658 呪術素人の限界
ウォルトはフェリペに確認してみる。
「死後の呪いは目視できますか?」
「できる」
着ている法衣を脱ぎ始めた。中に着ていた上衣を脱ぐと呪いが露わになる。
「心臓付近から黒い炎のような…。コレが死後の呪い…」
「呪いには多くの形態がある。その中でも心臓に影響するモノは危険度が高く、聖なる力で進行を抑えても完全に堰き止めるのは困難」
「根本的な質問ですが、聖なる力とはなんですか?」
「聖職者が神から授かる力で、呪いに対しても高い効果を発揮する。治癒魔法のような回復効果を得たり、アンデッドを天に送ることも可能だ」
「凄いですね」
まるで魔法のような力。
「ちなみに、聖なる力の効果は人によって異なる」
「フェリペさんの持つ力の効果は?」
「奇跡と呼ばれる現象を起こす。貴方にとって奇跡かはわからないが、未来予知ができる」
「予言は紛れもなく奇跡です」
「予言とは異なる。思うままに操れるのではなく、閃くように降りてくるだけ」
「必中ですか?」
「過去に外れたことはない。けれど、天災や人の未来を自在に視ることはかなわず、占いのようにはいかない」
それでも不思議な力に変わりない。予言者のような存在。
「教皇様と謁見した際、偶然に視えた未来をお伝えしたことで力を認めて頂いた」
「どんな内容の?」
「教皇様に暗殺の魔の手が迫り、企てる者達や手段等をお伝えした。未来は変わり今に至る。…つぅっ!」
呪われた身体が痛むのか顔を歪めた。そして、フェリペさんが淡い光を身に纏う。コレが聖なる力か。
「ふぅ…。少々取り乱した」
「可能であれば、聖なる力をもう少し見せて下さい」
「お望みとあらば」
視認できる不思議な力。光魔法の魔力に近い色に感じるけどよく観察すると違う。細かい色合いを記憶した。
「ありがとうございました」
魔力を練り上げ、目にしたばかりの聖なる力を模倣して放出すると、フェリペさんの胸に浮き上がる炎のような模様が縮小したけど、まだ安定して発動できない。聖なる力の模倣には修練が必要だ。次は通常の魔力で『解呪』を試してみよう。詠唱してみると呪いの炎は縮小される。ただし、詠唱を止めると直ぐに元通り。
「魔法で効果は確認できました。ただし、反発が激しくて元凶を取り除くには至りません」
「貴方は噂に違わぬ魔導師だ。軽々と詠唱してここまで効果が現れるとは予想しなかった」
「解呪できなければどんな魔法も気休めです。けれど、望みはあるかと」
俄然やる気が出てきた。引き続き魔法を使って様々な角度から呪いにアプローチすると、やがてこの呪いの性質と全容が見えてきた。ボクに可能な解呪法も見当がつく。
文献で学んでいるとはいえ、呪いに関してはズブの素人。複雑な術式や触媒を使った死後の呪いを正統なやり方で解呪するには時間がかかる。
導き出した答えは至極単純な方法。偶然にも、もうすぐ解呪の鍵を握る人物が到着する。玄関のドアがノックされると同時に開いた。中に駆け込んでくる足音は軽快。
「たっだいまぁ~!…って、誰!?なんで上半身裸なのっ?!」
やってきたサマラと居間で鉢合わせ。少し前から結界内に反応があったので気付いていた。今はちょうどお昼時で、驚かせたくて連絡せずにご飯を食べに来てくれたんだろう。よくあること。
「おかえり。待ってたよ」
「そっか。お腹空いた!」
「ゴメン。ちょっと時間がかかることをやってるんだ」
「ふ~ん。よくわかんないけど、帰った方がいい感じ?」
「できるならまた来てくれないか?」
「わかった!夜にまた来る!作り置きの料理とかある?」
「オニギリが台所にあるから全部食べていいよ。夕飯は好きな料理を準備しておく。あと、帰る前に借りたいモノがあるんだ」
「なに?」
サマラに頼むと、直ぐに貸してくれた。
「ありがとう。夜に返すから」
「いいよ!じゃ、またね!」
ご機嫌な様子でサマラは住み家を出ていった。申し訳ないけど夜にもてなそう。
「元気な女性だ。友人なのか?」
「彼女は大切な人です。では、再び解呪を始めますが、フェリペさんに頼みがあります」
「なにをすればいい?」
「合図したら、ボクの心臓の辺りに触れて聖なる力を全力で使って下さい。解呪するかのようにです」
「任された」
大きく深呼吸して心を落ち着ける。何事もやってみなければわからない。上手くいくことを祈る。
呪いの付与も性質も理解した。あとは、サマラの力も借りてこの詠唱で解呪しよう。成功するイメージを膨らませる。そっとフェリペさんの心臓に手を添えた。
「…お願いします」
フェリペさんの掌から、ボクの身体に聖なる力が流れ込んできた。体感すると、より詳細に性質を感じ取れる。
『解呪』
魔力とフェリペさんの聖なる力を混合して全力で放出する。
「なんという…。一瞬にして呪いが抑え込まれていく…」
死を司る炎が縮小していく。解呪はここからが本番。
呪いを解析して気付いたこと。死後の呪いは、呪術が心臓そのものに絡みつくように発動している。強い効果より粘着することに重きを置いて。主たる目的は、執拗に心臓に食らいつき痛みを与えて対象を弱らせること。そして、欠片でも呪いの元凶か媒体が存在すれば即座に復元する術式が組み込まれている。
媒体はおそらく死者の血。ボクには同等の対価で相殺することはできない。ならば、呪いの元凶…呪術を魔法で相殺して跡形もなく消滅させればいい。
ただし、言うほど簡単ではなく聖なる力より解呪効果が低い魔力では膨大な量を必要とする。魔力量を増やす手段として、サマラから『魔力増幅の腕輪』を借りた。解呪効果を高め、フェリペさんの聖なる力も混合させることで万全を期す。
人が作り出した呪いなのだから、人に解けないはずがない…というのがボクの理屈。
「フゥゥ…」
「この短時間で拳程度の大きさまで縮小した…」
しつこい呪いだ…。相当な魔力量を送り込んでいるのに抵抗が止む気配がない。解けない呪いと言われるだけのことはある。けれど…魔法で解呪できると証明したい。魔法使いの端くれとしての意地。
「フウゥゥッ…!」
魔力を研ぎ澄まし更に圧縮する。そして呪いにぶつけた。
「…もうなにも感じない」
「解呪できたかもしれません」
胸に浮かんでいた黒炎は消え去っている。元凶が潜んでいたり、復元する可能性はあるだろうか。媒体と切り離せたとは思う。
「微々たる違和感もない。消え去っている」
「よかったです」
まだまだだな。この程度で魔道具や他人の力を借りているようでは師匠に追いつけない。師匠なら軽々と終わらせて、「平凡雑魚ネコが!飯をよこせ!」と吠えるだろう。実力が足りないことを実感する。
「正直、私は諦めていた。アルバレスの努力すらも無駄な行為だと」
「諦めていたのなら辺鄙な森に来ません。生きたかったんだと思います」
…と、結界に新たな侵入者の反応。住み家に向かって歩いている。全部で…6人いる。
「つかぬことを訊きますが、どうやってこの森へ?」
「馬車でフクーベまで移動した。街からは徒歩で」
さすがに王都から徒歩では来ないか。
「外に行きましょう」
過去の経験からくる予想が外れていてほしい。
共に外へ出ると、住み家に歩み寄る男達の姿。フェリペさんと似た法衣を着た中年らしき男と、聖騎士の鎧を着た男達が4人。そして…怪我を負ったアルバレスさんがいる。
望まぬ予感が的中してしまったかもしれない。コイツらはフェリペさんを追ってきた輩だろう。招かざる客人。
「アルバレス…!」
「フェリペ……。よかった……無事だったか……ぐあっ…!」
乱暴に突き飛ばされて地面に転がると、後ろ手に縛られているのが見えた。法衣を着た男にフェリペさんが鋭い視線を向ける。
「グリディン様…。どういうことですか…?なぜアルバレスが傷ついている?!」
初めて発した怒りの匂いが鼻に届く。
「この場所までの案内を頼んだだけだが?」
「見え透いた噓を…!」
「フェリペよ。貴様の友とやらは、教団の規律を破り王族に擦り寄った犯罪者だ」
「アルバレスは私を思い行動を起こした。責任は全て私にある」
「うぅむ。自虐は崇高ではないぞ。司教に報告させて頂こうかとも考えたが…それだけでは面白くない」
「わざわざ森まで追ってきたということは…私の命を奪う目的ですか」
「酷い勘違いだ。『友人を殺すなかれ』、教皇様の有り難いお言葉だ。我々が命を賭けて守るべき教え」
「ならば…なぜココに来たのです?」
「生きることを諦めた友人が、魔物に食われていては寝覚めが悪いだろう?手厚く葬りたいと思うさ」
「心にもないことを…」
腹の探り合いが続く。芝居の1シーンを見せられているようだ。少し口出しさせてもらおう。
「話が長くなるなら、帰ってからにしてもらえますか?」
「なんだ貴様は…?」
この反応からすると、アルバレスさんはボクの存在を秘密にしてくれてる。
「この家の居候です。貴方達がココに来た理由は知りませんが、下らない会話と口調が耳障りなので帰ってもらえませんか?」
「黙れぃっ!獣如きが対等な口を利くな!本来、貴様のようなゲス種族が私に話し掛けられると思っているの……なっ!?」
一瞬で詰め寄り顔面を殴りつけた。
「ぐはぁっ…!歯がっ…折れっ…!」
尻餅をついた男ににじり寄る。
「ひっ…!お、お前達、さっさとこの男を斬れっ!早くっ!聖職者に対する暴力と侮辱罪だっ!」
「お任せ下さい!」
「身の程知らずの獣めが!」
剣を抜いて駆け寄ってくる4人。お決まりの展開に溜息が出そうだ。芝居だとしたら脚本に捻りがなさすぎる。もう何度目だ?偉そうな奴は、口を開けば獣人を蔑むような発言ばかりで飽き飽き。怒ることすら億劫だけど、今は冷静に対処しなくちゃならないからちょうどいいな。
「ぐっ……ごぼぁっ…」
聖騎士の攻撃に確かな殺意を確認したので、魔法で剣を受け止めたり躱しながら1人ずつ鎧の隙間を狙って手刀を突き刺した。
前々から思っているけど、鎧を着るのなら極力隙間ができない作りでないと意味がないと思う。それこそダナンさん達のように全身甲冑が理想。
「あ……あぁ……」
立ち上がろうとしない法衣を着た男に近寄る。
「きっ、貴様はなにをしているかわかっているのかっ!私に手を出すと、教団が黙っていないぞっ!」
演劇で悪人が吐くような決まり文句。ボクは寸劇には付き合えない。
「刺客でも放つんですか?」
「そうだっ!教団を甘く見るなよっ…!貴様が想像もつかない恐ろしい組織なのだ!我らにかかれば、獣人など森の虫けら同然!謝罪するのなら今の内だぞっ!」
「懺悔する罪などない。恐ろしい力とやらを見せてみろ」
「ひっ…!?」
さすがに頭にきて血が沸騰する。馬乗りになって顔面を殴ると、「やめろ!」と下から喚くだけ。虫けらの力を思い知れ。
「やめてもらえないだろうか」
フェリペさんの言葉で殴る手を止めた。顔が腫れ上がった男は気を失っている。
「その男を許してやってほしい」
「許す?」
「貴方の怒りは肌で感じる。理由は知らないが、貴方が手を汚す必要はないのだ。聖職者の問題に巻き込んでしまった私の責任」
この人にとっては、変装しているエルフに獣人を貶す言葉を投げつけただけに見えているんだろう。男の顔面を踏みつけながら立ち上がり、フェリペさんに向き直る。
「身代わりになるとでも?」
「望むならそうしよう」
「なにもかも背負って生きていくつもりか」
「目の前に苦しむ者がいれば、助ける生き方しか知らないのだ」
微塵も理解できない思考。
「サバト。過激な言動は敵を増やし続け、いつか八方塞がりになってしまう。予知せずともそうなると言える」
「現に塞がって森に来たお前に言われたくない」
「返す言葉もないが、だからこそ辛さを知っている」
「忠告などいらない。教団の教えなら信徒に説け」
「心に届かなくてもいい。だが、口にしなければ理解しようとすらしてくれないだろう。貴方が拳を振るうほど怒りを露わにする理由を知りたい」
「言ったとて理解できないだろう」
「だとしても、矛を収めてもらえないだろうか。この男が悪事を働いたのであれば、やがて神の裁きが下されるのだから」
「神の裁きはいつ下される?私腹を肥やし、存分に人生を謳歌した後か?」
「わからない。だが、必ず下される」
「後に起こる偶然の不幸を裁きだと言い張る気か?道で転んでも、雷に打たれても「裁かれた」と」
「貴方に殴られたことも、過去の所業に対する裁きかもしれないのだ」
「そうだとしたらなんだ?」
「人の世は、あらゆる事象が複雑に絡み合いながら巡っている。許すことは許されることに繋がる」
…会話していて過去最高に疲れる。答えが不明瞭なうえに漠然としすぎていて、今まで出会った人間の中で最も思考を理解できない。軽々ボリスさんの上をいく。
謎だらけの問答のせいで、一気に頭が冷えて冷静になった。長々と不可思議な発言を続け、相手の思考能力を奪うのが目的…とかあり得るか。
「殴るのはやめます」
「恩に着る」
「必要ないです。別の手段をとるので」
「なに?」
気を失ったままの男に近寄り、身体に手を添える。魔法で記憶を消して治癒魔法で綺麗に回復させた。
「凄まじい治癒魔法だ…。見たこともない」
その代わりに呪法を施すと直ぐに目を覚ました。
「う……うぐぅっ…!い、痛いぃっ!ぐあぁっ…!なんだ?!この胸の痛みはっ…?!」
死後の呪いを学んで応用させてもらった。心臓に執着して、自他に関わらず聖なる力に反応し激痛を与える呪法。聖なる力を使わなくても定期的に発動して痛みが30分程度持続する。
媒体には複合魔力を使い、複雑な配合で呪いと結合させて付与した。魔導師に無効化を依頼するまでは解呪できない。フェリペさんはボクがなにをしたか気付いているだろう。
「フェリペ~…!ココはどこだっ…?!…なぜ貴様がいる!?私を…攫ったのか?!」
「もしや…記憶を失っているのですか…」
「なにを言って……ぐぅっ…!この痛みはっ…貴様の仕業かっ?!」
「貴方は呪いを受けているのです。私の力で速やかに解呪しますので、お静かに」
「貴様の力など借りるかっ…!…ぐうっ…!やるのなら早くやれっ!」
電光石火で前言撤回。なんだコイツ?
「解呪を行います」
「…ぐあぁっ!やめろっ…!!痛いっ…!痛くてたまらんっ!」
「耐え忍びましょう。聖職者は呪いに負けてはならぬ…と常日頃仰っているではありませんか」
「ぬぅぅっ…!うがぁぁっ…!」
聖なる力を使われる度に悶える姿が滑稽でならない。自分の力で痛みを緩和すれば楽になるのに大袈裟な奴だ。フェリペさんもいい性格をしている。解呪すると見せかけて、痛めつけているとしか思えない。
そんな茶番を横目にアルバレスさんを治療した。後先考えない無鉄砲な性格であっても、この人の友を想う行動には共感した。
「重ね重ね迷惑をかけてすまない…。助かった」
「約束は守りました。おそらく生贄は必要ありません」
「まさか………フェリペの解呪は成功したのかっ!?ありがとう!ありがとうっ…!」
「完全に解けた保障はありませんが、できるのはココまでです。他言無用の約束を守り、二度と顔を見せないでください」
「望むなら神に誓う!感謝しかない!」
「そうですか」
神って言葉は万能すぎる。ベクトガリアは、信心深い者に対しても約束を反故にしたら罰を与えるのだろうか?存在を信じてないけど、ユグさんのように話が通じるなら遭遇してみたい。
一仕事やり終えた安堵感に包まれながら魔法で聖騎士の遺体を土に還していると、フェリペさんが歩み寄ってきた。法衣の男は依然として転がりながら悶絶してる。随分と聖なる力で痛めつけられたようだ。
まさか…まだ言いたいことがあるのか?もしそうなら短く答えよう。
「サバト。貴方はなにを思って生きているのか?」
「流れのまま生きている」
「私と貴方の縁は、今日で切れてしまうだろうか?」
「見えないモノが切れても気付かない」
「貴方は2つの人格を宿しているように思える。苛烈と穏健、相反する心が同居する身体は1つ。己を労ることを勧める」
「忠告は必要ない」
教団には縁もゆかりも興味もない。放っておいてほしい。
「また会いたいと言ったら?」
「いつもココにいる。約束を反故にすればこちらから訪ねる」
「秘匿は得意分野。心配は無用だ」
「信用してない」
「我らは相容れないか」
「理解できる言葉を話さない内は相容れない」
その後、アルバレスさんが騒ぐ法衣の男を背負って森に消え、しばらく「痛い!痛い!」と叫ぶ声だけが響いた。
そんなことはさておき、サマラに食べてもらうご飯を作ろう。ボクにとっては、高尚な教えよりも解呪の知識よりも価値があること。
サマラは夜が更ける前に来てくれた。好みの肉料理でもてなす。
「めちゃくちゃうんまぁ~い!」
「昼は相手してあげられなくてゴメン」
「いいよ!こうして激ウマの料理を作ってくれたし!なんか深刻そうだったからさ!」
「ありがとう」
こんな辺鄙な場所まで来て、とんぼ返りさせられたのに怒ってすらいない。心が広い幼馴染み。
「サマラが今夜泊まってくれるなら、添い寝したいんだけど」
「マジで?!急にどしたの?!」
サマラは食べるのを止めて、妙な目で見てくる。
「お酒でも飲んでる…?」
「飲んでないよ。素面だ」
「ウォルトが添い寝したいなんて…」
「おかしい?」
「そんなことないけど、今まで言ったことないじゃん」
「そうだけど、今日はお願いしたいんだ」
「そっか!じゃあ、してもらおうかな!」
笑ってまた食べ始める。ちゃんと言っておこう。
「サマラ」
「なに?」
「添い寝したら、いろいろなところに触れるよ。それでもいい?」
「えぇっ?!」
「断るなら今の内だ」
珍しく混乱した顔してる。でも、隠したくない。
「ちょ、ちょっと考えさせてっ!添い寝はまた今度でよろしく!」
「いいよ」
許してもらえるとは思ってない。でも、正直に伝えた。こんなに動揺すると思わなかったけど。




