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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
673/715

673 他国でやってみたいこと

 今日は晴天。


 畑仕事をしていると、ボリスさんが住み家を訪ねてきた。シャノ達は丁度森に行っている。カフィを淹れてもてなす。


「今日はどうしました?」

「情報提供を頼みにきた。あと、こちらからも伝えるために」

「なんでしょう?」

「隣国プリシオンで貴族が殺される事件が起こった。犯人と思われる手練れの集団が姿を消したことで、カネルラへの不法入国が疑われている。その場合、真っ先に現れるのはこの森だろう」

「なるほど」

「発見したら教えてもらいたい。奴らは暗部のように相当腕の立つ集団らしい。気を付けろ」

「わかりました。わざわざありがとうございます」


 暗部のような実力者か…。かなり危険な集団だな。遭遇しないことを祈ろう。


 ボリスさんが見つめてくる。


「まさかと思うが…既に遭遇しているということはないな?」

「可能性はありますが、その情報だけではわかりかねます。けれど、そんなに危険な集団と遭遇していたら気付いていると思います」

「むぅ…。コレは衛兵としてではなく、1人の男として訊く。他言もしないと約束する。お前は…敵対した者を全て屠っているのか?」

「違います。ボクは人を殺したいワケじゃない。攻撃されたら怒り以外の感情は湧かないですけど」


 ボリスさんは「捕まえるだけにしろ」みたいなことを簡単に言うけど、それは衛兵の仕事。ボクはやられたらやり返す。

 

「俺も敵対すれば同じだな?」

「はい。なにか問題が?」

「ない。ちなみに…さっき言ったプリシオンで起こった事件は、お前の仕業じゃないよな?」

「違います。犯人は集団で逃走しているんですよね?さすがにさっき聞いたことは覚えてます」


 バカにしてるのか…?


「そうか。違うのならいい」

「気分が悪いので、もう帰ってくれませんか?」


 ボリスさんは大人しく帰った。


 自分で言っておきながら、犯人扱いしてくるとはどういう了見だ?意味がわからない。


 そんなことより、暗部並みの危険分子に遭遇したときの対策を考えておく必要があるな。その情報をもらったことだけは感謝だ。




 その日の夜。


 リスティアから連絡が来た。


『この間は整髪料とかありがとね!お母様達に大好評!』

「よかったよ」 


 リスティアから頼まれていた。気に入ってもらえたのならよかったな。


『ねぇ、ウォルト。訊いていい?』

「なに?」

『最近、プリシオンに行った?』

「行ったよ。なんで知ってるの?」


 初めて外国に行った。…といっても、森を抜けてすぐの場所だったから外国って感じしなかったけど。


『ちょっと住み家にお招きしてもらっていい?話はそれからで』

「いいよ」


 空間を繋げてリスティアをお迎えする。まずは首に抱きついてのモフられ。


「久しぶり!」

「久しぶりだね」


 さっと花茶を淹れる。夜だから、甘さ控え目のお菓子を添えて。


「美味しい!いくらでも食べれる!」

「それはよかった。でも、抑えめにね」

「ところで、なんでウォルトがプリシオンに行ったのがわかったかっていうと」

「うん」

「まず、プリシオンの国王からお父様に書簡が届いたの。内容は、他愛のない会話とちょっとした注意喚起」

「注意喚起って、なんの?」

「カネルラに犯罪者集団が不法入国した可能性があるって。おそらく動物の森から」

「あぁ。それで、王族が衛兵に情報を流したのか」

「知ってたの?」

「知り合いの衛兵がわざわざ教えてくれたんだ。もしかして、暗部が出るとか?」


 なかなかの実力者集団らしいから、森に暗部が投入される可能性はあると思っていて、こっそり活動を見たい…なんて密かに考えていた。


「まだ待機中。で、出動前にウォルトに確認しておきたいと思って」

「ボクに?」

「ウォルトはプリシオンに行ったんだよね?もしかして、貴族のビレバン家じゃない?」

「そうだよ」


 プリシオンに向かいながら輩のリーダーから情報を聞いた。かなり遅いペースで森を駆けながら、息も絶え絶え答えてくれた。


「多分ね、勘違いされてるんだよ」

「勘違い?」

「ウォルトが当主と護衛を成敗したんじゃない?」

「そうだよ。猫攫いの元凶を根切りしに行ったからね」


 道案内してくれたリーダーとやらは、屋敷に到着する手前で「もう…ダメだ…」と倒れてしまった。もの凄く鈍足なうえに、まったく体力がない男だったな。

 その後、丁重に記憶を奪ってから静かに侵入し、話にならない豚野郎を切り刻んで屋敷を後にした。


 いや、ふざけた学者もどきもいたな。奴らも元凶。


「それがね、護衛が雇い主を殺して逃げたってことになってるの」

「なんでそうなるんだ?」

「現場に争った痕跡が一切ないからだよ。護衛がいたから、侵入者も無傷のはずはないって思われてる。だとすると、考えられるのは護衛が雇い主を殺して金品を奪って逃げた線が有力になる」

「なるほど。わからなくはない理屈だ」


 護衛と学者もどきは『黒空間』で飲み込んだから痕跡は一切残してない。金目のモノもだ。証拠隠滅という理由じゃなく、奴らの仕業に見せかけるタメでもない。


 雇い主も消し去ることはできたけど、後を継ごうとする者への見せしめの意味を込めて残した。


「つまり、ウォルトがやったことなのに大騒ぎしてるってことなんだよ。狙ってもないのにね」

「リスティアはよくわかったね?」

「親友だから!あと、ゴヨークって名前が出てきたからピンときたのもあるよ!」

「そっか」


 前にリスティアに確認したな。覚えてたのか。


 …ん?


「ウォルト?どうしたの?」

「いや…。衛兵の知り合いに犯人だと疑われたんだけど、結局合ってたと思ってね…」


 昼の会話を説明する。


 もしかしなくても、ボリスさんはこの事件のことを言ってたのか。犯人が別にいると言ったからボクは違う事件だと思って腹を立てた。でも、同じ事件だったのなら納得いく。


「その衛兵も勘がいいね」

「常にボクを疑ってるからなぁ。もう慣れてしまったけど」

「衛兵がウォルトと付き合うには覚悟がいると思うよ。行動が予想できないから」

「リスティアにはされてるけど」

「私は親友!」


 ない胸を張ってるのが可愛い。


 リスティアはボクがなにかしでかしても追求しない。理解を示してくれる。


「リスティアは、衛兵のような思想はないのか?」

「どういう意味?」

「犯罪者には罪を償わせるべきで、復讐や暴力という安易な行動は容認できない…的な」

「もちろんあるよ。でも、あくまで思想の一部だね。なんでかっていうと、暗部のような組織を動かす立場だから。「相手に殺されそうになっても殺さないで」なんて言わないよ」


 それはそうか。命懸けの任務に就く者に、中途半端な気持ちで向き合っては失礼だ。ボクなら付き従わない。


「衛兵の理念も間違ってないの。法を遵守するのは負の連鎖を断ち切るタメの正義で、世の平定に必要な存在。どちらかだけじゃダメだと思う」

「ボクには理解できない。言うことが深いな。もはや立派な淑女だ」

「まぁたお世辞言ってる!まだまだでしょ!」

「ははっ」

「ウォルトは、向けられる恨みも全部受け止めて、自分が好きなように行動する。納得しないと止まらないし止められない」

「そうだね」

「でも、国を巻き込む大騒動を起こしたらさすがに止めるかも!」

「絶対ないから心配しなくていいよ」


 ボクにはできっこない。


「話してすっきりしたから帰るね!」

「ありがとう、リスティア」

「なんで?」

「誰にも聞かれないよう気を使って住み家に来てくれたんだろう?」

「ふふっ!お礼にモフらせてもらおうかな!」

「どうぞ」


 リスティアは満足して帰った。


 

 ★


 

 明くる日。


 ちょっと鍛錬がてらフクーベまで駆けて、衛兵の詰所でボリスさんを呼び出した。


「ボリスさん、すみません。ボクの仕業でした」

「なんの話だ…?」

「プリシオンの一件です。勘違いしてました」

「お前は……この場所で告白するか…」

「場所が関係ありますか?」

「ないが…」

「貴方は間違ってないと訂正しておきたかっただけです。では」

「ちょっと待て。他国の貴族を殺めたことが明るみに出たら大事件になる。重大さがわかっているのか?」

「いえ。まったく」


 人を選んで絡んだりしないし、許せないから屠った奴が他国の貴族だっただけで知ったことじゃない。


「言っても無駄だとわかっていたが…」

「よく聞く台詞ですが、無駄だと思うなら言わないでください。嫌味ですか?」

「……」


 なんなんだ一体。


「なにか言いたければ住み家でお待ちしてます」

「あぁ…。そうする…」


 


 ボリスさんは仕事終わりに住み家に来た。そして、木剣での手合わせを望まれたので応える。


「ウォルト!いい加減にしろっ!俺の身にもなれっ!」

「意味がわからないので、もうちょっと詳しくお願いします」


 ボリスさんは身体を動かしたほうが本音を言えるのかもしれない。話を聞きながら捌き続ける。


「お前はっ…!いつも大きなことをしでかして平然としているなっ…!」

「そうですか?衛兵からすれば殺人犯なんでしょうけど」

「重罪人だっ…!なぜわかっていながら踏み留まらない?!」


 怒りは本気だ。匂いでわかる。


「踏み留まる気がないんです」

「獣人らしからぬ賢さを持ちながらっ…!感情を抑える術を知らないっ…!獣の所業だっ!」

「賢くない獣人ですから」

「刹那的に生きて満足かっ…!?未来を捨てるようなことを平然とっ…!」

「今の生き方に満足しています。明日は死んでいるかもしれません。後悔しないように生きたいので」


 大きく跳び退いて距離をとったボリスさんは呼吸を整える。


「ふぅぅ…。お前はわかってない!収監されたら人生の大半をふいにする!ましてや今回の相手は貴族だっ…!極刑に処される可能性が高いんだぞ!」

「だからといって、今さらなにも変わりませんが」

「この……分からず屋がっ!!」


 また接近して切り結ぶ。ボリスさんはかなり腕を上げてる。


「殺めた相手にも家族がいるっ!雇われていた者もいるっ!そんな者達の生活が終わりを迎えたんだぞっ!わかってるのか?!」

「闇商人のせいで脅かされた生活を送っていた者は、これから平穏な生活が始まる。ある意味平等ですね」

「屁理屈をっ…!弱者を救ったと言いたいのかっ…!思い上がるなっ!!」

「あり得ません。そんな人々を救うのが衛兵の仕事だと思います」

「わかったような口を…!お前のように勝手な理屈で動く奴ばかりの世の中になれば、世界は終わりだっ!」

「ボクのように後先考えない獣人は多くないのでご心配なく」


 街に住むほとんどの獣人は、ちゃんと法を守って生きてる。サマラやマードック、ラットだってそうだ。なぜ怒っているのか理解できないけど、また言わなくちゃならないのか。


「何度も言ってますが、衛兵は怠慢でもっと仕事するべきです」

「なんだと…?」

「悪行を誰もが知っているのに捕まえない。悪人を野放しにする割に、犠牲者が出たら共感するかのように振る舞う。俗に言う偽善者しかいないんですか?」

「ふざけたことを…ぬかすなっ!!お前に衛兵のなにがわかる!!日々粛々と任務をこなしてるんだ!」


 攻撃と口調が激しさを増した。それでも冷静に捌き続ける。


「犠牲者が増えるとわかっていながら放置していたのは事実でしょう。プリシオンの衛兵だけが怠惰ではないと思ってます」

「なんだと…?カネルラの衛兵も怠けていると言うのか!?」


 互いに跳んで大きく離れる。


「犯罪者を捕まえて法の裁きを受けさせるのが衛兵の仕事だと貴方から教わりました。ならば、捕まえないのは怠慢では?グランジもそうです」

「全ての犯罪者を捕まえろとでも言う気か!誰ができるというんだ!?不可能に決まってる!現実を見ろ!」

「泳がせるから、迷惑を被っても妥協して大目に見ろと?」

「思ってもいない!極端な意見しか言えないひねくれ者め!」

「貴方は『犯罪者のほうが一枚上手』みたいなことを言いますが、まったく理解できません。とにかくやるべきことをやらない。今回もさっさと衛兵が牢にぶち込んでおけばこんなことにならなかった」

「自分の行動を衛兵に責任転嫁して勝手な理屈ばかり並べるなっ!衛兵にも限界はある!」

「限界があるのは理解できます。ただ、捕まえようと動いてすらいないでしょう。最もらしい理由を付けて、最初から諦めてますよね?偉そうに講釈を垂れる暇があるなら、どんな手を使っても目的を達成するべきです。1人では無理でも衛兵には多くの仲間がいる。ボクは1人で乗り込んで屠りましたよ。貴方達なら簡単に捕まえられる」

「ぐっ…!」

「長いモノに巻かれ、理想論を語るだけで満足ならボクのことは放っておいてください。少なくとも衛兵の憂いは1つ減ったはずです」


 衛兵が国民を助けているのは事実でも、真の意味で覚悟が足りない。法だ規則だと妙な理屈を並べて丸め込もうとしてる。唯一知る衛兵がボリスさんで、衛兵全員がそうじゃないだろう。ただ、この人のような衛兵しかいないならボクは尊敬できない。



 しばらく黙っていたボリスさんは、1つ息を吐いてゆっくり構えを解いた。


「もういい…。言いたいことは言った」


 結局、答えてはくれないか。


「では行きましょうか」

「どこへだ?」

「フクーベの詰所です」

「なぜそうなる…?」

「悪事を働いたとは思っていませんが、殺人が犯罪であることは知っているので。ボクが当事者であることに気付きましたし、衛兵として捕まえたいんですよね?」


 少し混乱した様子のボリスさん。でも、おかしなことは言ってないはず。


「自分も例外ではないと言うのか」

「特別な理由がないです」

「…事件はプリシオンの管轄だ。協力要請も出ていないのに、勝手に捕まえるのは越権行為になる。向こうの衛兵の面子も潰す」

「また法や規則ですか…。衛兵の世界は面倒くさいですね」

「お前が言うなっ!まったく…」


 誰がどこで捕まえてもいいと思うけど、やっぱり柵があるのか。


「カネルラからプリシオンに情報を渡してもいいのでは?友好国でもマズいんですか?」

「別にマズくはない…。なぜ捕まりたがる?まさか……プリシオンの牢に入ってみたいとか思ってないだろうな…?」

「牢に入りたいとは思ってません」


 もしプリシオンで拘束されたらやってみたいことがある。小さな頃、本を読んでちょっと憧れてたんだ。痛快な冒険活劇みたいで。


「とは…?他によからぬことを考えているんじゃないだろうな?」

「脱獄しようと思ってます」

「やっていいワケないだろう!なにを言ってるんだお前はっ!罪を重ねるつもりかっ?!」

「そんなに怒ることですか?カネルラに迷惑はかけません。極刑になるとしたら、最期にやってみたいことが脱獄です。事件がプリシオンの管轄だと言うなら成功しても責任はプリシオンにあります」


 もしそうなっても、家族や友人に迷惑をかけたくないからカネルラには戻らない。両親や4姉妹には事前に伝えておこう。


「直ぐに捕縛されて処刑されるかもしれませんが、追っ手を撃退したり身を潜めながら気が済むまで逃げてみたいんです」


 誰にも見つからないように牢から脱出して、空き家に潜伏したり野宿しながら抗ってみよう。もちろん他人に迷惑をかけないように。


「追っ手の衛兵は手強いでしょうね。全力で抵抗しないと」

「……途轍もなく頭が痛い。とにかく……保留だ…。今は捕まえないから……普通にっ!カネルラでっ!生活しておけばいいっ!」

「いいんですか?気が向いたらいつでもどうぞ。身支度にはちょっと時間を頂きますが」

「旅行にでも行く気分か…。お前は…本当にどうかしてる…」


 脱獄したら魔導師も追ってきたりするかな?死ぬ前にプリシオンの魔法を見れるかもしれない。逃走人生も悪くないと思えてきた。

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