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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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654 五感を研ぎ澄ませ

 住み家に遊びに来てくれたチャチャが、昼ご飯のあと子猫達と遊んでいる。ウォルトは微笑んで見つめていた。


「うりゃうりゃっ」

「ニャ~」


 子猫の扱いが抜群に上手くて、お腹や顎の下を撫でられて幸せそうだ。手が何本もあるように見えるくらい忙しいのに、笑ってこなすチャチャは凄い。


「ん~!いい匂いっ!」

「ニャッ!」


 1人ずつお腹の匂いを嗅いで満足そう。まさに猫吸い。


「兄ちゃん。猫ってお尻の匂いを嗅ぐよね。なんで?」


 確かにシャノや子猫達はお尻の匂いを嗅ぐ。人も銀狼もなんでもござれ。


「挨拶とか相手の情報を収集するって云われてる。体調がわかるって説もあるけど」

「そっか。ねぇ、シャノ。なんで嗅ぐの?」

「ニャ~」


 欠伸しながら『さぁ?』と気の抜けた返事。質問の意味がわからないみたいだ。猫にとってはごく普通のことなんだろう。


「兄ちゃんも感情とか匂いで読み取るもんね。やっぱり猫人だ」

「獣人なら誰でもできると思う」

「無理だよ」

「チャチャもボクの匂いは判別できるだろう?」

「そのくらいはできるけど、微妙な変化なんて気付かない。兄ちゃんの嗅覚って犬より凄いんじゃないかな」

「大袈裟すぎる」

「じゃあさ、兄ちゃんは匂いで私の体調とかわかるの?」

「………」


 変態だと思われたくないから黙秘しよう。


「わかるんだね?匂いの傾向とか知りたいんだけど」

「当たってるか確認したことがないから、わからない」

「当たってるよ。自信ある。引かないから教えて」


 ボクのことなのになぜチャチャが自信満々なのか…。とはいえ、言わないと治まらないか。


「匂いだけでは判断できないんだ。たとえば、いつもより汗の匂いが濃ければ熱っぽそうとか、その程度で」

「凄く汗かいてるってこと?駆けてきたらいつものことだよね?」

「量じゃなくて質の話だよ。濃厚な匂いがする」


 …やっぱり引いたぁ~!もう言わないっ!


「驚いただけで引いてないよ!そんな顔してないでしょ!」

「いや、引いてる。誤魔化しても無駄だよ」


『驚き』と『引く』でも微妙に匂いが違う。


「ごめん。そこまで判別できると思ってなかったの」

「そんな気がしてるだけかもしれない。ボクの想像だ」

「じゃあ、私の今日の体調ってわかる?」

「言いたくない」

「絶対引かないから!合ってるか知りたいだけ!」

「気持ち悪がられると思う」

「悪がらない!今後の参考にしたいだけ!私は本気だよ!」


 本気なのはわかるけど、なんの参考になるんだ?


「兄ちゃん!お願いっ!」

「そこまで言うなら…」


 理由を説明するとチャチャは怒りそうな気がしてならない…。ただ、体調の説明をするには言う必要がある。


「軽いダルさがあって、少し熱っぽいんじゃないかな」

「なんでそう思うの?」

「月の障りだか…」


 ペチーンと頭を叩かれた。


「兄ちゃん!」

「だから言いたくなかったんだ!理不尽すぎるっ!」

「濁して言えばいいのに!」


 これ以上は黙秘だっ!黙秘するっ!断固拒否っ!心を読んだらチャチャとは二度と話さない!


「…もう追求しないから」

「この話題はもうやめよう」


 4姉妹とは添い寝したりと距離が近いこともあるし、一緒にいる時間が長い。過ごしている内に自然にわかるようになっただけ。匂いの変化も記憶に刻まれる。

 でも、わざわざ口にしない。他人に知られたくないことだと思うから。訊かれたから正直に答えただけ。


「チャチャが望む言葉を選んでやんわり表現できるほど器用じゃないよ」

「うん…。私が訊いたのに叩いてごめん」

「ちゃんと断るようにする。問い詰められると話してしまうのがダメなんだ」


 …と、玄関からノックの音が聞こえた。


「誰か来る予定あった?」

「いや。誰からも連絡は来てないよ」


 ノックの仕方には人それぞれ特徴があるけど、今のは記憶にない。知り合いではなさそう。シャノ達が全員住み家にいるから結界も張ってない。


「輩かもしれない。シャノ達をボクの部屋に」

「わかった」


 チャチャが部屋に移動させたことを確認したのち、いつでも攻撃できる態勢を整えてドアを開ける。


「よかった。人がいた」


 ドアの前には屈強な体格の4人組が立っていた。おかしな動きはないようなので、とりあえず外に出て対応する。その方がなにか起こっても対処しやすい。全員人間で鍛えられた筋肉が主張してるな。


「どちら様ですか?」

「急にすまない。私はマナという。我々はドレクスラから来た冒険者だ。森で迷ってしまってこの家に辿り着いた。水と食料を少しでも分けてもらえないかと」

「そうでしたか。構いませんよ」

「ありがとう。かたじけない」

「ちょっと待ってて下さい」


 輩ではないと判断したので、炊いて『保存』しておいた米でさっとオニギリを握る。


「兄ちゃん、誰だったの?」

「ドレクスラの冒険者だった。森で迷って空腹らしい」

「できた分だけ私が渡してこようか?輩じゃないんでしょ?」

「違うと思う」

「じゃ、行ってくるよ」


 皿と水を持ったチャチャが外に向かった。人見知りだけど大丈夫かな?結構食べそうな体格をしてたので多めに作り終えると、渡し終えたチャチャが戻ってきた。なぜか嬉しそうな匂いを身に纏って。


「なにかいいことあった?」

「なんでもない!私はシャノ達の面倒みておくね!」


 尻尾がくねくね動いてる。やっぱりご機嫌なサイン。容姿を褒められたのかもしれない。それはさておき運んでしまおう。



 外に出ると、冒険者達は木陰でオニギリを貪り食っていた。美味しそうに食べてくれてるな。

 

「追加です。まだ食べれますか?」

「もらっていいのか?!凄く美味くてビックリした!ありがとう!」

「めちゃくちゃ美味いよな!」

「どんどん食べて下さい」


 褒められるのは素直に嬉しい。オニギリを綺麗に平らげて、水も綺麗に飲み干した。よほど空腹だったんだな。


「魔物や獣を倒しても、どう食べていいのかわからないし、料理もできなくて困ってたんだよ」

「調理法次第で美味しく頂けます。ちなみに、オニギリに入っているのも魔物肉です」

「本当に?!冒険者なのに食わず嫌いはダメだなぁ」

「食料を現地調達できると楽ですね」

「確かに。今後は勉強することにしよう」


 会話していて思うけれど、この人達は感じのいい冒険者だ。嫌な匂いもしない。


「本当に助かった。ご馳走さま。お礼になるかわからないけど、コレをもらってくれないか?」

「別にお礼はいりませんが」


 初見の素材を手渡される。質感と匂いは魔物の皮。


「ブリリアントって魔物の皮なんだ」

「聞いたことはあります。蟻のような姿の魔物ですよね」

「そう。カネルラ北部に生息してる。結構いい値段で売れるんだ。食事代の代わりに」

「頂いていいんですか?」

「もちろん」


 素材はいくらあってもいい。しかも、南部ではなかなか手に入らないモノだ。


「よければ汗も流していかれますか?」

「…なぜ?」

「身体が汚れています。水も浴びれていないのでは?川もありますが、女性は気にされるでしょう」


 なぜか驚いた顔をされる。


「家で浴びた方が安心じゃないかと思って。水は少しずつしか使えませんが」

「君は…私達が女だといつ気付いたんだ…?」

「最初からです。なぜそんなことを訊くんです?」

「男に間違えられるのは慣れているけれど…初見で断言された経験がなくてね」


 他の3人も頷いてる。


「身体つきがゴッツいだろう?勘違いされるんだよ」

「そうですか?貴女達より遙かにゴツい女性を知ってます」


 ランさんもアイヤばあちゃんも体格がいい。特段男っぽいとは思わない。


「…嬉しいな。女扱いされたことなんてないから。しかし……そんな君に問う!私達の中に男が1人いる!誰だと思う?」

「おそらく貴女です」


 指差して即答した。


「正解だ…。この問題にも軽々答えるとは…」

「迷いましたが、貴女も女性だと思っていました。結構自信があるんですが、本当に男性なんですか?」

「女に見えるんだ…。う、嬉しい~~っ!」

 

 指差された女性は泣き出してしまった。また空気を読まないことを言ってしまったかな…?体型は全員大差ないけど、この人だけ男女が混ざったような匂いがする。ただ、女性寄り。


「こんな場所に違いのわかる男がいた…。けれど…残念だ…。いい男に番がいるのは当然…」

「えっ?!」


 もしかして…この人達もチャチャをボクの番だと勘違いしたのか?ちゃんと否定しておこ…。


「兄ちゃん…」

「うわぁっ!?」


 驚いて振り返ると、ドアの隙間からチャチャが覗いていた。いつの間に…。


「話がややこしくなるから……ねっ?」

「う、うん…」


 このまま押し通せ…って意味か。


「話は聞こえたよ。お風呂に入ってもらったら?沸かしてあげなよ」

「そうだね。遠慮なく中へどうぞ」

「かたじけないっ!非常に助かる!」



 お風呂を沸かすと、4人全員でお風呂に向かった。「狭いですよ」と忠告したけど、「立ってお湯を浴びるから」と笑った。

 仲良さそうに話している声が聞こえる。いつもこうやってお風呂に入ってるんだろうか。この隙にシャノ達は小屋へ……と思ったけど、ボクの部屋でぐっすり眠っている。このままにして外に出ないようにしておこう。

 

「よくあの人達が女だってわかったね。私は気付かなかった」

「まぁ、わかるよ」


 なぜかは言わなくてもわかるはず。

 

「兄ちゃんは判断基準が違いすぎ。見た目とか行動で判断しないもんね」

「そんなことない。基本は視覚で捉えるから誤解もあるよ。でも、匂いや音とか他の要素が頭に飛び込んできて結論が出る感じなんだ」

「そこが違うんだよね~。全ての感覚が鋭いからだよ」

「さっきも「1人だけ男がいる」って言われて間違えたと思ったけど、匂いは女性だって感覚を信じてよかった」


 泣くほどに嬉しいことなんてそうない。偉そうに言えないけど、ボクも「テメェなんぞ獣人じゃねぇ」と言われてきたから、わかる気がした。自分を否定されて、わかってもらえないのはただただ辛い。


「あの人達の気持ち、よくわかるよ」

「チャチャも?」

「私も男のフリしてたの忘れてないでしょ?」

「…そうだった。すっかり忘れてた」

「うっそだぁ~!いつも忘れた頃に言ってきたくせに~!」

「それはゴメン。でも、本当に忘れてた。今のチャチャはどう見ても立派な女性だし、モンタの面影がまるで残ってない」

「ふ~ん。ホントかなぁ?」

「本当だよ」

「今思えば、兄ちゃんは私のことも見抜いてくれた。…やっぱり嬉しかったよ」

「だったら自分を褒めたい。ところで、なんでモンタって名前だったんだ?」

「猿っぽいと思って付けたの!」


 猿っぽいかはチャチャにしかわからないけど、可愛い名前だと思ったのは覚えてる。男のフリをしたチャチャのせめてもの抵抗だったのかもしれない。


「私がモンタのままでも、兄ちゃんは仲良くしてくれてたんだろうね」

「もちろん。友人として付き合っていけるかは、性別じゃなく性格の問題だと思う」

「モンタの方がよかったとか思ってないよね?」

「チャチャらしくいられるならどっちでもいいよ」

「だったら今の私だね」


 会話していると、マナさん達がお風呂から出てきた。さっぱりした顔をしてる。


「スッキリしたよ。ありがとう」

「よかったです」

「直ぐに出発しようと思う。本当に世話になった」

「街の方角を教えますね」

「重ね重ね、かたじけない」

 

 外に出て森の歩き方を教える。フクーベまででいいらしいから、この人達なら心配いらないだろう。冒険者としての強者感がある。


「もう会うことはないかもしれないが、【戦乙女(ヴァルキュリア)】の名を覚えていてくれ。ドレクスラで困ることがあったら、冒険者ギルドで私達のパーティー名を伝えてくれたら必ず力になる」

「ありがとうございます」

「クエストで森に来て、疲れきって二度と来たくないと思ったが、同時にいい思い出ができたのは君達のおかげだ。感謝する。これからも夫婦仲良く平和に暮らせるよう、遠い地から願っているよ」

「ありがとっ!4人も元気でね!」

「あぁ。では…出発するぞっ!」

「「「おうっ!」」」

 

 チャチャと並んで後ろ姿を見送る。


「ふふっ!これからも夫婦仲良くだってさ!」

「チャチャが否定しないからだよ。面倒くさいのかもしれないけど」

「私は勘違いされても嫌じゃないからね。兄ちゃんは嫌?」

「嫌じゃないよ。ただ、チャチャに悪いと思う」

「じゃあ、そのままでもいいんだよね~?」

「別にいいよ」

 

 チャチャは鼻歌を奏でながら住み家に入る。マナさん達からおかしな噂が流れることはないだろう。「森の中に獣人の番が住んでた」って誰かに言っても「だからなに?」って感じだろうし。


 ボクとチャチャが番…か。チャチャに限らず4姉妹はボクと番に間違えられても嫌がらない。笑い飛ばして楽しんでる節があるのは、何度も似たようなことを経験して知ってる。

 なのに…ボクは彼女達が他の誰かと番に間違えられることを想像しただけで笑えなくなるんだ。


「兄ちゃん?どうしたの?畑仕事なら手伝うけど」


 ドアが開いて、チャチャがまた顔を出した。


「ちょっと考えごとしてた」

「そうなの?」

「ボクは自分勝手な獣人だなって」

「今さら?それが兄ちゃんでしょ」

「ははっ。そうだね」


 自分の気持ちがよくわからないな。でも、勝手なことばかりするのに付き合ってくれる皆を大切にしたい。この気持ちだけは確か。

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