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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
639/715

639 カリーのお願い

 動物の森の住み家にて。


 静かな夜にウォルトがぐっすり眠っていると、住み家に近づく蹄の音が微かに聞こえた。目を開けて起き上がり玄関へと向かう。


「ブルル!」

「久しぶりだね、カリー」


 いつものモフりモフられ。首の毛皮が気持ちいい。短い毛が爽やかだ。


「今日は1人で来たの?」

  

 誰もカリーに騎乗してない。


『ふふ。意外だった?』

「そうだね。いつも誰かしらと一緒に来てくれるから」

『騎士をぶっ飛ばして厩舎を脱走してきたのよ』

「えぇっ?!」

『嘘よ。貴方に用があって来た。ダナンがいるとゆっくり話せないから』

「そっか。ゆっくり話そう」

『子猫が生まれたらしいわね』

「リスティアから聞いたの?」

『ええ。わざわざ厩舎に来て教えてくれた。リスティアは、私が人の言葉を理解して話せることに気付いてる。ただ口にしないだけ。そんな気遣いが心地いい』

「彼女は口外しないだろうね。中で話そうか」


 カリーを住み家に招いて居間の定位置に座ってもらう。


「ところで、ボクに用ってなんだい?」

『ウォルトは知らないと思うけど、カネルラの幾つかの都市に騎士団の支部を配置する計画がある。東西南北の主要都市にね』

「今までなかったのか。フクーベに騎士がいないのは知ってたけど」

『昔から計画はあったみたいよ。新設するにあたって記念式典を催すらしい。それでちょっと協力してほしいの。貴方とリリサイドに』

「どういうことだい?」


 カリーは依頼の内容を説明してくれた。予想もしない意外なお願い。


『…という、私の我が儘なんだけど』

「騎馬の総意でもあるんだろう?」

『ええ。なんとかなりそう?』

「ボクはやってみたい。カリーとリリサイドに協力してもらえたらできるんじゃないかな」 

『私が頼みに行くわ』

「ボクが行こうか?」

『たまには話したいのよ』

「そうか。今から…は、夜遅いからさすがに無理だね」

『明日の朝行くわ。今日は泊まる』

「ダナンさんに心配されない?」

『しょっちゅういなくなってるから大丈夫よ。ダナンとリスティアのおかげで私はある程度自由に動ける』


 カリーは優雅に城内を闊歩してそうだ。

 

『シャノと子猫の世話で忙しいのに悪いわね』

「住み家でできることだし、出歩かないからちょうどいいよ。要望に応えられなかったらゴメン」

『心配してない』


 カリーとしばらく会話していたけど、『眠いんでしょう?寝ましょう』と気を使ってくれて久しぶりに同じ部屋で眠った。






 翌朝。


 カリーがリリサイドとドナを連れてきてくれた。2人にも子猫が生まれたことを伝えて、リリサイドには人型に変身してもらい、3人で猫小屋を覗く。


「…ネコのあかちゃん!かわいい!」

「起きてしまうから静かにしなさい」

「あい…。しずかにする…」


 神妙な顔で静かになったドナは、子猫達の傍にしゃがんでじっと眺めてる。こんなに落ち着いたドナは初めて見るな。


「おかあさん…」

「なに?」

「ドナもちいさかった…?」

「えぇ。この子達よりは大きかったけれど」

「これから…おおきくなるね…」

「なるわ。仲良くしてあげなさい」

「なかよくする…。大きくなったらいっしょにあそぶ…」

「そうね。乱暴に触ったりしちゃいけないわよ」  

「うん…。わかってる…」


 ドナは「まだ見ていたい」と言うので、シャノに断ってカリーとリリサイドと住み家で話すことに。


「カリーが私に頼みたいことってなに?」

『カネルラ騎馬のタメに一肌脱いでもらえないかしら?』

「騎馬のタメに?どういうこと?」


 カリーがリリサイドに内容を説明する。


「私は構わない。他ならぬ貴女の頼みだし、騎馬の望みなら協力しがいもある。グラシャンだからね」

『ありがとう。助かるわ』

「でも、貴女の協力は不可欠よ?私もウォルトもまったく知らないんだから」


 その通り。内容について詳しく知っているのはカリーだけ。ボクにとって興味がなかった部類だ。


『ウォルトにお願いしたいの』

「なにを?」

『教えるには私が人型に変身する必要があって、手助けをお願いしたい。なぜか力が阻害されて変身できないから』

「やってみるよ。できるといいけど」


 ふふふっと笑う2人。おかしなこと言ってるかな?

 

「原因を探るのに、カリーの体内を魔法で探っていいかい?」

『もちろん』

「ちょっと背中に触れるよ」

『いつも触れてるじゃない。今さらよ』

「そうなんだけど、体内を見るワケだし一応ね」


 カリーの背に手を添えて『診断』すると、ダナンさん達と同様に核のようなモノがある。


「少し集中して……精密に探るよ…」

『お願い』


 体内に魔力を流して探り、カリーに変身を試してもらう。観察しながら核にアプローチして原因を掴めた気がする。


「試したいことがあるんだけど、やってもいいかな?」

『もちろん』

「異常があったら直ぐに言ってほしい」


 ボクの推測では、魔力が阻害されているのではなく、今のカリーはリリサイドの操る変身の魔力を生み出すことができない。であれば、体外から供給して核に補充してみよう。『精霊の加護』をベースに、魔力を混合させて核に融合させるように付与する。

 さらに身体へ連結する魔力の網を張り巡らせた。ダナンさんやシオーネさんと同様ならスムーズに伝達できるはず。


「終わったよ。変身してみて」

『やってみるわ』

 

 カリーの身体が淡い光を放ち…人型に変身した。


『すんなりできたわ。さすがね』

「カ、カリー!ちょっと待っててくれっ!」

『なにを焦ってるの?』


 変身したカリーは見事に生まれたままの姿。美しい白い毛皮を纏う馬の獣人女性そのもの。リリサイドと同じく大事なところが隠れてない。


「ふ、服を持ってくるからっ!」

『生きてもいないし、必要ないけど?』

「ダメだって!着てくれないと話せない!」

「ふふっ。カリー、ウォルトを揶揄うのは程々にね。やりすぎると怒られるわよ」

『ごめんなさい。大人げなかったわ。ねぇ、ウォルト。私の容姿は貴方の好み?』

「美人だよ!」

『ありがとう。ふふっ』


 カリーに変身魔力を付与した貫頭衣を着てもらって、やっと落ち着いて話せる。


「あ~、あ~。なんとか声が出せる~。400年ぶりに人の言葉を話すわ~。間延びしてしまうけれど~」

「体調でおかしなところはないかい?」

「まだ身体を上手く動かせない~。じきに慣れると思う~」

「それで、カリーはちゃんと覚えているの?聞いたのはかなり前なのよね?」

「もちろん~。リリサイドはわかると思うけれど~、魔法と並ぶグラシャンの特技の1つが~」

「音楽ね」

「へぇ~。そうなのか」


 リリサイドがピアノを弾けるのは知ってるけど、グラシャンは音楽が得意なのは知らなかった。


「楽器があると作業を進めやすいわね」

「ギターじゃダメかな?」

「私は弾けない。カリーは?」

「無理よ~。昔はそんな楽器なかったし~」

「そうよね。ピアノがあるといいけれど」

「…あっ!ちょうどいいモノがあるよ。暇があったから作ってみたんだけど」

「作ったって…ピアノを?」

「違うよ。言うなれば魔楽器かな?使えるといいけど」 


 離れから持ってくる。


「なにコレ…?ピアノの鍵盤だけ…?」


 ボクの作った魔楽器は、木を加工してピアノの鍵盤部分だけを軽量化して作ったモノ。


「鍵盤の下に魔石を配置して、弾いたら音が鳴るようにしたんだ。少し弾いてみて」


 リリサイドが流暢な演奏を聴かせてくれる。やっぱり上手い。


「模造品なのにピアノに近い音が鳴ってる。かなり細かい作りね」

「魔力で音を変化させられるから面白いと思って。ドナの遊び用に」

 

 前に楽しそうに弾いていたから、情操教育に使えそうだと思って作った。リリサイドと共通の趣味になりそうだと思ったのもある。


「自由に音を変えられるのね?」

「そうだよ」

「コレなら上手くやれそう。カリー、教えてもらっていいかしら?」

「えぇ~。あ~、あぁ~……よし!喉も万全!」


 カリーが歌うようにメロディを奏でる。これまた上手い。音楽が得意というグラシャン2人の主導で作業は進む。ボクの仕事は完全にサポートになりそう。



 ★



 数日後。


 カネルラ王城では式典の準備が進み、カリー以下騎馬達も予行に参加している。


「遂に晴れ舞台だね!格好いいよ!」


 式典には私達も装具を着けて行進で参加する。予行の後にリスティアが激励に駆けつけてくれた。


「いつも通りにしてたら大丈夫だよ!元気に歩くだけでいいからね!」

「ヒヒン!」

「ヒン!」


 他の騎馬もリスティアに懐いている。本当に愛される才能に溢れた少女。会ってしまったら誰もが彼女を好きになる。容姿はナイデルの方が似ているけれど、リスティアを見ていると私はなぜかクラインを思い出す。


 彼は騎馬を気にかけて労い、人知れず語りかける王族だった。ウォルトやリスティアほどではないけれど、好ましいと思えた人族。

 クラインは普段見せない顔を騎馬に見せたこともある。深く悩み、それでも前を向く強さを持っていた。ダナン達が敬愛する気持ちも理解できる好漢。人族の血は継承されるのだと感じる。


『リスティア』


『念話』で話しかけると、動きが止まってゆっくり私の目を見た。


『私の声が聞こえているのね?』

「…うん」

『いつも話しかけてくれて嬉しいわ。貴女は気付いてたでしょうけど、私は人の言葉を理解して話せる。ダナンにも内緒にしてね』

「カリーがそう言うなら」

『知ってるのはウォルトとリスティアだけ。特別よ』

「ありがと」

『ふふ。貴女にお願いしたいことがある。時間のあるときでいいから王城内の厩舎に来てくれない?』

「いいよ」




 約束通りリスティアは訪ねてくれて、お願いしたいことを伝える。ウォルトとリリサイドに協力してもらって、あとは実行するだけ。私はリスティアにしか頼めないし、頼みたくない。


「なるほど。私に任せて!」

『無理ならいいのよ』

「やらない理由がないよ。カリーの我が儘じゃない。ウォルトも協力してるんでしょ?」

『ええ。ウォルトは本当に凄い魔導師。今さら言うまでもないけれど、彼がいなければ完成しなかった』

「本人曰く凡人らしいけどね!」


 愚問でしょうけど、確認してみる。


『リスティアは私の正体に気付いてる?』

「グラシャンだよね」

『ええ。そうよ。ディートベルクの怪物と呼ばれている』

「なぜかは知ってるよ。だからってなにも変わらないけど」

『真実かもしれないわよ?』 

「グラシャンの件は捏造だと思ってる。どの国でも、都合の悪い歴史や事案を責任転嫁してる。特に最もらしく、信用されそうな事象や人物に」

『私達は生贄(スケープゴート)よ』

「だよね。私はディートベルクに協力するつもりはないから安心して」


 とても子供の発言じゃないのよ。この年齢で人族の裏の顔を平然と受け止めて理解している。


「あの国の対応は異常すぎる。やましさしか感じない。歴史はねぇ~、学ぶほどに人族の汚い部分を目にする。だからこそ自分はそうありたくないと思えるんだけど」

『カネルラも同じかしら?』

「私の認識ではカネルラに歴史改竄はない。でも、ちょこちょこ話は盛ってるね!ちょっとずつ格好つけて尾ひれを付けてる!」

『可愛い誇張ね』

「人である以上はしょうがないよね!国家としてもよく見られたいから!とにかく、カネルラを守るタメに戦火を駆けたカリーのことをとやかく言うなら私は許さないよ!」

『そんな風に言ってもらえる立派な騎馬ではないけれど』


 元々、私は戦争を通じて人族に復讐したかっただけ。人と人の醜い争いを間近に感じながら自分も参加するつもりだった。実際に戦争が勃発して上気したし、何人ものプロカニル人を屠ったときは高揚もした。ダナン達と過ごす内に幾分が気持ちが変化していたけれど、過去はなかったことにならない。


「騎馬になった理由はさておき、今のカリーが私の知る全て。私やウォルトにとっては尊敬すべき騎馬で、友人のグラシャンってだけ」

『ふふっ。貴女は…この国で女王になるべきだわ』


 他国の意向を完全には無下にできない王族でありながら、私の人族への嫌悪すら全て理解したうえで存在を肯定している。会話だけで感じ取れる才覚。だからこそリスティアは傑物と呼ばれているのね。


「そうなったら親友に支えてもらえるかなぁ?」

『ずっと貴女を支えるでしょう。でも、きっと影ながらになるけれど』

「それでも嬉しい」

『たとえ貴女がこの国にいなくても、ずっと付き合っていけるわ』

 

 人族の繁栄を願うなら、この子は広い世界に飛び出すべき。


「ねぇ、カリー」

『なに?』

「コレからも話し相手になってね」

『こちらこそお願いするわ』

「じゃあ、お父様のところへ行ってくる。断ったら市中引き回しするから協力して!」

『ふふ。了解よ。断罪される国王陛下を背に乗せて王都を闊歩するなんて、身に余る光栄。普段なら絶対に御免被るけれど』

「あはははっ!その時はお願い!」


 リスティアは走り去る。まだ小さな身体で、この世に生もないグラシャンの願いを叶えてくれようと。


 同胞は、未だに続く人族の狂言の影響で意味もなく屠られ、私やリリサイドも幾度となく命を狙われたことがある。世界に生息しているグラシャンは、肩身の狭い思いをしながらひっそり暮らしているはず。人族を憎まずにいられない。


 けれど、少なからず好ましい者がいて、巡り会えた私は幸せなグラシャンなのだろう。

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