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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
640/716

640 整斉と勇ましく

 騎士団支部新設に伴う記念式典当日を迎えた。王都で執り行われる式典には、ダナン以下、英霊騎士も参加する。


 ケインやムバテ達は「列中には今代の騎士団員が並ぶべきだ。俺達は遠目に観覧できるだけで充分」と言うので、私とシオーネだけが騎士団として参列する運びとなった。

 式典会場は王都の中央広場。国を挙げての大きな催しは、この場所で行われることが多い。式典開始まで時間があるが、会場の設営や準備の最終段階に入っていた。


「ダナン。騎士達の準備はどうだい?」


 騎士団を統括しているアグレオ様に話しかけられる。


「滞りなく準備は進んでおります。騎士達は精悍な顔つきながら、若干緊張の面持ちではありましたが」

「そうか。今後、騎士団はより精強さを増すだろう。大変になるけどよろしく頼むよ」

「かしこまりました」

「じゃあ、また後で」


 アグレオ様は去ってしまわれた。


 此度の支部新設には、先のドラゴン襲来が大きく関係している。ウォルト殿が討伐したラードンのような魔物の襲来に危機感を感じ、国王様は主要な都市に支部を置くことを計画された。緊急時には、冒険者、衛兵、暗部、そして騎士団が協力し、カネルラ各地において守備態勢を整えたいと。

 戦力の分散に対する懸念であるとか、支部の運営方針に関して完全に定まらぬといった問題点もありながら、有識者会議にて国防力の底上げを行う選択がなされた。


 支部を立ち上げるにあたって、まずは王都から少数精鋭を各地に派遣する。王都の戦力低下は避けられないが、騎士団を遠方まで派遣する必要がなくなり、即時対応が可能になる。増援が必要であっても到着までの継戦を任せられて心強い。

 また、騎士といえば王都での活動が主であったが、働きを幅広く国民に認知してもらうこともできる。入団希望者も確保していかねばならず、様々な個人の事情を抱え故郷で活動できるなら入団したいという者も多いと聞く。新たな試みは果たしてどのような成果を生むのだろう。

 

「さて、騎馬達の準備は…」


 華美な装具を着けた騎馬達は、準備の邪魔にならぬよう1カ所に集まって大人しく待機していた。


「ヒヒ~ン。ヒン」


 落ち着かず歩き回るような騎馬に、カリーが声をかけて落ち着かせている。騎馬の言葉など理解できるはずもないが、そうとしか考えられない。

 日頃からカリーが騎馬達を統制しているので、厩舎職員からも絶大な信頼を得ており、騎馬達は今も野放し状態。脱走する様子すらなく、芝に寝転がったり仲良くじゃれあっている。忙しい我々に迷惑をかけない騎馬達には頭が上がらない。

 ただし、優しい気性と侮り騎馬を粗末に扱うと、相手が誰であれカリーを先頭に集団でお礼参りに来る。踏まれ齧られ蹴り飛ばされて、怪我をした団員も数知れず。騎士団の最恐部隊でもあるのだ。


「カリー。皆の調子はどうだ?」

「ヒン」


 どうやら皆の調子はいいようだ。なにかあれば、この時点で不調な騎馬を示してくれる。


「支部ができれば、騎馬達も別れてしまうかもしれぬな…」


 もしかすると、カリーはあちらこちらに出張することになるやもしれぬ。この件でもっとも忙しくなる可能性もなきにしもあらず。


「ヒヒン!」

「…む?」


 なにかを訴えるような目でカリーは私を見つめてくる。長い付き合いでも思考は読めない。


「ウォルト殿であればわかるのだろうな」

「ヒヒ~ン?」


 小馬鹿にされているのは感じるのだが、残念ながら私は獣人ではない。ウォルト殿はカリーの心情を完全に理解していると触れ合いの節々から感じる。

 だが、私にもわかることがある。カリーは人の言葉を理解しているということ。まず間違いない。昔から気に入らない発言には怒りを隠さず、納得すれば人のように頷く。そんな騎馬は他にいない。会ったこともない。


「ヒヒ~ン」

「うむ。今日も頼むぞ」

「ヒ~ン?」


 私の返答はどうやら的外れだったようだ。






 正午を迎え、式典が開始された。ナイデル様以下王族の皆様も出席する記念式典には、国民も多数参加して会場は人でごった返している。これだけ多くの人数に参加してもらえるなど、我々は幸せ者だ。

 創立より騎士団がカネルラに貢献してきた証でもある。団員達は胸を張って幸せを享受することを躊躇わずにいてほしい。


 国王様の訓示に始まり、アグレオ様より各支部長に任命される騎士に対する授与式も無事終了し、続いて騎士達による模擬戦が開始された。国民に囲まれた中央で、騎士達は日頃の成果を披露するべく真剣勝負を繰り広げる。


「せぇぇい!はぁっ!」

「うぉぉっ!」


 テラも女性騎士代表として選出され、槍で魔法と闘気を操り会場を沸かせている。騎士として本当に成長した。「私は騎士になります!」と宣言した日が随分と昔のよう。

 大盛況の模擬戦を終え、式典も騎士団の行進を残すのみ。私は列から離れて見守る。顔も出せぬ騎士が花道を歩き、歓声を浴びるのは気が引けて仕方ない。


 カネルラ王都の精鋭を揃えた楽団が演奏する曲に合わせ、国民の列に挟まれた花道を騎士達が堂々と行進を始めた。


 会場に鳴り響く曲名は『誇りを胸に』。


 ボバン殿を先頭に、声援に応えるようにゆっくり行進する。見事な隊列を組み、歩調を合わせた騎士達の行進の後には騎馬達による行進が控えている。

 今回、異例ではあるがカリーが先導して騎馬のみで行進することに決まった。国民の安全性を鑑みれば、騎乗なしなど通常あり得ないが、カリーが許可しなかった。「騎乗するのなら行進しない」と断固たる態度で、いかに私やアグレオ様が説得しても首を縦に振らず、「好きにやらせるといい。責任は俺がとる」とのナイデル様の意向により許可された。


 だが、カリーがいかに優れたリーダーであっても、予行では纏まりのない行進であったのだ。国民に披露するという意味では少々心配であるものの、私にカリーの胸中がわかるはずもなく…。


 

 騎士団が行進を終えると、楽団の演奏が止まった。騎馬の行進が控えているというのに…だ。すると、演奏をやめた楽団の指揮者の台に笑顔のアグレオ様が登壇され、小さな台に魔石のようなモノを設置している。


 なにをなさるおつもりなのか。


「ヒヒーン!」


 カリーが声高らかに嘶いて、どこからともなく曲が流れ始めた。誰も演奏などしていないのに広い会場に響き渡る大音量で。


 この曲は……。


 カリーが優雅に花道を歩き始め、騎馬達も見事な隊形を組んで後に続く。


「騎馬だけの行進か!格好いい!」

「凄い!曲に合わせて歩調も綺麗に揃ってる!」

「騎馬って賢いんだなぁ!」


 堂々たる騎馬達の勇姿に国民から歓声が挙がり、凛々しく前を向いて歩みを進める。そんな姿を目にしながら、私は400年前に……過去に戻ったかのような錯覚に陥っていた。


「カリー……お前は……」


 私は…この曲を知っている。忘れようもなく、心の高鳴りが止まらない。私だけでなく、ケインやシオーネも同様。音の1つ1つが我々の魂に刻まれているからだ。


 会場に鳴り響く曲名は『英雄たれ』。壮大で、心の底から闘志や勇気が湧き上がるこの曲は、カネルラ騎士団の行進曲として創立より愛されていた。

 だが、400年前の戦争で命を賭してカネルラを守護した騎士団は、勇者のような『英雄』ではなく『偉人』であると認定され、新たな曲が作られたと聞く。それが『誇りを胸に』。我々に対する、鎮魂と感謝の意を表し書かれた曲。長い歴史を誇った『英雄たれ』は、演奏されること自体が徐々に少なくなり、現代ではその名だけ伝承されているとボバン殿から教示された。

 一説には、騎士を英雄視することで重圧を与え、多くの命を散らせてしまったとの国民の後悔の念により演奏されなくなったのではないかと推測されている。


 当事者の私からすればそのような事実はない。けれど、新たな曲の誕生に感謝しか感じ得ない。カネルラ国民の真心であり、選択だったのだろう。であるのに…遙か昔に忘れられたはずの曲が…長い年月を経て王都に高らかに鳴り響いている。


「初めて聴くけど壮大な曲だ。式典のタメに作曲したのか?」

「騎馬達の動きも生き生きしてるね」

「しかも魔法じゃないか?誰も楽器を弾いてないぞ」


 国民の推測通りであるだろう。またもウォルト殿の世話になってしまったのだ。御仁が楽団に伝手があると聞いたことはない。つまり、信じがたいがおそらく魔法による独奏。可能だと思わせる大魔導師。

 聞くほどに見事な復元。楽団による演奏の迫力にも引けをとらず、会場を包み込むように優しく強く鮮やかに奏でられる音。おそらく、アグレオ様が設置された魔石から膨大な魔力量をもって響かせている。


 あの頃の…仲間達の顔が脳裏に浮かんでは消える。クライン様の御尊顔までもが。


 カリーや王女様、ウォルト殿にも感謝しかない。まさか…この曲により国民が喜ぶ姿を現代で目にできようとは夢にも思わなかった。誰より喜んでいるのは…私かもしれぬ。


 

 ★



 その日の夜。


 魔伝送器でリスティアから式典が成功した旨の連絡を受けるウォルト。


『式典は無事に終わったよ!いい曲だったね~!カリー達の行進も凄く格好よかった!』

「カリーは満足してくれたかな」

『うん!騎馬達も大満足だったみたい!』


 カリーが言うには「現代の行進曲も悪くないけれど、『英雄たれ』は心が高揚する。馬種にとって名曲で、作曲した者は天才もしくは馬」とのことだった。

 ルビーや蘇った他の騎馬と話しても同様の意見だったらしく、現世に蘇らせたいと言った。失われてしまった音楽の継承。たった一度でも構わない…と。


『カリーは、騎馬もそうだけどダナン達のタメに復元したかったんだと思う』

「思い出の曲だろうし、カリーが騎馬や騎士を想ってるのが伝わってきたよ」

『ケイン達も感謝してた。自分達も行進したくなったって』

「そっか」

『ウォルトは知ってるかな?今日はカネルラ騎士団の創立記念日でもあるの』

「知らなかったよ」

『あの曲は、きっとカリーからのプレゼント。新旧の騎士達を繋ぐタメに曲を復元したかったんだと思う。カリーは…カネルラの騎馬だから!』

「そうだね」


 カリーがグラシャンだということを知っても、リスティアは「なにも変わらない」と笑った。カネルラを守護するのに人もグラシャンも関係ない。彼女は紛れもなくカネルラ騎士団の騎馬で、それだけがボクらの知る事実。


『とりあえず、お父様を市中引き回しの刑に処さずに済んでよかったなぁ~』

「ボクの台詞だよ」


 国王様に聞かれたら王族から除名されてもおかしくない。リスティアは実際に伝えていそうだ。


『サバトの仕業だって即バレたけどね』

「国王様は勘がいいな」

『違うけど!』

「でも、今回はカリーと友人の功績だよ」


 リリサイドがカリーの覚えていたメロディーを楽器で完璧に再現してくれて、ボクの『協奏曲』で模倣してから魔石に込めて渡しただけ。

 その他では、カリーを通じてリスティアに魔石の使い方を伝授して、会場に綺麗に響くように『拡声』を付与したことくらい。

 彼女達の記憶力と演奏能力、表現力に度肝を抜かれた。あれだけ複雑な音の重なりを記憶していること、そして見事に復元できること。全てが驚きだった。


『カリーはウォルトのおかげって言ってた!』

「本当になにもしてないんだ」

『ふふっ。楽団の皆も驚いてた。アグレオ兄様が「どういう理屈なのですか…?」って質問されてて、「わからない」って苦笑いしてたよ。演奏を録音したモノじゃないことに気付いてたの』

「音楽家の耳は誤魔化せないだろうね。『可視化』の魔法も混ぜてるし、ボクの技量ではどうしても歪みは出るかな」

『でも、限りなく本物に近いって言ってたよ!』

「いつか、音楽家にも気付かれない魔法で奏でてみたいな」

『きっと会場にいた大部分の国民は録音した曲だと思ってる。それくらい綺麗な音楽だった』

「そうだと嬉しいけど」


 魔法で模倣しても本物の芸術には勝てないかもしれない。でも、魔法でしか表現できないこともある。ボクにできる精一杯。

 

『ウォルトは楽譜を書ける?『英雄たれ』の楽譜が欲しくて』

「音は覚えてるけど、ボクは楽譜に起こせない。曲を教えてくれた友人に頼んでみようか」

『お願い!残しておきたいの!』

 

 リリサイドに頼んでみよう。もし断られたら、いい機会だと捉えて勉強してコツコツやってみる。

 これから先、また演奏される可能性があるのは喜ばしい。古きを知り新しい時代で生かす道を模索することは、歴史を繋ぐことと同じだから。


 

 ★



 ほぼ同時刻。ダナンはカネルラ騎馬の厩舎を訪ねていた。


「皆、今日は見事であったぞ」

「ヒン!」

「ヒッヒン!」


 静養中の騎馬達を労う。


 心配は杞憂に終わった。実に堂々とした行進は、カネルラ騎馬の勇姿を国民に披露し、より一層の理解を得られたのはカリーの尽力と騎馬達の聡明さのおかげ。


「カリー…。国王様やアグレオ様も瞠目される英姿であった」

「ヒヒ~ン」

「『英雄たれ』には…お前が関わっているだろう?」

「ヒヒン?」

「隠しても無駄だ。御仁の協力がなければ到底不可能」

「ブルルル」

 

 …ふっ。やはりカリーの言葉はわからぬ。おそらく会話ができることは知っているが、どうやって曲をウォルト殿に伝えたのかも私には見当がつかない。


「感謝しかない。お前と…協力頂いた皆のおかげで、私の心はまた満たされた」

 

 であれば、ただ伝えるのみ。


「ヒッヒン!」


 カリーは自慢気に見える。おそらく正しいのだろうが、私達にとってこの距離感が丁度いいかもしれぬ。

 ウォルト殿のようにカリーの真意はわからずとも、共に死すまで戦場を駆けた戦友だ。言葉を介さずとも我々は心の奥底で繋がっている。


 それだけでいい。

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