652 Eランクで初クエスト
早朝からフクーベの冒険者ギルドで貼り出されたクエスト票を眺めているウォルト。
ロビーにいるのはボクの他には数人だけ。早朝は人が少ないことを知っててギルドに来た。若い冒険者達は、出会った頃のオーレン達の姿と重なる。新人で待ち合わせなのかな。
それはさておき、今日はクエストを受ける。久しぶりに冒険者らしいことをやってみるつもり。
…よし。このクエストにしよう。掲示された票を丁寧に外して、受付に向かうとエミリーさんがいた。
「おはようございます。ウォルトさん」
「おはようございます。覚えてくれてましたか」
「ふふっ。覚えてますよ。今日は1人なんですか?」
「はい。皆は泊まりで冒険に行ってるので」
クエストに誘うタメに連絡したところ、知り合いのパーティーと遠征しているらしい。オーレン達の冒険を邪魔したくないし、土産話を聞くのが楽しみだ。
ウイカとアニカには「もうすぐ帰るので待ってて下さい!」と言われたけど、理由を説明して納得してもらった。今のボクはシャノ達を優先した行動をするから、次に余裕ができるのは何日後になるかわからない。だから空いた時間を使ってやりたいことをやる。皆にまで強要したくない。
「このクエストを受けたいんですが、Eランクでも大丈夫ですか?」
「【デスマン】の捕獲ですね。可能ですよ。1人で大丈夫ですか…?」
「はい。もし失敗して死んでも、その時はその時です」
「無理だと判断したら逃走して下さい。命を粗末にしてはいけません」
「忠告ありがとうございます」
「遭遇する可能性が高い場所の地図を渡しておきます。くれぐれも無理はしないでくださいね」
「助かります」
受け取ってギルドを出る。地図を開くと印がされていて、動物の森近郊だけどさほど遠くない。冒険者ギルドって本当に親切だな。とりあえず行ってみよう。
「う~ん…。いないな」
教えられた場所でデスマンを探してみたものの、この場所にはいない。魔法で周辺一帯を探っても発見できないということは、今はいないな。
ギルドが推奨するのは、おそらく冒険者から情報を得て蓄積、記録された場所。受注者の実力を加味して適切に選定した場所を勧めてくれてるんだろう。
だから、Eランクのボクが勧められたこの場所は比較的安全だけど遭遇率は低いという読み。当たらずとも遠からずじゃなかろうか。
…というワケで、場所移動を決意する。時間が惜しいからボクが知るデスマンの生息地に向かおう。目指すは動物の森の中心部付近。
休まず駆けて、30分程度で目的地に辿り着いた。疲れてもいないので、さっとやってしまおう。
片膝をつき地面に掌を添えて詠唱する。
『浸透解析』
……いるな。出てきてもらうぞ。地中に生息している魔物デスマンを、地上におびき寄せるのは容易。
「このくらいでいいかな」
爪で自分の腕を傷つけ、地面に滴る血。コレが撒き餌になる。自傷行為は得意技なので、どんどん血溜まりが広がる。
しばらく待つと、血が落ちた箇所に細長い皿を重ねたような嘴が突き出た。素早く嘴を掴んで地中から引きずり出す。
「ピィ~!」
暴れて逃れようとするデスマンは、モグラ型の魔物。基本的に地中に潜み、地上に残された獣や魔物の死骸を食べて生きている。血肉の匂いに敏感な魔物で、森に住み始めた頃は、しょっちゅう怪我して流血したまま徘徊していたから、突然足首を噛まれたのも一度や二度じゃない。何度も激痛を味わって生息地を学んだ。
嘴の内側には、鋭く小さい歯がびっしり並んでいる。顎の力も強くて咥えたら獲物を離さない。小型の獣くらいの体長しかないのに、無理やり地中に引きずり込もうとする。
ただ、嘴を掴んで口を閉じればほぼ無害。フォルムもラットと同じ瓢箪型で愛嬌があり、手足も短くてモフモフした可愛らしい魔物。
クエスト票には、【討伐】ではなく【捕獲】と書かれていたので生け捕りにする。素材を採るのかな。魔法で眠らせて捕獲完了。
「念のため、あと1、2匹捕まえておこう」
地中に数匹の反応があったけれど、賢く警戒心が強いデスマンは同じ手に引っかからない。この時点で他の個体が顔を出さないのが証拠。必要とあれば、集団で獲物に群がる習性があるけれど、今は危険だと判断したらジッと息を潜めて仲間がやられても知らんぷり。
地中にいても捕まえる手段はある。けれど、その場合は魔法で多少森を荒らさなければならない。今はやる必要がないので、次の生息地に移動しよう。
それから2時間弱。クエストを終えてギルドに戻ってきた。受付は変わらずエミリーさんだ。知ってる人の方が話しやすいから助かる。
「ウォルトさん。どうされました?」
「クエストが終わったので確認をお願いします」
「えっ?!」
もの凄く驚いてる。ヘマしたかな…?
「あの……なにかマズかったですか…?」
「い、いえ。確認させて頂きますね」
リュックから捕獲したデスマン3匹を取り出してカウンターに置く。
「確かにデスマンで…クエスト終了です…」
「よかったです」
ボクの知識が間違ってる可能性もあるからホッとする。「デスマンじゃないです」って言われたらかなり恥ずかしい。
「あの…ウォルトさん?」
「なんでしょう?」
「このデスマン、どうやって捕獲したんですか?」
「普通に捕獲しました」
「具体的に捕獲した方法を聞いてもいいですか?」
…あぁ、なるほど。事前に捕まえていたとか、譲ってもらったと思われているかもしれない。Eランクだし滅多にクエストもやらないから疑われても仕方ないか。
「地面に血を撒いて、地上に出てきたところを捕まえました」
「素手で?」
「素手です」
「そうですか。しっかり眠っているのは?」
「『眠草』を使って眠らせています」
実際は魔法だけど、眠らせた後にちゃんと『眠草』を嗅がせているから疑われないはず。
「ありがとうございました。今後の参考にさせてもらいます」
「なんの参考にもなりませんよ?」
とりあえず疑いは晴れたかな。
「それでは報酬の支払いになります」
「報酬は、現金ではなく交換でお願いしたいんですが」
「全て物々交換ですか?」
「はい。お願いします」
クエストの報酬は現金だけじゃない。冒険者ギルドでしか取り扱ってない外国や国内の珍しい食材を入手するタメにクエストをこなした。理由はシャノ達に食べさせてあげたいから。そして、ボクも一緒に食べてみたいから。
薬草や鉱石の採取でもよかったけれど、報酬額は魔物討伐や捕獲クエストの方が高い。短時間で高額なので今だけ受けてみた。
「交換を希望されるモノはなんでしょう?」
「食材を見せてもらえたりしますか」
「できますよ。こちらへどうぞ」
別室…というより倉庫のような部屋に案内されると、見慣れない食料品が陳列されている。
「ココから…ココまでならどれでも交換できますよ」
「ホントですか?!」
「捕獲されたのが3匹で、しかも状態がよかったので幾つか選べます」
「そ、そんなにもらっていいんですか?!」
結構な種類で心躍る。どれにしようか吟味しているとエミリーさんが笑った。
「ふふっ。そんなに真剣に選んでる人を初めて見ました」
「そうなんですか?」
「大多数の冒険者は、現金で報酬を受け取るんです。オーレン君達もほとんど物々交換はしたことないと思いますよ。でも、珍しかったり質のよい食材を揃えていて、市場で買うよりお得なのでお目が高いですね」
「選ぶだけで楽しくて仕方ないです」
結局、珍しい魚介のフレークを交換できるだけ交換した。南蛮渡来らしく美味しそうな匂いでシャノ達に喜んでもらえそう。根拠は猫人の直感。
「いいモノが手に入りました。ありがとうございます」
「いえ。今後もクエスト頑張って下さいね」
物々交換を終えて、ギルドを出る前に会話が聞こえてきた。
「アイツだろ?獣人なのに薬草採取しかやらない変人ってのは」
「はぁ?なにが楽しくて冒険してんだ?」
「ほっとけ。弱っちぃ奴には似合いだろ」
耳がよくなくても聞こえる声量。そして、ボクに向けられた言葉だ。唸るような声質からして獣人か。顔を見なくてもわかる。薬草採取ばかりこなしているのは事実。無視して帰ろう。
「猫に冒険者なんてできねぇだろ」
「俺の知ってる猫野郎も貧弱ばかりだ。祖先がよっぽど弱い雑魚なんだろうよ」
「猫ってのは肉食わねぇのか?ギルドが魚臭くてたまんねぇ。捕まえきれないんなら、黙って川で釣りでもしとけってな!ガハハ!……ん?」
「猫がなんだ…?」
話している奴らの前に立つ。さすがに聞き捨てならない。
「はは~ん?俺らになんか文句あんのかよ?」
牛と熊…それと黒豹か。
「牛や熊ごときが、猫に文句があるなら言ってみろ」
「…んだと?」
「フレークより臭い息を撒き散らしてよく生きていられるな?腑が腐ってるんだろうが、胃が4つもあるなら4倍臭くて当然か」
「テメェ……死にてぇのか!?」
カウンターからエミリーさんが飛んできた。
「やめて下さいっ!ギルド内で揉め事を起こさないで!冒険者同士のケンカは、厳正に処罰されますよ!」
「ちっ!うるせぇな!関係ねぇ奴は引っ込んでろっ!」
冒険者登録した時にちゃんと説明を受けた。覚えてるけど関係ない。
「ウォルトさんも落ち着いて下さい!」
「落ち着いてますよ」
本当に落ち着いてる。前より冷静さを保つことができるようになった。まだ怒りの入口に立った状態。
「ギルド内で乱闘を起こしたら、理由がなんであれ双方が裁かれます!資格も永久に剥奪ですよ!いいんですね!?」
「…ちっ!面倒くせぇ…。命拾いしたな、猫野郎が」
「喋るな。鼻が曲がる。クソの匂いを撒き散らすなら外に出ろ」
「なんだとコラァ!殺すぞっ!」
「ウォルトさん!これ以上刺激しないで下さいっ!」
「すみません。ご迷惑おかけしました」
エミリーさんには無関係で、真面目に仕事をこなしていただけなのに無駄な仕事を増やしてしまったことを申し訳なく思う。
3人組はボクを睨みながら先にギルドをあとにした。さっさと帰ろう。
★
その日の夜。
ウォルトさんを除いた俺達『森の白猫』と、エミリーさんで飲みに行くことになった。クエストの完了報告でギルドに向かい、昼に事件が起きたことをエミリーさんから教えてもらった。
俺達から誘って、詳しく内容を聞いてみることに。一通り聞き終えて状況は掴んだ。
「オーレン君。ウイカちゃんとアニカちゃんも急にゴメンね。クエスト帰りで疲れてるのに」
「気にしなくていいですよ。俺達は元気なんで」
「むしろ付き合ってもらって有り難いです」
「それね!エミリーさんがいてくれてよかった~!」
確かに。他の受付の人より話を訊きやすい。
「なんで獣人って直ぐにケンカするのかなぁ?ウォルトさんは違うと思ってたから、言い方は悪いけどガッカリした」
「獣人なんで祖先をバカにされると怒るのは変わりませんよ」
「直ぐに止めに入ったけど、止めなかったら絶対ケンカになってたよ。危なかったんだから」
「そうですね」
ウォルトさんじゃなくて相手が。ソイツらはエミリーさんに感謝すべきだ。
「ウォルトさんに絡んだのは、どんな奴らだったんですか?」
「まだ冒険者に成り立ての獣人3人組だけど、腕っぷしが強くて注目されてる。クエストは真面目にやらないタイプの困ったパーティーよ。コレは内緒ね」
「へぇ~!今度魔法で丸焦げにしときます!」
「やめとけよ。で、ウォルトさんはなにか言ってましたか?」
「言い返しただけ。でも、引き際がわかってなかった。せっかく相手が止まったのに、さらに怒らせるようなこと言うんだもん。やっちゃダメだよ」
ウォルトさんは空気を読まないから仕方ない。冒険者のルールも承知のうえでやるつもりだったはずだ。
「あと、ちょっと気になったことがあるから教えて」
「なんですか?」
ウォルトさんが今日こなしたクエストの内容を聞いて、エミリーさんの言いたいことはわかった。要は驚いたってことだ。
「移動込みの3時間くらいで、デスマンを3匹だよ?しかも、綺麗な無傷の状態で捕獲してきた。初めての経験でビックリしちゃった」
「そうですね」
俺達は苦笑いしかできない。実際にやったこともあるからクエストの難易度を知っている。
デスマンは通常地中に生息していて、血肉に反応するから、買ってきた肉や倒した魔物を囮にして捕まえるだけ…なのに、かなり難しい。顔を出してから獲物を引きずりこむまで数秒の早業。しかも、敵の存在に気づくと即座に引っ込む。そして、しばらく出てこない。
日をまたぐのは当たり前で、数日かけて1匹捕まえたら御の字。魔物としての危険度が低いからEランククエストなだけで、達成するにはそれなりの労力と運を要する。
「どうすれば可能なの?噓を吐いてるようには見えなかった」
こんなことも起こるよな。クエストの注意点全てをウォルトさんに伝えられないし、本人も気にしてないはず。
「自分を囮にして、顔を出した瞬間に捕獲してますね。素早さが尋常じゃないんで」
「あっという間だったんじゃないかな」
「噛まれるとすんごく痛いから普通ならビビって無理だけど、ウォルトさんは1発勝負で3匹とも捕まえたとみた!」
今は正直に伝えておくべき。だって、そうとしか考えられない。歪曲すると後々ややこしくなる。
「ウォルトさんって、実は冒険の経験豊富だったりする?」
エミリーさんには教えるべきかな。信用できるし2人も頷いてる。一度疑いを持つと、晴れるまで気になり続けるのが人だから。
「元々冒険者じゃないんですけど、いろんなことに詳しくて博識なんです。実は俺達の命の恩人で」
出会いを説明すると、俺達がベアに殺されかけた事件をエミリーさんは覚えていた。納得してくれたかな。
「あの時に命を救われたんだね。知らなかった」
「目立ちたくない人なので内緒にしてます!エミリーさんもお願いします!」
「うん。ちなみに、もしかして『森の白猫』ってウォルトさんのこと?」
「その通りです」
「恩人からパーティー名をもらいました!本人はかなり困ってましたけど!」
「ふふっ。なんか、あの人らしい気がする」
それにしても、久しぶりに一緒にクエストやりたかったな。行くだけで学ぶことが多い。デスマンを1発で捕獲するコツも知りたかった。
しっかし、オシャレ番長のエミリーさんはやっぱり綺麗だな。大人の雰囲気もあって憧れる。
「ミーリャに言っといてあげるから反応を楽しみにしとけ。死ぬがいい」
「勝手に人の心を読むんじゃねぇ!」
次の日。
俺達が揃ってギルドに行くと、エミリーさんから荒ぶっていた若手獣人パーティーが解散したことを聞いた。
理由は、酷い怪我により冒険者への復帰が困難だと判断されたから。怪我の原因はおそらくケンカで、相当痛めつけられているのに目撃者や声を聞いた者はいない。裏通りの路地裏で3人揃ってボロ雑巾のような状態で虫の息だったらしい。
治癒師でも完全に治せないレベルの酷い怪我を負った獣人達は、受けた衝撃が強すぎたのか記憶を丸1日以上失っている。ケンカの相手は未だに不明。
「アイツらは、あちこちから恨まれてたろ」
「昨日、白猫に絡んだ罰が当たったんじゃないか?弱い者ばっか威圧して大したことないくせにな。猫の祟りってやつだ」
「闇討ちとかされても仕方ない連中だぞ。俺らも絡まれて相当ウザかった。女癖も悪いんだろ。時間の問題だったんだよ」
「マードック辺りに絡んで、見事に返り討ちにあったんじゃねぇか。身の程知らずじゃどの道長生きできやしねぇ」
俺はソイツらを知らないけど、周囲から聞こえてくるのは悪口ばかり。よほど酷い態度だったのか評判が悪すぎる。
エミリーさんの言葉通りで、なぜか獣人は直ぐにケンカする。ひたすら他人に絡もうとする。防げる事故だってあるのに、自ら危険に首を突っ込もうとする。少し改善できればもっと生きやすくなるのにな。人を貶めたり、見下して憎まれるのが獣人らしさだと思わない。慢心や侮蔑は自分の身を滅ぼす。今日か明日かもしれない。
ウォルトさんがやったのかはさておき、今回の件で関係ない俺がやられた獣人に言いたいこと。お前らは、ウォルトさんに絡んでなにがしたかったんだ?




