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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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666 我ら宮廷魔導師

 ある日の朝。


 動物の森を歩く魔導師が2人。カネルラ宮廷魔導師であるクウジとロベルトは、休日を利用してサバトの住み家を目指す。


 ロベルトは昔を少々懐かしんでいた。


「動物の森に来るのは初めてじゃないが、随分と久しぶりだ。冒険者をやってた時期だから……もう20年近く前になるか」

「そういえば、先輩は冒険者もやっていましたね」

「いろいろな魔導師と交流したかったんだよ。おかげで知り合いも増えた。ただ、冒険は性に合わなかったな」

「向き不向きがあります。魔導師は特に」

「だから、この森に来るのにわくわくしたことは過去にない。まさか本当にサバトに会えるとは」

「俺がいることにより、どんな顔をされるかわかりませんが」

「気にするな。その時はその時だ」


 縁を繋ごうとしてくれただけで充分。サバトに嫌われているとわかっていながら付いてきてくれた。クウジは交渉してくれるつもりだろう。直ぐに追い返さないでくれると助かるが。


「クウジが前にサバトに会ったのはいつだ?」

「師匠が亡くなってすぐだったので、1年ほど前でしょうか」

「サバトにとっては微々たる期間だろうな」

「俺の予想では、さらに凄まじい魔導師に成長していそうです」

「そんな急にか?」

「俺の言っている意味は会えばわかります。くれぐれも興奮しないようにだけお願いします」

「わかってる」

「そろそろ着きますよ」


 森を抜けると綺麗な家が見えた。おそらくサバトの住み家だろう。しかし、エルフがこんな普通の家に住んでいるのか…?木の上に住んでいると聞いたが。


 歩み寄って住み家の異様さに気付く。


「なんて付与魔法の数だ…。幾つかしか解析できない…」

「俺もです。ただ、この家に手を出すととんでもない目に遭うことだけがわかります」


 幾重にも魔力が重なって共存している。複雑に捩れた虹のような魔力。こんな付与が可能なのか…。かなり巧妙に隠蔽されていて、そこらの魔導師では視認すらできまい。俺でも全てを視認できない。化け物の仕業だ。

 

「お待ちしてました」


 声に驚いて目を向けると白猫の獣人が立っている。


「クウジさん。お久しぶりです」

「久しぶりだな。ウォルト」


 ……ウォルト?


「そちらがロベルトさんですか?」

「そうだ。俺の兄弟子で宮廷魔導師の指導者。お前に会うタメに連れて来た」


 なんだと…?ウォルトと呼ばれた獣人が歩み寄ってくる。


「初めまして。ウォルトといいます。武闘会にサバトの名で出場しました」

「…お前がサバト…?」


 どういうことだ……?クウジが俺を揶揄うとは思えないが、悪い冗談……。


「ロベルトさん!」


 クウジの声で我に返った。真剣な表情で俺を見つめている。


「覚えていますね?」

「…あぁ。俺はロベルト。貴方の噂は兼々耳にしている」

「そうですか。お恥ずかしい限りです」


 事前に「絶対に驚かないように」と釘を刺されていた。そして「サバトは人を見る」と。こういうことだったのか。まず、獣人の姿で現れサバトであることを信じるか信じないかで判断される。

 クウジは失敗したと言った。おそらく感情のままに怒ったのだろう。紹介者とウォルトに対して「バカにするな」と。容易に想像できる。クウジは魔導師としてプライドが高く冗談が通じない。同じ轍を踏まぬよう助言してくれたことに礼を言わないとな。

 

「中へどうぞ。飲み物を淹れます」

「ロベルトさん。行きましょう」

「あぁ」


 



 俺がウォルトをサバトの正体だと確信するのに時間はかからなかった。要望に応えて見事な魔法を操ってくれたからだ。それも、限りなく狭い居間の空間でで信じられないような魔法を。

 無詠唱による複合魔法や多重発動。魔法は煌めくような美しさで溜息しか出ない。こんな魔法が存在することを初めて知った。


 平然と操るはまだ23歳の若者。しかも、驚くべきことにエルフではなく獣人。俺を試すどころか、そもそも変装していなかった。武闘会では魔法で変装していたようだ。白猫の面が変装と言えるかはさておき、それ以上にいろいろと疑問があるが幸い時間はある。追々聞いていこう。


「要望に応えてくれてありがとう。とても素晴らしい魔法だった。目にしたライアン師匠が楽しそうだったというのがわかる」

「大それた評価です。ライアンさんは凄い大魔導師で、ボクは亡くなられた後に幾つかの技術を教わっています」

「…どうやって死後に?」

「ライアンさんが作った魔道具から付与技法を学んだりしているので」

「なるほどな。「見てわからん者には言ってもわからん」と言っていた頃もあった。な、クウジ」

「えぇ。無茶を言うと思ったものです。ですが、ウォルトは実際に見ただけで魔法を覚えます」

「本当か?!」

「ほとんどの魔法をそうやって覚えてきたので」


 無茶苦茶な話だ…。本当なら規格外過ぎるが、噓を吐いていると思えない。どんな才能があればそんなことが可能なのか。この男に…1人の魔導師として挑んでみたい。


「ウォルト。もしよければ、俺と魔法戦をやってもらえないだろうか?」

「こちらからお願いしたいくらいです」


 持てる力の全てを駆使して挑もう。久しぶりに…燃えてきた。


「その前に、1つ確認しておきたいことがあります」

「どうした?」

「この場所に向かっている魔導師がいます。もうすぐ到着しますが、貴方達の知り合いですか?」

「この場所に魔導師が?なぜわかるんだ?」

「森に結界を張っています。魔力反応からするとおそらく魔導師で、ボクの知り合いではないので」

「結界…」


 全く気付かなかった。そんなことが可能なのか…?クウジは驚く素振りすら見せない。疑うような素振りも。


「外に出てみましょう」


 3人揃って外に出る。しばらく待って姿を現したのは……宮廷魔導師の頂点に君臨する男ラウトールだった。


「お前がどうして…?」


 クウジの驚きは当然で、まさか森で出くわすとは思ってもみなかった。


「クウジ様とロベルト様が揃って王都を出たと耳にしまして。フクーベ方面に向かったと聞いたものですから、おそらくサバトに会いに行くと予想したのです。世間ではこの森に姿を隠していると噂されていますので」

「随分と勘がいいな」

「クウジ様はサバトを知っていると確信していました。普段からサバトの話題になると口が重くなるので、私でもさすがに気付きます」

「…この場所はどうやって知った?」

「結界の魔力を辿ってきただけです。膨大な範囲を収めている結界は、稀代の魔導師が展開しているに違いないと」


 気付いただけで大したもの。やはり頂点と呼ばれる実力は伊達じゃない。魔法の才に恵まれ日々腕を磨いてるからこそ。

 

「そちらが…灼熱の魔導師サバトさんでしょうか…?」

「初めまして。サバトと申します」


 予想外の来客にウォルトは気を悪くしてないだろうか?……っ!


 俺とクウジの少し後ろにいたウォルトは、いつの間にか猫面の姿に変装している。見事な変化。コレが武闘会で見せたサバトの格好なのか。

 

「私は宮廷魔導師のラウトールと申します。突然の訪問をお許し下さい」

「貴方の噂は兼々伺っています」

「私をご存知だったとは。光栄です」

「先日素晴らしい魔法を国民に向けて披露されたと聞きました」


 ラウトールの表情は薄笑いを浮かべたまま変化はない。元々感情を表に出さず思考が読み取りにくい。冷静沈着であるべき魔導師としては正しいが、不気味さを感じさせる。


「貴方と魔法を交わしたいと思い訪ねました。稀代の魔導師の魔法を是非この目に焼き付けたいと存じます」

「そんな大層な魔法使いではありませんが、こちらからお願いしたいくらいです」

「では、魔法による手合わせをお願いできますでしょうか?」

「構いませんが、1つだけ条件があります。この場所と、サバトに関する全てを秘密にして頂けるのなら」

「かしこまりました。では、私からも1つだけお願いしたいことがございます」

「なんでしょう?」

「仮に魔法戦で貴方が敗北を認めたなら、敗れたことについて公表させて頂きたいのです」


 …ふっ。やはりサバトに劣るという評価を気にしているな。当然か。


「そんなことでよければ、いくらでもどうぞ」

「随分と余裕があるのですね」

「勝ち負けはやってみなければわかりません。余裕はないです」

「…思いのほか殊勝な方ですね。では、さっそく」

「その前に、ロベルトさんと魔法戦を約束しているのですが」

「俺は後でも構わない。先にラウトールの相手をしてくれないか」


 この2人の魔法戦がとても気になる。ラウトールは宮廷魔導師の誰もが認める現役最高の魔導師だ。俺やクウジより魔法の技量は上で、全盛期のライアン師匠を彷彿とさせる才能。

 ウォルトを倒すことも現実的にあり得ると俺は思っている。魔法披露で国民に比較されてからは、秘かに修練に打ち込んでいることも知ってる。

 平然としているが、負けず嫌いに火が着いてる。実際どれほどの差があるのか興味がある。


「わかりました。では、よろしくお願いします」

「こちらこそ……よろしくお願い致します」


 頭を下げたラウトールの纏う魔力が不気味に揺蕩う。そして、魔法戦は始まった。




「ぐうぅっ…!うぉぉぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」


 ウォルトの魔法を障壁で弾いたラウトールは肩で息をしている。


「『火焰』!ぐぉぉっ…!押し返されっ…るっ…!」


 魔法戦が始まって直ぐに理解した。ウォルトは魔導師としてのレベルが違う。ラウトールが放つ魔法は完璧に防がれ、反撃を受けて押し込まれる。ラウトールが立っていられるのはウォルトが防御を基本として攻撃を仕掛けないから。ただそれだけ。

 常に後攻を選択しているのに、宮廷魔導師随一の技量をもってしてもここまで一方的な展開になるか…。もはや大人と子供で、圧倒的な力量の差が浮き彫りになった。

 ラウトールが怒濤の如く魔法を放とうとウォルトが焦る様子は微塵もなく、常に冷静に対処している。まるで魔法を観察しているかのような雰囲気。


 隣に目をやると、クウジが微動だにせず魔法戦を眺めている。


「クウジ」

「はい」

「激しい魔法戦を繰り広げながら底が見えない。想像以上の魔導師だ。俺は…アイツを舐めていた」

「ウォルトの凄さは言葉では伝わりません。巷の噂は圧倒的な過小評価です。おそらく半分も伝わっていない。ラウトールも完全に舐めていたでしょう」

「多重発動も複合魔法も使わずラウトールを圧倒している。地力の差がありすぎだ」

「魔法先読の技術が桁違いです。反撃に使用するのはラウトールと同じ魔法のみ。数回『反射』や『魔法障壁』で防いでいる魔法に関しては、知らない魔法だからでしょう。観察しているんです」

「知らない?」

「ウォルトはまだ若年です。見たこともない多彩な魔法を操りますが、知識においては我々が上の部分もある」

「唯一足りないのは経験か」

「それでも魔法戦では無敵に近く、対応力も並外れているので二度目以降は軽々防がれてしまう可能性が高い。勝つには初見の魔法かつ一撃で倒すのが最良策です」


 クウジもウォルトの打倒を目論んでいる…か。こうして眺めている間にも自分が魔法戦を挑む想定で思考を巡らせているんだろう。

 ラウトールの次なる手は予想できない。まだ見せていない魔法もあるが、魔力量は残り少ないはずで、できることはかなり限られる。圧倒的に不利な状況。

 

「ラウトールは魔力回復薬を持ってないでしょう。自意識過剰と動物の森やサバトを甘く見た結果です」

「手合わせで回復薬を使用するのはさすがになしだろう。魔導師のプライドが許さない」

「ウォルトは意に介しません。長く相手の魔法を見ることに意味があるからです。訊いてみましょう」


 クウジが声をかける。


「サバト。魔法戦に水を差して悪いが、少しだけ時間をくれないか」

「構いません」

「すまんな。ラウトール、俺の回復薬をやるから飲め」

「…いりませんっ!回復薬など必要ないっ!」


 まぁ、その反応が普通だ。自分から申し出た魔法戦で回復など、恥をさらすどころじゃない。俺でも断る。


「このままだと惨めに終わるぞ。誰よりお前がわかっているだろう」

「私は…まだ負けていないっ…!負けたことなどないっ!」

「言うだけは簡単だ。サバト、回復薬の使用を認めてくれるか?」

「問題ありません」


 ラウトールの顔色が変わった。


「…サバトォ~!私を蔑んでいるのかっ!許さないぞっ!」


 初めて怒りを露わにするのを見たな。


「蔑んでいませんが、なぜそう思うんですか?」

「人間の魔法のみで私に対抗し、回復薬を飲ませようと勝てるという自信っ…!腹立たしいっ!」

「違います。魔法戦を続けたいだけで、回復の必要がないなら断っていいと思います。あくまで手合わせですし、飲むのは止めません」

「ぐっ…!」

「素晴らしい魔法を見せてもらっている立場なので、ラウトールさんのお好きなようにどうぞ」


 …ははっ。ウォルトの言ってることは本音なのか?だとしたらラウトールが道化師すぎる。勝手にケンカを売り、自ら自尊心を砕かれにいく愚かな魔導師。

 相当プライドを傷つけられているだろう。生まれて初めての経験に違いない。地に墜ちたエリート魔導師の誇りはどこへ向かうのか。


「クウジ様…。回復薬を使わせて頂きます…」

「そうしろ」


 受け取って一気に飲み干し、表情も落ち着きを取り戻す。気持ちを切り替えたか。


「サバト。確かに貴方は素晴らしい魔導師だ。…が、慢心していると言わざるを得ない」

「慢心…?いつの間にかしていましたか…?」


 ウォルトは結構天然だな。


「この魔法で……貴方を倒す…」


 ラウトールの魔力が急激に高まる。過去に見たことがないほどの集中。あの魔法を詠唱するつもりか。宮廷魔導師にのみ受け継がれる攻撃魔法。俺も初見では度肝を抜かれた。


全てを貫く(グングニル)


 魔力で象られた巨大な槍が発現してウォルトに迫る。展開された障壁を粉砕して突き進む。微塵も慌てる様子のないウォルトは、更に数個の障壁を直列に展開した。凄まじい技量だがそれでも魔法の勢いは止まらない。

 魔力弾のような無属性魔力を独自の術式で構成し、極限まで研ぎ澄まして放つ『全てを貫く』を防ぐには相当な技量を要する。しかも、放ったのは頂点に立つ魔導師。並の魔導師では即死する未来しか見えないが、ウォルトはどう対処するのか。


 いよいよ槍が眼前に迫るも、ウォルトに慌てる様子はない。躱さなければさすがに危険だ…と思っていた矢先、驚きの光景が目に飛び込んできた。


「信じられない…。なんて奴だ…」


 再びウォルトの眼前に展開された障壁に接触した瞬間…槍が制止した。文字通り目前で。貫くでも消滅するでもなく穂先が触れた状態でピタリと動きを止めた。空中に飾られているかのような魔法の槍に顔を近づけて観察している。

 反応からして初見のはず…。寸分違わず拮抗するように魔力を調整したのか。神業のような魔力操作を軽々と…。防ぐのを失敗すれば間違いなく身体を貫かれていたというのに…。


「まだだっ…!」


 ラウトールは追撃の魔法を放つ態勢。だがこれ以上はマズいっ!


「よせっ!詠唱するなっ!ラウトール!」


 連続で強大な魔法を詠唱するのは危険行為。凄まじい体力の消耗とともに、脳に大きなダメージを負う。過去に多くの魔導師が身体を壊した。特に『全てを貫く』は必殺の魔法。全身全霊で放った後では耐えられないだろう。


「やめろっ!聞こえないのかっ!?」


 声を無視するように魔力が高まっていく。無理やり制止するタメに駆け寄ろうとして……ラウトールが膝から崩れ落ちた。気付けばウォルトが手を翳している。


「止めた理由はわかりませんが、眠ってもらいました。よかったですか?」

「助かった…。心から感謝する」


 遠距離からの『睡眠』か…。詠唱されたことすら気付かなかった。ウォルトが歩み寄ってラウトールの身体を抱えた。

 

「反則のような終わり方になりましたが、素晴らしい魔法を見せてもらえたことに感謝しかありません。ありがとうございました」


 眠ったままのラウトールに感謝を告げている。起きていたら言葉を額面通りに受け取っていないだろう。


「ロベルトさん。当初の予定通り魔法戦をやりますか?」

「連戦になるが、大丈夫なのか?」

「ボクは大丈夫です。魔力にもまだ余裕があるので」

「そうか…。是非頼みたい」


 信じられないが…虚勢を張るような魔導師ではないな。


「では、ラウトールさんには休んでいてもらいます」

「ウォルト。悪いがその辺に寝かせておいてくれ。ソイツは身体を鍛えているから甘やかす必要はない」

「わかりました」


 クウジの言葉通り住み家の影で眠るラウトール。


 よくやった。誰にも笑わせない。強大な相手に一歩も退かず、命懸けの魔法戦を繰り広げた魔導師を立場を越えて尊敬する。指導する立場として俺も負けてられない。過去に類を見ない…異端の魔導師に勝つ!






「ロベルトさん。どうでしたか?」

「どうもこうもない。全てが覆されて、俺の知る常識なんて全部吹き飛んだ」


 今はウォルトの住み家を後にして、フクーベに向かっている途中。

 

「アイツを表現する言葉がない。化け物ですら足りない気がする。あんな奴は世界中探しても他にいないんじゃないか?」 

「同感です」

「で、俺とラウトールの魔法戦を見てなにか掴んだか?自分が挑むのをイメージして作戦を練ってたんだろ」

「先輩には敵いませんね。……絶望感が強まりました。見なければよかったと思うくらいに」

「ははっ!だよな」


 俺は手も足も出なかった。嘘偽りなく全力で挑んだけれど、全ての魔法がことごとく跳ね返され、魔力切れで白旗を上げたのに感謝されて魔法戦は終了。

 ライアン師匠が笑うしかなかった理由を腹の底から知った。実力差もそうだが、ウォルトの魔法を間近で見ていると感情が忙しくなって仕方ない。恐ろしい威力だと頭では理解しているのに見蕩れてしまうほど美しい魔法だった。


 その後はとんでもなく美味いご飯をご馳走になって、魔法についてしばらく語り合った。内容を理解できなくても、高度な知識を有しているウォルトと語り合えたのは僥倖で互いに収穫だったと思える。

 ウォルトはとてもいい顔をしていたな。おそらくカネルラ最高の魔導師なのに、まだまだ学ぼうとする謙虚な姿勢を宮廷魔導師達に見習わせなければ。嫌味のない笑顔で俺達を見送ってくれて、再会を約束してくれたことが最高の手土産。


「しかし……ラウトールは気の毒だ」

「俺と同じく自業自得です」


 眠ったままクウジに背負われているラウトール。コイツは完全にやらかした。魔法戦後、目を覚ますなり「貴方は表舞台に立つべきだっ!私は潔く敗北を認め、堂々と再戦を申し込む!」とウォルトに向かって意気込んで、さらに「私は貴方の所在と知る全てを公表するっ!カネルラ魔法の発展のタメに、多くの魔導師に伝えなければならないっ!」と声を荒げた。


「約束が違います」と窘めるウォルトを無視して騒ぎ続けたラウトールは……最終的に殴り飛ばされて誇張じゃなく吹っ飛んだ。ある意味魔法より驚かされたかもしれん。やはり獣人のパワーは凄まじい。

 無表情になったウォルトは、魔法耐性に優れるラウトールの記憶を1日程度だけ消去しようと、忘却する魔法を付与しては殴り起こして確認する…という行為を冷静に続けた。


「むっ!サバト!」


「む…。……サバト!」


「……誰だお前は?」


 と、完全に忘れたことを確認後にトドメの一撃を食らって気を失い、魔法で深く眠らされたのち治癒魔法で治療されて今に至る。

 ちょっとした乱心により「ラウトールさんには二度とお会いしません」と絶縁宣言されてしまった。悪気はないことを誠心誠意伝えたが、ウォルトが首を縦に振ることはなく俺に飛び火しそうだと気付いて退いた。

 優しそうに見えるが頑固。そして約束を違えることに厳しい男。俺も細心の注意を払う必要がある。情報を漏洩したら二度と会えず、信用ならない魔導師という認識に変わるんだろう。


 誠意を持って臨めばサバトと交流は可能…か。ライアン師匠は本質を見抜いていた。


「魔法好きのウォルトに知らない魔法を見せたからこの程度で済んだんです。俺もおそらくそうなのでわかります」

「不幸中の幸いだと思うしかないな」

  

 今日の魔法戦を覚えていれば、格段に成長していたことがわかるだけに残念。意識の奥深いところで覚えていることを祈る。


「ところで、重くないのか?ラウトールはガタイがいい。いつでも代わるぞ」

「大丈夫です。似た者同士…背負ってやりたいんです」

「そうか」


 クウジとラウトールは似ている。今日の魔法戦を見て感じるモノがあったんだろう。それだけで訪れた価値があるかもしれない。俺も帰って修練だ。身体ではなく心が一気に若返ったような気がする。


 ライアン師匠…。久しぶりに貴方と感覚を共有できましたよ。

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