651 農業ギルド
ウォルトは久しぶりに籠を背負って森を駆ける。
在庫の果実や木の実が不足して、今日はチャチャやサマラが来る予定もある。今が旬の果実を中心に集めたい。住み家からできるだけ近場の群生地をハシゴしていると、珍しく先客がいた。今から移動しようとしているみたいだ。
「アンタは商売人か?」
話しかけてきたのは人間の中年男性。ビスコさんと同じくらいの年代に見えて、出会ったとき似た状況だったことを思い出す。
「自分で使う分だけ採りに来たんです」
「そうか。俺が先に摘んでしまった。大丈夫か?」
見渡すと結構数が減ってる。
「大丈夫です。別の場所に行きます」
ある程度残しておかないと、いい実がならない。この人は知っていて、これから大きくなる実をちゃんと残して採取してる。群生地は何箇所か知ってるので、次の場所に移動しよう。
「ちょっと待った。必要なら分けるぞ」
「貴方こそ商売人では?仕入れの途中でしょう?」
「まぁな。けど、これ以上採ってはいけないと直ぐに判断したろ?わかる者になら渡したい。森の恵みは誰のモノでもないしな」
他の群生地はちょっと遠いから、分けてもらえるのなら助かる。
「では、せめて物々交換しませんか?」
ボクが採ってきた果実や木の実を見てもらう。
「…質のいい果実だ。いい目をしてる」
「なにか欲しいモノはありますか?」
「コレと…コレをもらいたい」
「わかりました。では、この数で交換するのはどうでしょう?」
「妥当だな。本当に素人か?」
「素人です。ただ、美味しい果実や木の実を見分けるのは多少自信があります」
熟し具合や味は外観と匂いで大抵わかる。なんとなく相場がわかるのは、ナバロさんの説教の賜物かな。
「思いがけずいい取引ができた。助かる」
「こちらこそ」
「ちなみに、籠のホーレン草の中にニガー草が紛れ込んでるぞ。気を付けろ」
「えっ?!ホントですか?」
ニガー草は毒草で、知っているけど籠の中を確認しても入ってない。
「あの…どれがニガー草ですか?」
「コレだよ」
指差した草をよ~く観察すると、確かにほんの少し葉の形が違う。でも、匂いはホーレン草そのもので、やっぱり問題なさそうな気が…。
「ちょっと葉を齧ればわかる。ただし、ほんの少しだけな」
「はい」
欠片を齧るとめちゃくちゃ苦くて舌が痺れる。確かにニガー草の味だ。
「間違いないです」
「ニガー草とホーレン草は親戚のような関係で、ごく稀に混ざった種子同士が結合して成長するんじゃないかと云われてる。見分けられなくても仕方ない」
確かに1株だけニガー草が紛れていた。知識を得られて幸運だし、友達に食べさせるのを防げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「なんの!俺の方がベテランってだけだ」
「ボクはウォルトといいます。よければ、お名前を伺っても?」
「ザジーだ。フクーベの農業ギルドで働いてる。お前は?」
「一応、フクーベの冒険者です」
「だから籠の他に立派な剣を背負ってるんだな」
「Eランクですけど」
教えてもらったお礼をしたいな。…そうだ。ローブのポケットから果実を取り出す。
「よかったらもらってくれませんか。貴方の籠には入ってないようなので」
「…そりゃトリドリだろ?!」
「その通りです。珍しく採れたのでお裾分けできれば」
ボクが街にいた頃も幻の果物と呼ばれていた。でも、ボクはハピー達から教えてもらって、生る場所やおおよその時期を知っている。それでも毎回は採れない。採取には運が必要な気まぐれ果物。とても瑞々しく、甘くて美味しい果物の王様。今日のデザートで出すつもりだった。
「本当にもらっていいのか?コレは相当な高値で売れる。買えば1個1000や2000トーブじゃきかないぞ」
「もちろんです。食べる分はあるので遠慮なく。毒草を教えてもらったお礼になるかわかりませんが」
「礼のために教えたつもりはなくても…もぎたてを新鮮な内に食ってみたい欲が…」
「どうぞどうぞ」
ザジーさんは豪快に齧りついた。口元から果汁が滴る。
「こ~れ~はっ美味いっ!かなりの糖度なのに、ほんの少し酸味が加わって爽やかさもある!傷みやすいのに、鮮度も抜群で最高に美味いっ!」
『保存』しておいてよかったな。
「この旨味は、自生してるトリドリで間違いない」
「はい」
「この森は広い。手付かずの自然が残されていて、恵みを享受できるのは幸せだ。なにより新鮮な作物は美味すぎる」
「そうですね」
「獣人は方向感覚に優れていて、群生地に辿り着くのも苦にしないんだよな?」
「そうですね。行ったことがあれば、森の中でも迷うことはほぼないです」
「羨ましい限りだ。俺達は、ギルドが長年受け継いできた地図を頼りに探して、少しずつ開拓して範囲を広げてるからなぁ」
年季の入った手書きの地図を見せてくれる。群生地や情報が細かく書き込まれていて歴史を感じる。
「凄いことだと思います。自分の足で行って調べてを繰り返して、未開の地を切り拓いていくのは大変ですよね」
「開墾して栽培するのが早いが、天然モノは違う。土の栄養が違うのか、やはり産地も重要なんだよ。危険だがこの森の作物は美味いんだよな~。野菜も果物も」
「わかります。味が濃厚ですよね。ただ、森の場所によって味が違うのは不思議です」
「そうなんだよ!土の質はほぼ同じだと思えるのに」
しばし農業トークに花が咲く。ザジーさんの話はとても興味深くて面白い。森の生活に役立ちそうな話ばかり。
ボクは、雨にも負けず風にも負けず作物を作り続ける農業従事者を尊敬しているし、自分も農業が好きだからやってる。農作物は生き物にとって重要で生きる源。消費するばかりじゃなく作り出すこともやっていきたい。
「ウォルトも農業ギルドに入ったらどうだ?掛け持ちは全然アリだぞ。理解がある者は大歓迎だ」
「農業ギルドって、具体的にどんなことをやってるんですか?よく知らなくて」
「市場に流通する農作物の管理だ。農家からの買い取りや市民への販売をやりつつ、今日みたいに個人から依頼されたモノを採取したりもする。あと、飢饉や嵐とかの不測の事態を見越して穀物を備蓄したり、天候を予想して今後の作物の成育情報を共有したりな。品種や肥料の改良とか、他にもいろいろあるぞ。多種多様で忙しいのがいかにも農業らしいと思わないか?」
「とても興味を引かれます」
肥料の改良とかやってみたい。
「ギルドは人手不足でなぁ~。冒険者ギルドや商業ギルドの方が華やかなのはわかるんだが~、もうちょっと裏方にも注目してもらいたいもんだ~」
「やっていることは互いに重要で、優劣はないと思えます」
「要は地味なんだよ。男も女も派手な方がモテる。そう思うだろ?」
「ボクは気にしたことないです」
「どっちかと言えば?」
「地味な人が好きです。派手な人は大抵臭いので」
「ふはっ。獣人らしい意見だ」
ぐう~っ…と豪快にザジーさんのお腹が鳴る。
「トリドリを食ったから胃が刺激されちまった。腹減ったな」
「よかったら、携行食を食べますか?ボクが作ったのでよければ」
今日持ってきたのは、東洋生まれの携行食で、米を握って簡単に作れるオニギリ。東洋ではマイをコメと呼ぶらしく、品種も違うみたいだ。一握りの種をもらって育ててみたら、もっちりで甘みも強くて驚いた。カネルラのマイはパサパサして甘みは薄い。
オニギリはカケヤさんに教えてもらってからよく作っている。「暗部も好んでいる」と聞いた。パンがほとんどだった携行食のバリエーションが増えて嬉しい。中に包んだ具材は自分なりに美味しいと思うモノ。あと、おかずに漬物を添える。
「いかにも携行食って感じか。有り難くいただく……美味いっ!?なんだこりゃ?!マイを塩で薄く味付けて…丸めただけでこんなに美味いのか!塊なのに口の中でスッとほぐれる!」
「具材も全てこの森で採れたモノです」
「かなり柔らかいのに、シャキッとした歯応えがあるな…。この食感は…甘辛く煮た筍か」
「他の具材もあるので、よかったら漬物も一緒にどうぞ」
無言で食べ進めるザジーさんは、美味しそうなのでホッとする。差し出したお茶も一気に飲み干した。
「ふぅ…。ご馳走になった…。美味かったよ…」
「よかったです」
「天然野菜を生かす味付けが秀逸だ。肉がなくても充分美味い。マイとの相性も抜群で」
「なんにでも合う食材です」
「カネルラでは主食じゃないのにこの美味さ。漬物も新たな備蓄食材になり得る。バンブーは癖が強すぎて食えたもんじゃないと思っていたが、丁寧に処理すればこうも美味くなるか…。俺もまだまだだな」
「食の世界は奥が深いです。農業ギルドの皆さんの研究の成果を楽しみにしてます」
これからも食は進化していく。魔法と同じで死ぬまで楽しめそう。
「ギルドには調理部門もあって、あらゆる食材の可能性を探るんだ。ウォルトなら向いてそうだがどうだ?」
「楽しそうですが、自分勝手に研究すると思います。望まれる結果は出せません」
「残念だ…。……ん?」
「どうしました?」
ザジーさんはマジマジとボクを見てくる。
「つかぬことを訊くが、ビスコって男を知ってるか?」
「料理人のビスコさんなら知ってます」
「友人か?」
「はい。それがなにか?」
「やっぱりな。そんな気がしたんだよ」
…ここまでの会話でそんな要素があったかな?まるで『水晶球観照』を浴びた気分。相手の情報を読み取るのに輩に対して使っている魔法だけど、ザジーさんは魔法使いじゃない。
「おっと、そろそろ行かなきゃな。本当に美味い飯だった。気が向いたら農業ギルドに顔を出してくれ。面白いモノを沢山見せる」
「はい。ありがとうございました」
足取り軽く去っていくザジーさんを見送り、ボクは次の採取場所に向かった。
★
その日の夜。
閉店間際の『注文の多い料理店』に来客が。知り合いだったので、客足も途切れて手の空いていたビスコが対応する。
「今日は遅いな。残業か?」
頼まれた料理を皿に載せて差し出す。コイツの名前はザジー。昔馴染みで古い友人。
「忙しい中、頼まれた食材を持ってきてやったぜ」
「それがお前の仕事だろ」
「厳しいやっちゃな~。さすが一流料理人は違うね~」
「嫌味を言う暇があるなら、さっさと食って帰れ。片付けが終わらない」
「ちょっとした冗談だろ。まぁ、そうさせてもらう」
料理を手掴みで頬ばる。行儀の悪さも気にならないほど豪快に食べる姿は、見ていて気持ちいい。
「…美味い。中の具材は残りモノか?」
「来るのが遅すぎるんだよ。余りモノで作ったから金はいらない」
「ははっ。助かる」
どうやらお気に召したようだ。綺麗に平らげた。
「ご馳走さん。ちょっと訊きたい」
「手短にな」
「ウォルトを知ってるよな?白猫の獣人の」
「…あぁ。それがどうした」
「お前のライバルってのは、アイツだろ」
…なぜザジーが彼を知っている?
「ザジーさんもウォルトさんを知ってるんですか?!」
リゾットが興奮しながら寄ってくる。相変わらず人の話に聞き耳を立てて困ったもんだ。
「リゾットちゃんも知ってる?」
「凄い人ですよ!素人なのにビスコさんにひけを取らないくらい料理上手なんです!」
「やっぱそうだろ~。ビスコは料理しか興味がない変人のくせに、自分以外の料理人については一切コメントしない。ただ「ライバルがいる」ってことだけ公言してるだろ?思わせぶりなもんで、誰もが気にしててな~」
「お前らがしつこいからだ」
農業ギルドの関係者から『注目する料理人は?』とか『美味しい店や料理は?』とよく質問されるが、俺だったら他人から四の五の言われたくない。だから言いたくないし、正直どうでもいいのに懲りずに何度も言ってくるから面倒で答えただけ。
「ウォルトなら候補になると思ったんだよ」
「俺もウォルトさんの料理は認めてます!いっつも美味い料理を作って食わせてくれるいい人っす!」
いつの間にかグルテンも参戦。なんでコイツらは自慢気なのか。上から目線の意味がわからない。
「グルテンも知ってるのか~。これからも要注目…ってことで、ウォルトがライバルで合ってるよな?」
「間違いないです!フクーベには他にいませんよ!」
「俺は2人を軽く超えていきますけどね!」
俺は答えてない…。困った奴らだ。ウォルト君は目立つのを嫌がる性格。できるだけ話題に出さないようにしてたんだが、バレては仕方ない。
「お喋りはそこまでだ。お前達は閉店準備にとりかかれ。いつまでたっても帰れないぞ」
「「は~い」」
持ち場に戻る若人達。
「それで、なにか俺に言いたいことがあるのか?」
「凄い奴ってのが、いるとこにはいるもんだ。料理にも張り合いがでるよな」
「俺は他人の料理に影響は受けない」
「い~や違うね。お前の料理は確実に前より美味くなってる。けどなぁ…」
「なんだ?」
「ウォルトのオニギリは、マイと食材の相性を考えた味付けで最高に美味かった。お前のは、具材に凝りすぎて微妙に味のバランスが悪い。ん~……僅差だけど……今回はお前の負けかな!」
ウォルト君が作ったオニギリについて解説が始まった。具材から塩加減まで偉そうに。いつもより滑らかに舌が回っているのがムカついて仕方ない…が、気になるからとりあえず聞いてやるとしよう。
…なるほどな。食材探しの途中で彼に出会い、ご馳走になったから物知り顔で突然オニギリをリクエストしてきたのはわかった。農業ギルドに所属していても、東洋のオニギリは知らないはず。カネルラの主食はパンでマイは好まれない。
やがて偉ぶった講義が終わる。
「ライバルに負けないように精進しろよ!」
「味の好みはそれぞれだ。白黒つける必要もない」
「負けず嫌いのくせによく言うよ。これからも美味い料理を作ってくれよな~」
頼んでもいないのに、わざわざ比較して講釈を垂れる目的で訪れたふざけた男。いい度胸だ。
「そうしたいが…残念だな。お前はたった今この店を出禁になった」
「なんでだよっ!?」
「人の店に来て、他の料理人を絶賛するアホに食わせる料理はない。叩き出されないだけいいと思え。グルテン、リゾット。追い出して入口に塩を撒いとけ。二度と寄り付かないように」
「「了解でっす!」」
2人に脇を固められて引きずられていく。
「ビスコ~!大人げねぇぞっ!友達の冗談くらいわかるだろっ!料理人が客を選んでいいのかぁ~!おいっ!無視すんなって!!」
「これだけは言っておく。ウォルト君のことは誰にも言うなよ。言ったら永遠に出禁で、農業ギルドの調理部門にも今後一切協力しない」
「わかったよ!なにが気に入らないか知らねぇけど、言わなきゃいいんだろ!」
「でも、しばらく出禁だ。お引き取り願おうか」
「大人って汚ねぇなぁ~!」
騒ぎながら連れ出されるザジー。やっと店を閉められる。
それにしても、彼の選んだ具材は面白い。普段は見向きもされない食材をあえて使っている。アク取りなんかの下処理に相当時間がかかるモノばかり。余すことなく食材を使用して、手間を惜しまず美味しくなるなら妥協しないのが彼らしさ。多忙で雁字搦めの俺にはなかなかできないこと。
ウォルト君は、料理に関する知識量は多い方ではないのに、文献や耳にした程度で美味い料理を作る。そもそも、自分が美味いと思う料理を作っているだけで、余計な知識は必要ない。頭の中で想像した味を、その通り仕上げる才能は目を見張るモノがある。味覚が異常に鋭いからこそできること。
「ザジーに感謝して、出禁は今日だけにしてやるか」
久しぶりにハッキリ敗北を告げられた。しかも自分が認める舌を持つ者に。
最後に言われたのは何年前だったか。忘れてしまうくらい昔のことで、知らず知らずの内に調子に乗っていたんだろう。負けるのが納得できる相手でも、やはり気分はよくない。本人がいないのに敗北を味わうなんて予想外すぎる。
携行食でも手を抜かず、常に最高を求めるのがウォルト君の性格。気負うことなく自然にこなせる男だからこそウチの店に欲しい。仕事が終了寸前で疲れていたのと、相手がザジーで油断があった…なんてただの言い訳。
料理人として青い。青すぎる。負けて当然。今日も教えられてしまったが、負けっぱなしではいられない。次会ったときは…彼を唸らせる料理を食べさせなければ気が済まない。




