661 人を呪わば穴2つ
「まさか、希少な存在の動物と触れ合えるとは」
「ニャッ」
朝っぱらからガリア教団のフェリペがウォルトの住み家を訪ねてきて、シャノや子猫達と交流している。
再訪は予想してなかった。解呪してまだ数日しか経ってないのに、今日も1人で来たようだ。結界内には他の反応がない。見ただけではわからないけど、魔物と闘う術を持っているのか?それとも肝が据わっているのか。
「サバト。貴方の風貌は猫が好きだからか?」
「猫は好きですが、それが理由ではないです」
そもそも変装してない。
「今日はなにか用ですか?」
「貴方がグリディン様に付与した呪いの解呪法を教示願いたくて訪ねた」
「お断りします」
「今も呪いに苦しんでおられるのが不憫でならないのだ」
「解呪は教会と呪術師の専門分野。素人の付した呪いを解呪できないはずがない。それに、貴方も痛めつけていたのだから放っておけばいい」
「痛めつけてなどいない」
「呪いの効果に気付いたうえで聖なる力を使っているように見えましたが」
「あくまで解呪する可能性を探った。だが、私では解呪することは叶わない」
「司教とやらに頼んでみてはどうです?」
「本人が内密にしている。「教団の信徒が呪いにかかった」とは口が裂けても言いたくないようだ」
「だったら静観するだけでしょう」
妙なプライドのタメに激痛に耐える。忍耐力を養う気だろう。見上げた根性。
「なぜ、貴方は暴力をやめる代わりに呪いを施したのか?」
「ボクの理屈では、暴力を野蛮だと言う者は別の方法で痛めつけることに寛容です。法律だったり言葉だったり。自分のすることは簡単に棚に上げる」
「私を…試したと言うのか」
「試す理由はありません。止められた時点で理解したので」
現に、この人は気付いていながら「呪いを解け」とは言わなかった。なぜかは知らない。
「私はどうすればよかったのだ?」
「貴方の気が済むように行動すればいい」
「ではそのように。解呪法を伝授願えないだろうか」
「殴るなという要望に応えました。これ以上聞き入れる理由はない。第一、解呪は容易なのに未だ苦しんでいるなら神の裁きということでは?」
言ってみたものの、自分自身が神の裁きを理解できていない。
「違う。解呪が困難なのだ」
「直ぐに解呪される前提で付与しました。王都への移動間は苦しむと予想しましたが、本人がいいなら気が済むまでそうしておけばいい」
「貴方は簡単に解呪できるのだな」
「誰でもできます」
「付与した術者は何者か?と話題になっている。我々は人を呪うことはできない」
他人は呪えない、けれど呪われてしまう…というのは矛盾してないか?訊いたら話が長くなりそうだからやめとこう。
「解呪の糸口を掴むタメには、貴方が施したと宣言したい…のだが」
その場合、約束を反故にするということ。サバトに関する一切を秘匿するとフェリペさんは言った。ボクは妥協しない。でも選択は自由。
「非常に悩んでいる。私は貴方に多大な恩がある…が、苦しむ者を見過ごせない」
「恩を感じる必要はありません」
「なぜ軽く言えるのか」
「フェリペさんの解呪は偶然上手くいっただけで、手に負えなければそのままで放置していました」
ふぅ…と溜息を吐かれる。
「貴方と私では思考が違いすぎるのだろう」
「同感です」
「私は早急にグリディン様を救いたい。だから、さらに勝手な懇願をさせて頂く。何卒、解呪法を伝授して頂けないだろうか」
腰を折って深々と頭を下げるフェリペさん。引けない理由があるのか、それとも教団の教えがそうさせるのか。
「あの男が所属する派閥の者に呪われたのでは?」
「その通りだ」
「呪いに関わっている可能性もありますか?」
「充分あり得る」
「それでも解呪したいんですか?」
「救いたい。答えは変わらない」
心底理解不能だけど、これ以上は不毛な会話が続くだけか。堂々巡りになりそうだし、面倒くさい予感しかない。
「わかりました。ただし、教えるには条件があります」
「私が応えられることなら」
「ココで起きた全てを忘れること。見聞きしたこと全てを。貴方とは出会っていない。そして…二度と姿を現さないこと」
「私の記憶も奪われるのか」
「記憶を消したら解呪法も忘れてしまいます。だから消しません。その代わり、神に誓って頂けますか」
「ベクトガリア様に誓う」
信徒にとって、神に誓うという行為はとても重い意味を持つようだ。誓いを破ることは反旗を翻すこと。輩に付与した呪いは、魔力を媒体にしているので無効化すれば解けることを教えた。
「魔力を…。確かに貴方はなにも手にしていなかったが、そんなことが可能なのか」
「難しくないので」
「新たな学びを得たが、貴方との縁が切れてしまうことが残念でならない。必ず約束を守り私からは訪ねないが、この場所以外で偶然また出会うことがあれば、話すことくらいは許されないだろうか」
「神への誓いに反するのでは?」
「そ…の通りだ…」
「貴方は貴方の道を行けばいい。この先交わることはないでしょう」
ほんの少しフェリペさんの匂いが揺らいだ。どんな感情か判別できない。
「正直に言って、私は貴方のことを理解できないのだ。見返りなく願いを聞き入れてくれた理由もわからない」
「強いて言うなら、聖なる力を教えてくれたからです」
「教えたとは?」
「希少な体験をさせてもらいました」
右の掌を上に向け、魔力で模倣した聖なる力を霧のように放出する。魔法の風に乗ってフェリペさんに降り注いだ。
「コレは……まさか……」
「光の魔力に似て非なるモノ。不思議な力ですね」
「聖なる力は…心身を神に捧げ、厳格に教義を守り、辛く困難な修行をこなすことで儀式により神から賜る…」
「あくまで模倣した魔力で、聖なる力とは異なります」
ただ、体感したことで性質はかなり近いと思う。また魔法の幅を広げられそうだ。この力を覚えたことに価値がある。
「ニャ~」
子猫達が近寄ってきた。
「お腹空いたのかい。ご飯にしようか。フェリペさん、もう話は終わりでいいですか?」
「…感謝する」
さて、子猫達にご飯を作ろう。
★
「おい!フェリペ!まさか…また行ってきたんじゃないだろうな!」
王都に戻ったフェリペは、修道院の一室でアルバレスに詰め寄られていた。
「行ってきた」
「お前ぇ~…!顔を見せるなって言われたろ!約束守れよ!下手に刺激するんじゃねぇ!」
「すまん。静かにしたほうがいい。誰が聞いているかわからない」
「…素直すぎて気持ち悪ぃな」
「どうしても解呪法を知りたかったのだ」
「…ったく。グリディンはすっかりよくなったってよ。お人好しにも程がある」
サバトに教わったとおり、高位の魔導師を呼んで魔力を無効化してもらったら、グリディン様は何事もなかったように回復した。そして、また悪態をつかれたが私は満足だ。
「人に優しくあれ。分け隔てなく愛を与えよ。家族、隣人、知人、全ての者に」
「教義を守ったって言いたいんだろ。わかったよ」
「アルバレス。私の言動は意味不明か?」
「まぁ、教団に関係ない者にとっちゃ意味不明だろう」
「私は幼い頃から教義を叩き込まれて育った。私を拾ってくれた教団の教えに、従順に生きてきたつもりだ」
孤児院で育ち、教団の教えに興味を持ったことでそのまま信徒になった。神がいたからこそ救われ、私は生きている。
「境遇が同じ俺とお前でも大分違うけどな。俺はお前のように熱心な信徒になれなかった」
「だが、聖騎士になった。教えを守る気があるからだろう」
「そうかもな…って、そんなことはどうでもいいから、もう森には行くな」
「わかっている」
「大体、魔物に襲われにくいからって調子に乗りすぎだ。聖なる力も万能じゃないんだからな」
なぜか魔物が忌避する。それも聖なる力の効果。
「お前、妙にサバトにこだわるな。なんでだよ?」
「誰にもできないことを「誰でもできる」と言う」
「はぁ?」
「人を助けたいと言えば「意味不明だ」と言われ、約束すると言えば「信用しない」と言われる」
「それがどうした?」
「私の理解の範疇を超えている。だが、サバトの思考は単純だ。己の考えを曲げず、気が済むように話し、気が済むように行動するだけ。私にはないモノを持っている」
「だからなんだよ」
「私は教団の信徒であり、これからも変わらないだろう」
「意味がわからねぇ…。サバトは恩人だけど、協力してくれたのはたまたまだ。間違えんな」
「サバトは人を見ている。そうでなければ門前払い。お前と私は手助けするに値すると認められたのだ」
「だとしても、金輪際関わることはねぇ。大体、お前は助けてもらったくせに不義理を働いてんだ。わかってんのか?」
「わかっているし、もう関わらない。念押しされている」
解呪に関して、サバトは折れて協力してくれたのではなく私との関わりを避けたくて教示したのだろう。あまりのしつこさに呆れられたことくらいわかる。
もっと交流したかったがサバトは望まなかった。残念でならない。神を信じ、己を顧みず人の世に尽くした者にのみ与えられると教えられた聖なる力を、人を殺めてさらに呪っておきながら操った魔導師。
私が信じてきたことは…教団の教えは真に正しいのか。この世には、少なからず例外が存在するということなのか。人を愛せと説きながら、信徒同士の争いが絶えない悲しい現状。血で血を洗う様は醜いとすら思える。
教団が多くの矛盾を抱えた組織であっても、命を救われたことは事実であり私は私だ。周りに流されず強く生きたい。
常識を覆すサバトは、そんな私に新たな可能性を与えてくれるのではないか。そう感じたけれど、人生は思い通りにいかないことを生まれたときから知っている。
★
少し時は遡って。
呪いを解呪されたグリディンは司祭の住まう館に呼び出されていた。
「グリディン助祭よ。お主はフェリペに救われて満足か?」
「いえ…。決してそのようなことは…」
「死に損ないの最期を見届ける。そう言って後を追い…死に損なったのはどっちだ?」
「面目ありません…。ですが…」
「言い訳など聞きたくないわ!」
なぜ…私が叱責されねばならんのだ…!ご指示の通りに動いただけだというのに…!
「護衛の聖騎士も揃って行方不明。まったく、お主はどこでなにをしておったのだ?」
「恥ずかしながら…丸1日近く記憶を失っておりまして…」
「そんな下らん話を聞きたいのではない!」
「はっ…!申し訳ありませぬ!」
訊いたのはそっちだろう…!
「いかなる手段を使ったのか知らぬが、フェリペは死後の呪いから解き放たれておる。二度と同じ手は使えまい。司教に暗殺の疑いを持たれては、我々の派閥の立場が危うい。狂気の沙汰は一度きり」
「存じております」
「ふぅむ…。お主はとりあえず下っ端からやり直してみるか?」
「それはっ…!さすがに受け入れられません!!」
「我々の輝く未来を望んだ信徒の尊い命が失われておるのだ。しくじったのだから当然であろう?」
ぐうぅっ…!!
およそ人の所業とは思えぬ手段でフェリペを呪わせた首謀者の言葉とは思えん…!
治らぬ病に侵されていた余命幾ばくもない信徒を洗脳し、呪術師に呪いをかけさせ間接的な媒体にした外道老害がっ…!
「だが、神は我々信徒全てに慈悲を授けてくださる。一度の過ちで見放されることなどない。まだできることがあると言うのなら、納得いく妙案を述べてみよ」
…どうすればいい?汚名を返上し、認めて頂くにはするにはどうすれば…。私はどこで間違えたのだ…?なぜこんな事態に陥ってしまったのかわからない。
記憶を失っている間にフェリペは解呪され、代わりに私が呪われていた。気付けば見知らぬ森で、痛みに苦しみ奴らに連れ帰られた。
苦しむ中で記憶にあるのは…暑苦しい格好をした猫の獣人がいたということ。そして、倒れて動かない聖騎士共の姿があった。おそらく奴らは死んでいたのだ。
なぜ命を奪った…?まさか…人身御供…?…あの獣人は全てを知っているかもしれん。
「しばし猶予を頂けますでしょうか…?さすれば、此度の件に関するからくりを解いたのち、提案させて頂きます」
「そんなことに意味があるとは思えんが」
「朧気に記憶が戻ったのです。フェリペの周囲にいる不穏分子に心当たりがございます」
「不穏分子とな?」
「其奴がフェリペと協力して、聖騎士を殺害した可能性がございます。共謀して命を奪い……解呪のスケープゴートにしたのではないかと」
「ほぅ…。穏やかではない…が、興味深い話だ。信徒が信徒を手にかけたとなれば大罪に他ならん。追放では済まされぬ」
乗ってきた…。
「共謀者を放っておけば、後々障害となりかねませぬ。今の内に対処すべきかと」
この際だ。噓も真も関係ない。不確かな情報だろうとなりふり構っていられるか。下げたくない頭を下げ、苦汁を舐めながら助祭の地位に就いたというのに……降格などあり得ん!納得できるはずがない!
「私の行動が無意味だと判断されたなら、粛清して頂いても構いません」
「そこまで言うのならやってみるがいい。お主に猶予を与えよう。朗報を期待しておる」
もはや退けない。必ずあの獣人を探し出し、フェリペの犯した罪を暴いてみせる!
★
定められた礼拝の日。
神に祈りを捧げるタメに教会へと礼拝に向かうフェリペとアルバレス。
「おい、フェリペ。グリディンだぞ」
「見ればわかる」
「反応薄いな。久しぶりに見たってのに」
視線の先にいるグリディン様とは、あの事件以降、話しかけられることもなければ視線すら合わない。ここ数日は修道院でも見掛けなかった。
時間を迎え、集まった信徒で礼拝を行う。神に祈りを捧げる礼拝は滞りなく終わった。礼拝後に司祭様のお言葉を頂く…といういつもの流れのはずが…。
「グリディン助祭。何用か?」
突然、グリディン様が司祭様の前に歩を進めた。信徒達がざわつく。
「バーカー司祭様…」
「どうしたというのだ?話ならば後で聞こう。今は控えよ」
「因果……応報なのだと…」
「因果…?なにを言っておるのだ?下がれと申しているであろう」
徐々にグリディン様の目から生気が失われていく。この表情は…どこかで見た。
次の瞬間……突然グリディン様の頭部が膨らみ砕け散る。
「…きゃあぁぁっ!」
「うぅっ…!?」
教会は阿鼻叫喚の巷と化す。たまらず逃げ出す者、その場に立ち尽くす者、グリディン様を治療しようとする者など、それぞれに行動を起こす。私とアルバレスも司祭様の元へ駆け寄った。すると…。
「ぐあぁぁっ…!痛いっ…!」
返り血を浴びた司祭様が胸を押さえて苦しみ始めた。
「おい…フェリペ…。まさか…」
「…死後の呪いだ」
私は誰より知っている。同様の手段で呪いを付与されたのだから。
「静まりなさい」
聖なる力により司教様の呪いを抑えていると、司教様が教会に入られた。全員が頭を垂れて招き入れる。
「神聖な教会で騒ぎたててはなりません。落ち着いて行動するのです。バーカー司祭は…どうやら死後の呪いを受けたようですね。速やかに上位者の聖力による応急処置を」
「かしこまりました!」
「グリディン助祭については、必要な調査を行ったのち手厚く葬るよう」
共に聖騎士に抱えられて運び出される。
「皆様、本日の礼拝はここまでとしましょう。本日も良き日とならんことを」
司教様のお言葉によりこの日の礼拝は幕を閉じた。混乱さめやらぬ中で修道院に移動する。
「フェリペ。さっきの事件をどう思う?」
「少なくとも報復ではないだろう」
「報復は教団の教えに反するって言いたいんだろ。けど、あまりに状況が似すぎてる」
「私は既に解呪されている。遺恨すらなく、報復したことが公になれば聖職者として追放もあり得る」
人を許すことは教義の中核。明らかに反する行為。
「じゃあ誰がやったんだ?聖職者は他人を呪えない」
「仮説だが…グリディン様は踏んではならない獣の尾を踏んだ可能性がある」
「獣…?まさか、サバトか…」
意趣返し。同害報復。獣人の行動理念と言われている。真っ先に思い浮かんだのは、なぜかサバトの顔。
「あり…得るか。ここ数日いなかったのは、もしかすると森に行ってたとか。素性を探る途中でサバトを刺激して…呪われた可能性はあるな」
「確かめる術もなく、全て憶測の域を出ない。私はそんなことができる者を知らない」
「…だな。俺達には想像つかない」
仮にそうだとしても、過去は変えられない。未来が予知できていれば、防ぐことができたのだろうか。
後日、呪われたバーカー司祭は隔離されることが決定した。
短期間に二度も呪い騒動が起こり、さらに被害者の派閥が異なることで、抗争の可能性を司教様が危惧されたことによる。
また、食事の運搬や連絡については、信徒ではなく教団と無関係の一般人が雇われることに決まった。
『生贄による解呪を防ぐ目的』と司教様より説明があり、「司祭は自力で解呪される。命を捧げようなどと誤った行動を起こさぬよう」と厳命された。
「スケープゴートによる解呪が明らかになった場合、司祭以下派閥の全員を教団から追放とする」とまで仰られ、他派閥を含め面会等も一切禁じられた。接触を図ったなら同一の処罰を課される。
私が呪われたときは沈黙を保たれていたけれど、上位者である司祭までもが狙われたことで看過できないとお考えなのだろう。
バーカー司祭は「何卒、有志による解呪の協力をっ…!」と訴えたが、却下されたと聞く。司祭様は教団で最も解呪に精通しており、他の聖職者も認めるところ。つまり、カネルラ教団には司祭様を解呪できる聖職者はいない。
私は「死後の呪いを解呪するにあたり、断じて生贄は捧げておりません」と司教様に神への誓いを述べている。そして、「貴方を信じましょう」と笑顔で仰られた。
司教様は何人も犠牲なく、解呪できると信じてくださったのだ。バーカー様が御自身で無事に解呪され、復帰されることを祈るのみ。