676 あの頃の遺産
「今日はゴメンね」
「えぇ~!?」
「また来た時には見せるよ。約束する」
「う~ん…だったらいい!」
「ありがとう」
今日はフクーベの孤児院に来ているウォルト。
いつものように「手品みせて!」と子供達からリクエストされたけど、孤児院には知らない大人達がいた。そして、なぜかボクの手品を見たいと言うので当然断った。
基本的に見ず知らずの人に魔法を見せない。特に興味本位の人には。ただの手品を見せてもよかったけど、楽しませるには道具が足りないし、見せる理由もない。子供達に断っているとシスターマリアが近寄ってきた。
「ウォルトさん、申し訳ありません。シスターの1人が口を滑らせてしまったようで、そんなに面白い手品なら見たいという方がいらっしゃって」
「子供以外に見せたくないという只の我が儘なので、その方は悪くないです」
「またよろしくお願い致します。私はまた拝見したいです」
「はい。その内に。今日は一緒に遊んで帰ってもいいですか?」
「どうぞ」
ボクとしては一緒に遊べて料理を作れたら最高。ただ、来客があるということで料理は必要ないらしい。手品が見れないということで、知らない人達は直ぐに帰った。獣人の手品を見に来るなんてよっぽど暇なのかな?
一緒に駆け回り、ちょっとした休憩でこっそり魔法を使った手品を見せると、子供達は喜んでくれた。やっぱり子供の笑顔はいいな。大人には楽しみが沢山あるし、それぞれ楽しめばいい。ボクは大人を喜ばせる術を知らない。
思った以上に早く帰ることになったので、久しぶりにラットの家に寄ることにした。出不精鼠は絵を描いているだろうか。玄関のドアをノックすると、ペタペタ近付いてくる。
「よぉ」
「久しぶりだな。寄らせてもらった」
「あぁ。入れよ」
足を踏み入れるとまぁまぁ散らかっている。
「よし」
テキパキと片付ける。ラットはなにも言わないし、手伝うこともしない。
「いつもより散らかってないな」
「一応心がけてるんでな。ところで、お前の恋人はいつ紹介してくれるんだ?」
「なんの話だ?」
「とぼけるな。あの魔導師姉妹のどっちかとデキたんだろ?リンドルから聞いたぞ」
「その情報は間違ってる」
オーレンが言ってた通りだ。ウイカ達が機嫌よく話すことで周囲に誤解されると言ってた。ラットにはちゃんと伝えておこう。
「なるほどな。節操なしの猫が爆誕したってのはわかった」
「失礼な。ボクは4人になにもしてない」
「まぁ、今後を楽しみにしとく」
部屋を片付け終えてカフィを淹れる。ボクはお茶を淹れた。
「お前と暮らすのは御免だが、このカフィは毎日飲みたい」
「ボクも同意だ。お前と一緒には住めない」
ボクらはフクーベの人夫仕事で知り合って、店が所有する古い倉庫のような建物で共同生活をしていた。もちろん部屋は別だったけど。
ラットはとにかく部屋を汚して、掃除や整頓に無頓着。風呂嫌いでもある。性格的な問題はないけど、一緒に暮らすとイライラして仕方ないだろう。
「ところで、腰痛くないか?」
「痛いが、なんでだ?」
「ちょっと試させてもらいたいことがある。腰の治療で」
「実験台か。やってみろ」
ベッドでうつ伏せになるモフモフ瓢箪鼠人。この素直さはどうやら腰が結構痛むとみた。
「いつもと違う治癒魔法になるけど、効果を教えてくれ」
「わかった」
ステファニアさんから学んだ『聖女の慈悲』を発動する。自傷で回復効果は確認済み。
「どうだ?」
「いい感じだ。けど、いつもよりゆっくり痛みがとれる感じだ」
「そうか」
まだ習得しきれてないのもあるけど、聖職者だからこそあのレベルの治療ができるのかもしれない。
「ウォルト。俺達が住んでた建物が壊されたの知ってるか?」
「聞いたよ。店を畳んだらしいな」
「理由を知ってるか?」
「儲からなかったんじゃないのか?」
キャロル姉さんも知らなそうだった。興味がないだろうけど。
「儲かってたのにバカ安い給料で従業員を酷使してたから、それがバレて報復されたってもっぱらの噂だ。店主が夜道で強盗に遭ったってよ。金やら帳簿やら根こそぎ持っていかれたらしい。リンドルから聞いた」
「そうか。生きていける給料は貰ってたけどな…」
「犯人は捕まってないらしいぞ」
情報が確かなら、高確率で獣人の仕業だ。でも憶測で断定できない。
「治療はもういい。痛みはなくなった」
ラットはベッドから下りてカフィをすする。
「まだ建物の半分くらい残ってる。見に行ってみるか?今の内だ」
「ちょっと気になるけど」
「なら行くぞ」
「普段なら外に出たがらないのに、どうしたんだ?」
「たまには外に出ろってリンドルがうるさい。どうせなら目的があった方がいい」
「だったら行こう」
外に出てやることはまずルート決め。ラットは大通りを歩きたがらない。裏道を行くことに。
「こんな道あったかな?」
「お前がいた頃はなかった。建物が壊されて道になってる」
「出歩かないのによく知ってるな」
「リンドルが教えてくれるだけだ。知識だけある」
久しぶりに裏通りを歩く。
懐かしさというより、嫌な記憶が呼び覚まされる。ボクはよく連れ込まれていたから、路地裏や脇道には詳しい。明るく賑わう大通りと違って、裏道に不気味な仄暗さを感じるのはボクだけだろうか?
「おい。そこの猫と鼠」
絡まれる確率が高いのも裏通りの特徴。狼の獣人か。
「金貸してくれねぇか?」
「そんな金はない。失せろ」
「テメェ。なんだその態度は?」
ウザったいな。
「おい、さっさといくぞ。無視しとけ」
「ちょっと待てや」
肩を掴まれて魔法で眠らせると膝から崩れ落ちた。記憶も魔法で適当に飛ばしておく。
「一瞬か。凄いな」
「誰でもできる。こんな魔法の使い方はボクしかやらないと思うけど」
いつになったら絡まれなくなるのか。死ぬまで絡まれるのか?だから街は面倒くさいと思ってしまう。その後は順調に辿り着いた。目の前には半壊した建物。
「なんで中途半端に残されてるんだ?」
「解体で雇った獣人が面倒くさくて逃げ出したんだろ」
「ありそうな理由だな」
床や壁、天井も中途半端に残されていて中は丸見え。
「中に入るのはダメだと思うか?」
「外から丸見えで、盗まれるようなモノもない。前にガキが何人か遊んでた。別にいいだろ」
元々ドアがあった場所から中に入る。柱の位置や階段があった場所は今でも覚えてる。ボクは1階に住んでいて、ラットの部屋は2階。階段が崩れて上には登れない。
足元には崩れた木材や硝子が散乱して、避けながら進むとボクの住んでいた部屋は辛うじて形を残していた。
「お前の部屋は質素だったな。あったのはベッドと本だけ」
「少ない給料で好きな本を買うのが唯一の贅沢で楽しみだったからな。そう言えば、ボクが残していった本はどうなったんだろう?」
「いつの間にかなくなってた。捨てられちまったかもしれない。俺が保管しとくつもりだったけど、お前は直ぐに帰ってくるかもしれなかったし、もたもたしてる内にな。悪かった」
「気にしないでくれ。頭には入ってるし自業自得だ。こっちこそ気を使わせて悪かった」
ラットはボクを心配してくれていた。それだけで有り難すぎる。
部屋だった場所に足を踏み入れると、今は一部の床と破壊された壁が残っているだけで面影もない。ココで数ヶ月過ごしたんだ。2人で初めて行った食堂が不味い料理専門店で、帰ってから炊事場でラットに料理を作ったこともあったなぁ。
あの頃が自然に思い出される。隣の部屋は…まだ原形が残ってるな。
「おい!勝手に入るなっ!」
聞き覚えのある声がして、パッと振り向く。声の主は…少しだけ歳を重ねているように見える。
「この建物はいつ崩れてもおかしくない。さっさと外に出ろ………お前ら……どこかで会ったことがあるか…?」
ボクらのことを覚えてないのか?無視してるけど、ラットも覚えているはずだ。
「直ぐに出ます」
「……思い出した。お前、ウォルトじゃないか…?」
「お久しぶりです。ロドリさん」
「話し方で思い出した。…というか、生きてたのか」
「なんとか生きてました」
ロドリさんはボクらと一緒に働いていた人夫。長いこと勤めていたベテランで、人間だから力仕事じゃなくて修理なんかの器用な仕事をしていた記憶がある。隣の部屋に住んでいたのに、あまり話したことはない。「金なさすぎて、強盗とかやるんじゃねぇか?」と揶揄されるくらい倹約家で有名だった。
「ラットも思い出したぞ。おい、無視するなよ」
「俺に触るな」
頭を触ろうとしてきた手を不機嫌そうに払いのけてる。
「可愛げのない奴だ。お前らまだつるんでるんだな。ココでなにしてるんだ?」
「通りがかって気になったから中に入っただけです。自分の部屋がどうなったのか気になって」
「お前が雲隠れしたとき、なんの荷物もなかったろ?あったのは本だけか」
「はい。この建物、壊してしまうんですね」
「店を畳んだら住み込むとこを残す意味がない。ちなみに、壊したんじゃなく壊されたんだ。おやっさんが襲われたのは知ってるか?」
「聞きました」
「結構酷くやられたみたいで、調子がなかなか戻らなくてな。商売は奥さんや息子が続けてたのに、どんどん獣人が辞めて現場が回らなくなった。立ち行かなくなってきたとこで夜中に襲撃だ。寝てたからびっくりしたぞ」
「よく無事でしたね。犯人を見たんですか?」
「暗かったし顔を隠してた。けど獣人だ。お前らとは違う立派な体格が何人もいて、建物を壊すのが目的だったのか俺は見逃された。俺しかいなかったから、何回も証人として呼ばれて困ったぜ」
「恨まれてた線が濃厚ですね」
「獣人を冷遇しすぎた報いだろ。けど、その分儲けてたってことだ。店が潰れても困っちゃいないだろうよ。困ってるのはクビになった俺の方だ。まだ次の仕事が決まらなくて、安い日雇いと居候生活満喫中ってか」
「貴方は器用だから直ぐに見つかりそうです。それより、ボクらの給料ってそんなに安かったんでしょうか?」
「ココだけの話、俺と比べても半分くらいだった」
「少ないですね。でも、貴方は優遇されていたのなら別に困らないんじゃないですか?」
「所詮雇われだ。お前達よりは多く貰ってたけど、飛び抜けて高かったワケでもない。貯めてた金で細々食いつないでる」
「なるほど。ロドリさんはなぜココに?」
「お前らみたいに通りがかっただけだ。よく子供が入り込んで遊んでる。危ないから声かけてるんだよ」
「危ないのにこの状態で残しておくことに意味があるんでしょうね」
「なに?」
「子供が危ない目に遭うなら、さっさと壊すべきです」
ミシッ…と微かに柱が軋む音がした。
「ラット。行こう」
「あぁ」
「ロドリさん。もうお会いすることはないと思います」
「生きてりゃいいこともあるぞ。元気でな」
ボクらが建物を出て直ぐに、ギシッ…!ギシッ…!と柱から激しい音が鳴り出す。
「ウォルト。なにかしたのか?」
「魔法で柱を傷付けた」
この建物は壊すべきだ。いろんな意味で。
「……うおぉぉぁっ!」
ロドリさんが急いで外に飛び出してきた。建物が崩れ始め、ホコリを舞い上げながらゆっくりと潰れてしまった。
「なんで急にっ?!危なかった!」
「いつ崩れてもおかしくなかったでしょう?なぜ慌ててるんです?」
「急に崩れたら誰だってビビるだろ!柱はしっかりしてたのに…!」
「そんなこと、よくわかりますね」
「お前ら獣人には言ってもわからないだろうよ!……う…ぅ」
失礼なことをほざく人間には、少しだけ魔法で眠ってもらう。
「ラット。悪いけどもう少しだけ付き合ってくれないか」
「なにするつもりか知らないが、いいぞ」
「ありがとう。ちょっと行ってくる」
「どこへ?」
「衛兵の詰所」
詰所から忙しそうなボリスさんを呼んできた。
「建物が崩れたか…」
「教えて下さい。言えないなら答えなくても結構です」
「なんだ?」
「この建物は獣人が壊したと言われてるようですが、本当ですか?」
「証拠はどこにもない。証言を額面通りに受け取ると、疑わしいのは雇われていた獣人というだけだ」
「危険な状態なのに、壊されない理由は?」
「ベテランの従業員から、崩して更地に戻すから任せてくれと言われてるらしい」
「随分と杜撰な話ですね」
「なんだと?」
「ちょっとだけ付き合ってもらえませんか」
瓦礫を避けながらボクの部屋があった場所…のすぐ傍に案内する。
『筋力強化』で軽く放り投げて瓦礫をどけた。
「ボリスさんにお願いしたいことがあります」
「なんだ?」
「この部屋……もう部屋でもないですが、くまなく調べてもらえませんか?」
「なにを企んでいる…?」
「無理なら大丈夫です。ちゃんと言いましたよ」
「俺が調べなければ、お前が勝手にやるということだな。いいだろう」
話が早くて助かる。ボリスさんは早速調査を始めた。
「…ん?ココの板が…外れそうだ」
床板の一部を外すと、中は空洞でいろいろなモノが詰め込まれているのが見えた。
「コレは…帳簿?金品もある…。なんだココは…?」
「事件の証人が住んでいた部屋です」
「なに?」
「節約家の男で、常にお金を貯めていました」
「なにが言いたい…?」
「調べるのはボリスさんの仕事です。ボクが知りたいのは、もしかするとこの収集品の中に………あった」
手に取ったのは、ボクが初めての給料で買った思い入れのある本。ワクワクしながら一気に読んだ記憶が蘇る。ホコリを被って、湿気を吸ったのかボロボロだ。裏表紙を開くとボクのサインが書いてあるから間違いない。
「ボリスさん。この本はボクのモノなんです。持って帰ってもいいですか?」
「その前に事情を説明しろ。一向に事態が掴めない。望み通り協力しただろう」
「憶測だけの話になりますが、それでもいいですか?」
「構わない」
おそらく当たらずとも遠からずだと思う。
「短い間でしたが、ボクはココに住んでいました。壊れたと聞いて見に来たんです。そして元同僚と再会した。おそらく店を傾けた張本人です」
「なに?」
「彼はボクら獣人に給料を渡す役でした。長く勤めるベテランで、店主から信頼されていたんです。獣人の給料は元から安かったと思いますが、奴はそこから更に搾取していた。それが明るみに出てしまったか、もしくは店主に疑われたかもしれません」
ロドリは薄給のボクより質素な生活を送っていた。誰も給料を抜かれているとは思わない。ボクもついさっきまではそう思っていた。会話中の匂いの変化に気付くまでは。今だからわかる。
「都合が悪くなり、支給した証拠となる帳簿を店主から奪って、元々働いていた獣人を噓で煽ったか金で雇って建物を壊させた。だからこの部屋だけ被害が少ない。その上で「獣人を冷遇していた」と噂を流せば店は悪評を被る。そこまでは上手くいったけれど、彼が長年溜め込んだ貯蓄は直ぐに運び出せる量ではなく、新たな仕事と家が決まってから改めて取りに来るつもりだった」
「根拠があって言ってるのか?」
「匂いと過去の言動からの予想です」
「お前の妄想というか、無責任な作り話かもしれないってことだな」
「そう思って頂いて構いません。あくまで憶測ですが、ボクの本を盗んだのは確かです」
「ソイツは詰所で取り調べる。簡単に手出しはさせないぞ」
「外で寝てるので御自由にどうぞ。衛兵として御協力ありがとうございました」
ボリスさんは事件に繋がる証拠がないか今から所持品を入念に調べるらしい。後は任せよう。ボクが持っていた本は全て回収させてもらったけど、もれなくボロボロになってる。本に興味がないなら、二束三文でも売ってくれた方がマシだ。そうすれば誰かが手に取って読んでくれたかもしれないのに。
「ラット、待たせてすまない」
「気にするな。面白い話だった」
「世間の声が正しい可能性が高いけど」
「あながち間違ってない気がする。悪かったな…。あの時、俺が本を持っていっていれば…」
「悪いのは急にいなくなったボクだ。この本は、自分への戒めとして大切に保管しておく」
「結局反省しないだろ」
「今はしてる」
「ははっ。帰る前にちょっとだけ待て」
「どうした?」
ラットは急に助走をつけて跳び上がった。そして…寝ているロドリの胸に勢いよく着地する。
「ぐぇぇっ…!」
「お前、偉そうに何遍も俺を小突きやがったよな…。覚えてるぞ。コレでチャラにしてやる」
「ラット。多分肋骨が何本か折れてる」
ビキッ!といい音がした。
「知るか。行くぞ」
「ぐふぅっ…!」
ついでとばかりに腹を踏みつけながら下りる。ラットも獣人。あの頃やられていたことを知ってたから、コイツのことを絶対に覚えてると思ってた。
他の獣人からの扱いを見て、ボクらに舐めた態度をとる人間もいる。ロドリはラットを揶揄ったり頭をはたいたりしてた。そこらの人間じゃ力でラットに勝てない。賢いから理性を保っているだけ。見た目はモフモフでも筋肉質で体重も重い。
あの頃のように並んで街を歩く。
「詫びに俺が新しい本買ってやろうか?」
「遠慮する。ボクもそのくらいはお金を持ってるからな」
「そうか。じゃあ、飯を奢ってやるよ。あの…不味い飯屋で」
「う、噓だろっ?!あの店まだやってるのかっ?!」
「ククッ!懐かしいだろ」
気分は乗らなかったけど、さすがに多少は変化してるはず…と期待して、思い出の料理を食べて帰った。
ひどく懐かしくて、苦い思い出もいい思い出も吹き飛ぶくらいに不味かった。