674 あまり心配させちゃダメ
うぅ…。足がっ…。ボクの考えが甘かったのか…。
ウォルトは久しぶりに居間の床で正座させられている。「話がある」と集まった4姉妹から説教を受けているワケで…。
なぜなのか理由を尋ねたところ、ボリスさんが「ウォルトをどうにかしろ」とサマラに頼んだらしい。余計なお世話すぎるけれど、それだけならまだよかった。問題なのは、「プリシオンで事件を起こすつもりで、カネルラには戻らないようだ」と伝えたらしく、横の連携よろしく4姉妹が怒りの形相で訪ねてきた。カケヤさんに習った『阿修羅』みたいな顔で。
「聞いてびっくりしたよ…。まさかプリシオンに行こうとしてるなんて。しかも、カネルラに帰ってこないつもりなんでしょ?」
説教ではいつも先陣を切るサマラ。怒ってるなぁ…。
「とりあえず、その予定はなくなったんだ」
「だまらっしゃい!まず、なんでそんなことになったのか説明して!」
「プリシオンにしつこく子猫達を攫おうとする奴がいて、三度目で現地まで行って屠ったんだ。ボクの仕業だってボリスさんが気付いたから、捕まったら向こうで拘束される」
「で?!」
「拘束されたら脱獄するつもりだけど、成功してもカネルラには戻れない…って思ってたんだ」
「なるほどね!納得した!」
かなり端折ってるのに理解が早い。
「ウォルトの性格は知ってるからとやかく言わない!」
「ありがとう」
「でもね!脱獄したらココに帰ってくればいいでしょうが!違う?!」
「皆にも迷惑をかけることになる。そのくらいわかるよ」
関係者だと疑われて、皆が拘束されでもしたら目も当てられない。
「ど~でもいい気遣い!まぁだわかってないの?!いなくなって私達をまた泣かせる気なんだね?!」
「そんなつもりはないんだ…」
皆を泣かせるつもりはない。でも、泣かせたとしても愚行に巻き込むよりはマシ。
「…って思ってるね?それが間違いだって言ってんの!」
「そうなのか?」
「大犯罪者でも脱獄王でもいいから、ちゃんと帰ってこい!迷惑なんて思わないから!」
ウイカ達も頷いてる。ろくでもない獣人の言動を肯定してくれるなんて、あり得ないくらい優しいなぁ…。
「心に留めておくよ」
「ウォルトはさぁ、好き勝手に生きるじゃん。だからまともな死に方しないよ、きっと」
「ボクもそう思ってる」
「でも、自分から寿命を縮めようとしなくていいでしょ」
「今は死にたくないんだけど、この森で暮らしてるのに怯えるのも違うかなって」
「無視してすっとぼけとけばいいんだよ。バカ正直に答えるから」
「噓を吐くのは悪いことをしたみたいで嫌なんだ。ボクは悪事を働いてないと思ってる」
「…はぁ。予想通りの答え。やっぱりウォルトだ」
完璧に読まれてるんだな。
「皆もウォルトに言いたいことあるよね?」
サマラが訊くと3人は頷いた。マズいな…。このままだと…ボクは両足を失ってしまうかもしれない…。
正座がとにかく辛い。直ぐに足が痺れて感覚がどこかへ行ってしまう。なぜなのか足の痺れは魔法で回復できない。説教するとき正座させるという拷問を編み出した奴は相当な悪人だ。
「言いたいことはありますけど、正座はもういいんじゃないですか?普通に座ってもらっても」
ウイカの優しさが沁みる。辛いときに優しくされると、直ぐ心を許してしまうと言われるのがわかる気がした。
なぜかウイカとアニカ、チャチャがボクの背後に回る。
「どうしたの?」
「ウォルトさんはまた私達を心配させました。でも許します」
「ありがとう。ゴメンね」
「ただ、反省してもらいたいのでちょっとした罰を受けてもらいます」
「罰って…?」
「コレです」
「……ちょっ!?ニャァァァッ!」
3人同時に足の裏や太腿を触ってきた。しばらく悶絶しながら誠心誠意謝った。
「酷い目に遭った…」
「このくらいで済んだのは皆の優しさです!噛みしめてください♪」
「そうさせてもらうよ」
「ウォルトさんが素直に正座するからそうなるんですけど!」
「しないと治まらない雰囲気だから」
「いつも勢いで言ってるんですけどね!」
「そうなのか?!」
「でも、これくらいやらないとウォルトさんは反省しない…ってサマラさんが」
「大正解だね」
お茶を淹れるのはアニカが手伝ってくれた。茶菓子と一緒に差し出す。
「兄ちゃん。別に捕まってもいいけど、自暴自棄にだけはならないでね」
「昔と違って今はならない自信がある」
「脱獄するって言ったから」
「してみたいだけなんだ。処刑されるなら、最期に逃げ回って終わりたい」
「好きにすればいいけど、絶対に帰ってくること。どうせ捕まるなら知らない国よりココがいいでしょ。皆で待ってる。そうなった理由くらい教えてよ」
「……ありがとう」
待ってる…か。嬉しすぎる言葉。
「ところで、兄ちゃんがやったことを詳しく教えてほしいんだけど」
「わかった」
経緯を説明する。学者もどきとの出会いに始まって、メルダーと今回の件まで。
「獣人としては確かに頭にくるね」
「金儲けのタメに子猫達を狙ったのが気に入らなくて、二度目があれば元凶を排除しに行くと決めてたんだ」
屋敷に侵入して話したとき、奴は「高く売れる商品を売り捌いてなにが悪い?」と悪びれる様子もなくほざいた。「貴族に手を出してタダで済むと思うな!」と威勢がよかっただけの名も知らぬ闇商人。
あの日、腕の立つ護衛が行方をくらました…とボリスさんは言ったけど、ボクが遭遇したのは場末の用心棒みたいな輩しかいない。安い給料で雇われていたのか、素人に毛が生えたような奴らだった。一斉に攻撃してきたから複数の『黒空間』で丸呑みにしただけ。今のボクはそのくらい簡単にできる。
「困ることが起きたら私達に相談していいんだからね」
「わかってる。でも、犯罪の片棒を担がせるワケにはいかない」
「言ってることはわかるよ。でも、覚えておいて。もし兄ちゃんが捕まったら、私達もそれぞれ好きなように行動するから」
「それでいいと思う」
4人はニヤッ…と笑った。
「言質とったよ~」
「ウォルトさんは噓を吐かない人です」
「腕が鳴るね!」
「並の神経じゃ兄ちゃんとは一緒にいれませんから」
纏う雰囲気が怖い…。ボクは…なにか失言したのか?
「済んだことは置いといて、プリシオンはどんな国だったの?」
「夜中に行ってやることだけやって帰ってきたから全然わからない。辺鄙な場所だった」
闇商人が『俺は辺境伯』と偉そうに言ってたな。貴族の位は全然わからない。とりあえず辺境だったのは確か。
「でも、珍しい出会いがあったんだ」
『幻視』で光景を映し出す。
「さ、猿だぁ~!」
見せたのは、木の上でボクを見下ろしていた猿の映像。チャチャは大興奮。
「駆けてる途中で出会った。急いでたし、見かけただけなんだけど」
「なんで交流しないの!?滅多に会えないんだよ?!」
「今回は仕方なかった。出会ったのは国境の近くだったけど、もしかすると生息地かもしれない。カネルラ側だし、場所は覚えてるから今度一緒に行ってみる?銀狼の里より近いよ」
「絶対行く!」
「ウォルト!狼は?!いなかったの?!」
「残念ながら狼には会えてない。でも、見かけたら一緒に行こう」
「そうしよう!楽しみ!」
あ、そうだ。
「ウイカとアニカにお土産があるんだ」
「お土産?街とか店に行ってないんですよね?」
「さすがに予想できません!」
魔力を操作する。
「手を開いて前に出してくれる?」
「こうですか?」
2人の掌にお土産を載せた。
「…コレは、魔力の塊ですか…?」
「お姉ちゃんは白で私は赤…。まるで宝石みたいです!」
「魔力の塊というより魔法だね。闇商人の屋敷で金目のモノを消している最中に魔導書を見つけて、この魔法が書いてあったんだ」
気になったのでちょっと目を通して記憶した。
「『宝石化』って魔法だよ」
「本物みたいですね」
「面白くて綺麗です!」
「魔力を透明化と色付けして、宝石を模倣するように魔法を発動するだけ。外殻は『強化盾』のように変形させる必要があるけど、魔力操作の修練に適してるんだ」
「やってみます」
「ミーリャとか驚いてくれそうだよね!」
「昔は『宝石化』の美しさを競ったみたいだ。本物以上に美しいと云われた魔法もあったって記録があったね」
魔導書には様々な技法が書かれていた。さすがに全て読むことはできなかったけど、幾つか記憶したから自分で発展させてみたい。
「この魔法は悪用されるかもしれませんね」
「だよね!」
「なんでそう思うの?」
「魔力で疑似宝石を作り出して、買い手を騙せるなら元手がいりません」
「ウォルトさんの『宝石化』とか高値で売れると思います!魔力が消滅しても、「盗まれただけだろ?」とか言い張ればいい!」
「さすがに無理じゃないかな。鑑定されたら直ぐにバレる」
「遠目や素人だったら騙されてもおかしくないです。ウォルトさんが知らない魔法なうえに、闇商人の屋敷に魔導書があるなんて怪しさ満点」
「あくどいことをしてたかも!って予想できますよ!」
「言われてみるとあり得そうだ」
魔法を使って悪事を働いていたとするならさらに許しがたい。でもたらればだ。
「魔法は操る人次第と教わったので、あらゆる可能性を探るように心がけてます」
「他にも、お風呂に入れたら綺麗に光りそう…とか!」
「その方が有意義だね。…と、そろそろご飯にしようか?お腹空いてない?」
空いているようなのでさっと作ろう。
今日はお酒を飲みたいということで、料理を肴にぐいぐい飲み始めた4姉妹。
なかなかに酒臭い空間。シャノや子猫達は床でぐっすり寝てるけど騒がしくないのかな?
「ウォルト~。なんで今回捕まらなかったかわかってる~?」
いつも酔わないサマラも気分がよさそう。
「ボリスさんの気まぐれか、もっと重罪を犯してから捕まえるつもりかもしれない。有無を言わさず処刑台に送ろうとしてるかも」
「ちがぁ~う!答えは1択なの!ウォルトを捕まえると大変なことになるからだよ!」
「衛兵は忙しくなるだろうけど、大変なことなんて起きないよ」
捕まえたらあとは既定路線で処刑されるだけ。貴族殺しが重罪だというなら、断頭台行きか串刺しあたり。または絞首か。
ボクは正座させられての火炙りが1番嫌だし手間もかかる。希望としては追っ手に斬られて死にたい。泥臭く抗って、精一杯生きたっていう自己満足を感じながら。その後は首を晒されようとゴミ扱いされて燃やされようと構わない。
「わかってないなぁ~」
「私ならウォルトさんが逃げても捕まえません。静観します」
「無視して泳がせるよね!手を出さなければなにも起こさないって知ってるから!」
「ウイカさんとアニカさんに同意。兄ちゃんの知り合いは無視することに決めたんだよ」
「ウォルトが捕まるといろんな人が困るから、それが嫌ならいつも通りに暮らしてればいいの!」
「困らないと思うけどなぁ」
4姉妹の方がボクのことを理解してる。自分より信用できるから疑う余地はない…んだけど。
「ボクが捕まった後の予想が、皆とは違いすぎる気がするんだ。教えてもらえないかな?」
「いいよ~!まず、牢からは軽々脱獄するよね!私の予想だと鉄格子を壊して堂々と出たあと律儀に元に戻す!」
「攪乱するとかじゃなくて、また使うことを考えての親切ですよね。その後は、姿を消して見張りを眠らせてから脱出します。基本的に争いを好まないので」
「しかも、姿を消す前に謎の手紙なんか残しちゃいます!「もっと掃除した方がいい」とか!意味不明で混乱を招くんですけど、そこから大捜索開始!」
「兄ちゃんは強盗とか嫌うから、お金を使わずに済むように森に向かって獣や魔物を狩りながら飢えを凌ぐよ」
4人で繋げられていく予想。
「森に捜索に来た奴は、ウォルトを見つけられない。簡単に見つかると思ってるけどね」
「隠れることに全力を傾けるんで、まず発見できません。しかも、細かい罠を仕掛けて相手の出方を観察します」
「自然に見せかける軽い罠をね!追っ手は混乱して、疲れきって帰る毎日!」
「で、兄ちゃんは森暮らしを満喫しながら待ち受ける。その内、森に慣れた奴が大量に雇われて遂に見つかるんだけど」
「ソイツらが森を出ることはないんだなぁ。森に詳しくても、その頃にはウォルトも詳しくなってて知恵比べになる」
「いよいよ打つ手がなくなって、向こうは対話しようとする作戦に切り替えるけど、獣人だから舐められることになります。要は、騙そうとしてきます」
「噓を吐かれたことを見抜いて激しい攻防開始です!あの手この手で迎撃と急襲を繰り返しながら、噓を吐いた奴を追い詰めていきますから♪」
「で、結局向こうが休戦を申し入れることになって、今後は干渉しないって宣言する。いろいろ面倒くさくなってる兄ちゃんは、森の居心地のよさに後ろ髪を引かれながらカネルラに帰ってきて、騒動は終わり…ってとこかな」
他のパターンも予想しながら盛り上がる4人。予想には分岐点が幾つかあるみたいだ。
予知夢を見たかのように話すけど、事前に示し合わせているはずもない。皆の思考が近くないと難しい。ボクの性格と行動を同じくらい理解しているということ。そうなると思えないのはこの中でボクだけ。
「なんだか楽しそうに思えてきたよ」
「軽く言うな!心配するんだからね!」
「できればそうならない方がいいですよ」
「ウォルトさんがなにをしても、私達4人が待ってますから!忘れないで下さい!」
「無事に帰ってきてくれたらそれだけでいいよ」
「最大限努力する。それでも無理だったときはゴメン」
ボクの予想だと逃走しても長くは続かない。数で攻められると逃げ切るのは困難だ。皆の予想はかなりの綱渡りを繰り返して成功した場合。でも、そのくらい抗えたら満足感は得られそう。
「たとえばウォルトが衛兵だとして、脱獄したら街を破壊して人を殺しまくるような犯罪者がいるとするよ?捕まえなければなにもしない…って知ってたら捕まえる?」
「被害云々は抜きにして、話してみて信用できそうなら捕まえない。そうじゃないなら捕まえる」
「あははっ!そんなんじゃクビになるよ!」
「ボクは間違いなく向いてない。気分で犯人を見逃すから」
きっと指示に従わない。1日でクビになる自信あり。
「ウォルトさんらしいです♪」
「ちょっ…!アニカ、胸が当たってるよ!」
腕に密着してきた。
「わざと当ててます!破廉恥罪で白猫衛兵に捕まっちゃいますかねぇ~?」
「捕まえないよっ!意味がわからないし!」
「堂々と捕まえていいんですよぉ~?」
しがみつく力が強くて離れないっ…!自然に『身体強化』してる!
「酒臭っ…!みんなっ!アニカを離してくれないかっ!?酔ってて誰かわからなくなってるんだ!」
「アニカ…」
ウイカが近寄ってくる。姉として止めてくれそうだ。助かった。
「ズルいっ!えいっ!」
「ちょっ…!ウイカ?!」
ホッとしたのも束の間、反対の腕に密着される。酒臭いし、こっちも力が強い…!
「ウイカも当たってるんだって!」
「なにがですかぁ~?ハッキリ言ってくれないとわかりません!逃がしませんよぉ~!ね、お姉ちゃん!」
「うん。いつもいつもはぐらかされる。…白猫容疑者確保っ!」
「サマラ!チャチャ!助けてくれっ!」
「心配させたから自業自得だよ。今日は譲ってあげよう」
「そうですね。兄ちゃんが悪い」
いくら頼んでも姉妹はしばらく離してくれなかった。しがみついたまま眠ってしまったので、両腕にぶら下げて部屋に連れていく。どうにかベッドに寝せることができた。
居間に戻るとサマラとチャチャに言われる。
「ウイカとアニカは人間だから、獣人の感覚は理解できないだろうね。怒りに任せて行動しないじゃん。だから私達より心配する。でも、一生懸命知ろうとしてるからウォルトも考えてあげなきゃ」
「説明してあげないとダメだからね。常識からして違うんだから。人を殺めることの意味も」
「気を付けるよ」
基本的に理解してもらえなければどうでもいいって考えるけど、ウイカとアニカとは今後も付き合っていきたい。改めて考えると、ボクがこんな風に思う人は限られる。家族と4姉妹、あとは大切な友人。
「せめて、皆のことは忘れずに行動するようにしてみる」
「よく言うよ!すぐ忘れるくせに!今回もそうじゃん!」
「バレバレだよ。とりあえず、もうちょっとお酒付き合ってよ」
「わかった」
せめて肴でも…と台所に向かおうとして、サマラとチャチャに挟まれて姉妹と同じことをされる。
シャノに『うるさい!』と怒られて飲み会は終わった。




