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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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678 たまには鳥になって

 カネルラ王城。


 国王ナイデルは、執務室にて1枚の手紙に目を通していた。差出人は、隣国プリシオンの国王ヴァニシウス17世。若き頃より懇意にして、幾度も助言、助力を受ける頼れる存在。


 手紙を読み終えて丁寧にしまった。


「カザーブ。リスティアをココへ。人払いを頼む」

「かしこまりました」


 宰相カザーブが指示を出し、愛娘リスティアがやってきた。


「お父様。王女リスティア、馳せ参じましたわ」

「茶番はいい。座ってくれ」

「だよね」


 ソファに腰掛けるリスティア。


「尋ねたいことがある」

「うん」

「プリシオン国王から再び書簡が届いた。内容は…国内における辺境伯の変死についてだ」 

「うん」

「ごく短期間でプリシオンの貴族が二度も不審死を遂げた。二度目は世襲して直ぐだ」

「カネルラとの国境に近い辺境で起きた事件で、犯人がカネルラに侵入したかもって聞いた」

「その通りだ。…が、カネルラ国内で目撃された報告は入っていない。そして、プリシオンで幾つか疑念が生まれている」

「もしかして、暗部の仕業じゃないかって?」


 物わかりがよすぎる娘だ。


「そうだ。ヴァニシウス王から確認がきたが、プリシオンの貴族を殺める理由はない」

「そうだよね。プリシオンとは大きな問題なく国交できてる」

「党是違うと返答するが、1つ気になってな。立地的に動物の森に近い国境付近で、外部の者には実行不可能と思われる事件。しかも、殺された貴族が動物の森に関与していたのではないかという疑いがあるらしい」

「お父様はサバトが関係してないか知りたいの?」

「そうだ。知っているとは思わないが、確認でお前を呼んだ」


 冷めてしまったお茶に口を付ける。


「ちなみに、やったのはサバトだよ」

「ぶっ…!」


 軽く吹き出してしまう。


「本当か…?」

「本人から訊いたからね。お父様、気付くの遅いよ」

「わかるはずないだろう」


 泳がされていたか。リスティアの説明によると、サバトは生まれたての動物を保護しており、貴族の指示による三度目の誘拐未遂で遂に制裁を加えたようだ。怒り心頭な様子だったと。


「事情は理解した」 

「本人は悪事を働いたつもりはないし、逃げも隠れもしないって」


 わざわざリスティアに伝えているのだから真実だろう。


「カネルラの希少な動物を保護してくれたといえるが、やることが直情的すぎだ。重大な国際問題になりかねん」

「なにがあってもその子達を守るって決めてるみたい」

「そうであっても行動が極端すぎる。動物を守るために貴族を抹殺するなど暴挙にすぎない」

「動物より貴族の命が尊いって意味だよね。私も言ってることは理解できるよ。でも、それはお父様の理屈だし、サバトの前では絶対言わないで」

「危険だという意味だろうが、譲れぬ価値観がある」

「私ならプリシオンには言わない。捕まったあとが容易に想像できるから。黙って処刑されると思う?」

「プリシオンに被害が出るということか」


 ドラゴンすら倒す男がプリシオンで暴れる。被害がどれほどか想像できない。しかし多勢に無勢だ。普通なら多少の被害で終わる話。


「リスティアの予想では、影響はどの程度だ?」

「最悪国王陛下の命も危ない。誰がどう刺激するかで変わるけど」

「彼の国にも優秀な部隊がいる。簡単ではない」

「もちろん知ってるよ。でも、私はサバトの力を知ってる。最終的に捕らえたとしても甚大な被害は免れない。絶対に」


 疑うつもりはないが、親友ゆえに過剰評価しているかもしれん。


「お父様。もし向こうに伝えるなら、事後に私はアテにしないでほしい。協力しても無意味だから」

「サバトは放っておけという意味か?」

「交渉担当としての意見だけど、貴族を狙ったワケじゃないし見守るのが最善。これ以上なにかするつもりがないのも聞いてる」

「そうか。俺からは以上だ。戻っていいぞ」

「もう1つだけいい?」

「なんだ?」

「サバトは、暗部や騎士団なら遭遇しても好感を持って接してくれる。でも、攻撃的だったり気に入らない者には容赦しない。今後も似たようなことは起こるよ」

「あぁ。心得た」


 リスティアは部屋から出ていく。サバトも堂々と言い切るものだ。エルフゆえに人間社会の構造や柵を知らず、罪の意識も皆無なのだろう。


 返信をしたためるとするか。



 ★



 プリシオンには凶悪犯罪に対処する特殊部隊が存在する。


 フィアットと呼ばれ、国内のあらゆる犯罪において調査、捕縛、抹殺などなんでもこなす国家直属の精鋭部隊。衛兵だけでは対処できない事件に投入されることが多く、カネルラの暗部に似ているが国民にも存在が秘匿されている点が異なる。今日も活動拠点にて極秘に動いていた。


「ビレバン家の事件、カネルラ暗部は関与していないようだ。カネルラ国王より陛下に返信が来たと」

「まぁ、可能性は低いと思ってた。暗部の仕業だとしても手際がよすぎる」

「アソコの護衛は腕の立つ奴らだったはず。1人や2人で突破するのは俺達でも困難だろう。しかも、争った跡すらないときた」

「やっぱり裏切りの線か。金で繋がってるなら、支払いを渋るだけで揉めることになる」

 

 フィアットの隠密、調査担当のスコープは、仲間の会話を聞きながら疑問を感じていた。


 ビレバン家の護衛が金品を奪い、当主を殺害して逃走した。そして未だ行方知れず……という仮説は、いかにもな理由だがなぜか引っかかる。 

 奴らが国内の調査網にかかることなく、かといってカネルラで発見されたという報告もない。カネルラのナイデル国王には文書にて伝わっている。現在プリシオンから人員を送ってはいないが、暗部や衛兵も警戒は怠っていないはず。

 仮説が正しかった場合、動物の森に向かった可能性が高い。まだ森にいるとして、大金を所持したまま森に潜伏するか?普通なら他国で豪遊したいだろう。よほど自制心が強くないと魔物が跋扈する森に長期間潜伏なんてできない。

 

「スコープ?神妙な顔してどうしたの?」


 同じく調査担当のラミに顔を覗き込まれた。


「ビレバン家の事件について、他の可能性を探ってたんだ」

「他の可能性って、外部の犯行ってこと?」

「話ができすぎてると思わないか?使用人も多くいる屋敷で起きているのに、目撃者がいなくて争った跡もない。手際のいい奇襲の可能性もあるけど、音や声を聞いた者すらいない」

「不思議ではあるわね」

「護衛がやったとしても、声や音くらい聞こえる。門番も誰も見てないと証言してるし、不可思議な状況だ」

「実は…屋敷の全員共犯とか!」

「あり得そうな理由だ」


 皆で仲良く証拠隠滅して、報酬は山分け。筋書きは悪くない。


「冗談よ。だったら契約書を残すなんてお粗末なことしないでしょ。結果貴族の称号剥奪されちゃってんだから」

「どこかに金品を隠してて、後で売り捌くつもり…だったり」

「金に換えてバレないと思う?」

「さすがに無理か」


 けど、その方があり得そう。まだ納得できるっていうか。


「スコープの推してる説はなに?」

「外部の凄腕暗殺者による犯行。姿を消して屋敷に侵入して当主を殺害。護衛も殲滅。証拠は跡形もなく消された。シンプルだろう?」

「あははっ!音も姿もなく行動できるなんて凄い暗殺者だわ。金品を奪ったってことは目的は強盗ってことね」

「動機はわからない。結構な量があったらしいから、単独で運び出すのは無理。複数の手練れによる計画的な犯行…ってところかな」

「そうなると、優秀な魔導師が必要かしらね」

「そうなんだ。この仮説で重要な要素は魔法。俺の仮説によると…犯人の最有力はカネルラのサバトだ」

「…あぁ~。竜殺しだっけ?実在するかも怪しい魔導師ね」

「噂の魔導師なら可能だと思わないか?」

「ふふっ。知らないわよ。見たこともないし。言っとくけど、サバトの存在なんて誰も信じてない。カネルラの妄言に決まってる」


 ……果たしてそうだろうか?俺はカネルラ王族の発信を信用している。何度か足を運んだけれど、あの国は虚勢を張ることを好まないと感じた。


「もしサバトがやったと思ってるなら、スコープの能力で調べてみたら?『盗視鳥』でさ。まず、実在するかから」

「簡単に言うけど、結構大変なんだぞ。遠いほど疲れるんだ」

「森を歩き回るよりマシでしょ。別にやれとは言ってないし」


 気になるなら動いてみるのもありか。


「結局スコープも信じてないから試したことないんでしょ。じゃあね」


 ひらひらと手を振りながら去っていく。そう言われると否定できない。夢物語のような魔法を使う魔導師がいるなんて思えないのが普通だ。ただ、もやもやした気持ちを払拭するタメに調べてみるのもアリか。




 仕事を終えてからビレバン家の近くの森にやってきた。辺境伯だけあって、なかなかの田舎。森も川も崖もある。


「ピィッ…!」


 まず餌付きの罠で小鳥を捕まえる。名も知らない鳥でいい。獣人に言わせると鳥じゃないらしいが俺は詳しくない。


 捕まえて魔力を媒体に呪術を施すと、鳥と同調して行動を操り視界も共有することができる。あらゆる調査に使う『盗視鳥』は、フィアットでも俺しか使えない能力。


「いくか…」


 木の根元に座って意識を鳥に移行。カネルラ方面に飛び立つ。この能力を使えば地上を移動するより数段速く、しかも怪しまれることもない。鳥の胸辺りに小さな呪印が浮かぶ程度で見破ることは困難。


 空を飛ぶのはいい気分だ。けれど、不用意に使えない能力。便利だがその分リスクは大きい。特に致命的なのは、この鳥が俺の身体がある場所に戻らなければ意識の同調を解除できなくなること。墜落や襲撃で死んだら俺の意識は戻らず肉体は抜け殻。

 鳥の身体にかかる負担も大きく、術にかけられたらほぼ死に至る。呪いで生命力が削られるからで、命尽きる前には帰還しなくちゃならない。


 動物の森の上空を飛びながら少しずつ上昇する。高度を上げて違和感を探る作戦。エルフの里はプリシオンでも魔力で守護されている。この状態でも魔力を視認できるのが俺の強み。見渡すと反応があった。


「…なんだアレは?」


 ココから視認できるのは2カ所。その内の1つが異彩を放つ魔力反応。けれど、魔力の範囲は小さい。とりあえず近くまで行ってみるか。

 警戒して飛行しながら魔力範囲が狭い方を目指す。接近すると家らしきモノが見えてきた。小屋のようなモノも2つ並んでる。


 こんな場所に家…?念のため森の中に降り立つ。木々の隙間を低空飛行しながら少しずつ近付いてみることにした。家が見える場所に出ると、更地や畑、立派な花壇まである。


「…獣人?」


 ローブを着た獣人が鍬で畑を耕していた。珍しいというか初めて見る光景。枝に留まって周囲を観察してみるも、他には誰かいそうな気配もない。

 この獣人は森に住んでるのか。そして、この家から凄まじい魔力反応が放たれている。見たこともない複雑な魔力。


 ふと畑に視線を戻すと、白猫の獣人がいない。どこに行った…?


「…なんだっ!?」


 急に身体が硬直して枝から落下する。羽を広げることもできず、制御できないのに地面に落ちる前に止まった。どうにか首を動かし、白猫の獣人と目が合う。


 この距離と身体の感触…。まさか……捕まってしまったのか…?


「お前は誰だ?」

 

 (おれ)に向かって話しかける獣人。


「呪印……目的は観察か」


 呪術に気付かれた。過去に気付かれたことなどないのに、獣人になぜわかる…?


「飛んできた方角からすると、プリシオン方面。生き物に呪術を施し、人を覗くような輩は…」


 獣人が眼前に手を翳した。




「…ぐあぁぁっ!」


 同調していた意識が急に切れて心臓付近に激痛が。痛みを堪えきれず、悶絶して地面を転げ回る。


 なにが起こった…?!能力を解除していないのになぜ本体に意識が戻ったんだっ…?!息が苦しいっ…!声が出ないっ…!誰かっ…!いないのかっ…!


 ……まさか、呪術返し?!


 施した呪術を解析、反転させて術者に影響を及ぼす高等技術。呪うという行為に対する意趣返しとして編み出された。心臓を万力で締め付けられているかのようだっ…。あの獣人がやったっていうのか…?!あり得ないだろっ…!


「かはっ…!がっ…ぁっ…!うぁっ…!」


 俺は…なにを見たんだっ…!?


「ごぼぉっ…!」


 苦しんだ末に穴という穴から血が吹き出して意識が途切れた。


 

 ★


 

 動物の森。


 ウォルトは、呪術返し後に解呪したものの直ぐに息を引き取った岩場鳥(ロックバード)を森に埋めて手厚く弔った。


 岩場鳥は名前通り崖のような岩場付近に生息して空を回遊している。森の中を低空飛行するという本来あり得ない動きで住み家に接近していることに気付いていた。

 普段と違う動きをする鳥種を発見したら違和感しかない。目視するまで確信はなかったけれど、操られていたのなら納得。


 文献で身に付けた呪術返しは成功しただろうか。失敗していて術者に会うことがあれば言ってやりたい。


 ロックバードの肉は、癖がなくどんな料理にも使えて美味しく頂くことができる。貴重な食材となる尊い命を呪いで台無しにするなと。

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