650 親、そして祖母孝行
今日はミーナが住み家に遊びに来た。
「ミニア!カペラ!ラグ!アッシュ!アンタ達は可愛いね~!ウォルトより可愛い!」
「ニャ!」
母さんは来るなり子猫達と戯れてる。シャノ達は、初めての森散策から無事に帰ってきてくれた。まだ子猫達が小さいから、近くの森を探検しているだけみたいだ。それでも、虫やミミズのように獲物を持って帰ってきたから大したモノ。
母さんはいつものごとく元気すぎるくらい元気。ただ、いつもと違うのは…。
「こらっ!」
「いったぁ~!いきなりなにすんの?!」
アイヤばあちゃんの拳骨が脳天に落とされる。珍しいことに母娘2人で訪ねてきた。一緒にいるのを見たのは何年ぶりかな。ボクがトゥミエを出る2年前だったと思う。
「アンタの自慢の息子だろ!世界一可愛いだろうがっ!」
「昔はね!今のウォルトは可愛くないんだよ!」
「なにぃ~!」
まぁ、母さんにとって今のボクは可愛くない息子だろう。特に異論はない。
「母さんは孫だからって甘すぎるんだよ!だから、女心もわからない唐変木に育っちゃったんだからね!」
「そりゃお前のせいだ!アタシのせいにすんじゃないよ!」
「子猫が怖がってるよ。2人とも落ち着いて」
「母さんのせいだから!」
「お前だよ!」
困った熊と猫だ。ケンカに驚いた子猫達が怯えてシャノの後ろに隠れているから静かにしてもらおう。『鈍化』と『沈黙』で静かにさせて、それぞれ肩に担ぐ。
「シャノ。騒いでゴメン。今日も森に行くのか?」
「ニャ~」
また行くらしい。
「ご飯は作っておくよ。いつでも帰ってきていいから」
「ニャ」
家族揃って森に消えた。ボクは2人を担いだまま住み家に入る。居間の椅子に座らせて魔法を解除すると、母さんが騒ぎ出す。
「もっと子猫と遊びたかったのに!」
「戻ってからにしてくれ。段々と森に行くことが増えてるんだ。シャノの教育を邪魔しちゃいけない」
「ぶぅ~っ!」
「聞き分けのない困った娘だ。誰に似たんだか」
「父さんじゃぁないね!」
「じゃ、アタシってことかい?!」
「まぁまぁ。ところで、2人で来たってことはなにか用があるの?」
「別にない。久しぶりにタオに帰ったら、一緒に行くぞってなっただけだよ」
「母さんは、タオになにしに行ったんだ?」
「父さんの墓参りに決まってる」
「じいちゃんの命日は5日後だろう?」
カネルラには、大切な人の命日に墓参りをする習慣がある。ずっと行ってなかったけど、今年は子猫が生まれたことを伝えがてら行こうと思っていたから薬も作ってある。
「日にちをずらして、こっそり墓参りして帰ろうと思ってたら、住人に見つかって母さんに捕まったんだよ」
「堂々と行けばいいのに」
「この歳になって、会う度に毎回説教される身になりなさいよ!こそこそするっての!」
「うるさいね。冷たいバカ娘だよ。ったく」
「アルクスにも会ったし、まぁ見つかってよかったのかもね!」
そういえば、母さんもアルクスさんのことは詳しく知らなかったんだったな。
「そういえば、サバトじいちゃんはタオの出身だろうけど、ばあちゃんはどこの出身なんだ?」
「ホングスって町だよ。もう家族は誰もいやしない」
「そうなのか。ボクも会ったことないな」
「そりゃそうだ。何十年と帰ってないし、アルクスも同じさ。たまには墓参りでも、と思いながら遠すぎて行く気がしない」
「アタシは小さい頃に行ったことあるけど、めっちゃ遠いんだよ!カネルラの東の外れだから!」
「ちなみに、サバトもタオの出身じゃない。ヤマチってトコで、これまた遠い。ホングスの隣町だ」
「そうなのか。なんで南部のタオに住むことに?」
「いろいろあったんだよ。話すと長くなるから、興味があるならその内教えてやるさね。そんなことより飯食いたいねぇ」
「アタシも!」
「わかった」
料理を作っていると、シャノ達が帰ってきた。頑張って仕留めたのか、子猫達は虫を咥えていてちょっと自慢気に見える。
「皆、凄いなぁ。頑張ったね」
「「「「ニャ!」」」」
1人ずつ褒めて頭を撫でると、獲物を台所に置いていく。『料理してくれ』…ってことでいいのかな…?とりあえず頼んでみよう。
「母さ~ん。ばあちゃ~ん」
「なによ?」
「なんだい?」
「シャノと子猫達が土まみれだから、ご飯を待ってる間にお風呂で洗ってくれないか?外でもいいけど」
「はいよ!」
「そんなのは任せときな」
「母さんはやめとけばぁ~?力加減わかってないから、洗いながら握り潰すでしょ!」
「ふざけんじゃないよ!お前こそまともに洗えんのかい!?」
「ケンカするならやらなくていいよ。ボクが洗うから」
「「ふん!」」
なんだかんだ仲良くお風呂で洗ってくれてる。親子の楽しそうな声が響いて心地よい空間。
料理を作って居間に運ぶと、母さんもばあちゃんも子猫と戯れていた。
「アンタ達は可愛いねぇ。サバトに会わせたかったよ」
「ウォルト!台所や薬部屋に入れちゃダメだからね!怪我するよ!」
「わかってる。ボクの部屋と風呂以外は魔法で入れなくしてるんだ」
好奇心旺盛すぎて、なんでも噛んだり咥えたりするし、ひっかいたり跳び付いたりでひっくり返す。身体の割に跳躍力もあって、隙間とみれば入り込むから油断できない。この間、小さな硝子瓶にハマっていたのは驚いた。
ボクの部屋にはモノがないし、とりあえず食器や家具は『堅牢』で保護してる。住み家の中で暴れてもらって構わないけど、危険だから調合室だけ絶対に近寄らせない。
ボクらはテーブルで、シャノ達は床で共に食事する。今日も元気で食欲もありそうだ。水も勢いよく飲んでる。もう少しで固いモノが食べられそうかな。少しずつ混ぜてみようか。食事を終えると、ばあちゃんからリクエストが。
「ウォルト。いつもの頼むよ」
「わかった」
サバトじいちゃんに変身してばあちゃんとハグする。とても嬉しそうな匂いをさせてる。
「いつもそんなことしてんの?ホント魔法でなんでもできるね。父さんにソックリ」
「魔法使いなら誰でもできるよ」
「母さんとハグして気持ち悪くないの?」
「うるさいんだよ!このバカ娘!」
「気持ち悪くなんかないよ。それより、ばあちゃんは母さんに見られて恥ずかしくないのか?」
「別におかしなことじゃないだろ」
「ウォルトはすぐ照れ屋ぶるから!」
ボクと2人の感覚にはズレがある。父さんなら理解してくれると思うんだけどな。ばあちゃんが満足するまでハグして離れた。
「あのさぁ~、母さんに訊きたいんだけど~」
「なんだい」
「今、周りに誰かいい男いないの?」
「いるわきゃないだろ。タオだぞ」
「ふ~ん。先に言っとくけど、新しい番ができてもアタシは反対しないから。教えてくれるだけでいいよ」
「そうかい」
「ウォルトは朴念仁だからなにも考えずにそんなことしてると思うけど、未練ばかり引きずらないでよね」
「あたしゃ旦那と孫を纏めて抱きしめる幸せモンだよ。別に未練じゃない。サバトより惚れる男がいりゃ話は別だ」
「だったらいいよ」
なんか…新鮮だ。
「なによ?なんか言いたそうな顔ね」
「ばあちゃんと母さんがまともに会話してるのを、初めて見たかもしれない」
「ケンカ売ってこなきゃ普通に話すさ。直ぐに口答えするからねぇ」
「逆でしょ!アタシの言うことなんて聞く気ないくせに!」
また始まった。
「やかましい子だよ。とりあえず相撲とるか。久々にお灸を据えてやるさね」
「なんでそうなるのワケ?!ぜ~~ったいやらない!」
「ウォルト。往生際の悪い娘を外に運んどくれ」
「わかった」
魔法で大人しくさせてから肩に抱える。とりあえず『鈍化』だけにしておいた。
「ウォルト~!離しなさいっ!母を売るのか~!裏切り者っ!」
「母さんもたまには親孝行したら?ばあちゃんは相撲好きだから、とるだけでいいんだ。いろいろ考えなくていい。簡単だろ?」
「それが嫌なんだよっ!どんだけぶん投げられたと思ってんのっ?!育てた恩知らずの白猫~!」
「はいはい。母さんはボクより力が強いから大丈夫、大丈夫。きっと勝てるさ」
「適当なこと言うなぁ~!」
案の定、更地に作った土俵で投げられまくる母さん。でも、直ぐに負けず嫌いが発動して惜しい場面も作ってる。年齢の割に動けるなぁ。
ばあちゃんは楽しそうな顔で、軽くいなしたり転ばせたり。常に頭上に顎を載せられてるから、母さんには見えてないだろうけど。しっかり親孝行してるよ。
「はぁ…はぁ…。くっそぉ…。いくつになったら衰えんのよ…!」
「もう終わりかい?若いくせにだらしないねぇ」
母さんが一瞬で猫の目に変化した。ばあちゃんからは見えてない。
「……ぅらぁっ!」
素早く足元に潜り込んで、ばあちゃんの右足首を両手で掴む。
「しまった…!」
「くらえ~っ!」
掴むと同時に自分の身体全体を高速回転させ、ばあちゃんの足を引っこ抜くように持ち上げると、見事に転んで尻餅をついた。
「どうだぁっ!やりながら昔を思い出したっての!」
「やられたねぇっ…!忘れてた。アンタの得意技だ」
凄いな…。見事な変則の足取り。組んだ状態からばあちゃんを転ばせるなんてそうそうできない。
「元気が有り余ってるじゃないか…。まだやるよ」
「お断りだよっ!勝ち逃げさせてもらう!」
「待てこらっ…!ミーナ!」
母娘の追いかけっこは、素早い娘に分がある。2人は、容姿じゃなくて行動が似てる。母さんがじいちゃんに似てるところってあるかな?
「いやぁ~。大満足。膝の上で寝てくれるなんてね!帰ったらストレイに自慢しよ!」
「静かにしないと起きるよ」
「落ち着きのない子だよ」
相撲を終えて住み家に戻り、母さんは子猫達を、ばあちゃんはシャノを膝に載せて愛でている。ぐっすり寝ていて起きそうにない。
「ずっと一緒に暮らしなよ!また会いに来るから!」
「ボクはそれでもいいけど、シャノ達に任せる。森に帰るのを引き止めはしない」
「アンタは冷たいっ!」
「普通だよ」
「一緒にいればいるほど離れがたくなる。自然の流れに任せりゃいい。互いに思うように生きな」
「そうだね」
そうだ。アレを渡しておこう。
「2人に渡したいモノがあるんだ。ちょっと待ってて」
部屋から取ってきてそれぞれ手渡す。
「ボクが作ったんだけど」
「立派なブレスレットじゃない!売り物みたい!オシャレ~!」
「あたしゃこんなモノ身に付けたことないよ」
「サマラ達から流行の模様とかデザインを聞いたんだ。装飾品に見える魔道具なんだけど」
「なんで急にくれたの?」
「さっき母さんには言ったけど、ボクも親孝行なんてしたことない。若々しくいてほしいと思って、プレゼントに作ったんだ」
「気が利くぅ~!嬉しい…んだ~け~ど~…なにやってんのアンタはっ!」
突然怒りだした。気に入らなかったか。
「好みじゃなかったらゴメン」
「そういうことを言ってんじゃないの!もっとあげるべき人を考えなさい!」
「2人にあげたかったけど、ダメだったのか?」
「嬉しいよ!けど、こういうのは若い子にあげるべきでしょ!4姉妹とか!」
「4姉妹にもあげたことはある。ネックレスとかだけど」
「ならいい!どんどんやれっ!ひたすら!エンドレスでっ!」
…なんなんだ一体。サマラ達からなにか高価なモノでももらったのか…?
「ありがたくもらおうかねぇ。魔道具ってことは、なんか効果があるんだろ?」
「東洋の本で学んだんだけど、魔除けや厄除けのタメに身に付ける数珠っていうモノがあるらしい。そこから発想を得て、体調を整えるような魔道具を作ってみた」
「よくわかんないけど、元気になるってこと?」
「小さな魔石を幾つか埋め込んで、魔法を付与してる。神力のような不可思議な効果はないけど、魔法の効果が薄れるまで少しずつ身体の疲れを癒す」
「着けてもピンとこないけど」
「ボクは効果があった。何日か着けたまま生活してもらえば違いがわかると思う」
「ありがとさん。あたしゃまた若返るねぇ」
家族や友人。大切な人達にはずっと元気でいてほしい。
「たまに思う。アンタがもっと早く生まれてたら、サバトもまだ生きてたんじゃないか…ってさ」
「ボクも魔法で治してあげたかった。完治は難しかったかもしれないけど、とにかく全力で治療したと思う」
「そうだねぇ。まぁ、たらればさ」
「そういえば、父さんか母さんの先祖に魔法使いっている?魔法の才能って遺伝らしいんだよ」
「サバトの先祖に人間がいたらしい。つっても相当前の世代だ。ウォルトと関係あるか?」
「知らない。気になるから訊いてみただけ。ウォルト以外に獣人の魔法使いって知らないし」
「ボクは見つかってないだけだと思ってるよ」
探せばいるけど、保有する魔力が少なすぎて発見されないだけで、師匠なら見出せるはず。ただ、面倒くさがって絶対にやらない。
「今日も魔法見せてよ。なんでもいいからさ」
「別にいいけど、なんにしようか…」
ん~…。とりあえず、この魔法でいいかな。
母さんに手を翳して無詠唱で操る。
「…ぶっ!だはははっ!いいねぇ!面白い魔法じゃないかっ!」
「なにがっ?!」
ばあちゃんは喜んでくれてる。
「なになに?!なんの魔法をかけたのっ?!」
「『淑女の誕生』っていうエルフ魔法なんだけど」
手鏡を取ってきて母さんに渡す。
「…う、うそでしょっ!?なにコレっ?!しわしわじゃん!」
「年齢を重ねる魔法なんだ。母さんの何十年後かの姿だよ」
皺は増えてるけどまだ若々しい。匂いからすると、55歳くらいか。…なんて、ゆるく考えていたのが甘かった。
目にも止まらぬ速さで懐に入り込まれ、胸倉を掴まれて往復ビンタを食らう。
「おらおらおらおらおらぁっ!」
「ぶっふぅっ!?」
「こんの…バカ息子!どういうつもりっ?!」
「い、いやっ…!楽しんでもらえると思って…!」
「老けて楽しい奴がいるか!ふざけんなっ!」
「ぐはっ…!ちょっ…待ってくれっ!」
「黙れドラ猫!!うりゃりゃりゃりゃっ!」
怒りが治まらない三毛猫から、凄まじい猫パンチのラッシュを浴びて、たまらず膝をつく。なんて速さだ…。
「かあ…さん…。頼むから…話を聞いてくれ…」
「アンタと話すことなんてない。とんでもない魔法を使ってくれたね…。若々しくいてほしいって前フリが抜群に効いてた…。アタシは、もう老婆の仲間入りだっ!」
「そんなことないし…直ぐに元に戻せるんだって…」
「関係ないんだよ…。賢いくせに鈍いから困ったもんだ…。肝に銘じておくといいよ…。見たくないモノを見せると……女に嫌われるってことを!」
見事なアッパーを顎に食らって、今度は仰向けに倒れる。
久しぶりにこんなに殴られたな…。でも…今回は…ボクが全面的に悪いか…。母さんは……年齢を気にしてるもんな…。年を取っても…若いじゃないか…って、褒めるつもりだったんだけど…。




