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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
677/715

677 人は見かけによらない

 ラットと別れたウォルトがフクーベの街中を歩いていると、前方から男が歩いてくる。


 褐色肌の男はよそ見をしながら歩いていて、このまま進むとぶつかってしまいそう。なので、ボクが少しだけ進路をズラして歩く。何事もなくすれ違いそうだった…のに、男が急に動いて結局ぶつかってしまった。


「大丈夫ですか?」


 大した衝撃じゃないはずだけど、念のため訊いてみる。


「………」


 目が合うも言葉を発さない。


「あの…大丈夫ですか?」

「………」


 やっぱりなにも言わない。無言は肯定とみなそう。歩き出そうとして軽く肩を掴まれた。


「どうしました?」

 

 男は紙を指差しながら見せてくる。コレは…どこかの住所か。さっきの行動からすると…。


「その住所に向かってるんですか?」


 コクリと頷いた。なにかの事情で言葉を話せない人なのかな?


「衛兵の元に案内しましょうか?」


 ボリスさんはまだいそう。男は身振り手振りでなにか伝えようとしてくる。気になるから、どうにか解読してみよう。空気を読む力が身に付くかもしれない。

 首を振ったり手を振ったりしてる。『違う』とか『そうじゃない』ってジェスチャーのような気がするけど。


「もしかして、既に衛兵の所に行ってきたんですか?」


 コクコクと頷く男。どうやら正解らしい。


「教わった場所に向かってて、迷ったんですか?」


 また頷いた。


「住所を詳しく見せてもらいます。…まだ少し歩きます。大体の場所しかわかりませんが、近くまで案内しましょうか?」


 ペコリと深くお辞儀した。礼儀正しい人だな。


 礼儀正しいからいい人物とは限らない…と幼少期のボクはガレオさんに教わった。騙す道具に使う奴もいると。あくまで相手を推し量る1つの指針…だけど、やっぱりいい印象を受けるのはガレオさんの影響だと思う。ボクは身に付けるのに相当苦労したから。


 男と街を並び歩く。目的の地区までは歩いて20分弱といったところ。案内するのは苦じゃないけど、初対面なうえにボクは話し下手。さらに相手が無口なので沈黙してしまう。話しかけたほうがいいかな?


「フクーベは初めてですか?」


 首を縦に振る。


「どなたかに会いに?」


 コクリと頷いた。あまり表情も変わらず、内心を察することができない。つまり、訊いても意味がないことに気付いた。


「…そういえば、名前も言ってませんでした。ボクはウォルトといいます」


 男は指を空中で動かし始める。なにか字を書いてるな。俺の…名前は…。


「イダチさん…で合ってますか?」


 小さく頷いてさらに指が動く。


『付き合わせて悪い。ありがとう』か。


「気が済むようにしてるだけです。ただの道案内ですし、お気になさらず」


 

 おおよそこの辺だと思われる場所に到着した。街外れにある住宅街の一角。


「この辺りだと思うんですが、正確な場所がわかりません。イダチさんもですよね?」

 

 とうやらわからないみたいだ。ココまで来たら最後で送り届けないと中途半端になる。それでは気が済まない。通りがかった人にでも訊いてみようか。


「テメェ…!白猫野郎じゃねぇか!探したぞ、コラァ!」


 声がした方向に目を向けると、見覚えのある獣人がいた。女連れの牛獣人。いや、バイソンか。


「誰だお前?」


 何者か知ってるけど、一旦とぼけてみた。


「とぼけんなクソがっ!どこに隠れてたかしらねぇが、ぶっ殺してやる!」

「なんなのアイツ~?ね~?」

「うるせぇな!黙ってろブス!」

「ひっどっ!」


 コイツはマードックが番になる祝宴を襲撃しようと集団で現れた獣人の1人。猫をバカにしたからぶん殴って放置した。

 サマラの話だとマードックにもやられたらしいのに執念深いな。祝宴に水を差したくなかったからあの程度で済ませたけど…獣人流にやらないとダメか。


 ドスドスと重い足取りで近付いてくる。体格だけは立派。急にイダチさんがボクの前に立った。


「どけや!なんだテメェはっ?!」

「イダチさん。危ないのでどいてください」


 ボクに背を向けたまま動かない。なんだ?

 

「このクソ人間…。舐めてんのか?どけっつってんだろ!」


 拳を振りかぶるバイソン。


「イダチさん!」


 押し退けようと突き出した手が空を切る。バイソンの拳を躱したイダチさんは、拳を握りしめて…大きく振り抜く。


「がぁっ…!」


 顔面を殴られたバイソンの身体が宙を舞う。着地して1回、2回と転がり、止まってからピクリとも動かない。


 …驚いたな。自分より二回りは大きな獣人を軽々殴り飛ばすなんて。冗談抜きで吹き飛んだ。見た感じは普通の人間。身体はボクより小さい。特別な術や技能は使ってないと思う。おそらく純粋な身体能力だけで殴った。ボクなら生身では絶対に無理。


「あはははっ!人間にやられるなんてダサすぎんだけど~っ!寝とけブサイク牛!」


 一緒にいた獣人女性はどこかへ消えた。その代わりに、バイソンの大声のせいで人がちらほら建物から顔を出してる。


「…あぁ~っ!」


 見上げると2階から顔を出して覗いている女性がいる。イダチさんと同じく褐色肌の女性は、さっと引っ込んで建物の入口から飛び出してきた。


「イダチ~!」

 

 駆け寄る女性を待ち受けるイダチさん。


「久しぶりだ…なっ!」


 助走からの全力フックが顔面を捉えて、イダチさんが吹っ飛ぶ。この女性も凄いパワーだ。なにが起こってるのかさっぱりわからない。


 起き上がって冷静に服の砂を払うイダチさんは、口から出血しても平然としてる。


「…ん?もしかして、白猫さんがイダチを連れてきてくれた?」

「連れてきたというより、住所の場所を一緒に探しにきた感じです」

「ありがとうね。方向音痴で記憶力も皆無なアホだから助かる。急に騒いでゴメンよ」

「大丈夫です」

「イダチ。アンタ、なにしに来たんだ?……は?そんなの気にしなくていいっての」


 一切喋ってないのに、女性はどんどん話を進めていく。ボクと4姉妹のような関係で完全に思考を読み切られているのかな。 この女性に会うことが目的か知らないけど、知り合いに会えたらボクの出番は終わり。住み家に帰ろう。

 

 …と。


「ちょっと待った!」

「ぐえっ…!」

 

 後ろからフードを掴まれる。


「白猫さん。アタシはヨウ。ちょっとお茶でも飲んでいかないか」

「げほっ…。ウォルトといいます。大したことはしてないので、お気遣いなく」

「いいからおいで。美味しいお茶だから」


 足取り軽く建物に入っていく。イダチさんに肩を叩かれ、顔を見るとフルフルと首を横に振った。


「飲まないと帰れないってことですか?」


 コクリと頷いてイダチさんも建物に入った。お茶くらいならいいか。美味しいと言われて気になるし。




 招かれた部屋で待っていると、ヨウさんがいい香りのお茶を淹れてくれた。


「カネルラじゃ滅多に飲めない茶だよ。美味いぞ」

「頂きます」


 初めて味わうお茶だ。香ばしくて苦味の中に微かな甘みがある。


「味や匂いからすると、植物をまるごと煎じてますか?」

「マル茶だ。イン・マルバって植物の小枝とか葉をすり潰して作る。南蛮ではポピュラーなお茶でね」

「美味しいです。脂っこい料理に合いそうです」

「君はわかる男だねぇ~。そういえば、ウォルトはちゃんと礼を言ったか?」

「お礼?誰にですか?」

「イダチにだよ。君を庇ってバイソンをぶん殴ったんだろ?」 

「そうなんですか?」

 

 イダチさんは照れ臭そうに指で頬を掻いた。ボクを守ろうとしてくれたのか。


「ありがとうございます。気付きませんでした」


 ちょっと照れ臭そうなイダチさん。


「はっはっ!豪胆だね。あのバイソンに勝てる自信があったのか?」

「はい」

「へぇ。イダチ、余計なお世話だったってさ」

「気持ちは有り難いです」


 絡まれた見ず知らずの獣人を助けようなんて普通思わない。理由はわからないけど、送ってきた恩返しなのかな?


「この無口男、結構強いんだよ。滅多に喋らないもんで、硬派だと思われて調子に乗ってるけど」


 この人、喋れるのか…。


「とりあえず、アタシはまだ帰らないぞ。やりたいことを見つけたんだよ」


 ハァ~…と溜息を吐くイダチさん。ヨウさんを故郷に連れ戻しに来たってことかな?


「そんな顔すんなって。別に姫の1人や2人いなくっても変わらないだろ?」


 姫…?イダチさんが目でなにか訴えてる。


「…やりたいことはなにかって?よくぞ訊いた。見て驚けっ!コレさ!」


 ヨウさんが見せたのは刺繍に使うフープ。やりかけの雑なカネルラ刺繍がなされている。


「カネルラの刺繍はどの国より綺麗だ。旅行に来て一目で気に入った。覚えるまでは絶対に帰らないからな。……『乱暴者で不器用のくせに』だと…?余計なお世話だっ!」


 カネルラ刺繍は特産物の1つ。他国にはない独特の色使いと細かい造形が美しい。ヨウさんはまだまだ覚えたてといったところかな。


「『国に帰ってからやれ』だと?ナムプールで誰が教えてくれるんだ?!」


 ナムプールは、カネルラから南方に位置する国家。マッコイと同じく南蛮地方の国で、世界地図(メーカトル)で見た限り結構遠かったはず。かなり温暖で国土のほとんどが緑に彩られた大自然。近代化とは無縁で国民は勇猛かつ好戦的らしい。


「『住むのもタダじゃない』…?私は贅沢なんかしてないぞ!刺繍職人になるまで帰らないからな!金は稼いでから返すと父上に伝えろ!」


 カネルラ刺繍の修業に来たヨウさんと、連れ戻しに来たイダチさん…という図式でいいんだな。あとは2人の話だ。帰ろう。


「『才能を感じない』…だと?お前になにがわかる!ウォルト!君はアタシの刺繍を見てどう思った?!」

「かなり雑で、売り物にはならないかと」

「バカ正直だなぁ?!」


 現状、刺繍をして稼げる腕ではないとボクでも断言できる。でも、最初は誰だってそうだ。


「どの程度の腕になれば満足するかわかりませんが、カネルラ刺繍を習得するには長い時間がかかると思います。フープをお借りしていいですか?」

「なにをする気だ?」


 数分かけて小さく花を刺繍してみせる。


「カネルラ刺繍は基本的に7種の技法があります。この花を刺繍して練習するのをオススメします。基本が全てが詰まっているので」

「君……凄いな。そんな簡単に…」

「簡単じゃありません。カネルラ刺繍は奥が深いです」

 

 ボクは本の知識から独学で覚えた。加えてフェムさん達から習ったドワーフの技法も生かしてる。花の練習法も勝手に編み出しただけ。


「どうやればできるのか教えてほしい」

「師匠がいるのでは?」

「不器用なのと、物覚えが悪すぎて破門にされた。今は自力で学んでる」

「なるほど」


 イダチさんの肩が揺れてる。顔を隠して笑ってるっぽい。ヨウさんから脳天に拳骨を食らって舌を噛んだのか悶絶した。


「このバカたれめ…。失礼な奴だ」

「では、ボクの知ることを簡潔に教えますね」


 実際に見せながらポイントを重点的に教えると、真剣に聞いてくれた。


「かなりわかりやすい。職人なのか?」

「趣味でやってます。ちなみに、ヨウさんは刺繍を覚えてどうしたいんですか?」

「祖国で広めたい。ナムプールの衣装は装飾が派手なんだ。宝石のように煌びやかなモノを散りばめると言えばわかりやすいか。ただ、刺繍のように生地を装飾する技法がない。悪いとは言わないが、いずれナムプール独自の刺繍が誕生するかもしれないと思って普及したくなった」

「いい考えだと思います」

「信用してもらえるかわからないが、アタシはこう見えてナムプールの王女なんだよ。継承権もない三女だがね。ヨウ=パトマっていうんだ。祖国の女性のタメになることをやりたいし、ある程度やりたいことをやれる立場なのさ。イダチはアタシの婚約者ってヤツで」

「そうなんですね」

「なかなか帰ってこないから迎えに来たって言われてもねぇ。治安もいいし居所も伝えてるってのに」


 それでも親や婚約者なら心配するだろう。カネルラは治安がいいと云われてるけど、犯罪が起こらないワケじゃない。


「カネルラは面白くていい国だね。多くの自然を残しながら街は発展していて、いい塩梅というかよきモノを取り入れる柔軟性が感じられる。古くからの伝統に縛られるだけじゃない…おっと、忘れてた。教えてもらった報酬を渡そう」

「いりません。イダチさんが庇ってくれたお礼ということで」


 言い訳にちょうどいい。


「もしよかったら、また刺繍を教えてもらえないか?」

「フクーベに住んでないんです。でも、たまに来るので時間があるとき限定でもよければ」

「う~む…。報酬なら弾むけど」

「職人でもないのに貰う意味がわかりません。いらない代わりに我が儘を言います」


 いつもなら完璧に断ってるけど、気になることがある。ヨウさんが刺した刺繍は、薄ら不思議な光を放ってるんだ。この光はなんなんだろう?魔力…ではないと思う。使ってる糸も普通なのに、刺繍は普通ではないような…。



「クソ猫ぉぉ~!どこいきやがったぁ~!」


 外からバイソンの声がした。目が覚めたか。


「では、また機会があれば顔を出します。マル茶、ご馳走様でした」


 外に出て目が血走ったバイソンに話しかける。


「道で騒ぐな。目立つから路地に行くぞ」

「俺に命令すんじゃねぇよクソがっ…!さっきの人間はどこだっ?!」

「もういない。復讐する気ならやめておけ」

「ナメやがって…。まずはテメェから死ねやっ!」


 一直線に突進してくる。迫力満点でまさにバイソン。でも、遅い。ギリギリでしゃがみ水面蹴りの要領で足をかける。


「しゃらくせぇ!足をへし折ってやらぁ!!」


 体重差がありすぎるボクを蹴り飛ばすなんて簡単だ…と思っているだろう。


「オッラァァッ!……いってぇ!」


 蹴った瞬間スネの折れる音がした。鉄以上に『硬化』した足を全力で蹴ればそうなる。身体強化なしで鉄を砕ける奴は獣人にもそういない。


「っつぅ…!がはぁっ…!」


 バランスを崩して倒れこむバイソンの顎を下から足裏で蹴り上げると白目を剝いて派手に倒れた。コレは生身の攻撃。いかに非力な蹴りでも、相手の勢いを上手く使ってまともに顎に入れば倒すことくらいできる。ましてや硬く変化させた足。

 フクーベにいた頃、このくらい頭が回っていれば…なんて思ったところで過去は変えられない。結局魔法を使ってるし、急所を学んだり何度も強者と手合わせした今だからやれること。


「お見事。やるなぁ、ウォルト」


 手を叩きながらヨウさんが近寄ってくる。


「火の粉を振り払っただけです」

「手先が器用で強く、謙虚な獣人なんてそういない。なにより君から森の匂いがする。気に入ったからナムプールに来ないか?刺繍も習えて助かる」

「お断りします。カネルラが好きなので」

「祖国の森には、獣人の祖先と云われる動物が沢山いるぞ」


 ピクッと耳が反応する。


「アムゾルの森といってな、猫、犬、狼、猿や熊もいる。この国とは数が比べものにならない。まさに動物の楽園だ。会ってみたくないか?」

「会ってみたいです…が、今は行きたいと思いません」

「う~ん。釣られないんだな」

「旅行なら行ってみたいです。では」

「仕方ないか。刺繍を教える約束を忘れないでほしい」

「暇があればまた来ます。貴女がいないかもしれませんが」


 カネルラに刺繍職人は沢山いるはずで、きっとヨウさんに合った指導ができる人もいる。知り合いがいれば紹介してあげたかったけど、残念ながら誰も知らない。


 イダチさんが前に出て、また指で字を書き始めた。


『ヨウには……普通の人では教えられない…。頭が悪くて……強さしか……取り柄がない…。なんとか……頼みたい』…か。早く帰国したいんだろうな。でも、ボクも早く住み家に帰りたい。


「イダチ~。アタシをバカにするのも大概にしろ。文句があるなら、いつでも婚約破棄してやるぞ」


 とぼけた顔で誤魔化してる…。婚約者だけに仲がいいなぁ。言動が面白くて、王族なのに王族に見えない。リスティアもそうだけど、世界にこんな人達がいるだけで嬉しく思える。


 それにしても、バイソンのしつこさに久しぶりの獣人気質を感じた。こっちは目立ちたくないのに困らせてくれる。次に会ったら考えなくちゃならない。


 これ以上しつこく絡んでくるようなら、容赦なくグランジと同じ目に遭わせてやろう。友人達に絡まれる前に。

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