656 黒猫と懲りない男達
「アンタ達は可愛いねぇ。ほらほら」
「ニャ~!」
住み家の居間で子猫達と遊んでいるのは、顔のパーツが『へ』の字でだらしない顔のキャロル姉さん。猫じゃらしを上手く使って楽しませてる。
「元気に育ってるねぇ。シャノは疲れてるのかい?」
シャノはご飯を食べてから昼寝中。カボチャチグラの中で丸まってる。
「今朝も子猫を森に連れて行って、帰ってきたばかりなんだ。気を張って疲れてるんじゃないかな」
「そうかい。母親は大変だ。番がいれば楽なのかねぇ」
「どうなんだろう?結局会えないなぁ」
雄猫にも会ってみたい。シャノは特に気にしてないけど。
「ところで、アンタに頼みたいことがある」
「ランパードさんの依頼?」
「そうさ。玉虫貝ってヤツの殻が欲しいらしい。知ってるかい?」
「あるよ」
「ある?」
「必要な数とかサイズは?」
「このくらいで、2つ欲しいらしい」
貝殻を離れから持ってくる。
「コレでいいかな」
「もらっていいのかい?なにか作るつもりだったんだろ?」
「大丈夫。もの凄く貴重ってワケじゃない」
玉虫貝はアマン川にも生息していて、そこまで稀少な素材じゃない。ボクが集めているのは貝としての一生を終えた抜け殻で、なにかに使えるかもしれないと保管していただけ。
「あと、絹傘茸ってヤツも欲しいらしい」
「あるよ」
また離れから持ってくる。
「食材として食べてもよし。薬や香水の素材として使い道が多岐に渡る。万能なんだ」
「もらっていいのかい?」
「いいよ」
絹傘茸はちょっと稀少だけど、動物の森ではそこそこ見掛ける。ただし、決まった群生地がないから発見したらすかさず採っておくのが肝要。
「できるなら、春眠草ってのも欲しいみたいだ」
「あるよ」
またまた離れから持ってくる。春眠草は、主に睡眠薬の調合に使われる素材で、魔法のように強制的な睡眠効果ではなく、心地よい眠りに誘う柔らかい香りが特徴的。
「使ってもらって構わないよ」
「…そうかい。パナケアってのは?」
「あるよ」
またまたまた離れから持ってくる。とても稀少な素材で、パナケアからは万能薬を作れる。ボクの入手経路はキャミィからもらうのみ。エルフにとっては稀少ではないらしいけど、おそらく神木のバラモさんと関係がある。
神木の枝が必ずしもパナケアというワケではなく、ある特定の種である神木から採れると推測しているけどどうだろう。
「他には?」
「ない。」
「全部あげるから持って帰っていいよ」
待たせずに渡せてよかった。
「呆れたねぇ。道具屋でも開く気かい」
「たまたま持ってただけだって」
「くれって言ったのはこっちだけど、気前がよすぎるんだよ」
言ってる意味がわからない。
「アタイだからくれるんだろ?」
「もちろん。姉さんだから渡してる」
「けど、結局旦那さんに渡すんだよ」
「わかってる。ちゃんと最初に聞いた」
言われなくても予想できるけど。
「旦那さんが直接頼んでも、同じように手放しで譲るか?」
「必要な理由を聞いてから判断するかな」
「おかしなこと言うねぇ。同じことだろうに」
「結果は同じ…って意味ならそうなる。でも、ランパードさんに頼まれて渡すのと、姉さんに頼まれて渡すのでは全然意味が違う」
「恩返しのつもり…なんてつまらないこと言うんじゃないよ」
「ないとは言えない」
キャロル姉さんは大恩人。荒んでいじけていたボクの心を優しさで温めてくれた。怒られるから口にしないけど、恩返ししたい気持ちはずっと持ち続けてる。
「はぁ…。獣人は恩を忘れないとか思ってるなら、勘違いってヤツだ。忘れないんじゃなくて、強く感じるってだけ」
「強く感じる?」
「獣人は優しくない。だから、優しくされると心に残る。物覚えはいいからねぇ」
「結果、恩を忘れないでいいんじゃないか?」
「アタイの知り合いに、旦那の親の面倒までみてやったのに浮気されて捨てられた女がいる。その理屈だと当てはまらないだろ」
「それはそうだね」
親の面倒をみてもらうなんて、絶対に恩を感じる。そんな女性なら一生寄り添いたいと思えるだろうな。
「結局性格なんだよ。そこらで言われてる『獣人は恩を忘れない』ってのは、どこぞの男が格好つけて、女を口説くのにでも使ったのが広まったんだろ。『恨みを忘れない』ってのは間違ってないけどねぇ」
「なるほどなぁ」
姉さんの男嫌いからくる偏見が大いに影響している発言だとしても、確かにボクは思い込んでいたのかもしれない…。今後の参考にはなったけど、大した問題じゃないな。
「まぁ、なんであれ姉さんには協力することに変わりないから、どうでもいいか」
「よくないんだよ!人の話聞いてんのかい!アタイがこき使ったり、ぶん取ってるみたいだろ!」
「実際はされてないんだから、別にいいと思う。望んでやってるからね」
「言っても無駄ってわかっちゃいたよ」
「気にしすぎだって。ボクは物事を深く考えないんだ」
「困った弟分だよ」
母さんにしろキャロル姉さんにしろ、いつもボクのズレた性格を正そうとしてくれて有り難い。あと4姉妹もか。
ただ、ほぼ反省せず改善しようという気がないから、毎度呆れられている偏屈な猫人。
「あっ。姉さんにもう1つ渡すモノがある」
「なんだってんだい?」
また離れ…ではなく、調合室から持ってきた硝子瓶を手渡す。
「なんなのさ?」
「あくまでボクの予想だけど、ランパードさんが作りたい薬だよ。たまたま作り置きがあって」
頼まれた素材から調合を思いついた薬は2つある。渡したのはその内の1つで、ランパードさんならこっちじゃないか…という予想。今のボクが使うことはないし、不必要なら返してもらうか捨ててもらおう。
「親切すぎるねぇ。…で、なんの薬なんだい?」
「え…?」
「コレはなんの薬か訊いてんだよ」
「……あぁ」
…しまった。姉さんに渡したのは失敗だったかもしれない。商売じゃなくても、確認するのが普通だよなぁ…。作ったのは素人なんだから。
「おかしな顔してるねぇ。さっさと言いな。今から誤魔化せると思ってないだろ?」
「一旦返してもらっていい…?」
「嫌だ。いいから言えって」
「…よく効く胃薬だよ」
「ほぉ~。アタイに嘘を吐くとはいい度胸だ」
目を逸らすと、姉さんはぐっと顔を近づけてきた。猫のような目を大きく見開いて、下から覗き込んでくる。
「近いよ、姉さん!」
「黙っていなくなったかと思えば、今度は噓を吐くのかい?悲しいねぇ」
「ぐっ…」
「言っとくけど、アンタに泣かされたのを忘れてない。獣人だからだよ。また繰り返すつもりってんならいいけどさぁ」
それを言われると弱い…。可愛がってくれた姉さんに悪いことをした。
…はぁ。なんで渡してしまったかなぁ…。完全に調子に乗ってた。なんでもよかれと思ってやるもんじゃない。過去に何度も反省してきたのに、懲りずにまたやらかしたボクは本当にアホだ。
「姉さん…。今回は許してくれないか?」
「なにを?」
「なにも訊かずランパードさんに渡してほしい。いらなければ好きにしていいからって。多分渡せばわかる」
回収したいけど返してくれないだろう。だったら渡してもらう方がまだマシ。作るのはもう1つの薬であることを祈ろう。
「ふぅん…」
姉さんは目を逸らさずにゆっくり離れる。美人なうえに眼力が強いから、圧力が凄いな…。
「人に言えないような変な薬を作るんじゃないよ」
「決して変な薬じゃないんだ」
ただ、姉さんには言いづらいだけ。正解だとしたらランパードさんも嫌だろう。
「旦那さんの反応が楽しみだ」
「関係ない可能性もあるけどね…」
「アンタと一緒で、顔見りゃ直ぐにわかるんだよ」
予想が外れてほしい。もし正解で、ランパードさんが気にしているとしたら申し訳なさすぎるな…。
★
フクーベに戻ってきたキャロルは、屋敷で執務中のランパードの元へ向かう。
「旦那さん。ウォルトから素材もらってきたぞ」
「早いな…。依頼に行ったのは今日だろ…?」
「弟分は仕事が早いんでね。ほれ」
もらった素材と薬の瓶を渡す。
「薬…?まさか…予想してわざわざ作ってくれたのか…?」
ちょっと目が泳いでるねぇ。やっぱり旦那さんが使うのか。
「昔作ってたんだとさ。多分コレだろうから渡して、いらないなら好きにしろって」
「う、うむ…。ちなみに…なんの薬か聞いたのか?」
「いや。言わなかったよ」
眺めたって変わりゃしないってのに、薬を隅々まで確認してるねぇ。さぁ、なんなんだい。
「コレは…俺が求めてる薬とは違う気がするぞ…」
「なんだって?」
確かに噓は言ってない表情。
「お~い!誰かいないか~!」
メイドを呼んだ旦那さんは、商会のお抱え薬師を呼ぶように伝えた。アタイも来るまで待たせてもらおうか。
「…キャロル?どうした?」
「なにが?」
「休みだろう?家に帰らないのか?」
「いちゃダメなのかい」
「そうじゃないが…」
いつもなら帰るけど、こちとら気になって仕方ないんでね。ウォルトのおかしな態度については言わないでおく。旦那さんは勘のいい男だ。はぐらかされるかもしれない。
書類仕事をこなす旦那さんを横目に、ソファで静かに知恵の輪を解いていたら薬師が来た。
「失礼致します」
「おぉ、ヤコブ。急に呼んですまん」
「構いません。何用でしょう?」
薬師ってヤコブかい…。アタイはコイツが大嫌いだ。いつも女を舐めるような目で見る性格の悪さが顔に滲み出てる男。旦那さんが言うには薬師としての腕はいいらしい。
「薬の鑑定を頼みたい。なんの薬かわかるか?」
「なるほど。拝見致します」
穴が空くほど見て、匂いを嗅いだり軽く舐めて味を確かめてる。意外に時間がかかるもんだ。ウォルトならあっという間だろうに。
「判別が終わりました。こちらの薬は…」
「ちょっと待ってくれ。念のため確認するが…変な薬ではないよな?」
「違いますが、変な薬とは?」
「…ごほん!なんでもない。続けてくれ」
ますます怪しいね…。
「ではお伝えします。こちらの薬は、効果の高い毛生え薬になります。間違いないかと」
「「…は?」」
「たとえば、人間の髪の毛や…」
スケベ薬師がアタイを見る。頭のてっぺんから足のつま先までゾクッとした。気持ち悪い目つきだねぇ!
「…獣人の毛皮にも効果があるでしょう。名のある薬師の調合とお見受け致します」
「…そうか。調合に必要な素材は?」
「1つ目に絹傘茸、2つ目は…」
ほとんど今回ウォルトに頼んだ素材で、1つ2つ足りなかっただけ。
「この薬は見事です。どなたの作ですか?」
「見ただけでわかるのか?」
「色がとてもクリアで澄んでいます。調合の技量に年季を感じざるをえません」
「名は教えられないんだが、いいか?」
「非常に残念ですが、刺激を受けました」
「すまんな。用件は以上だ。報酬はのちほど払う」
「わかりました。失礼致します」
ヤコブが出ていく。
「旦那さん。毛生え薬がいるのかい?」
「いや…。別に…」
旦那さんは髪の生え際が後退してる。アタイにとっちゃどうでもいいけど、人間は気にするって聞いたことがある。
「いらないんならウォルトに返しとく」
「む…。返すのは悪いから頂いておこう。処分は任せろ」
「はいよ」
使ってみるって意味か。
「ところで、なにを作るつもりだったのさ?」
「なんのことだ?」
「とぼけんじゃないよ。作りたかったのは毛生え薬じゃないんだろ?」
「まぁな。けど、わざわざ教えるような立派な薬じゃないぞ」
「ふぅん…」
「気にするな。ウォルト君には悪いが、今回は別の薬師に頼むことにする」
「そうかい」
…いまいちスカッとしないねぇ。けど、問い詰める理由もない。帰ろうとしたとき、ドアがノックされた。
「誰だ?」
「メリルですが」
「入っていいぞ」
久しぶりに会うメリルが入ってきた。
「キャロルじゃないか。久しぶりだな」
「元気そうだねぇ。どうしたんだい?」
「魔道具作りで依頼があるって呼ばれたんだ。……ほぉ」
メリルはテーブルに置かれた素材に目をやる。
「メリル、アンタならこの素材でどんな薬を作れる?」
「キャロル!メリルは魔道具職人だぞ?!訊いてどうする?!」
「旦那さんは黙ってな」
メリルはなにか思いついた顔をした。試しに訊く価値はある。いい加減、勿体ぶられるのに飽きたってんだ。イライラして寝れそうにない。
「ふむ。私は薬を学んだ時期がある。効率的かつ確実に毒殺する計画を幾つも立てたからな。断言できないが、この素材に幾つか加えると…媚薬に近いモノができそうだ」
「媚薬?」
「症状の軽い惚れ薬のような効果だろう。嗅いだ者の気分を高揚させて、自分に興味を持たせるような。軽く眠気も誘うな」
旦那さんを見ると、汗をかいて動揺してるのが丸わかり。どうやら…こっちが正解みたいだねぇ。まぁ、そんなもんを誰に使おうと知ったことじゃないけど……イラつくねぇ。
ウォルトは知ってたに決まってる。けど、旦那さんが使うなら媚薬より毛生え薬…って予想したってとこか。
「ランパードさん。キャロルに使ったらバレて殺される。やめたほうがいい」
「そ、そんなことするかっ!誤解だっ!」
「へぇ。えらく動揺してるじゃないか」
「してないだろっ!」
まさかとは思うけどねぇ。
「そんな薬は作らないし、断じて使ったりしない!変なこと言うんじゃない!」
「惚れてる女に使うのならまだ理解できるが、他の女に使う気なら鬼畜の所業。大商人だからって、なんでも許されると思わないことです」
「誤解だと言ってるだろ!」
「まぁ、ずっと気を持たせるようなことをしてるキャロルも悪いが」
「アタイのなにが悪いってんだ」
「好意を断るなら一刀両断すればいい。受け入れるなら、さっさとしないと会長はハゲ上がってしまうぞ」
「俺の髪は薄くない!額が広いだけだ!」
「会長は冗談が上手い」
言いたい放題だねぇ。元従業員とは思えない。
「元雇い主を相手にズケズケ言うねぇ。アンタは、腕が悪けりゃ生きてないんじゃないか?」
「今は思ったことを言えるだけだ。キャロル。会長は悪い男じゃないが、あまり待たせるとあの手この手で攻めてくるぞ。商人は策を講じるのと搦め手が得意で、媚薬も1つの手段に過ぎない」
「メリル!もうやめろっ!ありもしない話ばかりしてないで、さっさと仕事の話をするぞ!」
「まだ言い足りないが仕方ない。キャロル、またな」
ありもしないなら、どんと構えとけばいいだろうに。いまいち納得できないまま部屋を出て、ちょいと考えてみる。
旦那さんがアタイに媚薬を盛る…ねぇ。鼻が敏感な獣人に使うより、他の女に使うって考えるのが普通だろ。メリルの言う通りで気付いたらタダじゃおかない。
…余計にイライラすることになっちまったね。
あけましておめでとうございます。読んで頂いた方々、ありがとうございます。
今年も暇なら読んでください。よろしくお願いします。




