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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
641/716

641 名付け親

 子猫が生まれてからというもの、ウォルトは毎日腑抜けた顔をしている。もちろん常時じゃないけれど、油断すると顔の筋肉が緩んで仕方ない。


「ミィ~」


 今日は遂に子猫が立った。覚束ない足取りで小屋の中を動き始めたんだ。数日前に生まれたばかりなのに成長が早い。

 シャノは小屋の中を巡回するように動き回り、子猫達はシャノの後を追ったり、子猫同士でちょっと小競り合いをしてみたりとなにをしても可愛い。ずっと見ていられる。

 暇があれば読書やモノづくりをしないと落ち着かない性格なのに、子猫を見ていると気付けば時間が経ってる。退屈なんてこれっぽっちも感じない不思議。


「ニャ~…」


 しかも、ボクにすり寄ってくれる。顔や顎を優しく撫でると、ぎこちなく反応してくれるのが可愛くて愛おしい。繰り返し感じるけどボクは幸せ者。猫の誕生と成長を間近で見て、触れ合うことができるんだから。


「シャノ。子猫達のタメに遊具を作ってもいいかい?余計なお世話かな?」

「ニャ~」


 シャノ的には微妙みたいだ。アリかナシかだと、ナシよりっぽい雰囲気。


「小屋から出なくなったらよくないね。やめておこうか」

「ニャッ」


 ついお節介しそうになる。いずれ森に帰ることを考えると、小屋に執着する要素を作るのはよくないな。


「ウォ~ルトさん♪」


 背後から名を呼ばれて小屋から出ると、アニカとウイカが揃って笑顔を見せてくれる。


「おかえり」

「「ただいま!」」


 2人とハグをして、子猫達の成長を見てもらう。


「可愛いすぎる~」

「ヨチヨチ歩きがぁ~!くすぐるよねぇ~!」

「なにを?」

「母性本能でっす!」


 2人は子猫達と触れ合って楽しそう。


「ウォルトさん。いつこの子達に名前をつけるんですか?」


 ウイカの言葉に反応したシャノはボクを見て直ぐに顔を背けた。





 ウイカとアニカを居間に招いて、料理でもてなしながら会話する。


「言っておきたいんだけど、ボクは子猫達に名前をつけるつもりはないんだ」

「なんでですか?」

「私達も一緒に考えます!」

「気持ちは嬉しいよ。でも、シャノ達は人に飼われてるようで嫌かもしれないし、勝手に名付けられて嫌な気持ちをずっと背負わせてしまうかも」


 本来なら猫に名前なんてない。あるとすれば、自分達が考えた名前。呼ぶのに便利だから…なんて思われたりしたら悲しい。シャノは「名付けてくれ」と言ってくれたから付けた。でもあの子達は違う。なにを言いたいかまだわからない。


「動物と意思疎通できないので偉そうに言えませんが、友達と同居してるってだけです!飼ってるなんて考えすぎですよ!」

「子猫達はペニーやシーダと同じだと思うんです。名前があっておかしくないと思います。嫌なのかは確認しないとわからないですけど」

「そう言われるとそう…かな」

「そもそも、名付けたくないんですか?」

「名付けていいのなら名付けたいよ」

「でも、シャノ次第ですよね!母親がダメって言ったら、それこそ余計なお世話ですから!」

「3人でシャノの気持ちを聞いてみませんか?」

「既に考えてるかもしれないよね!それならそれでいいし!」

「確かに。そうしようか」


 猫小屋からシャノ達に来てもらった。子猫達は初めての住み家に落ち着かない様子だったのに、直ぐに慣れたのかあちこち動き回ってる。

 軽く猫じゃらしで遊んだりして、動き疲れた子猫達は寄り添って眠る。どうやら洗濯物を入れる籠が気に入ったようで、ぎゅうぎゅう詰め。やることなすこと可愛さに溢れるこの子達は凄い。


 シャノはぐ~っ!と背中を伸ばしてゆったりモード。しっかりご飯を食べてもらった。


「シャノ。ちょっと訊いていい?」

「ニャ」

「この子達に…名前を付けてもいいかい…?」

「ニャ~ッ、ニャッ」

「えっ…?!」

「シャノはなんて言ったんですか?!」

「『言うのが遅い』って…。『さっさと名付けろ』って言われた」

「シャノはウォルトさんが言い出すのを待ってたんだね!」

「ニャッ」

「そうみたいだ…。2人に話してよかったよ」


 自分勝手に決めつけるのはよくないな…。考えすぎずに相談すればよかったのか。


「シャノは、考えてる名前とかあるかい?」

「ナァ~」

「ないのか。じゃあ、皆で考えてみないか?もちろんシャノも一緒に」

「いいですね」

「賛成です!さっそく魔伝送器で召喚しちゃいましょう!」

「ニャ!」


 というワケで、サマラとチャチャに連絡したところ、「もちろん行く!」と夜に来てくれることになった。キャロル姉さんにも声をかけてもらうようサマラに頼んだけど、「アタイはそんな大それたことはできない。決まったら教えな」と断られたらしい。

 父さんと母さんに連絡したら、母さんは「忙しいから声だけ参加する!」とのこと。絶対に暇だと思うけど口には出すまい。父さんは「無理だ…。熱が出る…」と弱気だった。名付けの重圧に耐えられなくて、胃がキリキリ痛んだらしい。

 オーレンとミーリャも来てくれることになって、外が暗くなる前には住み家に勢揃い。準備していた夕食を食べてもらってから本題に入る。


「今日は、子猫達の名前を考えようと集まってもらったんだ。シャノには許可をもらってる」

「ニャ」

「ということで、いい名前がないか意見を聞きたくて」

「はいはいはいはいっ!」

「サマラ、どうぞ」

「あのさ、私達にはもうバレてるんだよ」


 満面の笑みだけど、言ってる意味がわからない。


「なにがバレてるんだ?」

「名付ける気はなかったって言ってるけどさ、ウォルトはこの子達の名前考えてたでしょ?それ教えてよ」

「…なんでそう思うんだ?」

「性格を読んだだけで、考えるまでもないって!皆もそう思ってるよね?」


 大きく頷く一同。


「実はそうなんだけど…押しつけがましくないかな」


 似合うと思う名前を考えてる時間が幸せだっただけで、シャノに伝えるつもりはなかった。


「採用するとかしないじゃなくて、単純に知りたいの。それに、最初に言うのってちょっと恥ずかしいじゃん」

「そうかな」

『さ~ちゃん!だったらまず私に任せなさい!』


 この場にいないのに、誰より元気な母さんの声が響く。


「ミーナさんも考えてたの?」

『三毛の子だけね!ミニアってどうかな?!』


 母さんらしいネーミングだ。カネルラで女性の○○ニアという名前には、『小さい』とか『娘』『妹』といった意味合いがある。つまり、『小さいミーナ』ってことだろう。


「ニャッ!」

「えっ!?ミーナさん、よかったね!」

『なにが?』

「シャノが『いい名前』って言ってるよ!」

『ま、マジで~っ?!』

「間違いなく言ってますね。三毛は決まりでいいんじゃないですか?」


 サマラとチャチャの言う通りで、シャノは気に入ってくれたみたいだ。


「シャノ、いいかい?」

「ニャ!」

「母さん。三毛の子の名前はミニアに決まったよ」

『うっ………うぇぇ~~ん!』

「ど、どうしたんだ?」

『だっでぇぇ~、うれしずぎるぅ~!ごめぇ~ん!もう切るぅ~!』


 魔伝送器は切れた。父さんに抱きついて泣いてる姿が目に浮かぶ。また会いに来てくれるだろう。


「意外にあっさり決まった!シャノが気に入ってくれる名前が1番いいもんね!」

「そうだね。シャノに選んでもらおう」


 ボクらが案を出して、いいのがあれば反応してもらうようお願いする。


「じゃ、ウォルトの候補を教えてよ」

「いいけど、長くなるよ」


 名前の候補を書き出したノートを取ってきて皆に見せた。


「…全部考えた子猫の名前…?呪いの本の間違いじゃなくて…?隙間ないじゃん…」

「とんでもない数です…。辛うじて読めますけど…」

「解読不能な言葉で、この世の恨み辛みを綴った呪いの書みたいになってます!遠目には真っ黒なページに見えて怖いですね!」

「兄ちゃん…。この数を考えたのって地味に凄いよ…」

「そうかな?」


 ノートの見開きに隙間なく名前を書き出してるだけ。小さくみっちり書いたから数だけはあるけど。


「この中に、シャノが気に入ってくれる名前があるといいな」 

「よさげな候補を皆で選んでみませんか?」


 オーレンとミーリャの勧めでボクの考えた名前を皆で読み上げていく。


「ンニャ~?」


 シャノの反応はいまいち。残念ながらボクには子猫を名付けるセンスはなさそう。…と、サマラが閃いた顔。


「ねぇ。黒猫の雌はさ、キャロル姉さんみたいだからカペラってどう?」

「なるほど」


 キャロルと呼ばれる星と共に1つの星座を象る星の名前だ。


「お腹にほんのちょっと白い毛があるのも夜空の星みたいで綺麗だし!」

「ニャッ!」

「やったね!シャノも気に入ってくれた!」


 ウイカとアニカとチャチャがなにやら相談してる。3人も思いついたのかな。


「じゃあ、黒猫の雄はラグってどうですか?」

「同じ星座の星です!」

「位置も隣同士だし、響きもいいと思うの」

「ニャッ!」

「気に入ってくれたみたいだ」

「よかったぁ~」

「嬉しいっ!」

「思った以上に嬉しいですね~」


 残すはサバトラの雄の名付けを残すのみ。


「サバトラの子猫は、ウォルトさんが名付けるのがいいと俺は思います」

「なんで?」

「おじいさんと同じ毛皮ですし、縁を感じませんか?」

「シャノや子猫達には関係ないことだからね。それに…ボクはシャノを名付けたから、これ以上は望みすぎなんじゃないかと思って」

 

 森で偶然彼女に出会って、再会できて考えた名前も気に入ってくれた。特別で幸運なことだ。母さんや皆の気持ちがよくわかる。


「よぉし!皆、集合!シャノも来て!ウォルトはココで待機ね!」


 サマラの号令で住み家を出ていく一同。微かに聞こえてくる会話の内容は聞き取れない。小声で話し合ってるから耳に入れないようにしよう。

 待ってる間、寝ている子猫達を眺めて楽しむ。狭いところに入りたがる習性があると知っていたのに、実際に詰まってる姿を見ると可愛くて仕方ない。息苦しくないのかちょっと心配になる。


「ウォルト~!お待たせ!」

「待ってたよ」


 皆が戻ってきた。


「サバトラの名前はアッシュに決定!」

「ニャ!」

「いい名前だね」


 青みがかった灰色のことをアッシュというけれど、サバトラの毛色は灰色系だから連想したのかな?


「毛色から取ったと思ってる?」

「違うの?」

「それもあるけど、1番の理由はサバトさんのことが大好きなアイヤさんから1文字もらったんだよ。シャノも『アイヤには世話になった』って言ってるし」

「凄くいい理由だと思うけど、さすがに言ってないんじゃないか?」

「ニャ~」


 シャノは『おかげで気が楽になった』と言ってる。ばあちゃんは喜んでくれるかな。


「ホントはウォルトにちなんだ名前を付けたいと思って、皆でこっそり話し合ったの」

「気持ちだけもらっておくよ」

「あのさ、アッシュって他に意味があるの知ってる?オーレン達が教えてくれたんだけど」

「知らない」

「『魔法使い』って意味があります。大昔にアストンって大魔導師がいたらしいんですけど、愛称が魔法使いの通称として冒険者の間で使われてた時代があるらしくて、その名残で」

「アストンの愛称や歴史までは知らなかった。タメになるよ」


 魔法の歴史を学んで、特に戦闘魔法の発展に力を注いだ男だってことはボクも知ってる。世界でも有数の知名度を誇る大魔導師。


「サバトラからの~、サバトからの~、アイヤからの~、ウォルトからのぉ~魔法使いっ!…ってことでシャノも納得!」

「かなり遠い気がするけど」


 でも、皆が一生懸命考えてくれて、シャノがいいならそれでいい。


「でも、ちょっと困ってます」

「ウイカが困ることってなんだい?」

「私とアニカ、多分オーレンやミーリャもですけど、カペラとラグの見分けがつかないです。呼ぶとき間違えたくなくて」

「そうだよね~。双子みたい!」

「そっくりだよな」

「もっと大きくなれば違いがでませんかね?」


 ボクがエルフの顔を見分けるのが苦手なのと同様に、動物の違いが見分けにくいのか。


「全然違うよ~?毛皮の流れも違うでしょ?耳の形もだよ」

「よく見てください。目とかも全然違います。カペラの方が切れ長で、ラグは丸みがあります」


 サマラとチャチャの言う通り。


「むむぅ~…!間近で見ても、私にはまったく違いがわからない!」

「俺達には難問過ぎるな」


 和気藹々と盛り上がる。その内には子猫達が起きて皆と交流する。急に離れて寂しがったり、逆に膝に乗ってきて嬉しかったりと振り回されながらも皆が楽しそう。


「ミニア!オーレンは足も息も脇も臭いの!アンデッドみたいに!死んじゃうから近寄っちゃダメだって!」

「ふざけんなよ!お前ら、アニカには近付いちゃダメだぞ!肉と間違って食われちまう!」

「アンタのデマでシャノが警戒したろうが!許さん!」

「いつも濡れ衣を着せやがって!こっちの台詞だ!」


 騒がしいのに、なんというか和むなぁ。でも、心配なことが1つある。シャノはどう思っているのか。


「シャノ、この子達が人に慣れても気にしない?」


 今さらだけど、小さい頃から人に慣れると警戒心が薄れそうで、それがいいことだと思えない。現にシャノの家族は衛兵らしき人物に斬られてる。獣や魔物だけじゃなく、狩人や猟師も脅威で、人間やエルフにとっては動物も狩りの対象。特別に保護されていない。


「ニャ~」


 ちゃんと危険性を教えるつもりみたいでホッとした。


「ボクが協力できることなら言ってほしい。嫌がることでもなんでもやるから」


 実地に教えるつもりなら、ボクは危ない奴の役でもなんでもやる。たとえこの子達に嫌われようと、生きていく術を学んでほしい。


「ニャッ!」

「おっと」


 久しぶりに跳びついてきたので、優しく受け止めて毛皮を撫でる。


「お母さんになって、これからも大変だね」

「ニャッ」


『そんなことはない』と目を細めてくれた。ボクにできることは限られるけど、少しでも力になりたい。出会ってから彼女達には幸福感を与えられてばかり。


 自分が生きている内は、遠目にでも見守れたらいいな。

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