638 逆探知
カネルラの南部都市フクーベから、むさい男が6人で動物の森を目指し歩いている。いい気分で歩いていると、強面のおっさんが喋りかけてくる。
「腑抜けた面だ。ちゃんと報酬に見合った仕事をこなせるんだろうな…?」
「そのつもりだけど、不満なら今すぐ契約解除するか?」
「するなら失敗直前にしてやる」
「だろうね」
俺の名はラーム。身分はアリューシセの傭兵。…といっても、魔導師崩れの珍しい傭兵。武器で闘うことはほぼない。戦場では索敵や戦闘の補助が主な仕事。あと回復か。
自分で言うのもなんだけど、そこらの魔導師に技量で負ける気はしない。ただ、金にならない魔導師より、金を稼げる傭兵になるのを選んでの今。
「作戦失敗直前まで引っ張って、確定前に解除すれば損は最小限だもんな。今だと前払いした分は帰ってこないし」
「傭兵は金に汚いのが普通だ」
「清々しいくらい傭兵の鑑だよ」
「減らず口を叩いてないで、さっさと歩け!斬り殺すぞ!」
「怖いな」
数日前から少々遠出して、隣国のカネルラ王国まで足を伸ばしてる。俺の依頼主はこの尊大な態度のおっさんで、雇われた目的はカネルラに突如現れたエルフの魔導師を探すこと。
エルフの名はサバト。この辺の国の魔導師業界で知らない者はいない有名人。カネルラの武闘会とやらで大暴れしただけでなく、なんと凶暴なドラゴンまで討伐してしまったらしい。しかも嘘偽りなく。
カネルラはお人好しな国。討伐されたドラゴンの情報は他国にも情報共有されている。わざわざ伝達することまでしなくても、来る者は拒まないスタンスで柔軟に対応している。
アリューシセからも専門家が向かって、骸を確認してきたらしい。同行した高名な魔導師は「魔法による戦闘の痕跡があった。凄まじい魔法を浴びている」って見解だったと。
情報の発信源は俺の師匠みたいな人で、信憑性は抜群。魔法を齧った者としては気になって仕方ない。眉唾の噂ばかり先行する魔導師に会ってみたくて、今回の依頼を引き受けた。
「深く聞いてなかったけど、アンタらはなんでサバトを探してるんだ?」
今回仕事を依頼してきたのは、5人組の傭兵集団。『扇蛇』ってチームで、そこそこ名が売れてるけど、傭兵集団が乱立するアリューシセでの知名度は中堅程度。…で、この偉そうなおっさんの名はジョンソン。一応リーダーっぽい。
「貴様には関係ない」
「言いたくなければいいよ」
大体予想はついてる。アリューシセには、サバトの正体を探ろうとしたり、興味本位で倒してやろうとカネルラに入国して行方不明になった奴が少なからずいる。
少し前にカネルラで消息を絶った女闘士がいて、ソイツがこのおっさんの妹だか娘だと聞いた。仇討ち…というありがちでお涙頂戴な行動だという予想は当たっていそうだ。
「で、俺の任務は補助だけでいいのか?」
「魔法に関すること全般に対処しろ」
「ざっくりしてるなぁ」
「魔法の腕に関しては、傭兵の中で貴様が最も優れていると聞いたから雇った。四の五のぬかさず働けっ!」
「言われなくてもやるさ」
簡単に魔法全般って言うけど、どれほど範囲が広いと思ってんだ。金を貰うからやれるだけやるけど。
いよいよ森の入り口まで来た。
「サバトの居場所の情報は?」
「知るか」
「まったくないのかよ」
敵がどこにいるか知らずに戦場に行くのはおかしなことじゃない。とはいえ、今回は長期戦になるな。早く発見できるといいけ…ど…。
「ちょっと待った。この森にいないって可能性は?」
「やかましい!黙ってついてこい!」
はぁ…。傲慢な依頼主すぎるぞ。森に1歩足を踏み入れて直ぐに立ち止まる。
「待ってくれ」
「さっきから苛つかせてくれるっ…!殺されたいのか!?」
「静かにしろ。目標は近いかもしれない…」
「なんだと…?」
「地面から結界の魔力を感じる…。巧妙に隠されてるけど間違いない」
この結界がサバトの魔法だとすれば…思った以上に近くにいる可能性が高い。
「逆探知しろ」
「向こうは様子見かもしれない。そんなことしたら、魔導師の存在がバレるぞ」
「結界ごときでぐだぐだぬかすなっ!さっさとやれっ!」
見事に隠蔽された結界だ。斥候として感覚を鍛えた魔導師の俺じゃなきゃ気付きもしないはず。現にコイツらは気付かなかった。コレだけで術者の力量がわかる。逆探知は…嫌な予感がする。正直やりたくない。
「どうした?!さっさとやれっ!!臆病者の烙印を押されたいかっ?!二度と仕事など来ないように吹聴してやる!」
「…わかったよ」
怖じ気づいて依頼を破棄したなんて知られたら、傭兵稼業は続けられない。どっちみち、依頼を受けた以上は仕事をこなす必要がある。芋を引いたらコイツらに殺されかねない。
『逆探知』
地面に掌を添え、魔法で結界の発動源を探ろうとして…驚愕した。近くに潜んでいるどころか、流した魔力は波紋が広がるように森を覆い尽くしていく。
とんでもない範囲を結界内に収めてる。凄まじい技量だ…。突然、結界が消えて魔力が霧散した。マズいな。
「成功したか?」
「向こうに気付かれた。もう魔力を追えない」
結界に異物が入り込んだことを感知して、即座に結界を解除しやがった。
「この…役立たずがっ!なに1つ情報を掴めんとはっ!」
「意見を言ってもいいか?サバトを追うのはやめたほうがいい」
「なんだと…?雇い主に意見するかっ!」
「ぐあっ!…なにすんだよ…!」
おもいきり顔面を殴られて倒れる。起き上がろうとして、剣を首につけつけられた。
「うっ…!」
「今すぐ選べ…。黙ってこのまま任務を遂行するか…斬り殺されて獣の栄養になるか」
「…やればいいんだろ」
「金の分は働けっ!貴様も傭兵の端くれならなっ!」
…くそっ!腹立たしいけど、俺の技量では……魔導師ではこの距離でコイツらを倒せない。詠唱する前に斬られる。
距離があれば魔法で殺すことができても、今は多勢に無勢。安全圏でなければ力を発揮できないのが魔導師の現実で、生兵法の近接戦闘で傭兵に勝てる確率はゼロに等しい。
「結界は?!ヤツが再び張りそうな気配はないのかっ?!」
「ない。俺がなにをしようとしたか気付いたはずだから」
「はっ!とことん使えん奴めっ!」
「1つだけ情報がある。けど、不確定だ」
「言ってみろ」
「結界魔法が消滅するとき、波が引くように消えた。その始点に術者がいる可能性が高い。距離はわからないけど方角だけはわかる。向こうだ」
方角を指差す。
「…ふん。あてもなく彷徨うよりはマシか。さっさと行くぞ!」
5人の後をついて歩きながら、どうにも嫌な予感が拭いきれない。サバトが結界の術者である可能性は高い。普通の魔導師には、森に巨大な結界を張る理由なんてない。
相当な広範囲魔法だった。アリューシセには展開できる魔導師がいるかも怪しいレベル。消されたのが早すぎて全容は確認できなかったけど、おそらく森の大部分、あるいは全てを収めていた。
サバトが好戦的なら、黙って静観するのは考えにくい。なにかしらの手を打ってくる。結界を逆探知されたら敵だと考えるのが普通で、俺ならそうする。
魔導師が敵を倒すには先手必勝。人を殺す技術に長け、技能も操る傭兵に遭遇し、近距離で倒しきるのはいかに凄まじい魔導師であっても困難。
最大限警戒しながら30分程度歩いて、ふと気付いた。
足元に違和感があるような…。
地中には特に警戒を厳にして、間違いなく結界は張り直されていないはずなのに、微かに嫌な感覚…。
「ちょっと待ってくれ」
「今度はなんだ?」
直ぐに地中を調べると……結界が張られていた。
「そんなバカなっ…!」
あり得ない。いつの間に…。驚いてる場合じゃないな。余計な思考は一旦捨て去る。
『探知』
負けじと結界を展開すると、近くに俺達以外の反応がある。姿形からして間違いなく人なのに、反応が示す位置に目を向けても誰もいない。
「誰か近くにいるぞっ!サバトかもしれない!」
「なにぃっ?!どこだっ?!」
「あの位置だっ!」
探知しながら指示を出す。何者かは素早く結界内を移動し始めた。凄まじい速さ。
「姿は見えないけど走ってる!今は…あそこだ!」
「ちぃっ…!耳を澄ませっ!動く音は消せんっ!」
動いていた何者かの音が止んだ。そして、俺の展開した探知結界が掻き消される。張り直そうとしても即座に消滅する。
サバトの仕業か。
「魔法は直ぐに無効化されてしまう。とにかく警戒しろ」
「ちっ…!サバト!貴様なのかっ!」
声を張り上げても何者かは答えない。息を殺して、静かに森に潜んでいる。
「遠いところまで貴様を殺しに来たやったぞ…。出てこないのなら、この森ごと焼き尽くしてやるっ!」
ジョンソンが吠えると、ローブに身を包み猫面を被った者が姿を現した。
「貴様がサバトかっ!」
「だったらどうする?」
サバトは平然と答えた。誤魔化す素振りすらなく、実に堂々とした態度で。
「殺してやるっ…!」
「初対面で殺されなきゃならない理由は?」
「アサギを知っているな?!」
「アサギ?」
「とぼけるなっ!アリューシセから貴様を殺しに来ただろう!」
ジョンソンはそう思っていても、コイツに殺されたという確証はないはず。勝手な思い込みで逆恨みの可能性もあるんだ。
「森で会ったとて、名乗る奴などいるか」
「どこまでもとぼける…!思い出させてやろう!」
腰のカトラスを抜いた。
「アサギとは、お前と同じ武器を使う黒髪の女のことか?」
「思い出したか!妹は…アサギはどうした?!」
「この森にはもういない」
いかようにも受け取れる言葉は…屠ったという意味に聞こえる。
「…ぐはははっ!そうか…。粉々に切り刻んで…野晒しにしてくれるっ!」
「仇討ちに来た輩か。他にも兄妹がいるなら、いきなり他人を斬りつけないよう教育しておけ」
挑発するような口振りでサバトに動揺は見えない。相当肝が据わってるな、コイツ。
「愚かなエルフ風情が…。もはや貴様を殺すのは誰でもいい…。早い者勝ちだっ!息の根を止めたヤツには、個人的に報酬をやるぞっ!1000上乗せ…いや、2000だ!」
「ほぉ。面白い提案だぞ」
「マジかよ。臨時収入で花街でも行くとするか」
「はっはっ!俄然やる気が出た。秒の勝負になる」
「その言葉忘れるなよ。瞬殺してやる」
凶悪に嗤った『扇蛇』は、サバトに向かって一斉に駆け出した。
コイツがいかに凄い魔導師であっても、あまりに距離が近く多勢に無勢。武器も手にしてない。俺には蹂躙される未来しか見えない。
★
「満足か?口だけの輩ほどよく吠える」
サバトは、焼け爛れて原形を留めないジョンソンの生首を髪を掴んで持ち上げ、呟いたあと無造作に投げ捨てた。
「あぁ…。うあぁ…」
恐怖で腰が抜けて立てない。攻撃を仕掛けた5人は、あっという間に魔法の餌食になった。
自慢の武器は一切通用せず、防御魔法で軽々受け止められ、燃やされ凍らされて身体を切断された。サバトは一太刀も浴びることなく、冷静に仕留めた肉塊が森に散らばる。凶悪な魔物が人を食い散らかしたような凄惨な光景。
信じられない…。微塵も焦りを感じさせず、素早く動きながら正確無比な魔法を操り、経験豊富な傭兵集団を短時間で屠った。剣が届く距離で魔導師が勝つなんて…。この男は、俺の知る魔導師とかけ離れてる。規格外の化け物。並の傭兵では勝てない。
「お前は、結界を逆探知した魔導師だな?」
「ひっ…」
返り血を浴びたサバトが尻餅をついている俺を見下ろす。
「なぜ攻撃しない?」
「え…?」
「サバトを殺しにきたんだろう?」
「い、いやっ!俺は違うっ!」
「だったら、なぜココにいる?」
「傭兵としての仕事だ…。コイツらに雇われて、魔法全般の対処を任されたんだ…」
「下らない…」
俺に向けて掌を翳した。
「ま、待ってくれっ!好きで傭兵をやってるワケじゃない!金が必要なんだっ!!」
「金が必要ない世界へ行け」
「違うんだっ!魔導師は金にならないから、戦場で稼ぐ傭兵になった!魔法で援護するだけで、人を殺したことはない!お前を攻撃する気もないんだ!」
サバトがにじり寄ってくる。
「魔法による補助で何人の命を奪った?あくまで魔法で、直接手を下していなければ清廉か?」
「そ…れは…」
「安全地帯から人の死を眺めようと魔法を操るゲスが…」
「そんなつもりはない!」
「お前のような魔導師には反吐が出る。幾度となく行ってきた所業を、自分自身で味わえ」
全身に悪寒が走り、思わず土下座した。
「俺の話を聞いてほしいっ!確かに、人を殺めるのに魔法で手を貸してきたっ!もう傭兵は辞めるっ…!お前のことも一切口外しないし、この国にも森にも二度と来ないと誓う…!」
サバトの目には、往生際が悪く言い訳がましい醜い男に映るだろう。だが、肉弾戦や魔法戦を挑んでも絶対に勝てない。圧倒的な力の差がわからないほどバカじゃないんだ。
生きるには…縋りつくしかないっ…!
「俺が国に帰らないと、家族が死んでしまう…!どうか…見逃してほしいっ!」
震えながら祈るように手を組んで許しを乞う。俺が帰らなければ、アイツらは処分されてしまうだろう。命がっ……惜しいんだっ…。
「どんな家族だ…?」
「…え?」
「聞くだけ聞いてやる。さっさと言え」
「あ、あぁ…。笑われるかもしれないけど……人間じゃなくて動物なんだ…」
「………」
「怪我したり、親とはぐれた犬や猫と田舎で暮らしてて……俺が死んだら誰も飯を食わせてくれる奴がいない…」
サバトは静かに話を聞いてくれている。
「怪我の後遺症で満足に動けなかったりする…。これからも守ってやりたい…」
魔導師らしく人付き合いが苦手で、友達もいなかった俺と一緒に暮らし、癒してくれる家族と呼べる存在。そんな動物達は、悲しいかな少しずつ数が増えている。
「鼻で笑われるような理由かもしれないけど、嘘偽りない本音だ。飯代以外にも、いない間に面倒を見てもらうのに金がいる。薬代もかかる。アイツらに腹一杯食べさせて…一緒に暮らしたくて金を稼いできた」
俺に向けていた掌を下ろしたサバトは、無言で5人の遺体を『昇天』させた。この男の魔法には、種族の垣根なんてないのか。
急に接近してきて思わず後退る。
「動くな」
「わ、わかった…」
俺の身体に顔を近づけ、スンと鼻を鳴らしたあと直ぐに離れる。
「命懸けで家族を守る気があるなら…国に帰れ」
「そのつもりだけど…いいのか…?」
明らかに怒りは治まってないように見える。
「ただし、後ろを向け」
「なぜ?」
「何度も言わせるな。死にたいのなら…」
「わ、わかった!言う通りにするっ!」
後ろを向くと、サバトは俺の背中に手を添えた。
「ちょっ…」
「ジッとしてろ」
なんなんだ…?このまま魔法で燃やされたりしたら怖すぎる…。なにも起こらずサバトは直ぐに離れた。
「お前は、二度と魔法を詠唱できない」
…えっ?……自分の…魔力を感じない…。魔法を…詠唱できない?!
「俺は…もう二度と魔法を使えないのか…?」
サバトは瞬時に膨大な魔力を纏う。
「い、いやっ!このままでいいっ!文句はないんだっ!」
「ラーム…というらしいな。口にした言葉を忘れるな。死ぬ気で家族を守れ。約束を反故にしたら…」
「わかってる。噓じゃない」
なぜか名前までバレている。頭の中まで魔法で覗いてるのか?とにかく、これ以上刺激すると命取りになりかねない。明らかに怒りを抑えていて、既に臨界点に達している気配。下手なことを口走ったら一瞬で切り刻まれそうだ。
言動が読めず、得体の知れないサバトのことが怖くて仕方ない。でも…コレだけは確認しておきたい。
「最後に…1つだけ教えてくれないか…?」
「なんだ?」
「俺は魔力感知に自信があった。2回目の結界に気付けなかった理由がわからない」
「形成する魔力をお前の魔力に似せたからだ」
「俺の魔力に…?」
他人の魔力を模倣なんてできるはずない。魔力を感じたとしても、逆探知した数秒間のはず。まず不可能だ。この魔導師以外には。
「そうか…。自分が展開した結界には違和感を感じないよな…」
「同質ではなく、限りなく似せることによって魔導師としての力量がわかる」
そういうことだったのか…。俺が違和感を感じ取れる魔導師か試した。本当なら気付かれない結界も張れたのに。
「俺は…どのくらいの時間で気付いたのか聞いても…?」
「徐々に違和感を強め、約20分後だ」
はぁぁ…。遅すぎる…。俺が気付く前から追跡されていたのか。泳がされて、ずっと観察されていたんだな。
もしかしなくても森の結界魔法は釣り。わざと感知できるレベルで展開して、まずは相手の出方や技量、脅威度を確認する。魔力の発信源もおびき寄せる目的でわざと情報を与えて、俺達は予想通りに行動してしまった。そう考えると全てがしっくりくる。
「教えてくれて感謝する。踏ん切りがついた」
昔は「才能豊か」だとおだてられ、今でも魔法による探知や索敵なら現役魔導師に負けないと思ってた。バカバカしい勘違い。凡人もいいところ。世界にはとんでもない奴がいる。今が分岐点……潮時だ。
「気が済んだらさっさと失せろ」
サバトは姿を消し俺は帰路についた。強化魔法なのか、エルフなのにとんでもなく足が速い。
帰路で魔物に襲われながらもなんとかアリューシセに戻った。今は家族の世話に追われる忙しい日々。
「ニャ~!」
「ワン!ワン!」
「わかったって。もうすぐ飯にするから待ってろ」
家に帰ってからは、すっかりいつもの平穏な日常に戻った。変わったのは、魔法を使えなくなったことくらい。
俺はなぜ見逃されたのか。理由は未だにわからない。あり得そうな理由は、サバトが動物好きだから。わざわざ白猫の面を被っている奇妙な魔導師。
「モォ~」
「水か。待ってろ」
おかしな話だけど、サバトには感謝している。約束通り傭兵を辞めて、今じゃ肉体労働で稼いでる。体力は人並みで魔法以外に闘う術がないから仕方ないけど、特に困ることも未練もない。辞めてから本当に気楽に過ごせてる。結局、俺に傭兵は向いてなかった。今は調教師を目指して勉強を始めた。
『扇蛇』の失踪については、国内で話題にすら上がらず。主戦場が外国なうえに、この国は傭兵の数が多すぎて日常茶飯事だから。誰もが知る有名な集団なら別。最近じゃ、『毒蝮』が消息を絶ったときざわついた程度か。
あの時は、カネルラに入国したことは間違いなくて……その後の足取りは不明……。
ゆっくり首を振る。もう俺には関係ない。サバトのことも忘れる。死神と遭遇したのに、こうして生きていられるだけで幸運。他になにも望まない。




