るタメに」

「1人で落ち込むってことですか?」

「気持ちを切り替えるには、中途半端が1番よくないと思うんだ」

「いい考えだと思います!」

「兄ちゃんの好きにすればいいと思う」


 勝手に幸せを失ったつもりになってる。でも、我が儘すぎる理由だ。今日は辛く苦しい日なんかじゃない。


 シャノ達の旅立ちの日。門出は祝うモノ。くよくよするのは今日だけにしたい。

 


 ★



 翌朝。


「全然顔が戻ってないじゃん!」

「そんなことないよ。寝てスッキリした」

「目が真っ赤ですけど…」

「擦りすぎたね。魔法で治しておくよ」


 ベッドでも思い出が浮かんでは消えて眠れず、久しぶりの寝不足。


「1人に耐えられなかったら呼んで下さいね!」

「私もいつでも駆けつける」

「ありがとう」


 朝食を作って皆に食べてもらう。


「なるほど」

「いつもとは違いますね」

「仕方ないと思う!」

「兄ちゃんも人の子だから」


 美味しくなかったみたいで申し訳ない。いつも通りに作ったつもりだけど、まごついて気持ちが入りきらなかったのは確か。

 皆を見送ってからは、畑仕事をしたり、ハピー達にもシャノ達のことを伝えたり。「私達も会ったら教えるよ!」と言ってくれて有り難い。蟲人にとって猫は敵と言っていいのに。


 畑を耕しながら思う。ボクは打たれ弱い。勝手なことばかりして、適当な言動ができるから図太いと勘違いしていた。

 シャノ達を晴れやかに送り出せると思ってたけど、蓋を開けたらこの有様。誰よりもヘコんで落ち込んでいる。自分は平然と耐えられるなんて自意識過剰。


 4姉妹はボクの性格をボクより知ってくれてるから、心配で直ぐに来てくれた。嬉しくて同じくらい情けなく思う。

 普通に振る舞うことが当面の目標。直ぐに気持ちを切り替えるのは無理だ。知らない人と接するだけで平常心に戻すのに時間がかかる獣人の心が強いはずがない。自分をよくわかってなかっただけ。


 昨日サボってしまった分を取り戻そうと、やるべきことをひたすらこなす。余計なことを考えなくて済むからこの方がいい。

 魔法で子猫達は喜んでくれたなぁ…なんて思い出しながら黙々と修練する。もっと腕を上げて、また会ったとき喜ばせる魔法を操りたい。


 誰になにを言われても聞く耳持たない偏屈猫人に、知らない感情と自分の本質を教えてくれた祖先と云われる猫。コレだけは心から言える。出会えてよかった。



 やることを終えて、外で休みながらふと猫小屋が目に付く。


 昨日はできなかったけど、小屋を片付けておこう。子猫が遊んだ藁や木の枝、散らかってるモノだけでも。猫小屋には思い出が詰まってる。皆で協力して作ったことが既にいい思い出。

 中に入ると、爪の引っかき傷やキャロル姉さんやキャミィがミルクをこぼした跡が残ってる。子猫達のおしっこの染みも。


 いろんなことがあったなぁ。ミニアもカペラもラグもアッシュも手がかからなかった。シャノが賢い母猫だし、遺伝なのか聞き分けもよくて一家全員が可愛いの化身。

 トイレの砂まで綺麗に浄化して掃除は完了。小屋のドアは開かないよう魔法で固定しておこう。未練がましいけど猫用の出入口はそのままで。

 

 そうだ…。彼女に伝えるのを忘れちゃいけない。



 住み家の中に入り、精霊力を高めて魔法に意識を乗せる。


 目指すはウークの里。バラモさんの元へ。今回もバラモさんの精霊力を上手く捕まえた。神木付近に展開した『仮想空間』の中で背後から話しかける。


「バラモさん」

『うわぁっ!…ウォルト、毎回驚かせるなぁ…』

「お久しぶりです。急にすみません。キャミィに伝えてもらいたいことがありまして」

『ちょうど今話しているよ。目の前にいる』

「そうですか。シャノ達が森に帰ったと伝えてくれませんか?それだけでわかります」

『わかった』


 ボクの魔法でできるのは精霊と繋がることだけ。傍にいるキャミィの気配や魔力は感じない。

 

『キャミィが「とても残念」だと言ってる。見たこともない顔で』

「ボクもお別れを言えなかった、遅くなってゴメン…とお伝え下さい」

『……近い内に住み家を訪ねると言ってるよ。あと、ウォルトは気を落としてないかって』


 キャミィも心配してくれるのか…。ボクは、とにかく自分自身をわかってないバカな獣人だ。


「大丈夫だとお伝え下さい。そして、キャミィも気を落とさないように…と」


 ボクと同じくらいショックを受けていそうだ。シャノ達に出会ってから、子を産みたいと人生観が変わるくらい可愛がってくれた。会った回数は少なくとも多くの愛情を注いでくれてる。


『何者か知らないけど、君達にとって大切な存在だったんだね』

「かけがえのない存在です。バラモさん、ありがとうございました。また夢に遊びに来て下さい」

『そうするよ』


 住み家に意識を戻した。他に伝えておくべき人は……。キャロル姉さんやクーガーさんにはサマラが伝えてくれると言ってた。オーレンやミーリャにはウイカ達が。リスティアは大丈夫だと思う。猫に会いに来ることはないだろうし。


 一息ついてお茶を淹れよう。油断すると溜息ばかり吐いてしまうから、お茶に溶かしてしまえばいい。



 ★



「ウォルトさん。生活魔法の魔導書です。基礎編らしいんですけど、よかったらもらってください」

「私のは東洋料理のレシピ本です。古書店で見つけました。好きだと思って」

「俺のは刺繍のなんとか本です。見てもよくわかりません」


 小雨が降り出した夕方。居間で微睡んでいると、雨の中オーレンとミーリャ、ロックが一緒に来てくれた。なぜかそれぞれお土産持参で。


「嬉しいけど、急にどうしたの?」

「シャノと子猫達が旅立ったって聞いたんで、寂しがってると思って」

「少しでもウォルトさんの気が紛れたらいいなってオーレンさんと一緒に選びました。ロックは完全に乗っかりです」

「ざけんなよ!俺も考えてるっての!」


 有り難いなぁ。優しさが沁みる。


「ありがとう。読ませてもらうよ。今度お礼になにか作るから」

「渡したかっただけです。要りませんよ」

「私も同じ気持ちです。ロックは魔道具とか欲しがる欲深魔導師見習いですけど、無視してください」

「ミーリャ!いい加減にしろ!」


 やり取りに笑みがこぼれる。


「俺はシャノ達に仲間意識があって」

「仲間意識?」

「ウォルトさんの元で暮らしながら森で生き残る術を学んで、一人前の猫になるタメに離れました。冒険者と猫ですけど似てませんか?」

「きっと帰ってくると思います。立派になったよって顔を見せてくれるんじゃないでしょうか」

「そうだと嬉しいなぁ」

「俺がスイシュセンドウの年寄りから聞いた話だと、猫っていつの間にか戻ってきて近くにいるらしいんで、油断禁物らしいです」

「アンタの情報浅すぎない?」

「うるさいな!」

「凄くいい情報だよ。ロック、ありがとう」

「ですよね!ほら見ろ!」


 経験者の言葉は重い。ひょっこり現れるのを待ち続けた人なのかもしれないな。


「ウォルトさん。俺の剣と盾の調整をお願いできませんか?ちょっと研ぎが甘い気がして」

「私もお願いしたいです」

「いいよ」


 皆の優しさを感じながら武器を調整する。


 ボクは幸せ者だ。気が紛れるよ。ありがとう。

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