667 復習する白猫
先日、ウォルトには予想もできない出会いがあった。
リスティアから連絡があって来ることを知っていたクウジさんとロベルトさんに加えて、ラウトールさんという噂の魔導師にも会えた。
磨かれた魔力を纏い、魔法戦では素晴らしい魔法を幾つも見せてくれた。今日は知らなかった魔法を習得するタメに1日修練だ。
ラウトールさんは宮廷魔導師の頂点と呼ばれる魔導師なだけあって見事な技量だった。ライアンさんとは違う意味で凄みがあるというか、上手く言えないけど純然たる魔導師といった佇まいで。
ただ、約束を反故にする人間性は尊敬できない。互いに条件を飲んだのだから、反故にされて信頼できるはずもない。ラウトールさんとは一期一会という縁だった。
そういえば、ボクの存在を明かすことがカネルラ魔法の発展に繋がるとか意味不明なことを言ってたな。どう考えても単なる嫌がらせで、大袈裟すぎる裏切りの理由を聞き入れる寛大さは持ち合わせてない。
宮廷魔導師の指導者だというロベルトさんは、技量と知識を兼ね備えるベテランといった感じで、堅実で含蓄のある魔法理論に舌を巻いた。視野と見識が広い魔導師に思える。
魔法戦では多彩な魔法を繰り出し、幅広い攻撃を仕掛けてきた。どことなくライアンさんの魔法に似ていると感じたのは、ボクの勘違いなのか。
影響を受けた魔法に似る…のかな?ボクの魔法は師匠に似てないと思うけど。もし似てるかも…なんて言ったりしたら、「お前の腐れ魔法と一緒にするな!猫の剥製にして肥溜めにぶち込んでやろうか!」…って言い返される。
ロベルトさんのような理知的な魔導師じゃないから仕方ない。多くの経験を積んでいるところだけが共通点。
少し会話しただけで自分の知識が薄っぺらいことに気付いた。新たに魔法理論を学んで蓄えることができたのは幸運。学問所のようなスタイルで魔法を学ぶ場があるなら通ってみたいけど、自分のペースで学べないから直ぐリタイアしてしまうだろうな。講義に付いていける気がしない。
結局ボクには独学しかないんだ。我が儘な獣人が魔法の修練を長く続けるタメには、他人に師事するのは難しすぎる気がしてならない。師匠のように魔法は見せるだけで一切教えてくれない方が身になる。
そうして、たまにでも魔法戦を行ったりできたら嬉しい。貴重な学びの機会を与えてもらえたことに感謝しよう。
ヴォン…と『全てを貫く』を掌の上に発現させる。
「昨日はこの魔法を見れたことが嬉しかった。もの凄い威力で」
まだ完全に模倣できてない。魔力を修正しながら習得する必要がある。無属性の魔力を特殊な技法で練り上げて、貫通に特化させた魔法。魔力弾は対象物に接触すると炸裂するように威力を発揮するけど、この魔法は障壁で防がれようと粉砕して突き進む最強の矛。
幾重にも魔力で硬化させた殻を展開して魔法自体を強化する発想はなかった。考案した魔導師の凄さを感じる。
やっぱり宮廷魔導師は凄い。もっといろんな魔法を見たかったのが本音だけど、1つ見れただけでボクにとっては価値がある。あの人達が本気で魔法を放ったら、山も吹き飛ばせるんじゃないか?魔法披露でもかなり加減しないと詠唱できなかったはず。
「フゥゥ……」
集中して『全てを貫く』を5本発現させる。
コレが今の限界。槍を形成する重なった魔力の層は8層まで。修練して槍と魔力層の数を増やそう。まず目指すのは、10本同時に10層で象られた槍。宮廷魔導師ならどちらも30は軽くこなすはず。見せてもらえた魔法は5層だったけど全力のはずがない。
カネルラの守護を任されるエリート魔導師のレベルは遙か高みだとしても、雑草魔法使いでもやれることを証明してみたい。
「この魔法も面白かったなぁ」
『目隠』
障壁のような防御魔法であるのに、無色透明で視界を遮るモノがなく、相手の動きや魔力操作、魔法自体を綺麗に目視できる。
障壁に比べて防御力に難があるけれど、魔法戦では使える魔法だ。より隅々まで相手を観察することが可能になる。ボクしか必要ないかもしれないけど、この魔法も磨かなきゃならない。
ラウトールさんとロベルトさんは魔力操作に違いがあった。経験してきた環境や修練法の違いだろうか。極限まで無駄を省くように操作するラウトールさんと、時間をかけて慎重に操作するロベルトさん。ボクも普段から状況によって使い分けているけど、他人の魔力操作を目にすると新鮮な驚きがある。
キャミィに言われた「魔法の幅では負けない」という言葉を信じて、長所を伸ばす修練は欠かしてない。刺激はやる気に繋がる。
頭を使え。考え続けろ。バカのくせに怠けるな。
繰り返し言われた言葉。思い出す度に腹が立って、でもその通りだと納得する。知らないことばかりの魔法使いが怠けたら、なに1つ身に付かない。貴重な機会を生かすも殺すも自分次第。殺してしまうような自分になりたくないと思ってる。
最低でも一度見た魔法は覚えて使えるようになること。戦闘魔法の場合は詠唱だけでなく防ぐ手段も考えること。そして、自分なりに魔法を生かす手段を考えること。
やり続けて今では普通になってる。魔法を覚えたての頃は挫けそうだった。やっぱり無理だって投げ出しそうになったこともある。
「喋れる特技を持って生まれた珍妙猫」とか「なにが魔法を教わりたいだ。お前みたいに根性なしでのぼせた奴は一生クソのままだ」とバカにしてくる師匠に腹が立って反抗心でやり続けられた。額面通りで深い意味はないとしても、無理やりにでも心を動かして魔法使いにしてくれた師匠は恩人。
再会できたら感謝を伝えたい。ただ、いかに鈍いボクでも薄々ココに帰って来る気はないんじゃないかと思い始めてる。死ぬ前にはできる範囲で探しに行ってみようか。たった一言感謝を伝えたいという自己満足のタメに。
それまで修練をやり続けよう。虚仮にされても間髪入れず言い返して、あの頃にはできなかったお礼の一撃を食らわせてやりたい。
考えるのはこのくらいでやめとこう。あまり回想すると、感謝を越えて怒りが溢れる。ハルケ先生。ガレオさん。そして師匠。多大な影響を受けて、尊敬している3人の中で唯一腹立たしい人物が師匠。本当に複雑な感情。愛憎入り混じるってこんな感じだろうか。
昨日初めて見た魔法を繰り返し修練しながらふと思った。言葉では伝えたけど、新たな魔法を教えてもらったお礼をしたい。どんなお礼がいいだろう?ボクでもできることがないかリスティアに訊いてみようか。夜更けに連絡して事情を説明してみた。
「…というワケで、ロベルトさん達から魔法を教わったお礼にボクでもできることはないかな?」
『ありすぎて困るね~!』
「適当なこと言うなぁ」
『適当じゃないもんね!私がクウジならお願いしたいことが山ほどある!訊いてみようか。魔法を見せてくれたロベルトがいいかな?』
「任せるよ。できても些細なお礼だからあまり期待しないでほしいけど」
『了解!ラウトールには訊かないから安心して!』
「よろしく」
『私が決めていいなら、宮廷魔導師になってもらって傍にいてもらうけど!』
「無理だって。2人と魔法戦をやってわかったんだ。やっぱり宮廷魔導師は凄い」
『でも負けなかったんでしょ?』
「大いに手加減してもらってるからだよ」
殺し合うことは手合わせなんかじゃない。ボクが思う魔法戦の手合わせは格闘とは違う。放たれた相手の魔法を受けきって、自分の魔法を受けてもらうことだ。魔導師の本気を受けきれない悔しさは常にある。ボクの技量がもっと優れていれば遠慮なく全力で詠唱してもらえるのに。
『ウォルトって、なにを根拠に魔導師が凄いって言ってるの?』
「相手の魔法を見ればわかるよ。修練を積んで鍛えてきた魔力と魔法は噓を吐かない。年輪を感じるっていうか、底が見えないんだ」
『なるほどね~。でも、ラウトールやロベルトが全力だった可能性もあるよね?』
「もしそうだとしたら、ボクは大魔導師になれるかもしれない。手の内を明かさないのが魔導師なんだ」
『私にはわからないことだね!でも、その理屈からするとウォルトも魔導師だよね!まだ手の内を見せてないでしょ!』
「そうなんだけど、ボクの場合はいつも全力を見せる前に魔法戦を終わらされてしまう。本当はもっと長くやりたいんだけど…」
『ふふっ。いつか全力でできるといいね』
「そうだね」
自分が苦労して身に付けた魔法を簡単に教えたくない気持ちはわからなくもない。自分だけの秘密にしておきたい、みたいな。でも、伝承されながら魔法は発展してきたからボクみたいな獣人でも魔法を覚えられたワケで。
出し惜しみせずに自分の魔法を受けてもらいたいけど、つい深く観察したくて防御を優先するのが悪い癖。本気で反撃されると防げないというのが1番の理由で、保守的に魔法戦を行ってしまう。
『とりあえず、お礼についてはクウジ達に相談してみるね!』
「手間をかけてゴメン」
『言いっこなしだよ!親友なんだから!』
「お願いするよ」
期待されることはないだろうし、いらないと言われるかもしれない。その時は気が済むお礼を勝手にすることに決めた。
★
後日のカネルラ王城。
リスティアから会議室に呼び出されたクウジとロベルト。クウジは用件がウォルト絡みであることだけ予想できていた。
「クウジ、ロベルト。来てくれてありがとう!適当に座って座って!」
「いえ。恐れ多いことです」
「固いことは言いっこなしだよ!早く!言葉も砕けていいから!ホントだからね!あと、『沈黙』を展開してもらっていい?」
「かしこまりました」
ドアに鍵をかけ、ロベルトさんとともに会議室全体に『沈黙』を付与する。
「今日来てもらったのは2人の意見を聞きたかったからなの」
「私とロベルトさんの…ですか?」
「そう。ウォルトがね、2人に魔法を教えてもらったお礼をしたいんだって」
「素晴らしい提案です。ロベルトさんのおかげですね」
「よせ。俺はボコボコにされただけだ。ラウトールのおかげだ」
「ラウトールは先輩と違っていろんな意味でボコボコにされましたが」
「貴重な魔法を教わったってウォルトが喜んでたよ。見せてもらった魔法は詠唱できるようになったんだって」
相変わらずイカレた魔導師だ。『全てを貫く』を詠唱するのに、どれほどの時間と労力を必要とするか懇々と説明してやりたくなる。
俺も指導者になってから存在を知り習得したが、未だ磨いている途中。認めたくないが完成度はラウトールの足元にも及ばない。絶対に1日で習得できるはずがないんだ。普通なら。
「リスティア様」
「なに?」
「お礼の件につきましては、ロベルトさんと話し合ってから返答してもよろしいですか?」
「もちろん。でも、あまり遅いと勝手にお礼されちゃうと思うよ。ウォルトはそういう人だから」
「早急に提案します」
そうなるとこちらの要望は通せなくなる。この機を逃すと、魔法絡みでウォルトになにかを頼むことは困難だ。悩むな…。
「クウジ。考えるまでもないんじゃないのか?」
「先輩はいい案がありますか」
「俺が頼むとしたら、魔法を披露してもらうこと。それだけでカネルラの魔導師にとって価値がある。もちろんウォルトが可能だと言える範囲で。イケると思うぞ」
「いい案だと思いますが、受けてくれるでしょうか。表舞台に立ちたがらない男です」
「ごく限られた人数になるかもしれないが、それは仕方ない。見れるだけで幸運なんだ」
言ってることは理解できる。宮廷魔導師の修練場に招いて披露してもらうだけでも刺激を受けるだろう。
「…俺は、披露するなら冒険者や生活魔導師にも見てほしいんです。本当なら…出場すると告知したうえで再び武闘会に参加してもらいたいのが本音です」
「なるほどな。だが、困難な交渉になる」
「現実的でないことはわかっています。最悪、怒りを買うことになりかねない」
最良の案はなんだ…?やはり今すぐには決められない…か。
「ちょっとだけ口を挟ませてもらっていい?」
「もちろんです」
親友であるリスティア様の話を聞こう。
「ウォルトは表舞台には立たないと思う。特別な場合を除いて二度と立たないって言ったから。でも、裏を返せば表舞台じゃなければいいの」
「どういうことでしょう?」
「秘密を守れる魔導師なら交流できるのは知ってるよね?クウジ達も含めて実際に何人かいるし」
「存じています」
まず信用できる人物なのか。内密にするという約束を守れるか。ウォルトと交流できるかはそこに尽きる。
「要するに、信用できる魔導師なら1人でも大勢でも関係ないってこと。クウジ達の人を見る目が重要で、厳選して会ってもらうのはいいと思うよ。魔法戦もできる」
「そうなれば願ったり叶ったりですが、さすがに大勢は厳しいと思われます」
人が増えるほど情報漏洩の危険性は増す。
「大丈夫。ウォルトのタメにもなるから。人が多ければむしろ感謝されるよ。ただし、おかしな魔導師を紹介したら信用を失うのは覚悟しなくちゃいけない。2人に言いたいのは、ウォルトの希望に応えるのとカネルラ魔法の発展に助力してもらうことは基本的に両立できないってこと。目指すなら絶対にリスクを背負わなきゃならない」
「我々の交流は断ち切る覚悟が必要…ということでしょうか」
「そう。頑固なウォルトは一度ヘソを曲げたら二度と心を開いてくれないだろうね。当たり障りない会話くらいならできるかもしれないけど」
カネルラ魔法の発展より日々の平穏を望むウォルトと、発展を願ってウォルトを人前に立たせようと模索する俺達。
無理があるのはわかっていた。上手くいくはずがない。歪みが生じて当然。森に暮らし、地位にも名声にも興味がない獣人は、よほど親しい人物を除き人の縁を簡単に切り離すだろう。下らない柵などないのだから。
「頻繁に会う人や、恩がある人は絶対に口外しないと思う。でも、クウジやロベルトはそうでもない」
「まったく返せていませんが、私はライアン師匠絡みで恩があります。」
「そうなんだね。後はゆっくり話し合って」
「参考にさせて頂きます」
「あと、ウォルトは人見知りだからよく知らない人の言動には凄く敏感。発言、行動、所作。いろんな要素で人を判断して、無理だと思ったら付き合わない。変な策を講じると失敗するよ」
「わかっております」
…なぜなんだろうな。なぜウォルトのように偏屈な男がカネルラ最高の魔導師なのか。もっと自己顕示欲に塗れ、目立ちたがるような男だったなら…。
「クウジ。自分がなればいいんだよ」
心を見透かしたようにリスティア様が囁いた。
「ウォルトが言ってた。ボクのような魔導師になりたいならとにかく修練すること。寝るとき以外は四六時中魔法のことを考えて、死にたくなるような修練を積む。もしも届かないなら、もっと修練すればいいだけだって」
幾度となく地面に這いつくばって、血を吐きながら誰より修練してきたつもりだ…。まだ足りないというのか。
「私は魔導師じゃないから簡単に言えるんだけどね。ただ、ウォルトは噓を吐かない。修練だけで何百回と死線を彷徨ってる。普通、そこまでできないよ」
「魔導師に限らず、狂人の域かと」
「だから皆は普通なんだと思う」
「………そうかもしれません」
「歴史上、魔法は緩やかに発展を遂げてきたよね」
「御存知の通りです」
「常識を知らずに、がむしゃらに修練した獣人が急速に魔法の可能性を広げた。歴史に倣う多くの魔導師にできなかったこと。私はね、ウォルトから常識に囚われずやることの重要さを教わったの」
リスティア様はふわりと笑う。
「世界を変えるのは、温室育ちの優等生じゃなくて、蔑まれて貶されて…どんなに見下されても強く生きてきた人かもしれないね」
ロベルトさんとともに会議室を後にする。
「クウジ。リスティア様はカネルラ魔導師の成長を望んでおられる。協力はするけれど、ウォルトに頼るだけではダメだと言われた気がした」
「えぇ。古い慣習と確立された修練法を学んできた俺達は、埒外の存在になれず悠々と枠に収まっています」
「それが間違ってるとか悪いとは言わない。…が、そのままでは大きな発展は望めない…ってことだな」
「他人を頼るより己を鍛えるべきで…ウォルトの魔法に挫折を味わっているならまだ強くなれる…と」
王女様には見透かされていたのだろう。内心では、ウォルト云々よりも俺自身が最高の魔導師の称号を得たいと目論んでいることを。
「久しぶりに…魔法戦やるか?」
「胸をお借りします」
「ははっ!思ってもいないくせによく言うよ!負けた方がいい案を出すってのはどうだ?」
「先輩の立案に期待しています。観戦して得た知識を有効に使わせてもらいますので」
「姑息な弟弟子だ。お前の手の内は見てないからな。だが、俺は実際に魔法を交わして成長したぞ。結局…弟子は師匠の教えに帰るってことか」
「ライアン師匠はとにかく魔法戦を好んでいましたね。魔法戦では得るモノが多くある…と」
「あぁ。俺もお前もそれぞれ立場があって、半分魔導師を引退してたようなものだ。全力で魔法戦を挑んだのも久しぶりだった。師匠ですら生涯現役とは言えなかったろう」
「取り戻すところからですね」
まだ遅くない。今の俺に足りないのは…覚悟だ。魔法の発展に賭ける覚悟。俺が成し遂げてやるという覚悟。魔法戦を挑み、負けることを受け入れる覚悟。
ウォルトに…なにがなんでも勝つんだという覚悟。




