66 動じない獣人
暇なら読んでみてください。
( ^-^)_旦~
天候に恵まれたある日のこと。
ほっかむりをして野菜作りに勤しむウォルトの耳が近づいてくる馬の蹄の音を捉えた。
音の方向へ意識を向けていると、しばらくしてダナンさんとカリーが姿を現した。
霊体という表現が正しいかわからないけど、2人には生者の匂いがないから姿を見るまで確信が持てない。ただし、蹄の音と駆けるリズムでほぼ確認できる。
アンデッドから甲冑騎士と顔のない騎馬に戻った後も交流は続いていて、何度か会いに来てくれていた。
「ウォルト殿。ご機嫌いかがですか?今日も精が出ますな」
カリーに跨がるダナンさんが騎乗したまま挨拶してくれる。
「平和に暮らしてます。お元気そうで」
「ヒヒ~ン!」
カリーも「私は元気!」とばかりに嘶いた。近づいて首を撫でてあげると首を擦りつけてくる。
理由は不明だけど、会う度に実体がハッキリしてきているというか、時間が経つにつれて毛皮がモフモフしてきてる。
「いやはや、ウォルト殿に会いに行くことを伝えると、いつも以上に張り切りましてな。危うく途中で振り落とされてバラバラになるところでした。ハッハッハッ!」
「ヒッヒーン!」
「お茶でもいかがですか?」
「かたじけない。お言葉に甘えさせて頂きます」
「遠慮しないで下さい。会えて嬉しいので」
ほっかむりを外して汗を拭うと、2人を住み家に招き入れた。
冷たいお茶を淹れてダナンさんに差し出す。一礼してグイッ!と甲冑の口の辺りから隙間にお茶を流し入れた。
「やはり、ウォルト殿の淹れるお茶は美味いですな!五臓六腑に染み渡りますぞ!」
「ありがとうございます」
★
おかしな話である。
甲冑の内部は空洞のはずなのに、隙間から漏れることもなく消えるお茶。そして、五臓六腑はないはずなのに、染み渡るという表現も滑稽。
だが、白猫の獣人はツッコんだりしない。『そういうこともあるよね』くらいにしか思わない。
ちなみに、カリーの前にも水を置いているのだが、いつの間にかなくなっているという不思議な現象が起きている。それでも『実際、カリーの顔はあるからね』とまったく動じない。
ウォルトは直ぐになんでも受け入れてしまう獣人なのである。
★
「今日は、なにか用があって来たんですか?」
「実はそうなのです。少々困っておりまして、ウォルト殿に相談したいと思っておったのです」
「ボクにできることならなんでも言って下さい」
「心遣い痛み入ります。どこから話したモノか…」
ダナンさんは回想している風だけど、全身甲冑だから雰囲気を感じるだけ。相手の思考を読むのに表情って大切なんだな。
「私とカリーは、ウォルト殿にアンデッド化を解いて頂いた後、民の安寧を保ちたいという想いで動物の森を中心に魔物狩りを行っていたのですが」
霊体と化してから疲れを感じないらしく、精力的に動き回っている…とは聞いていた。
とはいえ、自分達は今世に存在しない者という自覚があるので、できる限り人目に付かないよう静かに活動しているとも。
「ある日、夜の帳が下り始めた時間を待って森の巡回を始めました。直後、女性の叫び声が耳に飛び込んできたのです。何事かと声の主を探し森を駆けると、若い男女が数匹のフォレストウルフに取り囲まれているのが目に入りました」
「危機一髪でしたね」
「ど冒険者には見えなかったので、単に森で逢瀬を重ねていたのでしょう。魔物がまさに跳びかからんとする瞬間、立ち塞がり一撃で数匹を屠ったのです」
フォレストウルフはダナンさんの敵じゃないだろう。まさに一閃だったに違いない。
「その後、恋人達を逃がすために「逃げるのだ!」と告げたのですが…「ひっ!顔が無い馬~!?で、出たぁ~!!」とカリーを見て目を見開き脱兎の如く逃げ出す始末」
気持ちはわかるけど、ちょっとひどい話だな。
「呆気にとられていたところに残る魔物が襲い掛かってきたのですが、化け物のように扱われて激怒したカリーにパカン!と軽く蹴り飛ばされ、闘いは幕を閉じたのです」
「そんなことが…。カリー、災難だったね」
家の中なので暴れたりしないけど、「失礼しちゃうわ!」とばかりに鼻息を荒くしている。
「我々が魔物だと認識されてしまうと、討伐隊でも組まれるのではないかと危惧しておるのです」
考えすぎ…と安易に言い切れない。
「カリーの顔が視認できないことで、恐怖を煽ってしまったかもしれませんね。対策が可能かもしれません」
「本当ですか?妙案がおありで?」
「ダナンさんは甲冑を身に着けた騎士にしか見えませんし、カリーの顔が誰でも認識できるようになれば立派な騎馬にしか見えません。恐れられることもないかと思います」
「そんなことが可能なのですか?」
「カリーの綺麗な顔を皆に知ってもらいたいので、なんとかします」
「ヒヒン!」
カリーが顔を舐めてくる。
「くすぐったいよ、カリー」
「ヒヒン!」
「はっはっは!私には1人芝居をしているようにしか見えませんな。ですが、ウォルト殿を全面的に信用しております」
2人は優しい英霊。カネルラの礎でもある。出来る限り力になりたい。
「しばらく外で待ってて下さい」と告げて、調合室に向かう。白い粉が入った瓶を片手に5分と経たない内に2人の元へ。
「カリーの顔がダナンさんにも見えるようになるか試したいと思います」
「是非ともお願いします」
「ヒヒン!」
ビンに入った白い粉を、そっとカリーの顔に振りかけてみる。すると、みるみる内にカリーの顔が現れた。粉を綺麗に払ってあげると、綺麗な白い毛皮と翡翠色の瞳が視認できる。
「おぉっ!凄いですな。その粉は一体?」
「ボクの師匠が作った死者の姿が見えるようになる薬を顔にかけてみました」
「驚きですぞ。ウォルト殿にも驚かされましたが、貴方のお師匠様も凄まじい方ですな…」
「そうなんです。コレなら問題ないかと思いますが、どうでしょうか?」
「誰が見ても亡霊とは思わぬかと。また借りができてしまいました」
「気にしないで下さい。カリーもよかった?」
コクリと頭を縦に振るカリー。心なしか優しく微笑んだように見える。そして…抱いていた疑惑が確信に変わった。
カリーは魔法を操る騎馬だ。
珍しく下手な嘘を吐いたけど、ダナンさんにはバレてない。カリーにかけた白い粉は、死者の姿を視認できるようになる薬ではなく、ただの穀物を摺って作った粉。
ただし、調合室に取りに行ったとき魔法をかけてある。かけた魔法は『可視化』と『保存』。
カリーの顔は魔力で形成されていて、ダナンさんが触れないのはおそらく形成する魔力が微量だから。ボクはダナンさんより魔力に敏感だから触れるんじゃないか。
もっとカリーの魔力が強力だったら顔を視認可能なまでに形成できるかもしれない。触れる程度が限度かもしれないけれど、その辺は本人のみぞ知る。
ダナンさんが「顔に触れない」と言ったときに薄々感づいてたけど、カリーに「言わないでほしい」と言われた気がしたので黙っていた。
今回も薬の効果ということにして、カリーもそれでよしとしてくれたみたいだ。騎馬が魔法を操るなんて珍しい気がするけど、まぁそういうこともある。
「ダナンさん。薬の効果がどの程度続くかボクにもわかりません。でも、同じ薬を作ることは可能なので効果が薄れたと思ったらいつでも来て下さい」
「かたじけない。森だけでなく街に行くことができるかもしれないと思うと、年甲斐もなく心が躍りますな!」
「問題ないと思います」
相槌を打ったダナンさんは、カリーをチラ見したあと耳打ちしてくる。
「私の気のせいかもしれないのですが…」
「なんでしょう…?」
ダナンさんが小声なので、自然と小声で返す。カリーに聞かれたくない話かな。
「カリーの顔が……その…昔と違うような気がするのです」
「えっ?長く眠っていたから記憶が薄れて曖昧になってるんじゃ…?」
「可能性はありますが、違和感があるのです…。昔から美しい顔をしておったのですが、ココまで整った造形ではなかったと記憶しております」
「となると…彼女はカリーではない…?」
「いえ。性格や体躯は間違いなくカリーなのですが……顔だけが違う。だから違和感があるのです…」
「なるほど…。一体どういうことでしょう…?」
また新たな疑問が生まれ2人は森へと帰った。
★
次の日。
住み家にチャチャが遊びに来た。狩りの途中や終わりに休憩がてら立ち寄ってくれるようになったチャチャは、いつも獲物の肉を分けてくれるので食材は大助かり。しかも、時間があれば一緒に狩りをして丁寧に教えてくれる優しい師匠。
対価にはチャチャの希望もあって薬を渡してる。「街の薬屋よりよく効く」と父親が喜んでくれるらしい。実際はそんな大層なモノじゃないんだけど。
今日は貰った肉をふんだんに使った昼食を作って一緒に食べる。
「うぅ~!悔しいけど兄ちゃんは相変わらず料理上手いね。美味しすぎる…」
「ありがとう。チャチャのおかげで肉も新鮮だからね」
「兄ちゃんに料理を食べさせるのは勇気がいるよ」
「そんなことない。人が作った料理を食べるのも好きだし。今度チャチャも一緒に作ってみる?」
「うっ…!その内ね…」
「ところで、今日は少しだけ化粧してる?」
「よくわかったね。薄らなのに」
「いつもと違うから。可愛いと思う」
「よくサラッと言えるね…」
「変なこと言ったかな?」
「…なんでもないよ」
「女性は化粧すると全然印象が変わる………あっ!そうか」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと思いついたことがあってね」
化粧でピンときた。カリーの顔が昔と違うのは、おそらく人間でいう化粧をしてるんだ。魔力を操作して自分が美しいと感じる顔を形成したということ。
共に蘇った長年の相棒であるダナンさんに見せたかったんだろう。単純に驚かせたかっただけかもしれない。だから内緒にしてくれと言ったのか。
そう考えるとしっくりくる。カリーの健気さに心が温かくなった。
読んで頂きありがとうございます。