670 親父になっちまったぜ
ある日の早朝。
『ウォルト!昨夜無事に生まれたよ!』
「それはよかった」
シャノ達の朝ご飯を準備している最中に魔伝送器が鳴って、サマラがバッハさんが無事出産したことを教えてくれた。
「バッハさんは大丈夫?」
『元気だよ!生まれる前はちょっと心配したけど、今はケロッとしてる!』
「マードックは?」
『あのアホ兄貴、いつの間にか冒険に行ってていないんだよ!そろそろ生まれるって知ってたのに!』
「マードックらしいな」
『腹が立って仕方ない!ところで、ウォルトも赤ちゃんに会いに来る?可愛いよ~!』
「もちろん行くよ」
実は新生児服なんかも作って準備してた。やっと渡せる。
『ちなみに狼の男の子だよ!マードックには似てない!』
「まぁ、獣人の親子は似てないのも普通だからね」
サマラのように人間に近い容姿の獣人が生まれたり、ボクのように完全な猫顔だったりする。種族が狼なのか熊なのかも生まれてみないとわからない。
『容態?が安定するまでは助産院にいるってさ。バッハはもう帰りたいみたいだけど』
「母さんやミシャさんもそうだけど、獣人の女性は体力があるから産後でも元気らしい。普通はしばらく安静にしないといけないみたいだ」
『へ~。もしバッハになにかあったら手伝ってね!』
「もちろん」
バッハさんには毛皮の薬を貰って、サマラと再会する切っ掛けに協力してもらった恩がある。なにかあれば力になりたい。サマラから場所だけ聞いて魔伝送器を切った。シャノ達が森に行くようならフクーベに行ってみようかな。
その前に、マードックに子供が生まれたことを教えてやろう。サマラには言ってない…というか口止めされてるんだけど、実は連絡用の魔道具をマードックに渡してある。直接頼まれたからだ。
魔伝送器を作るには、オリハルコンのように希少な素材が多く必要で、今は作ることができない。だから違う魔道具を作った。使えるのは一度きりで、こちらから一方通行で合図を送るだけのシンプルな魔道具。魔伝送器より簡単に作れて使う素材もごく少量で済む。
マードック…。赤ちゃんが生まれたぞ…。
軽く握った魔石に気持ちと魔力を込める。空間魔法で連結しているので、渡した魔道具から音が鳴るはず。気にしてると思われたくないのか、「サマラとバッハには言うんじゃねぇ」と口止めされた。理由を聞いたら、気にかけるのが格好悪いらしい。
番と子供を相手におかしなことを言うと思ったけど、マードックはボクとは違う獣人ってだけ。
どこにいるのか知らないけど伝わったはずだ。
★
カネルラ西部のダンジョンに潜っているホライズン。ハルトを筆頭に、マードックの事情を知るメンバー達は気にかけていた。
「そろそろ子供が生まれるんだろう?本当に冒険してていいのか?こんな時くらい傍に付いていればよかったのに」
「うるせぇな」
バッハから「好きにしていい」って言われてんだよ。
「ハルト。脳筋に言っても無駄だぜ。唯我独尊獣人だしな。コイツが死んでもサマラちゃんが付いてるから大丈夫だろ」
お喋り細人間が。ふざけやがって。
「おい、シュラ。懲りずにまだサマラに惚れてんのか?」
「諦めるって選択はねぇんだよ!たとえお前と家族になろうとな!不本意すぎるけどよ!」
「ククッ。滑稽な野郎だぜ。テメェはとっくに終わっちまってんだよ」
「なんだって…?」
「サマラとアイツはデキちまった。残念だったなぁ、もやし人間」
「う、嘘吐けっ!適当なこと言うんじゃねぇよっ!」
「疑ってんならサマラに訊いてみろや。ぶった斬られりゃいい」
「くぅっ…!」
サマラはちょっと前に腑抜けた面して帰ってきやがった。…ってことはアイツとなんかあったんだろ。知ったこっちゃねぇが、コイツにだけは釘刺しとかねぇとな。女々しく引きずられちゃかなわねぇ。
俺らの間にマルソーが割って入る。
「マードック。今言わなくていいだろう。動揺して斥候が失敗したらどうする」
「女にフラれたぐれぇで失敗すんなら、冒険者なんぞやめちまえ」
「サマラちゃんとの結果はそうなるだろうと思ってた。でも、トドメを刺すのは時と場合を考えろ」
「マルソー!ふざけんなよ!地味にひどいこと言いやがって…!俺の味方はいねぇのかよ!」
ビィーーッ!!
「うるっせぇなぁ!なんの音だっ!?」
「マードックの持ってる袋から聞こえるな…」
…生まれたか。俺が……親父かよ。
「なんでもねぇ。さっさと先行くぞ。なにか罠があるならとっとと言えや」
「なんだよ、その態度は!」
「俺は暇じゃねぇ。お前の相手してらんねぇんだよ」
「勝手なことばっか言いやがる!」
「揉めるならフクーベに帰ってからにしてくれ。休息はもう充分か。行こう」
ココは何遍か来たことあるダンジョンだ。前に採った変な石を持って帰りゃクエストは終わりらしい。まぁ大したことねぇ……はずだった。
「コイツは滅多に遭遇しない大きさだ」
もう終わりってとこで、でっけぇゴーレムが出てきやがった。デカさだけなら今まで見た中で1等かもしれねぇ。しかも、身体が鉄みてぇにテカってやがる。硬そうなヤツだ。
「マルソー。魔法で攻撃してみてくれるか」
「相当硬そうだが……やってみる……『破砕』!」
魔法で軽くぐらついた。けど、表面が削れたくれぇで、何発食らわせても崩れそうにねぇ。コイツの魔法も昔に比べりゃ威力も増してんのにそれでも効かねぇってことは、見た目通りか。
こっちはさっさと帰りてぇってのによ。しょうがねぇ、やってやるぜ。
「マルソーの魔法が効かないなら厳しいな。撤退も視野に入れながら闘うしかない」
「逃げ道を確保しながら動こうぜ」
「俺はもう少し他の魔法も試してみたい」
「ちょっと待てや。俺1人でやらせろ」
「いきなりどうした?」
「お前がいくら馬鹿力でも1人じゃ無理だろ!」
「シュラの言う通りだ。さすがに無理がある。コイツは『身体強化』だけで倒せるとは思えない」
「魔法はいらねぇからお前らで時間を稼げ」
「偉っそうに!なにする気か知らねぇけど、おかしなことすんなよ!俺らは助けねぇぞ!」
「いいからやれや」
今なら上手くいきそうな気がすんだよ。
「グウゥゥッ…」
嫌な感覚ってのはハッキリ覚えてる。恨みみてぇなもんでな。アイツにやられた時は、もっともっと気持ち悪かった…。吐きそうなくれぇに…。まだ足りねぇ…。もっとだ…。
…こんなもんか。多分イケてんだろ。
「おいっ!どけっ!」
ちまちまやってるハルト達が離れたのを見て、全速力でゴーレムに突っ込む。加速して跳び上がればどてっ腹が目と鼻の先。
「ウォラァァァッ!」
腹をぶん殴ったら砕け散った。気分いいぜ。核ってヤツが丸見えだ。
「マジかっ!?」
「もたもたすんな!核をさっさとぶっ壊せやっ!」
ハルトの剣とマルソーの魔法で終いだ。ボロボロに崩れて消えちまった。
「おい!マードック!今のはなんだよ?!すげぇ威力だったな!魔道具か?!」
「お前に言ってもわかりゃしねぇよ」
「気になるな。俺やマルソーでもか?」
「あぁ。お前らにもわかりっこねぇ」
人間に言ってもしゃあねぇし、そもそも俺もよくわかってねぇ。詳しくわかってんのはアイツだけだ。…にしても、たった1発でこのキツさかよ。身体がクソだりぃぜ。けど、感覚は掴んだ。あとはとことんやるだけってな。
次の日にはフクーベに帰り着いて、ギルドで金をもらってクエストは終わりだ。
「報告も終えたことだし、いつもの店に飲みに行くか」
「酒もいいけど飯が食いたい!長旅で腹減った!」
「いい感じに疲れてる。今日は俺も少し料理を食べたい」
「俺は帰るわ。今日はお前らだけでやれ」
「珍しいな。どうしたんだ?」
「ガキが生まれた」
「はぁ?!なんでわかるんだよ!?」
「うるせぇ。勘だ、勘」
マルソーは気付いてんな。アイツのやることを予想できるようになってきてやがる。ってことは、言わねぇだけでハルトもわかってんだろ。
「じゃあな」
「今度、皆で祝い酒を奢るぞ」
「そんなガラじゃねぇ」
「お前が受けるまで言い続ける」
「だったら店仕舞いするまでたらふく飲んでやらぁ」
コイツらはコレでいいとして…家に帰ったらうるせぇのが待ってやがんだよな。
「マードック…。私は本気で愛想が尽きた。なんで1日や2日くらい黙って待てないの…?帰ってきたのはいいけど、全然間に合ってないし」
予想通りかよ。だりぃ奴だぜ。帰ってくるなり文句しか言わねぇ。
「うるせぇよ。俺の勝手だろうが」
「マジでムカつく…。さっさと助産院に行け。バッハと赤ちゃんはまだいるから」
「どこだ?」
「知るか!自分で探せっ!」
部屋に戻りやがった…。面倒くせぇ奴だぜ。どうせいつも世話になってるとこだろうが。 案の定、バッハはいつも行ってる医者んとこにいた。部屋の中に入るとベッドに座ってる。
「おかえりなさい」
「あぁ…」
毛布にくるんだガキの顔が見えた。
「元気な男の子です」
「あぁ…。狼だな…」
ちっちぇな…。軽く握りつぶせるぜ。
「バッハ」
「なんですか?」
「………腹痛くねぇか」
「大丈夫ですよ」
「そうかよ…。痛くなったらいつでも言えや」
「ふふっ。そうします」
「お前、普通に話せや」
「え?」
「いつまで気ぃ使ってんだ。俺らは他人じゃねぇ。番だろうがよ。ガキが間違っちまうぞ」
「…そう…だね。マードック…」
「おぅ」
泣きながら寄りかかってきた。軽く頭を撫でてやる。
「いちいち泣くんじゃねぇよ。ガキに笑われんぞ」
「…うん」
「名前、考えてんのか」
「いろいろ考えた。でも、1人じゃ決められないから」
「お前が考えたヤツでいいぜ」
俺じゃまともに思いつかねぇ。
「一緒に考えてよ」
「め…」
「面倒くせぇはダメ」
「ちっ…!」
「友達を見習わなきゃ」
あん…?
「コレ、どう思う?」
「なんだこりゃ…?ガキの服と…遊び道具か」
妙につるつるした服や、変な音が鳴るオモチャみてぇなもんが箱に入ってる。
「ウォルトさんが作ってくれたの。頼んでないのに勝手に作ってて、サマラはわかってたみたい」
「けっ。アイツは暇がありゃなんか作ってっかんな」
「子供の顔とか想像して作るのが楽しかったみたい。サマラは「ちょっとはウォルトを見習え」って言いたかったんだって」
「…ちっ!」
あの野郎。余計なことしやがる。
「アイツは変なことしてねぇだろうな?」
「してないよ。「抱いてください」ってお願いしてたけど、「マードックより先には抱けないです」って断られた。凄く残念そうな顔で眺めてて、ちょっと面白かった」
無駄に律儀な奴だからな。
「というワケで、抱いてあげて」
「…ガキなんか抱いたことねぇ」
「自分の子供をずっと抱かないつもり?優しく抱けば大丈夫だから。力を入れずにそっとね」
ゆっくり受け取る。……柔らけぇな。
「酒瓶より軽いぜ」
「他にたとえるモノあるでしょ」
「俺の頭じゃ思いつかねぇよ。…お前ら」
「なに?」
「俺が……死ぬまでは面倒みるぜ」
「できれば生きて帰ってきてよ?」
「できればな」
「ふふっ。冒険は好きにすればいい。家で酒ばっかり飲まれても嫌だし」
「ちっ…!」
「あと、直ぐに帰ってきてくれてありがとう。ウォルトさんに頼んでたんだよね?」
「…アイツが言ったんか」
お喋りがもう1人いやがった。
「なにも言ってない。サマラも言ってたけど私でもわかる。ウォルトさんは凄い魔法使いだから、そのくらい簡単にやるって。サマラに「いつ帰ってくるか知ってるんでしょ?」ってしつこく訊かれて困ってたよ」
サマラの奴…。わかってたくせに文句言いやがったのか。
「嘘吐けねぇアホだからな。居場所は言ってねぇんだよ」
「結局マードックの行動も読まれてるんだけど?」
「けっ!うるせぇ!」
「…うっ、あぁ~~!」
「お、おいっ!いきなり泣き出したぞっ!どうすりゃいいんだ!?」
「いきなり大きな声出すからだよ」
バッハに渡すとしばらくして泣き止んだ。久々にビビったぜ…。俺に子育てなんてできんのか…?
「1つずつ覚えていけばいいの。親になるのなんて、お互い初めてなんだし」
「…あぁ」
「子供、可愛いと思ってる?」
「可愛いってのは俺にゃよくわからねぇ」
「そっか」
「ただ…気合いは入ったぜ」
お前らのおかげで獣人の力ってヤツもコツを掴んだ。いてよかったと思ってるぜ。
可愛いとかそんなんはどうでもいいけどよ…稼いでいいもん食わせてやるからデカく育ちやがれ。




