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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
669/715

669 普通にしてるだけですけど、なにか?

「大きくなってるじゃねぇか!お前らぁ~!可愛いなぁ~!」

「ニャッ」

「よっしゃ!外で遊ぶぞ!家には辛気くせぇ猫野郎がいやがる!」

「ウォルト。毎度騒がしくてゴメン。置いてくるつもりだったのに、勘付いて勝手に付いてきてさ」

「もう慣れてきました」


 今日は、リタとクーガーが住み家を訪ねてきた。ウォルトはクーガーの堂々たる悪口を無視して様子を眺める。


 クーガーさんは直ぐにシャノ達と外で遊び始めたからほっといていい。シャノは彼女を気に入っているし心配いらない。まだ生まれたてだった子猫達は覚えてないかな。


「ずっと子猫に会いたかったそうにしてたけど、1人で行けって言ってるのに頑なに行かないんだよ」

「クーガーさんが単独で来られるとボクは困ります」

「はははっ!そりゃそうか」

「リタさんはなにか用が?」

「前に夜鷹の衣装を見たいって言ったろ?持ってきた」

「ありがとうございます。中へどうぞ」

「目の前で生着替えといくか!」

「大丈夫です」

「相変わらずつれないな~」


 カフィを淹れて居間で衣装を見せてもらう。


「見事な縫製ですね。しっかりしてます」

「夜鷹の衣装は結構値が張るんだよ。長持ちしないと金がかかって仕方ない」


 金粉や染料をふんだんに使った絢爛豪華な衣装。それでいて職人の仕事だとわかる縫製。ボクにとっては斬新でタメになる。


「年季が入ってますが、まだまだ着れますね」

「今は誰も着てない。色褪せなんかもあって貧乏くさいだろ。客にみすぼらしい格好って思われちゃ商売にならないんだ」

「そうですか。勿体ないですね」

「立派な服を着れば不思議と中身も立派に見える。着るだけでいい女になった気がして自信を持てる。みすぼらしけりゃまるっきり逆になるんだ」


 言ってることはよくわからないけど、外見が夜鷹にとって重要だってことはわかった。


「リタさん。この衣装はもう着ないんですよね」

「よほどのことがないと着ない。思い出があって、捨てるのも忍びないから保管してるだけさ」

「だったら、1着だけでも買い取らせてもらえませんか?修復してみたいので」

「そんなことまでやるのか」

「基本を知ってるだけです」


 染色なんかについてもフェムさん達から一通り習ってる。そういえば、最近ドワーフの工房に行ってないな。


「世話になってるし、好きなのを1着あげるよ。金もいらないし、失敗したっていいさ」

「ありがとうございます」

「ちなみに、リタさんが一度着てもらえませんか?」

「ははん!やっとその気になったな!」


 おもむろに服を脱ぎ出すリタさん。


「ちょっ…!違います!上から羽織るだけでいいんです!着てる姿を見たいだけでっ!」

「ははっ。出番だと思ったのに残念だ」


 羽織った姿を隅々まで観察させてもらう。着たときにしかわからない箇所が幾つか傷んでるな。


「ありがとうございました。充分です」

「素肌に着たほうがよりわかるんじゃないか~?」

「ダメです。落ち着いて服を見れないので」

「しょうがないな」

「もし修復できたら花街にお届けします」

「わかったよ」


 2人が帰ってからゆっくりやってみよう…と思っていたら…。



「ぐおぉぉっ…。ごがぁぁっ…」


 食事を終えたクーガーさんが居間の床で寝てしまった。いびきがうるさいったらない。子猫達とシャノは大の字になったクーガーさんの上で爆睡中。よほど気が合うのかずっと遊んでいた。


「この様子だと、起きてもしばらく帰りそうにないな。困った奴だよ」

「リタさんがよければ、今から衣装の修復を見ますか?退屈だと思いますけど」

「見ていいのか?面白そうだ」

「では、寝てるのを邪魔しないように外で」


 さっと道具を準備する。といっても大したモノじゃない。


「では、始めます」

「ちょっと待った」

「なにか?」

「道具って、それだけ…?」

「はい」


 染料と水、ボウルと大きなタライ。コレで準備完了。


「まず、衣装を綺麗に洗浄します」


 タライに魔法で水を張り、衣装を浸けたら手を浸して魔法で水流を起こす。渦を巻いて汚れを落としたら『乾燥』でしっかり乾かして最後に『清潔』で仕上げ。手揉みで洗うより生地を傷めずに済む。


 リタさんは呆けた顔をしてるけど、なにも言わないのでとりあえず無視して進めよう。


「次に虫食いを補修します」


 いつものごとく、縫い目のちょっと余った生地を『同化接着』して穴を塞ぐ。あまりにも穴が大きいと別の方法になるけど、大抵はこの方法で塞げる。外にはテーブルがないので、障壁を応用した魔法の作業台を作ってその上で作業。リタさんは魔法を使えることを知ってるから大丈夫。

 

「次は色違いの部分を染まらないように処置します」


 やり方は至極簡単。染めない部分に『保存』を付与して色が入り込まないよう処置するだけ。手を翳したり指で触れながら細かく付与していく。


「処置が終わったら染料を作ります」


 鉱石や植物から採れた染料を、魔法を使いながらボウルで混合して染めたい色を作り出す。とても重要な作業なので時間をかける。調合を終えたらいよいよ染める作業。


「染料を混ぜた水に浸けます」


 ムラなくしっかりと染みこませたことを確認したところで一工夫。『乾燥』を使って生地を傷めないよう何度か色を入れることを繰り返す。


「コレを繰り返して違う色を入れていきます」


 楽しいな。色と色の境界を微妙に魔法で調整するところなんて、魔力操作の修練になってやり甲斐がありすぎる。染め終えたら最後に全体を『保存』して完成。


「できました」


 リタさんの評価はどうだろう?


「ウォルト…」

「はい」

「ずっと見てたけど、なにをしてたのか全然わからなかった。あっという間だ」

「1時間ちょっとかかったと思いますけど」

「そういう問題か?曲芸みたいに見てて飽きなかったぞ。薄々思ってたけど、さてはアンタ……ちょっとおかしな魔法使いだな!?」

「魔法が使えるだけの獣人です。いきなりどうしました?」

「手品みたいに衣装もまるで新品だ!」

「よかったです。できる限り修復したつもりなので」


 服は着てもらってこそ価値がある。流行廃りがあっても、いいモノはいい。誰かが着てくれたら嬉しい。


「絶対おかしい…。こんな魔法使いが他にいるか…?聞いたこともない…」


 なにやら呟いてるけど、ボクはおかしくない。


「リタさんのおかげでまた1つ勉強になりました」

「そうか。なによりだ」

「後片付けをしますね」

「ちょっと待った!もしウォルトがよければ他の服も修復をお願いしてもいいか?報酬は払うよ」

「やらせてもらえるなら報酬はいりません」


 衣装を取りに居間に戻ると、クーガーさんはまだ爆睡中。いつも寝相が悪いんだろう。下着みたいな服から胸が片方はみ出てるけど、見てもなにも感じない。

 自分でも驚くくらい無だ。偶然ラットの尻を見たときと似た感情。初めて知ったけど、下心って女性なら誰にでも抱くワケじゃないのか。もう少し寝ていてもらうタメに軽く『睡眠』を付与しておく。この人には魔法が使えることを知られたくない。




 それから約1時間。同時並行で修復を終えた衣装をリタさんに渡す。退屈だったろうに最後まで静かに見ていてくれた。

 

「できる限りやってみました」

「ありがとう。着ることはないだろうけど」

「素人仕事ですみません」


 自分なりに上手く修復できたと思う。でも、所詮素人のやること。


「修復に文句はないよ。流行もあるし、着古された衣装を着るのが嫌なのさ。誰だって新しい衣装を着たい。職人の新作だって売れなきゃ困る」

「それはそうですね」

「金がなきゃ新しい服も作れない。世の中ってそんなもんだろ。けど、直してもらってよかった。昔世話になった姐さん夜鷹が着てて…いい思い出が帰ってきたよ」


 ただ直したかっただけなのに感謝されると嬉しくもある。あくまで付加価値なのに。


「ウォルトは衣装を作れるんじゃないか?」

「気に入ってもらえるかは別として、作れると思います」

「今度頼んでもいいかい?」

「どんな衣装か教えてもらえますか?流行や夜鷹の好みが全くわからないので、ある程度教えてもらわないと難しいです」

「わかった」


 細かい所まで教えてくれた。


「こんな衣装になりますが」


 想像している衣装を『変化』でリタさんに着せる。実際に見た方が意見を言いやすいはず。

 

「魔法でなんでもできるな…」

「このくらいは誰でもできます」

「い~や!こんな魔法、見たことも聞いたこともない!やっぱりタダの魔法使いじゃないだろ!?」

「ボクは平凡以下の魔法使いですよ」

「もういい!サマラとキャロルに訊く!」

「2人に訊いても答えは同じですけど」


 納得してくれるならそれでいい。


「なんでこんな場所に住んでるんだよ。病気を治したり、モノを作ったり。街でやれることが山ほどあるだろうに」

「森が好きなんです。不自由もありませんし」

「そうか。金にも興味がないもんな」

「モノには興味がありますけど」


 街のよさを挙げるとしたら、絶えず変化していること。森と違って急速に発展するから、たまに行くと刺激を受けることがあるけど、街に住んだら感動が薄れそう。


「手直しの報酬は本当にいらないのか?」

「はい。好きでやらせてもらったので。着ないのならなおさらもらえません」

「そうか。そろそろクーガーを起こして帰ろうかな。花街の夜は稼ぎ時だ」


 住み家に入るとクーガーさんはまだ寝ていた。


「ニャ~」


 シャノと子猫達は起きて動き回ってる。肉球で顔を押されたりしても微動だにしない。


「寝相が悪すぎますね」


 完全に服がめくれ上がって胸が丸出し。せめてタオルを掛けて隠す。


「意外だ。動揺しないな」

「クーガーさんですから」

「ははっ。ある意味特別ってことだ」

「そうかもしれないです」


 そろそろ起こそう。ゆっくり『覚醒』させる。


「…んがっ!………寝てた…んか………?!」


 起きるなり驚いた顔。急いで服を整えてる。


「おい、猫野郎!」

「なんです?」

「テメェ……見たんじゃねぇだろうなっ?!」

「なにをですか?」

「しらばっくれてんじゃねぇぞ、コラァ!」


 珍しく赤面してる。恥ずかしいなら面積の大きい服を着ればいいのに。


「はだけた胸のことですか?見ましたよ」

「テメェ~!ざけんなコラァ!」

「見たくて見てません。目に入っただけで」

「…こんのエロ猫!許さねぇ!記憶がなくなるまでぶちのめしてやるから表に出ろっ!」


 いつもの流れに溜息が出た。外に出ると、既にやる気が漲っている様子。拳を鳴らして準備万端。


「今日という今日は許さねぇ…!覗き猫野郎がっ!」

「許されないことをした覚えはないです。一応気を使って隠したんですけど」

「うるせぇ!いくぞ、コラァ!」


 …はぁ。疲れる。



 ★



 フクーベに戻り、サマラとキャロルを家に呼び出したリタは開いた口が塞がらなかった。


「アンタ達は……本気で言ってるのか?」

「本気もなにも事実だし。ね、姉さん」

「あぁ。リタには言ってもいいだろ。勘がいいからいずれ気付かれる。このことは誰にも言うんじゃないよ」


 2人を問いただしたら、「ウォルトはサバトなんだよね!」とサマラが軽く答えた。巷で噂の魔導師の正体がウォルトだったなんて、悪い冗談みたいだ。しかも、自分は大したことないと思ってるらしい。


「納得できてる?リタもウォルトの魔法はおかしいと思ったでしょ」

「聞いたこともないと思った」

「サバトの正体が獣人だと思う奴はいないさ。同じ獣人ならなおさらね」


 並の魔法使いじゃないのはわかってたけど、まさかの答え。とんでもない魔導師と評判の男が獣人だなんて思う奴はいない。


「信じなくてもいいよ。本人もバレたくないから黙ってるんだし」

「いつまで保つかねぇ。普通だと思って魔法を使うから、どうしても気付く奴がいる。時間の問題さ」

「そうそう!わかってないの本人だけだよね!」

「とりあえず、アンタの口の固さは信用してるよ、リタ」

「言っても誰も信じない。ホラ吹き扱いされて終わりだよ」

「あと、気付かれてバレるのはいいけど、バラしたら二度と会えないと思っといて!」

「信用を失った後は予想できないねぇ。今のところバラした奴はいない」

「よくそんな普通でいられるな…」

「どういう意味?」

「知り合いにサバトがいるって言いたくなるだろ。アンタ達は特に古い付き合いなんだ」

「ならない!ウォルトが嫌なの知ってるから!」

「アタイもだ。言わなきゃ世界が終わる…ってんなら言うかもしれないねぇ」


 当たり前だろ?って顔されちゃしょうがない。


「ウォルトは今日もクーガーを1発で倒した。魔法もできて強い奴がいるんだな」

「動きを完璧に読まれてるからだよ。力だけならウォルトよりクーガーが上だけど、賢さが違う。真正面からいって勝つのはまず無理!同じ手は通用しないから!私は勝ったけどね!」

「クーガーじゃ色仕掛けでも無理か」

「なんで?1番効果的な戦法だと思うよ」

「ウォルトはクーガーの胸を見ても動じなかったんだよ」

「はぁ?!どゆこと?!」


 2人に昼間の出来事を教えてやる。


「なるほどね~。クーガーのこと相当嫌いなんだなぁ~。性格が合わないのはわかるけど」

「普通なら初対面の女相手でも照れるくらいだからねぇ。よっぽどだろうよ」

「悪い奴じゃないけど、とにかく口が悪いからかな。あと、リタもちょっかい出さないでよ!ウォルトは初心なんだから!」

「それは無理だ」

「なんでよっ!?」

「惚れちゃいないけど、ウォルトの獣人らしいとこにシビれた。まだ誰の番でもないなら誘っても問題ないだろ?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「ふ~ん。負けるのが怖いなら今の内に身を退いたほうがいいんじゃないか」

「誰が負けるって?!かかってこい!」

「力比べはやらないよ」


 見た目は細くても、サマラには筋肉ゴリゴリの獣人も敵わない。知っててケンカする奴はアホだ。


「なにも起こっちゃいないのに、下らないことで揉めんじゃないよ。サマラ、リタにウォルトを紹介したのはアンタだろ。どっしり構えときな」

「それを言われると弱い…!」

「リタもその辺でやめとけ。誰と遊ぼうとアンタの勝手さ。けど、ウォルトに冗談は通じない。よく覚えときな」

「わかったよ」


 そんな風に見えない。揶揄えば予想通りに反応して初心だから見ていて面白い。なのに、背筋が凍るような怖い面を見せたり獅子をぶちのめすくらい強い。 

 噂に聞くサバトは、地獄からの使者みたいに焼け爛れた顔面で、不気味なくらい丁寧に話す変な面を被ったエルフ魔導師…って話だった。話し方だけは合ってる。けどそれだけ。

 

「獣人の魔導師なんて、世界中探してもいないだろうな」

「ウォルトは他にもいると思ってるみたいだけどねぇ」

「見つかってないだけだと思ってる!でもさ、もしいたとしても大したことないと思うなぁ~。2人ともウォルトの操る魔法をまともに見たことないよね?」

「やっぱり凄いのか?」

「めっちゃ凄い!闘うのも治すのもなんでもできるし!なにやってるかわかんないことも多いけど!」


 結局、獣人の自慢したがりが出てる。知ってる者相手なら張り切って言うんだな。


「見てみたいもんだな」

「リタには見せてくれないかもね~。付き合い短いし~」

「そういうことを気にする男じゃないだろ。いざとなったら誘惑して見せてもらうとしよう!」

「やめろっ!こらっ!」

「アンタら、いい加減にしろってんだ!面倒くさいねぇ!」


 また行くことがあったら、いろんな魔法を見せてくれって頼んでみよう。普通だと思ってるんなら見せてくれるはずだ。

 もっとシビれることになるかもしれないけど、その時はその時。相手がシビれるくらいいい男だったら仕方ないだろ。

 

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