675 輪廻の悪女
「ニャッ」
「気を付けて」
ウォルトは朝から森に向かうシャノ一家を見送る。最近では4兄妹もめっきり逞しくなってきた。
シャノから『最近言うことを聞かないから、首に付けてくれ』と頼まれた。…ということで、シャノと同じ魔石を編み込んだ首輪を4個作って着けてあげた。行方不明になっても探せる。今だけだろうし。
そんなシャノ達を見送って魔法の修練をこなしていると、展開している結界に人の反応。過去に感知したことのない種類の力を纏っている。魔力ではないと思うけど、不思議と嫌な感じはしない。ただ、間違いなく知り合いじゃないな。
結界に気付く様子はなく、ゆっくり歩を進めるのは2人。歩幅やスピードから推測すると女性だと思われる。サバトが目的の輩だった場合、住み家を知られると厄介なことになりかねないので、住み家を視認できない結界で防護して確認に向かうことにしている。最近では、運命の指輪に魔法の付与を頼まれたとき以来。
さて、行ってみよう。大抵はスクライングで簡単な素性もわかる。普段は使うことがなくても輩に使うのは躊躇わない。この距離だと駆ければ20分といったところ。
休まず駆けてきて、変わらず歩みを進める2人組との距離はもうないに等しい。草を踏みしめる足音が近付いてくる。
姿を『隠蔽』して待ち受けていると、法衣に身を包む女性と、部分的な鎧を身に付ける女性2人組が現れた。
1人はガリア教団関係者だな。情報が漏れたのか?微かに声が聞きとれる。
「歩き疲れましたわ…」
「サバトに会いに行こうと言い出したのは貴女です。しっかりしてください」
どうやら目的はサバトに会うことで間違いない。労せず確認できた。どんどん距離が近付く。でも、ボクに気付く気配がない。
「…あいたっ!」
法衣を着た女性が額を木の枝にぶつけた。
「いったぁ~い!」
「前を向いて歩かないからですよ、ステファニア様」
ステファニアと呼ばれた女性が掌をおでこに添えると微かに光を放つ。すると赤みが引いた。初めて目にする治癒の力。
「相変わらず便利ですね。自作自演ですが」
「アムラン。嫌味ばかり言っていては、性根が曲がってしまいますわよ!」
「ふふっ。もう曲がっているかもしれません」
どうやら輩ではなさそうな雰囲気だけど、念のため確認してみようか。既に目の前まで来てるし。
「どうも」
「ひぃゃあぁぁっ!」
「わぁぁっ!」
『隠蔽』を解除してサバトの姿で話しかけると、2人とも尻餅をつく。とりあえず剣は抜かれない。
「どっ、どこから現れたんですのっ?!」
「少し前からいて、貴女方の会話を聞いてました」
「……はっ!白猫面とローブ…。貴方はもしや、魔導師のサバトさんではありませんか?!」
「そうです。驚かせてすみません。なにか御用ですか?」
「実はそうなんですのっ!貴方にお会いするタメにやって参りました!」
屈託ない笑顔。フェリペさんに雰囲気が似てるな。やっぱり教団関係者だろうか。
「改めて、サバトといいます」
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます!私はステファニアと申します!こちらは護衛のアムランで、カネルラの西…ハーグランドから参りました!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
起き上がったアムランさんがボクとステファニアさんの間に入る。ボクに背中を向ける形で。
「どうしたのです、アムラン。そんなに慌てて」
「彼がサバトだという確証はありません。身分を明かすのは尚早ではないですか?確かに風貌は伝え聞く通りですが…」
「この方は間違いなくサバトさんですわ。見ればわかりますもの」
疑われるのは毎度のことだけど、断言する理由を知りたい。
「醸し出す雰囲気が大魔導師のソレですわ!サバトさん意外にあり得ません!」
盛大な勘違いだった。ソレってなんだろう?
「ステファニアさんは、なぜサバトに会おうと思われたんです?」
「よくぞ訊いて下さいました!私、母国で治癒師をしておりまして!」
「さっきも額を治療されていましたね」
「見ていらっしゃいましたか!お恥ずかしい!」
「見事な治療でした。まるで加護の力のような」
「よく御存知で!治癒魔法ではなく、まさしく加護の力なのです!サバトさんは博識ですわ!」
「大袈裟です。話の腰を折ってしまいました。続けてください」
「実は、悩みを抱えておりまして」
「悩みとは?」
「私、無類の治療したがりなのです」
「したがり?」
ちょっと意味がわからない。
「いつも物足りませんの」
「世間からの評価ですか?」
「サバト殿。私から説明させて頂きます。ステファニア様は口下手なので話が進みません」
「そんなことありませんわ!アムランはバカにしすぎです!」
「事実です」
言い争いが始まる。内容は大したことないから日常茶飯事なのかな。
「ステファニア様は治癒師としての格が違うのです。即死級の傷ですら回復させてしまいます」
「それは凄いですね」
「えへへ。それほどでも」
かなり若そうなのに相当な腕だ。まだ20代くらいだと思う。ボクより若い可能性すらありそう。
「ですが、力の使い方を間違えているのです。母国でも問題視されておりまして」
「私のやりたいことをやります!悪いことは行っていませんわ!」
「問題とはなんですか?」
「まず、ハーグランドは治安が悪いのです。争いが絶えず治癒師の出番も多い。ステファニア様が普通の治癒師と異なるのは、誰彼構わず治療します。敵も味方も、浮浪者もケンカに負けて倒れている者まで」
「傷ついた者は分け隔てなく治療するということですね」
「そうです。頼まれてもいないのに勝手に戦場に赴き、片っ端から治療して回るので争いが終息しません」
「なるほど」
真実なら敵も味方も体力が続く限り戦い続けることになる。倒しても倒れても終わりのない争いは苦痛だろう。
「戦場にステファニア様が現れると、気が狂うか心が折れるまで戦い続けることになるので、『輪廻の悪女』との異名が付いてしまいました」
「ひどい話ですわ!私はただ治療しているだけなのに!悪女だなんて!」
「争いを治めることに関して右に出る者はいません。誰もが闘うことを諦めます。ですが…」
「ガリア教団の信徒なのに、国に関わりすぎていることが問題なのでは?」
アルバレスさんとフェリペさんから教わった。教団は国と連携しない独立組織だと。
「その通りです。元々は教団で『奇跡の聖女』と呼ばれ注目されていたのですが…奔放な性格で勝手に行動し、指示に従わないので追放寸前です。決して悪気はないのですが」
「授かった力を惜しみなく使わねば、なんのタメに授かったのかわかりませんわ!」
「おおよそ理解しました。ステファニアさんの悩みとは?」
「私は一度でいいのでお腹いっぱい治療してみたいのです!今まで満足したことがありませんの!」
「凄い悩みですね」
考えたこともない。戦場で見境なく治療しても満足できないとなると、相当な力を有してる。
「類を見ない魔導師と呼ばれるサバトさんならなんとかできるのではないかと訪ねたのです!」
「そう言われても…力になれそうな気がしませんが」
神から授かった治癒の力に興味はある。でも、確認するタメだけに他人を傷つけるのはあり得ない。ボクがいくら自傷してもその程度では物足りないだろう。どうしたものか。
「ステファニアさんの加護の力は、人族にしか効果がないんですか?」
「人だけではありませんわ!動物でも魔物でも治療できますの!」
「万能な治癒能力なのです。変態治癒師と言っても過言ではありません」
「さすがに過言ですわよ!」
「では、確認させてください」
『憎悪』を広範囲に発動して魔物を呼び寄せる。集まったのはざっと30匹くらいか。
「な、なぜ急に魔物がっ?!」
「魔法で呼び寄せました。今から魔物を討伐します。ステファニアさんは治療して頂けますか」
「いいんですか?!お任せ下さい!」
まったく動じる様子がない。気になるから実際に見せてもらおう。
「では、いきます」
『針鼠』で魔物を攻撃する。急所は避けて致命傷は負わせないように調整した。
「凄まじい魔法だっ…!信じられない…!」
「ステファニアさん。治療を」
「かしこまりました!『聖女の慈悲』ですわ!」
ステファニアさんは杖を構えて力を纏う。すると、辺り一面に光の粒子が煌めき、魔物達の傷が癒えた。素晴らしい治癒速度と広大な効果範囲。想像以上だ。平然として疲れた様子もない。
「お見事です」
「ありがとうございます!」
「では、再度攻撃します」
「はい!」
再び魔法で攻撃してステファニアさんが即座に癒す。ボクは不思議な力を観察しながら惚れ惚れしていた。
火傷も凍傷も、裂傷も瞬時に回復する。過去に目にしたこともない力。魔法ではなく『精霊の加護』とも違う。ボクの知る限りでは聖なる力に最も近い。神から授かる聖なる力の効果はそれぞれ異なるとフェリペさんが言っていた。その内の1種かもしれない。
「グルルルゥッ……」
「グルゥッ……」
4度目の治療後に魔物達は姿を消した。心が折れたってことかな。
「少しだけスッキリしました!」
「まだまだ余裕なんですね」
「はい!もっと力を使いたいですわ!」
治療して力を消費すれば満足感を得られるのなら、なんとかなるかもしれない。
「では、もっと治療できる場所に行ってみましょう」
「本当ですか?!楽しみですわ!」
もっと不思議な力を観察させてもらいたい。
「ちょっと待って下さい!どこに行くんですか?!」
「無粋ですわよアムラン!楽しみにしておきたいですわ!」
「ステファニア様。相当危険な場所かもしれませんよ」
「治療の必要性は危険な場所にこそ転がっているのです!というワケで、サバトさんに付いていきますわ!」
アムランさんは常識人なんだろう。普通なら警戒するような提案を疑いもせずに受け入れない。ただ、ステファニアさんの気持ちがわかる。自分の限界は常に知っておきたいからだ。
目的地はそう遠くない。直ぐに到着した。
「ココは洞窟ですの?」
「ダンジョンです。多くの魔物が出現します。今から入ろうと思いますが、当然危険が伴うのでやめるなら今の内です」
「行きますとも!行かないという選択肢はありませんわ!初めてダンジョンに入ります!」
「アムランさんもよろしいですか?」
「構いません。護衛に専念させて頂きます」
「では、行きましょう」
久しぶりに来たのは、多幸草が採取できるダンジョン。魔物はさほど強くない。
ボクが攻撃して間髪入れずにステファニアさんが治療する。諦めた魔物が逃走してから先に進むので、おのずと戦闘は長くなってしまう。
「楽しいですわ!サバトさんの的確な攻撃で治療にスピードが求められます!付いていくのがやっとです!」
「1匹たりとも死なせないことが凄いです。こんなに魔物が混乱している姿は初めて目にします」
『やられた…』という顔をして倒れるのに、あっという間に回復する。魔物達は挙動不審な行動をとり始めて、最後には逃走。珍しすぎる光景。
「まだ満足されていませんよね?」
「まだまだ元気ですわ!」
ステファニアさんはウイカやアニカと大差ない体格。この小さな身体のどこに力を蓄えているんだろう。本格的に治療してもらうタメには、もっと強く数多くの魔物に遭遇する必要があるな。
「サバトさんは疲れていないのですか?」
「大丈夫です。効率よく攻撃できているので」
無理してトドメを刺す必要がないので、魔力の消費を抑えられる。かなりセーブしても問題ない。
「では、『魔物部屋』に向かいます」
「魔物部屋とはなんですの?!面白そうですわ!」
「ステファニア様!迷宮罠の1つで危険です!お断りしましょう!」
アムランさんは聖騎士だと思うけど、知識はあるんだな。
「いえ、行きますわ。私は充実しているのです。今は治療しても誰にも批判されません。人の醜い争いに巻き込まれることなく、ひたすら治療できる幸せを味わっています。存分に腕を振るうつもりですわ!」
「はぁ…。わかりました。どうなっても知りませんよ」
「では行きます」
地面に掌を添えて『破砕』で撃ち抜き、崩れた穴から落下する。
「最高に楽しいですわ~!落下してますのよ~!」
「ひぃぃ~~っ!いきなり~!?」
対照的な2人を両脇に抱えて『無重力』で着地する。早速魔物に囲まれた。
「…かなり危険な魔物部屋です!上階の魔物とレベルが違いすぎます…!」
「仰る通りで、同じダンジョンでもたまにあるんです。強い魔物ばかり集まる部屋が発生することが」
「わくわくですわ~!治療しがいがあります!」
「グルルル!」
「来ます」
ざっと見て魔物の数は100以上。あらゆる魔法を駆使して攻撃する。ダメージを与えても片っ端から治す凄い治癒師だ。胴体に穴が空こうと、頭が半分吹き飛ぼうと綺麗に回復する。
「最っ高ですわ!サバトさん、負けませんわよ!」
「勝負していませんが」
戦闘は休むことなく数十分続いた。
「ステファニアさん。まだ大丈夫ですか?」
「もちろんですわ!私はこんなこともできるのです!『湧き出す祈り』!」
魔物達が力の恩恵を受けなくても回復していく。自然に回復し続ける力ということか。素晴らしい。
『操弾』
おびただしい数の魔力弾を魔物に浴びせる。痛みにも強くなるのか、怯まず接近してくるので足を止める時間を稼がなくちゃならない。
絶え間なく魔法を浴びせ続け、しばらくすると魔物の傷は回復しなくなった。
「ステファニア様はいつものことですが…サバト殿も噂に違わぬ大魔導師ですね…」
「本当ですわ…!凄いとしか申し上げられません!ですが、まだまだです!」
ボクは潮時だと思う。
『獄炎』
「グガァァ…!」
全方位への火炎放射で魔物を一気に焼き尽くす。
「あまりの詠唱速度と威力で…回復が間に合わなかったですわ…」
「終わりましょう。もう満足されていますよね?」
「…気付いていたのですか」
「ステファニアさんの力が徐々に弱まっているのは感じていました。『湧き出す祈り』で一気に削られましたね」
凄まじい回復力だった。長時間持続していたら魔物を倒すことは困難だったけど、凄まじい効果の代償で消費される力が増えるのは想定内。
「これほど長時間の同時付与は初めての経験で、魔物は強靭なので人より回復に力が必要でした!大満足ですわ!『湧き出す祈り』を使うつもりはなかったのに、治療している内にサバトさんの魔法を越えてみたくなってつい使ってしまったのです!」
「光栄です」
「2人とも化け物ですね…。言葉がありません…」
「凄いのはステファニアさんだけです」
「いいえ!サバトさんが素晴らしい魔導師なのです!貴方は大大大大大魔導師ですわっ!」
その後も褒め殺されながらダンジョンを脱出する。「やめてほしい」とお願いしても称賛してくるから困ってしまった。
とにかく貴重な経験をさせてもらえたことに感謝だ。また1つ治癒の力を学んだ。
森の出口付近まで2人に同行して、希少な力を見せてもらったお礼を告げる。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ心から感謝申し上げます!またお目にかかりたいですわ!」
「サバトのことを内密にして頂けるなら。反故にすればお会いしても話すことはありません」
「アムラン共々絶対に他言しないと約束致します!」
「縁があればまたお会いしましょう。いつもこの森にいますので」
「了解ですわ!」
「ステファニアさん。もしよければ、手を差し出して下さい。お渡ししたいモノがあります」
「なんですの?」
「少しだけ掌に触れさせて頂いても?」
「どうぞですわ!」
差し出された手に指先だけそっと触れて、模倣した聖なる力を譲渡してみる。フェリペさんから教わった力でも問題ないはず。
ボクの予想だと、魔力と同じで技能を発動するときに質が変化しているだけ。この人の性格だと帰路で必要になるかもしれない。傷ついている人がいれば見境なく治療するはずだから。
「気分が悪くなったりしていませんか?」
「ありませんわ…。サバトさんは…聖職者ですの…?」
「違いますが渡せたようですね。ハーグランドまで道中の無事を祈ります」
「サ、サバトさぁ~ん!私達と一緒に帰りましょう!」
「こらっ!ステファニア様!やめてくださいっ!」
ボクにしがみつこうとして、後ろから羽交い締めにされた。びっくりしたなぁ。手の甲や顔を触られると毛皮だと気付かれて、魔法による変装がバレてしまう。
「アムラン!離してっ!サバトさんを連れて帰るのですっ!コレは私の新たな使命ですわ!」
「意味がわかりません!なぜですか?!」
「サバトさんと私がいれば、ハーグランドは平和な国へと変貌を遂げるのです!『竜殺し』と『輪廻の悪女』で治癒アンド治癒ですわ~!永遠の治療が可能になるのです!」
「ワケがわかりません!我が儘もいい加減にして下さい!勝手なことばかり言ってると、本気で教団を追放されますよ!サバト殿!今日はありがとうございました!また会うことがあれば、その時にお礼をさせて頂きますっ!」
「アムラン!離しなさぁ~~い!」
「ではお元気で。お礼は必要ないですし、街は向こうの方角です」
「サバトさん!待ってぇ~!」
駆け出して一瞬でスピードに乗る。一緒に帰ろうと誘われるなんて予想外すぎる。よく出会ったばかりの人を誘えるなぁ。
ステファニアさんは志を持った治癒師だ。敵味方、種族や身分すら関係なく全ての者を治療するという一貫した考えは治癒師の理想形だと思える。所属する教団の意向すら無視して気が済むようにやるし、有言実行できるだけの力がある。ボクもそうありたいと憧れる存在。
不思議な治癒の力については今日から修練だ。かなり観察させてもらったから目に焼き付いてる。模倣した聖なる力を使って試行錯誤してみよう。
その前に、クローセのダンジョンと同じで逃走した魔物が森でうろついている可能性があるかや、周囲を確認して必要があれば討伐しよう。
「……必ずまた来ますわぁ~~!」
微かにステファニアさんの声が聞こえて、思わず笑みがこぼれた。また会うことがあるかな?なかったとしても彼女のことは忘れないと思う。初対面でここまでのインパクトを残した女性は初めてだ。




