647 深夜トーク
『なるほどね~。状況は理解したよ』
誘拐騒動が起こった夜。ウォルトは魔伝送器でリスティアに連絡して、ユリアナ達との邂逅について顛末まで簡単に説明した。
「伝えなくていいかと思ったけど、プリシオンの上層部を通じてカネルラの許可を受けたって聞いたから、リスティアには言っておこうと思ってね」
『教えてくれてありがと。保護区の森で悪事を働くのは許せないなぁ。動物は希少だし、慰霊の森でもあるから好き勝手されたら困る』
ダナンさん達以外にも眠っている先人はいるはず。旧ブロカニルとの国境に近い場所だから戦場になった可能性は高い。無名の英霊達も眠る森。
「プリシオンの国王はナイデル国王と懇意にしてるって聞いたけど」
『歳はかなり離れてるけど、お父様が王位を継承したばかりの頃に力添えしてくれたみたい。相談に乗ってくれたりとか。元々は先代国王のお祖父様と懇意にしてたって聞いてる』
「そうなのか」
『今回の件は組織的な事案じゃないだろうし、反応があれば冷静に対応する。迷惑かけてゴメンね』
「迷惑なんてかけられてないよ」
『前にも言ったけど、私はカネルラの自然保護担当だから。調査を許可した1人なの』
「研究や調査は動物保護のタメに必要なことだし、リスティアじゃなくても許可した人を責められない。単に奴がろくでもない男だったってことで」
実行犯や調査団の言動から、おそらく単独行動だったことは理解してる。少し気になったのは…。
「リスティアは、ゴヨークって名前のプリシオンの商人を知ってる?」
『知らない。プリシオンは商業が盛んな国だから、何人か名前は知ってるけど。その商人がどうかした?』
「動物を売買してる可能性がある。犯人が名前を口にしたんだ。少し気になってね」
『動物は希少だし、捕獲も難しいから価値があると思う。目的が飼うことなら子供はなおさらだよね』
「共に暮らすタメならアリだと思うんだ。人と動物は共存できるから。でも、それが目的だとしたら、隠蔽までして攫う必要はない。やっぱり後ろめたい目的だと思う」
『そうかもね』
今さら真相は知りようもないけど。
「あと、今回の件でもし困ることがあったら、ボクがやったと伝えていい。素性も全て話していいから」
『わかってる』
プリシオンからすれば優秀な調査団だったのかもしれない。メンバーを失ったのが相当な痛手という可能性はなきにしもあらず。仮に追求されたりしたらリスティアが困るだろう。
「親友としてリスティアに訊きたいんだ」
『なになに!?なんでも聞いて!』
「ボクって、過激で粗暴な獣人なのか?正直な意見が聞きたい」
『なにか気になること言われたんだね』
「頭がおかしい、イカレてるって言われたよ。そんなつもりはなくても、性格は自分で評価できない。客観的に見るとそうなのか知りたくて」
『私にとっては過激でも粗暴でもない!ただ、今回に限っては相手にそう思われるかも!』
詳しく教えてないのに、まるで見ていたかのように話が始まった。
『まず、ウォルトがおかしいって言われたのは、思考回路というか行動理念のことだよね。合ってる?』
「多分そうだと思う」
『ちょっと話が長くなるけど、ウォルトって闘うときは先手をとるんじゃなくて、冷静に反撃するスタンスだよね。ダンジョンでも武闘会でも基本そうだった』
「防御の方が自信あるんだ。力もなくて、初手を躱されたりすると危険だから。いつもじゃないけどね」
基本的に闘いは嫌いだという理由もある。
『私の獣人の対するイメージは、闘うとき常に攻撃優先なの。先手必勝だぜ!って感じ』
「あながち間違ってないと思う。喧嘩っ早い奴が多いし、大抵は力任せだ」
『だから不思議に思われる。「あれ?知ってる獣人と違うぞ?」って。怒るときも静かに怒るしね』
「怒り方が関係あるかな?」
『あるよ。相手が大人しいと図に乗る人が多い。特に人間に多いと思うけど、知力を駆使して相手を捻じ伏せようとする者がいる。言葉という武器を使って。今回は相手がそんなタイプだったでしょ?』
「そうだね」
『ウォルトは、会話してて腹が立つと相手を殴りたくなっちゃう。実のない話を長々聞くのは面倒くさいし、そのうるさい口を塞いでやるって』
「大体そんな感じだ。合ってる」
『でもね、ウォルトは最終段階に行き着くまでに猶予がある。大多数の獣人はもっと早く手が出るから違うと思われた』
「まどろっこしいってこと?」
『というより、冷静に会話できそうだと思われた。そして、舌戦なら勝てるって調子に乗る。暴力的に見えないのに、いきなり反撃されたから面食らったの』
「侮られてるとは感じたよ」
『そういうこと。護衛もいたからなのか、危機管理ができてない。普通なら想定できるでしょ。そんな頭でっかちが、身体能力に優れた者と闘うのは圧倒的に不利だよ。言葉だけじゃ相手は倒せないんだから。しかも、舌戦を挑むともっと酷い目に遭わされる可能性も高まる』
「無駄に刺激するからか」
『そう。でも、上手くやれば窮地を脱すると思ったんだろうね』
「上手くやる手段があるかな?」
『恐喝や甘言だよ。相手の弱点を探って、言葉で攻撃を仕掛けると退いてくれることがある』
「なるほど」
打撃における急所と同じで、脅しも相手の弱みを突いた技の1つと考えれば有効か。使うのが肉体か頭脳かの違いで。ボクはそれを作戦や技術と捉えず、単なる嫌がらせや悪趣味としか考えたことがなかった。舌戦では立派な戦法になるってこと。
『でも、ウォルトみたいな人には効果がない。そんな時、相手はどうなると思う?』
「実力行使?」
『違うよ。ただ混乱するの。目の前にいる人物は、理解できない存在って認識する。知恵を絞っても通用しない…自分の常識ではあり得ない『おかしな奴だ』って』
「そうかぁ」
納得できるなぁ。同じことを知らない人に言われても、納得できない気がするけど。
『そして、どうにか理解の範疇に収めようと悪戦苦闘する。自分なら言いくるめられるはずだし、これまでもなんとかしてきたって自負もある』
「現実はそうじゃないのに…か」
『裏返せば人を信じられるってことだけど、話せばわかる人ばかりなら争いなんて起きないよね。話し合えないから違う手段を模索する。成功すれば穏便に済むこともあるし、失敗して争いに発展することもある。いつだって選択が重要』
ボクは争いを選択したけど、違う方法もあったんだろうか。リスティアなら対話で切り抜けるのかな。
『相手を知る必要があるのに、ウォルトのことを深く知ろうとせず、粗暴とかおかしいって言葉で一括りにしようとしたんだろうね。現場を見てないから想像だと大体こんな感じかなぁ』
「よくわかった。ボクも興味がないことを知ろうとしないから、奴らと同じだ。とやかく言うことじゃないな」
ボクがおかしいという結論に行き着く思考が理解できなかったから、もやっとしていただけ。リスティアの予想は、きっと当たらずとも遠からず。誰にでも解ける簡単な問題かもしれないけど、ボクの理屈にはない。
『私はウォルトの気持ちがわかるよ。言いたくないけど、私は傑物って呼ばれてるみたい』
「知ってるよ」
ボクもそう思っている。
『学問も稽古も努力してるし、なにかに特化した天才でもない。もっと凄い人物はカネルラには沢山いる。どこが傑物なのか自分ではわからないの。でも、そう呼んでくれる』
「リスティアは普通にしてるだけなんだね」
『そうなの。褒めてくれてるんだろうけど…おかしいとか怪物と同義じゃないかって思ったりして…。ほんのちょっと複雑なんだ』
そう思ってくれる人達を否定したくないんだな。たとえ、誰も聞いてない会話であっても。リスティアは優しい。ボクとは違う。
「実はボクも傑物と思ってる」
『どの辺が傑物なの?』
「1番は人に愛されるところかな。歴史上の偉大な人物は人心を掴むことに長けてた気がする。努力したにせよ才能にせよ、誰にでもできることじゃない」
『愛される才能なんてあるかなぁ?ただ、私が皆のことを考えて行動すれば、ちゃんと気持ちを返してくれるだけで』
「ボクが同じ立場なら、逆立ちしても同様に振る舞えない。国民のタメに行動できることを単純に凄いと思うよ」
『私はカネルラが苦難に見舞われた年に生まれたからね~。未だに式典で祝福された声が耳に残ってて、辛いとき心を温めてくれる。まだなにも知らなかった赤子に人の愛を教えてくれて、幸せをくれたのがカネルラの皆だから、ダメな王女だと思われたくないんだ』
赤子に誕生祝宴の記憶があることは、ボクの常識では考えられない。それが非凡ゆえなのかは判断できないけど。理解の範疇を超える、ってこういう感情なのか?リスティアがおかしいなんて微塵も思わないけど、奴らの気持ちがほんの少しだけ理解できた気がしなくもない。
「今だから思うけど、その場にいたかった。君の誕生を祝福したかったよ」
『誕生日を祝ってくれただけで充分すぎる!結果、もし私が傑物と呼ばれる人物になれたら国民に恩返ししたい!皆が祝福してくれた赤ちゃんは立派に成長したよって!』
「そっか」
『あと、ウォルトは自分を凡人って言ったよね?』
「ボクは凡人以下だね」
『私はウォルトも傑物だと思ってるんだよ!』
「なんで?」
『そうすれば仲間だから!親友だし一緒がいい!どっちに寄せるかだよ!凡人か、それとも傑物か!』
「ボクらは種族も立場も違う親友で、傑物と凡人でもいいじゃないか。大事なのは寄り添えるかどうかだろう?」
『むぅ…。ウォルトは一緒なの嫌なんだ…』
「そうじゃない。ボクにとってあり得ない到達点だし、リスティアに凡人になってもらうのもおかしくないか?」
『ちっちっ!王族に生まれただけで、身体能力や知能は平凡なのっ!生まれ以外は私も凡人でしょ!』
身体能力はさておき、知能は違うと思う。でも、彼女にとっては普通だという認識なのか。
『あとね、宮廷魔導師の魔法披露が無事終わった』
「お疲れさま。盛り上がっただろうね」
『そうだね。ほとんどの観客は満足してたと思うよ』
「かなり凄い魔法が飛び交ったんじゃないか?想像できないけど」
『初めての試みだったけど、やってよかった。クウジもそう言ってた』
「宮廷魔導師の魔法は凄かったろう?ボクも見たかったな」
『今後は大なり小なり変化があるんじゃないかな。国民に披露できてやり甲斐は感じてくれたと思う』
…凄かったのかどうか答えてくれない。リスティアの評価を聞きたかったけど。
「ボクの友達も見に行ったんだ」
『ウォルトの弟子だよね。その人達に詳しく聞いた方がいいよ。魔法は私にはわからない部分も大きいし』
「そうだね。楽しみだなぁ」
『きっとウォルトなら驚いただろうね』
「ん?それはどういう意味?」
『こっちの話!とにかく、次回があれば是非見に来て!』
「そうだね。また機会があれば」
リスティアは開催される前なぜか怒っていたけど、今は落ち着きを取り戻してるみたいだし、また披露されるなら次は行ってみたい。
『ウォルトって凄い魔法使いだよね』
「いきなりどうしたの?」
『他の人からどう見えるか知らないけど、私にとっては世界最高!』
「大袈裟すぎるって」
『ウォルトの意見は関係ないの!勝手に思ってるだけだから!』
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
親友だから補正がかかっているとしても、高すぎる評価。
『たとえば、どんな修練をこなせば私がウォルトみたいな魔法使いになれる?』
「ん~。とにかく修練することかな。そうすればなれるよ」
『特別な修練は必要ないの?』
「ない。ボクはがむしゃらにやってただけだ。今思えば非効率な修練ばかり。それでも魔法は使えるようになる」
才能溢れる人は、もっと短い時間で濃い内容の修練をこなすだろう。でも、ちょっと魔力を保持してるだけの獣人にはできるはずもない。ただ、あの頃の修練は無駄じゃなくてボクには必要だった。師匠にボロクソ言われても、考えたり行動することをやめなかったから今がある。諦めの悪い性格でよかった。
『具体的には?』
「寝食以外は四六時中魔法のことを考えて、魔力切れで倒れるまで修練して、何度殺されかけようと魔法戦を挑む。罵声を浴びながら死にたいくらいに辛い魔力回路の造成をこなしたり、稀に与えられる欠片の情報から試行錯誤して魔法を覚える。そして、自分なりに改良を加えて磨き続けるだけだよ」
『誰にでもできないって!直ぐに挫折する未来が見えてる!忍耐の才能がいるよ!』
忍耐の才能か。上手いこと言うな。
「そうかもしれない。唯一なんだ」
『なにが?』
「ボクに魔法絡みで才能があるとしたら、とにかく修練する才能だけ。魔法に限定すれば、忍耐力は人並み以上だと思う。ボクがやってきた修練は普通の魔法使いには結構辛いはず」
『相当キツいはずだよ!』
「でもね、獣人だからなんだ。才能がある人間やエルフ、ドワーフはもっと簡単な修練でも同じ効果を得られる。それに比べてボクは、鍛えて鍛えて、鍛え上げてようやくだ」
『誰でもウォルトみたいな魔法使いになれるなら、私もなってみたいなぁ』
「なれるさ。あり得ないけど、もしボクのレベルに届かないならもっと修練すればいいだけ」
『努力は裏切らないってことかな』
「努力だけじゃ結果に結びつかないけどね。ボクなんていくら身体を鍛えても強くならない。修練すればするだけ魔法が上手くなるのなら、今頃魔導師になれてたかも」
『私もダンスとかなかなか上手くならないんだよ!コツとかあるしねぇ~!』
「あるね。ボクは、なにをするにも努力は必須で、あとは諦めなければいい結果が出るかも…くらいに思ってる」
コツを掴むのも努力の成果だと思ってる。何事もやってみなくちゃわからない。
『訊いてみたかったんだけど、ウォルトから見て私は魔法使いの才能ある?』
「う~ん…」
『ないんだね?』
「リスティアは魔力を保持してない。でも、ボクが感じ取れないだけの可能性もある」
師匠に頼みたくなる。獣人から魔力を探し出したくらいだ。正確に鑑定できるだろう。
『私には気を使わなくて大丈夫だって!じゃあ、カネルラ王族に魔法使いになれそうな人はいる?』
「ナイデル国王やストリアル王子、アグレオ王子は遠目にしか見たことがないからわからない。でも、ルイーナ様がほんの少し魔力を保持してるから、可能性があるかな。あと、ジニアス王子も」
『そっかぁ~!ウォルトにお願いがあるの!』
「なに?」
『ジニアスが大きくなって「魔法を覚えたい」って言ったら、ウォルトが魔法を教えてほしいの。一度きりでもいい』
「いいけど、本人のやる気次第だよ。無理に魔法を教えたくないから」
アニェーゼさんの孫弟子達のようにやる気が漲っていたら教えるけれど、魔法の修練は嫌々やることじゃない。
『それでオッケーだよ!』
「王族に魔法を教えられるような魔法使いじゃないけどいいの?」
『私は、自分が1番凄いと思う魔法使いにお願いするだけ!技量は関係ないの!』
「光栄だよ。もっと腕を磨いておかないとね」
いつかそんな日が来る…なんて思えないな。それこそ宮廷魔導師の出番だ。ただ、初歩的なことはボクでも教えられる。万が一、機会があれば約束を守ろう。
『ジニアスにはしつこく言っておくからね!魔法はウォルトに習いなさいって!』
「勧めなくていいよ。大したことない魔法使いなんだから」
『わかってないなぁ~。私は、ウォルトが操る魔法が好きなの。ジニアスにはそんな魔法使いになってもらいたい。でも、ウォルトは簡単に魔法を教えてくれないし、弟想いの姉として親友という立場を利用するべき!』
「はははっ。気持ちいいくらいハッキリ言い切ったね。親友の頼みは断れないなぁ」
『そうでしょ!お願いね!じゃあ、今日はこれくらいで!おやすみ!』
「長い時間付き合ってくれてありがとう。おやすみ」
魔伝送器を切る。
リスティアがカネルラからいなくなったりしたら、王族との接点は完全になくなってしまう。ボクに魔法を教わりたいなんてまず言われない。
でも…ボクのような魔法使いに…か。分不相応でもそう言ってくれるのは嬉しいな。なんだか、少しだけ特別な何者かになれたようで。




