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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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648 お姉様方のお節介

 今日は久しぶりにナバロが住み家を訪ねてきた。ウォルトは子猫と共に出迎える。


「ニャ~」

「みんな可愛いなぁ」


 子猫が生まれてると予想していたのか、ナバロさんはおやつを持参してくれた。匂いからすると魚が原料っぽい。シャノも子猫達も喜んで食べてる。


「ナバロさん、そのおやつは?」

「猫が好む乾物だよ。ほぐして焼いた魚の身をカリカリに乾燥させたモノで、昔からあるらしい」

「分析したいので一粒もらえませんか?」

「袋ごと渡すよ。元々あげるつもりで持ってきたからね」

「ありがとうございます。代わりに好きなモノを持って帰って下さい」

「わかったよ」


 猫を愛でて来た人達に感謝だ。研究されてきたんだろうなぁ。ナバロさんといつものように物々交換を終えると、モノづくりの依頼があると言われた。


「ウォルト君は万年筆を作れる?」

「作ったことはないです」

「まぁそうだよね」

「誰の依頼ですか?」

「僕が欲しいんだ。不注意で愛用してたペンを壊してしまって」

「修理してみましょうか?」

「踏み割ってしまったから、さすがに直せないと思うよ」


 ナバロさんはかなりの苦笑い。布に包んで持ってきてくれてるけど、細かく砕けた欠片が衝撃を物語っている。


「素人の作でよければ作ってみたいんですが」

「お願いしてもいいのかい?」

「はい。あと、構造を知りたいので壊れたペンもお借りできますか?」

「もちろん」


 今は遠出をしないから、住み家でできるモノづくりは積極的にやりたい。



 

 ナバロさんが帰ってからペン作りの構想を練る。ボクは羽根ペンを使ってる。師匠も羽根ペンを使ってたな。ナバロさんから預かった万年筆は高級品で使ったことすらない。

 商人は帳簿をつけたり、品書きを書いたりと多用するだろうから、いいペンを使うのは当然といえる。


 まずは構造を分析して、使い勝手と耐久性を兼ね備えた素材を考えるところから始めよう。


「ニャ~」

「お腹が空いたんだね。ちょっと待ってて」


 子猫達と遊んだりご飯を作ったりしながら創作の構想を膨らませる。なにかをしながら別のことを考えるのは苦にならない。

『割芯』の修練のおかげだ。ボクが魔法を多重発動するには、2つ以上のことを同時にこなせる思考能力が必要で、出された計算問題を解きながら同時に出題を考えるくらいできないと話にならない。体内にもう1人の自分を出現させて魔法を手分けして発動するイメージ。

 

 それはさておき、あまり重いと書く手が疲れるそうだとか、ペン先の素材にはしなりが重要…なんてポイントを押さえて構想は固まった。まずは試作品から作ってみよう。





「ナバロさん、ペンができたので持ってきました」

「仕事が早すぎるんだよね」


 明くる日。ナバロさんの商会に出来上がったペンを届けにきた。 


「いつも思うけど、寝る間も惜しんで作ってるんじゃないかと心配になるよ…」

「ちゃんと寝ているのでご心配なく。こちらが作ったペンです」

「…見事すぎる。箱と柄の素材は…もしかして黒檀じゃ…?」

「その通りです。重厚感があっていいかと」


 黒檀は森で必要最低限採取して魔法で成形した。稀に川で採れる金を溶かした金箔で模様を入れたのも、いい感じに仕上がった。


「ちょっと書いてみていいかい?」

「どうぞ」


 スラスラと紙にペンを走らせるナバロさん。試し書きはしてるけど使い勝手は本人にしかわからない。


「いいね。余分なインクも落ちなくて、凄く滑らかな書き心地だよ」

「よかったです」

「ちなみに…このペン先の素材はなんだい?見たこともないけど」

「ドラゴンの鱗です」

「えぇっ!?」

「結構万能なんです。薄~く加工して魔法で成形してみました」


 ラードンの鱗はなんにでも使える。軽くて丈夫なうえに、薄く加工すると弾力もあってインクとも相性がよかった。


「めちゃくちゃ高価なペンが出来上がったね…」

「そんなことないです。原価はタダですから。気に入ってもらえたなら、使ってもらってから微調整したいと思ってます」

「言ってることが職人なんだよ…」

「素人でも作ったモノの責任は負いたいので」

「調整は必要ないよ。充分使いやすい」

「もし思いついたら教えて下さい」


 あと、コレを渡すのも忘れちゃいけない。


「あと、こちらも」

「……えっ?!壊れたペンも修理してくれたのか…」


 預かって修復したペンを返す。


「愛着があるモノを使うのが1番だと思うので。足りなかった欠片の部分が継ぎ接ぎになったのと、見栄えをよくするために塗装したので、思い出の傷や色褪せが消えてしまって申し訳ないんですが」

「構わないよ…。綺麗に塗ってくれて有り難い…。本当に驚かされるなぁ…」

「ボクの作ったペンは、緊急時の予備にでも使ってもらえたら嬉しいです」

「大切に使わせてもらう。きっと一生モノだ」

「新作のお茶もお渡ししておきます。では、子猫達の様子が気になるので、ボクはこの辺で…」


 さっと帰ろう。


「ウォルト君!ちょっと待ったっ!報酬をっ!」

「今回はカレー祭りの手伝いのお礼ということでお願いしますっ!」


 秘技『お礼返し』発動。流れは完璧だ。


「そうはいかないぞ!待ってくれっ!」

「ではっ!失礼しまっす!」


 ナバロさんには走り負けない。振り返ると同時に全力で駆け出した。


「…ぶふぅっ!」


 直ぐに弾力のあるなにかにぶつかって身体が弾かれる。


「ウォルトさん。そんなに急いでどうしたんだい?」

「私らの勘通りだねぇ」

「美味いお茶の匂いがしたのさ。ちょっとゆっくりしていきなよ」


 眼前には茶葉愛好家のお姉様方の姿。勢いよくぶつかったのにまったく動じてない…。


「ウォルト君…」


 ナバロさんに後ろからガシッと肩を掴まれた。


「君は……本っ…当に困った友人だな……。何度言ったらわかってくれるんだい…?」

「あの…。別に逃げるつもりでは…」

「問答無用だよ。お姉様方、ありがとうございます。おかげでウォルト君に恩を返せます」

「よくわからないこと言うねぇ」

「まぁ、恩返しは大切だ」

「とりあえずお茶だよ、お茶」

「ボクが淹れますね」

「…仕方ないな」

 

 手を離したナバロさんは、お湯を沸かしに店の中に向かった。一時しのぎでも解放されてホッとする。上手く説教を躱す方法を考えておこう。

 

 ボクとお姉様方は、いつも店先に置かれてるテーブルを囲んで座る。このテーブルをお姉様方以外が使っているのを見たことがない。とりあえず、3人が変わらず元気そうでよかった。


「ウォルトさん。恋人はできたのかい?」

「相変わらず1人です」

「私の知り合いに器量のいい娘がいるんだよ。一度会ってみちゃどうかね?」

「お断りさせてもらえますか」


 興味がない相手と話すことはできるけど、紹介されたとなれば多少は気を使って疲れるし、相手の気分を害してしまう可能性大。魔導師なら会ってみたい…くらい。


「残念だねぇ。恋人はいらないのかい?」

「いたことがないんですが、恋人がいると生活にいい面があったりするんでしょうか?」

「そりゃそうさ。私らが若くいられるのも色恋に生涯現役だからだ」

「アンタはいい男だから、お節介焼きたくなるんだよねぇ」

「私らも酔狂で言ってんじゃないよ。女の子にも失礼だ。アンタなら胸張って紹介できる」

「そう言ってもらえるのは嬉しいです」

「いい加減に付き合うような男じゃないのはわかってるんだよ。もっと自信を持ちな」

「会うだけなら後腐れもない。なんならアンタの性格も説明しとくよ」

「肩肘張らなくていいさ」

「そんなモノでしょうか」


 気持ちはとても嬉しい。でも、会ってなにを話せばいいのかわからない。辛い時間が流れるだけな気がする。


「ウォルト君、お湯沸いたよ」

「直ぐに淹れます」


 ナバロさんから受け取ったお湯で、丁寧に淹れてお姉様方に差し出す。


「やっぱり美味いねぇ」

「蒸らしの時間や茶葉の分量が抜群だよ」

「私らくらいになると、コレだけでアンタの凄さがわかるのさ」


 魔法を使わなくても美味しいと言ってもらえるのは有り難いな。


「今度、お茶に合う菓子を作って持ってきましょうか?」

「そりゃ食べてみたい」

「ナバロ、明日仕入れに行ってきな」

「無理ですよ。明日は予定があるんです」

「私らに恩返しする気はないのかい」

「いつもしてるつもりです」


 お姉様方は昔からナバロさんを可愛がってくれたらしい。ただし、恥ずかしい過去も知られているから怖いみたいだ。


「ウォルト君。ちょっと話が聞こえてたけど、お姉様方が仲を取り持って結婚した人達は多いんだ」

「そうなんですか」


 凄腕仲介人なんだな。


「いろんな情報が入ってくるからねぇ。よりどりみどりとはいかないけどさ」

「3人は世話好きで、あらゆる噂に聞き耳を立ててるから、誰が独り身だとかよく知ってるんだよ」

「言葉に棘があるねぇ。人が盗み聞きしてるみたいに」

「そのおかげで、幸せな家庭を築いた人達も沢山知ってますけどね」

「ふん。人が減ればタマノーラは廃れる一方だ。生まれ故郷がそうなってほしくないんだよ」

「アンタだってそう思ってんだろ」


 過疎を防ごうという狙いもあるのか。でも、ボクは番ができたとしてもタマノーラには住まない。


「御三方の気持ちはわかります。ただ、僕から忠告させてもらうと、ウォルト君に紹介するならそれ相応の女性でないと厳しいですよ」

「あん?それ相応ってのは、どういう意味だい?」

「彼はただ料理上手で優しいだけの男じゃない。かなり甘く見てます」

「ほぉ~。面白いこと言う。私らは男を見る目がないってのかい」

「そうです。生半可な気持ちで彼と添い遂げるのは無理でしょう。タマノーラには彼に紹介できるような女性はいません」

「だから余計なことするなってのかい…?」 

「えぇ。彼が自ら選んだ女性なら幸せになるのかもしれない。けれど、ちょっと好意を持つくらいじゃダメなんです」

「なに決めつけてんだい!男と女なんて、付き合ってみなきゃわからないだろうが!会ったその日から情が湧く!日を追う毎に強くなって固い絆になっていくんだろうが!」

「否定できませんが、そうなることはほぼないと予想できるんです。友人なので」


 思いがけず言い合いが始まった。この展開は予想してない。


「僕は、お姉様……いや、姉さん達の推薦人を否定してるんじゃない。軽い気持ちで薦められないと言ってる」

「軽い?わかったような口を利くじゃないか。こっちは至って真剣だよ。なんだって切っ掛けが大切なんだ。アンタこそ、ウォルトさんを王族かなんかと勘違いしてやしないか?」

「してませんよ。貴女達より彼のことを知ってます。とにかくお節介はやめましょう」

「いちいち癪に障るねぇ…」


 3対1で一触即発の緊迫した状況。空気を読めないし、読まないボクでもピリッとした緊張を感じる。


「ナバロさん、お姉様方、落ち着いて下さい。ボクは女性を紹介されるような男じゃないです。身に余る光栄というか」

「それは違う。きっと君に相応しい女性がいる。僕は邪魔したくないだけだ」

「アンタはいい男だよ。人間も獣人も関係なく接して、ちゃんと自分を持ってる。早く所帯を持って幸せになってほしいのさ」

「恋人を作ることがウォルト君にとっての幸せじゃないんですよ。余計なお世話です」

「ヤコや娘はアンタの生き甲斐になったろ?家族ができて幸せだろうが。人生に張りが出て、やる気も漲るってもんだ。けど、世の中には出会いの一歩を踏み出せない者だっているんだよ!」

「言ってることは理解できますよ。でも、姉さん達の勝手な想像で、少なくとも今の彼は望んでない」

「それこそ決めつけだってんだ!会ったその日に恋の花咲くこともあるんだよ!わかんない子だねぇ!」


 どっちも退かず双方火花を散らす。互いによかれと思って言ってくれてる。ナバロさんはボクの心の内を察してくれて、お姉様方は独り身獣人の将来を心配してくれてるんだろう。


 ボクの気持ちをちゃんと伝えないと治まらないかもしれない。


「どちらの気持ちも嬉しく思います。でも、ナバロさんの言う通りで、今は積極的に恋人を作りたいとは思ってないです。お姉様方には今後図々しくお願いすることはあるかもしれません」

「…そうかい。だったら仕方ないね。いつでも言ってきな」

「今回はタイミングが合わなかったんだ。縁なんてそんなもんさ。諦めちゃダメだよ」

「それまでにいい縁があったら迷わず結ぶんだよ。逃しちゃダメさ」

「はい」


 なんとか上手く伝えられた……と思っていたら…。


「話半分に聞いておくんだ。姉さん達のお節介は、いい結果ばかり生んできたワケじゃない。誰が見ても気が合わないのに紹介して、とんでもないケンカが勃発した見合いもある。しかも一切責任はとらない」

「そりゃそうだろ!いい大人同士がケンカしても、紹介したからって謝る必要があるか?!子供じゃあるまいし!さっきっから余計なことばかり言って…!アンタはなんの恨みがあるんだい!?」


 確かにナバロさんにしては口調が強い気もする。


「恨みはありません。ただ、ウォルト君は大切な友人だから言いたいことを言わせてもらいます。彼には幸せになってほしい。姉さん達の本人に丸投げするお節介は邪魔しかしないと思えるので」

「こ~のガキンチョめ!偉そうにっ!」

「立派に育ててやった恩を忘れたのかい!」

「世話になった恩は忘れてませんし、普段ならこの辺で折れて切り上げますが…今回ばかりは退きませんよっ!」

「生意気言ってらぁ!」


 取っ組み合いが始まった。慌てて止めに入って引き剥がす。

 

「ナバロ!アンタの方がいい女を紹介できるってんだね?!」

「そうですね!自信はあります!」

「上等だってんだっ!今度、連れてきてみろ!」

「いないんですよ!いるならとっくに紹介してる!わからない人達だな!」

「なにぃ~!」


 また掴みあう4人の間に割って入る。ナバロさんはさておき、お姉様方も元気だ。


「落ち着いてください。深く考えてくれるナバロさんの気持ちも本当に嬉しいです」

「どう思ってるかわからないけど、君は波瀾万丈の人生を送る可能性が高いと思う。共に歩む人は他人に気を使わず決めなきゃダメだ」

「忠告ありがとうございます」


 番ができても間違いなく裕福な暮らしはさせてあげられないから、波瀾万丈になるのは予想できる。単に貧乏なだけかもしれないけど。


「僕の言動もお節介だとわかってる。どうでもいいことかもしれない。でも言うよ。心の片隅に留めておいてほしい」

「わかりました」

「ナバロが大袈裟だと思うけどねぇ!心配してるフリだけだろ!恋愛や結婚には勢いも必要なんだよ!」

「だから~、それは一般論です!恋して結婚することだけが幸せじゃないんですよ!いい歳していつまで乙女気分ですか?!」

「死ぬまでだよ!このアホタレ!」


 まぁた始まった…。価値観の相違かな。しばらく治まりそうにない。


 ボクとしては、真剣に色恋の世話をされたことがないから新鮮で嬉しい。どういった考えにも耳を傾けたいし、想いに添えないとしても有り難い。


 とりあえず…子猫達のこともあるし、説教される前には抜け出して帰ろう。

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