637 会わせてあげたかった
今日もシャノと子猫は元気で一安心。ウォルトは連日頬が緩んでいる。
子猫の成長の早さには目を見張るモノがあって、1日で一回りずつ大きくなっている印象。動き出す日もすぐだろう。見ているだけで毎日楽しい。
それはそうと、ボクにはシャノ達と会わせたい人がいる。会って喜んでくれそうな、それでいて信用できる友人。
まず、ウークのエルフであるキャミィ。基本的に連絡手段がなく、姿を隠してウークの里に向かうのが手っ取り早い。精霊のバラモさんが夢を訪ねてくれたらお願いできるけど最近はそれもない。
ただ、いい機会だから魔法を試してみたい。ユグさんから精霊の力を授かって、『仮想空間』を覚えることができた。つまり、いつもと逆にこちらから訪ねることも可能なはず。住み家の外で集中し、結界魔法に意識を乗せる。『次元』で空間移動するときと同じ要領で、神木の友人へと届けるように魔力を操作。
ウークの里は……この辺りのはず…。
…よし。バラモさんの精霊力を捕まえた。この距離なら魔力が直接届きそう。あとは…空間を上手く発現させられるかどうか。ボクの技量にかかっている。複雑に魔力を操作して……なんとか空間が繋がった。
後ろを向いてるけど、眼前には人型のバラモさんが立ってる。神木の内部にいるような雰囲気。
「バラモさん。お久しぶりです」
『うわぁっ!?』
背後から話しかけるともの凄く驚かれた。
『ウォルト?!なぜ君がこの空間にっ!?』
「ボクが魔法で繋げました」
『意味がわからないけど…相変わらず驚かせるな…。まさか君から訪ねてくるなんて…』
「初めて試したんですが、たまたま上手くいきました。今日はお願いしたいことがあって」
『なんだい?』
「キャミィに住み家に来てほしいとお伝え願えませんか?できれば早い方がいいと」
『お安い御用だ。彼女とは毎日話しているから』
「ありがとうございます」
せっかく仮想空間を繋げたので、しばらく会話して戻る。神木の皆は傷付けられることもなく元気に過ごせているみたいだ。
『魔法でこの空間を作り出せるということは、オッコも探し出せるかもしれないね』
「その手もありますが、ボクが発見して話しかけるのがフィガロについて聞く条件です。約束を違えたくないので」
『ははっ。それがいい。オッコは偏屈な精霊だから』
オッちゃんが拗ねてしまったら、二度と話を聞けないかもしれない。そうなったら悲しすぎる。気長に出会うのを待ちたい。
住み家で一通りの日課をこなし終えた頃、キャミィが住み家を訪ねて来てくれた。思った以上に早い。
「久しぶりだね、キャミィ」
「えぇ。久しぶり」
「急に呼び出してゴメン」
「構わない。友人だもの」
モフってもらいながら用件を伝える。
「来てもらったのは、友達に会わせたかったからからなんだ。大丈夫かな?」
「大丈夫よ」
モフり足りないようなので、首に抱きつかせたまま抱えて猫小屋に移動する。
「この小屋は初めて見る」
「新しく建てたからね。中にいるんだ。事前に話してある」
シャノには『別に構わない』と言われた。
「中を覗いてみて」
ボクが先に入り、シャノに断ってからキャミィを招く。身体が小さいので余裕で覗ける。
「………」
キャミィは無表情で固まってしまった。
「キャミィに紹介するよ。親猫はボクの友達のシャノ。子猫達は数日前に生まれたばかり」
「………」
「キャミィ?」
「…なんてこと。信じられない可愛さ…だわ…」
「いろんな種族と交流したいって言ってたから、動物とも触れ合ってほしくて」
ウークのエルフは動物や獣を軽んじている。いつかウークの長になるかもしれないキャミィにはシャノ達に会ってほしかった。彼女自身はモフモフ好きだけど、もっと動物を理解してもらいたくて。精霊力を身に付けた今だから連絡できた。
「傍に…座ってもいいかしら…?」
「ニャ」
「シャノは『いい』って言ってるよ」
「貴方は話せるのね…」
「しばらく一緒に住んでるのと、ボクは獣人だからね」
キャミィはシャノ達の傍に座る。
「猫に会うのは生まれて初めて…。とても毛並みが綺麗で美しい…」
「ナァ~」
「ゆっくり話していいよ。飲み物でも飲むかい?」
「ベリー茶が飲みたい」
「わかった」
じっくりベリー茶を淹れて小屋に向かうと、キャミィはシャノに積極的に話しかけていた。
「持ってきたよ」
「ありがとう。シャノと話しているけれど、私には言葉を読み取れないのがとても悔しい…」
「通訳しようか?」
「お願いするわ。まず、私もシャノと友達になりたいのだけれど」
「ニャッ」
「シャノはいいって」
「本当に…?」
「撫でてみればわかる。嫌いな人には身体を触らせない」
そっとシャノを撫でるキャミィ。目を細めて気持ちよさそうなシャノ。
「…貴方のおかげで友達が増えて嬉しい。ありがとう…。シャノもありがとう」
「キャミィは動物に理解を示してくれるから会ってもらいたかった。シャノもいろいろな種族に会えるし」
「ニャッ」
「子猫なんて……今しか見られない本当に貴重な姿。私は、120年生きていても知らないことばかり」
「これからも長い年月を生きていくんだ。ゆっくり知ればいいと思う」
ドワーフでも500年は生きると聞いた。エルフはもっと長命のはず。
「貴方が亡くなってしまうと、私の世界は広がらないと思うのだけれど」
「そんなことないさ。キャミィ次第だよ」
「シャノ。ウォルトが死ぬと、貴女も悲しいわよね?」
「ニャ~」
『もちろん』と言ってくれるのが嬉しい。
「ミィ~」
子猫達が起きて、シャノが授乳を始めた。
「ウォルト」
「ん?」
「以前、エルフには番う感覚が皆無だと教えたけれど」
「覚えてるよ」
恋愛感情はなく、好ましい程度の感情で種を残すのが普通だと。
「私は今…初めて子を育てたいと感じている。この感情は初めて知るわ」
「そっか」
「言葉でなくとも…伝わることがあるのね」
「キャミィだからかもしれないね」
「どういう意味?」
「君にはフォルランさんやフレイさんという兄がいる。両親が同じ人なら、慕情がないと3人も子を成さないと思うんだ。そんなルイスさん達の血を引いてる」
「里長として多く子を成す必要があったと思うけれど…完全に否定できない」
「そんなエルフがいてもいいよね」
「えぇ」
その後もキャミィは猫小屋を出ることはなかった。子猫にミルクをあげたり、優しく何度も触れてみたりと充実した時間を過ごして、夕食だけ一緒に食べたあとウークまで送った。
夜も更けて、もう1人の会わせたい人物に連絡する。
『はぁい!待ってました!』
「元気だね、リスティア」
連絡したのは親友の王女リスティア。
『親友との会話は、いつだって楽しみでしょ!』
「急だけど、リスティアに会わせたい友達がいるんだ」
『珍しいね!』
「友人には全員会ってもらいたいと思うけど、その友達には今しか会えないから」
『気になるね!王族を追放されても会いに行く!明日、お父様と交渉するから待ってて!』
「そこまでしなくて大丈夫。初めて外出に誘うんだけど、今から迎えに行きたいんだ。いいかな?」
『あっ!もしかして空間魔法で?』
「そう。もう安定して空間移動できるようになったから」
『行くに決まってるよ!』
「どのくらいの時間なら外出して大丈夫かな?」
『もう少ししたら就寝時間だから…1時間ならイケる!定期的に部屋を覗かれるけど、大体2時間おきくらいだから!』
「了解。いいタイミングで魔伝送器を鳴らしてほしい」
『任せて!細工と準備したら連絡する!』
なんの細工だろう?リスティアは30分と経たずに連絡してきた。空間を繋げて部屋を覗くと、ボクがあげた普段着に着替えてくれていて、空いた亀裂の中から確認する。
「久しぶりだね、リスティア。空間を超えるの怖くない?」
「全然!勢いよく飛び込めるよ!」
「そっか。魔伝送器だけ繋げておいて。帰るときに魔力を辿るのに必要になる」
「繋げっぱなしで魔力切れにならないかな?」
「ボクが手だけで定期的に魔力を補充するから大丈夫」
「もしダメでも、王都まで連れて帰ってくれたらいいよ!なんとでもなる!」
「わかった」
「じゃ、行くよ!えいっ!」
リスティアは迷うことなく亀裂に飛び込んできた。住み家側で優しく受け止める。正面から首に抱きついてきた。
「久しぶりぃ~!」
「また大きくなったね」
「まぁね……って、誰もいないね?」
「友達は外にいるんだ」
キャミィと同じく抱きかかえたままで猫小屋に向かう。
「小屋が増えてる。…あっ!もしかして!」
ドアを開けてシャノに許可をもらう。
「リスティア。どうぞ」
「うん。ちょっと緊張する…」
ゆっくり中に入ったリスティアは、満面の笑み。
「シャノだよね。私はリスティア。よろしくね」
「ニャッ」
「子猫、寝てるね。可愛いなぁ~」
「まだ生まれたてなんだ」
「久しぶりに感動してる。動物に会うのも初めてだし、子猫なんてなおさら。今のカネルラ王族では私だけじゃないかな」
「会うことは滅多にないだろうね」
「サバトラがいるのも…いいね!」
「ニャ」
「大丈夫。私はなにもしないよ」
「えっ?!」
シャノは『連れて帰るな』と言ったけれど…。
「リスティアは、シャノの言葉がわかるのか?」
「わからないけど、なんとなく理解できる。『子猫に手を出すな』的なこと言ってない?」
「ニャ」
「だよね~。合ってた!」
この子は…本当に凄いな…。できないことがあるのか?リスティアはシャノと話したり、子猫に触れたりして時間が過ぎる。
「楽しくて名残惜しいけど、そろそろ帰ろうかな!」
「今日はもてなせなくてゴメン」
「最高に嬉しかった!いるだけで退屈しないし、今しか見れない貴重な時期だもんね!呼んでくれてありがと!」
「せめて軽い夜食を作ろうか?」
「いいの?!もらって帰る!」
野菜中心の軽い携行食を作って手渡す。リスティアも準備を手伝ってくれた。
「住み家に来るの最高~。息抜きになるぅ~」
「いつでも来ていいよ。さっきみたいに迎えに行く」
「毎日でも来たいけど、部屋にいないのがバレたら大騒ぎになるからねぇ~。警備を強化されても困るし。覚悟してから来るよ!」
「細工してくるって言ってたのは?」
「毛布にいろいろ突っ込んで寝てるように見せかけてきた!」
「なるほど」
思った以上に単純だった。
「今日はちょっと意外だったよ!」
「なにが?」
「ウォルトも自慢したいときがあるんだね!」
「どういう意味?」
「子猫が可愛いって言われるのが嬉しいんでしょ」
……あぁ。そうか…。
「言われて気付いたよ。ボクは、可愛い子猫達を友達に見てほしかったのか…」
「無意識なのはウォルトらしい!シャノも悪い気はしてないと思うよ。だからなにも言わないんじゃないかな!」
「ボクの子供でもないのに、完全に浮かれてた…。負担をかけてるかもしれない…」
「私達がシャノ達になにもしないのはわかってくれてるよ、きっと!」
「そうだといいけど…」
反省しなきゃな…。シャノの好意に甘えてやりたい放題やりすぎてた。本当はゆっくりしたいかもしれないのに。
「あとね、無理だとわかってて誘ってもいい?」
「話だけでも聞くよ。どうしたの?」
「ずっと計画してたんだけど、遂に王都で宮廷魔導師が魔法を国民に披露するの。見に来ない?」
「見に行きたいなぁ。いつだい?」
「2週間後なの」
「もしシャノ達が住み家を巣立ってたら行く。でも、いてくれたら行かない。子猫達を置いてあまり遠出したくないんだ」
「だよね~。気持ちはわかるよ」
「誘ってくれてありがとう」
とても気になるけど、見なくても後悔はない。今のボクにとって最優先すべき事項じゃないから。ただ、オーレン達には伝えておこう。きっと、カネルラ中の魔導師達が集まる。ウイカやアニカが交流できるかもしれない。
「…タイミングが悪すぎなんだよぉ~!!も~!」
「急にどうしたの?」
「今から言うことは、王女じゃなくただのリスティアとしての愚痴ね!聞いてくれる?!」
「もちろん。誰にも言わない」
リスティアにしては珍しいな。
「魔法披露についてはずっと前から調整してて、やっ……と実現にこぎつけたの!」
「結構前から言ってたね」
「そうなの。クウジもお父様も後押ししてくれて、どうにか宮廷魔導師を説き伏せたのに…。もっと早くできたって!なんで今なのっ?!」
なぜ怒っているのかわからないけど、深くはツッコまない方がよさそうな雰囲気。
「宮廷魔導師は忙しいんじゃないか?1日中魔法のことを考えているような人達だ。暇がなかったのかもね」
「絶対にウォルトの方が忙しい。宮廷魔導師はゴネてただけなんだよ」
「ゴネる?」
「宮廷魔導師はエリートだけど、その分プライドが高いから国民に軽く見られるのが嫌なの」
「誰もが驚く魔法を操るはずだ。心配無用だと思うよ」
「そうだね…。きっと誰もが驚く魔法を見せてくれるよ…。私やお母様達も含めてね…。今から楽しみで仕方ないの…。ふふっ…」
珍しく悪い顔してる。
「我が儘で怒ってる自覚はある。私はこんなこと言っちゃいけない立場なの。でも、さすがにちょ~~っとだけ頭にきたんだ」
「そうなのか」
ボクは、リスティアが誰に…若しくはなにに対して怒ってるのかすらわからない。
「宮廷魔導師の魔法がどれほど凄いか知らないけど…散々待たせてくれた挙げ句、引き延ばしてくれたおかげでこんなことになって…。ふふふっ…」
言葉に含みがあるな…。愚痴というより不満が溢れている感じだ。
「とりあえず、ウォルトにはどんな魔法だったか教えるね」
「それは嬉しいな」
「覚えてから私に見せて」
「ボクが覚えられたらね」
「それでいいよ」
苛立っているリスティアが心落ち着くまでモフらせて、無事に王城の部屋に送り届けた。
ちょっとだけ嬉しかったりする。きっと彼女が愚痴を言う相手は限られてる。年齢以上に精神は大人で、傑物と呼ばれあらゆることに気を配る少女だ。
でも、ボクの前では年相応に我が儘な子供であってほしい。心の狭い獣人だけど、リスティアの愚痴を受け止めるくらいの器量はあるつもりだ。
問題なのは、愚痴っている原因が不明なこと。もうちょっと勘が鋭くなりたい。




