636 クセがスゴい
キャロルが子猫達と戯れた翌日。
リタとクーガー、そして知らない女性の獣人がウォルトの住み家を訪ねてきた。
「おい、猫野郎!喉渇いたから水よこせ!」
「川は向こうにあります。あの木の根元に水たまりもあるので、どうぞ飲んでください」
「ざけんな、コラァ!」
クーガーさんは平常運転だな。騒がしいのにもちょっとだけ慣れてきた。
「あははっ!ウォルト、毎度騒がしくてゴメン」
「大丈夫です」
「キャロルから忙しいと聞いて来たんだ。この子の毛皮を見てほしくて」
初見の女性は、暑いだろうに全身を服で隠してる。頭にも布を被ってて顔しか見えない。
「リタ姉さん…。この人が…私の毛皮を見てくれるってこと?」
「そうだよ。信用していい」
「そうなんだ…」
「とりあえず、飲み物でもいかがですか?」
「頂くよ」
招き入れて淹れてきた飲み物を差し出す。リタさんと知らない女性にはカフィ。クーガーさんには…。
「…なんだこりゃ?泥水じゃねぇか!」
「どうぞ」
「テメェざけんなよ!嫌がらせしやがって!」
「文句は飲んでから聞きます。飲むのが怖いですか?」
「上等だ、コラァ!不味かったらぶっ殺す……」
「不味いですか?」
「くっ…!」
クーガーさんに渡したのは、苦味はないに等しい特製のお茶で脂っこい食事に合う。肉食種の祖先を持つのだから、口内をさっぱりさせる飲み物を好むという予想。サマラやリオンさんには好評だった。マードックにも。飲み干したし、黙ったということは美味しいんだな。
「このカフィ、めちゃ美味しい…。飲んだことない」
「だろう?ウォルトはフクーベで喫茶店をやればいいのに」
「無理ですよ。ボクのカフィでは儲かりません」
「ははっ。いつも通りだな。さっそく毛皮を見てもらっていいかい?」
「力になれるかわかりませんが」
「タイニー。見せてやってくれ」
「うん」
女性が頭巾のように被っていた布を外すと、髪の毛とは別のくりくり巻かれた毛皮が露わになる。ボリューム満点で、もこもこのふっわふわ。
「毛が巻いてるけど羊の獣人じゃないんだよ」
「タイニーさんは犬の獣人ですよね」
「よくわかるな」
「知ってる種族は匂いで判別できます」
「ははっ。コレが悩みの種なんだ。この子は凄い癖っ毛なんだよ」
確かに見たことないくらいの癖毛ではある。羊の獣人と言われても信じそうなくらい。
「タイニーさんは、全身が癖毛なんですか?」
「そうなの…」
「でも綺麗な毛皮です。艶もあって毛並みも見事ですが、なにか問題が?」
「仕事でね……羊の獣人と間違えて指名されたり、「犬なのに変だ」ってなじられたりする…。「暑苦しい」とか言われて…。ブラッシングして真っ直ぐにしても直ぐに戻るし。結構辛くて…」
「なるほど」
犬の獣人にも様々な種がいて、こういう毛並みの祖先なんだろうけど、仕事に弊害があるのか。
「ウォルト、なんとかならないか?」
「もう少し話を聞かせて下さい。タイニーさんは、永久に直毛になりたいんですか?」
「仕事のときだけでいい。客受けは悪いけど、この毛皮は好きだから。犬として誇りもある。でも、仕事も好きだから続けたい」
獣人と仕事に誇りを持ってて、問題は毛並みだけ。
「協力できるかもしれません」
「本当に?どうやるの?」
「一時的に直毛にするなら、塗り薬がいいと思います。正確には薬とは違いますが。こちらへどうぞ」
3人を調合室に案内して椅子に座ってもらう。
「タイニーさんの毛を、1本だけ抜いていいですか?」
「はい」
スッと抜いて手渡してくれる。
「ありがとうございます。効果を探ってみるので待ってて下さい」
素材を選定して、効果を発揮できそうな組み合わせを探る。
「おい!ホントに作れんだろうな!?できねぇならさっさと言えよ!こっちも暇じゃねぇんだ!」
「ムッツリのくせに、いい格好しやがって」
「それっぽいこと言ってるだけじゃねぇのかぁ?」
毎度毎度うるさいな…。
「クーガーさん、集中できないので静かにして下さい。また手合わせしますか?」
「面白ぇ!今日こそぶちのめしてやるっ!表に出ろ、この野郎!」
下手な挑発で手合わせするのが目的だとわかってるけど、気が散るので相手になってやる。時間がもったいないから、いつものごとく腹への一撃でクーガーさんを沈めた。
今回の約束は、『薬を作り終えるまで黙る』こと。不機嫌そうなのに約束は律儀に守ってくれるので安心。
…よし。提供してもらった毛で試して、素材の配合と調合方法は決まった。このまま一気に作成しよう。
「試作品ができました。試させてもらえますか?」
「いいよ」
「どこに塗りましょうか?」
「腕でもいい?」
「構いません」
袖を捲り上げてもらって腕の毛皮に薄く塗ってみる。直ぐに乾いてブラッシングすると…。
「すご…。真っ直ぐになってる…。しかも、艶があってさらさらだ…」
「もう少し改良できそうです。まだ時間はありますか?」
「大丈夫だよ」
効果は掴めた。他の素材も加えて成分を微調整する。まだ効果を上げられる自信あり。
「できました。もう一度塗っていいですか?」
「うん。待って」
タイニーさんはいきなり服を脱ぎ始めた。慌てて目を逸らす。
「ちょっ…?!タイニーさん?!」
「全身で試してみたいんだけど、ダメ?」
「いいんですけど…!そのっ…」
「タイニー。ウォルトは初心なんだ。脱ぐなら、せめて上だけにしてくれ」
「へぇ~!そうなんだ!ゴメンね!」
「いえ…」
クーガーさんが声を出さずに爆笑してる。無性に腹立つな…。『頑固』で精神を落ち着かせ、上半身だけ下着姿のタイニーさんの毛皮に薬を塗る。ブラッシングはリタさんにやってもらおう。綺麗な直毛に仕上がった。まるで別人。
「凄いよ!私じゃないみたい!」
「綺麗に洗い流すか、効果が薄くなるまで持続するはずです。塗る量によって持続する時間が変わりますが、使いながら慣れると思います。皮膚に悪い成分は入ってないので安心して使って下さい」
「ウォルト……ありがとぉ~!」
「わぁぁっ!」
タイニーさんは急に抱きついてきた。胸がもろに当たってる。魔法で落ち着いていてよかった…。
「この薬、いくらで売ってくれる?」
「必要な素材と調合方法を紙に書いて渡します。薬師が作ってくれるので店で買って下さい。タイニーさんの毛皮に合わせた調合です」
バロウズさんを紹介しておこう。信頼できる薬師だ。
「本気で言ってんの…?どうお礼すればいい…?」
「あははっ。ウォルトはお礼を求めないんだよ。するなら誰にも話さないことか。ラクンにもそう言ったらしいね」
「それで充分です」
「信じらんない…。そんな獣人いるの…?」
「ちなみに、今回の件でまたアタシのサービスは加算された。ちなみに、ラクンもいずれサービスするつもりらしい」
「えぇっ?!約束が違いますよ」
「だったら私もお礼でサービスする!指名して!」
「花街に行く予定はないので…」
「そういう気分になったらでいい。オマケのお礼と思ってくれ」
「ソウデスネ…」
今はそういうことにしておくべきか。いや…。あえて報酬を要求するのが最善な気もする。……1つあった。
「リタさん。サービスは全て帳消しにしてもらって、代わりにお願いしたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「ボクが情報を求めたいときに協力して下さい。花街は情報が集まると聞いたので。タイニーさんもそれでどうでしょう?」
「いいよ。でも、そのくらいじゃ帳消しにならない。礼じゃなくてもやる」
「私も納得いかなぁ~い」
じゃあ、これならどうだろう。
「では、夜鷹が着ている衣裳を貸してもらえませんか?」
「いいけど、なんでだ?」
「珍しい作りで興味があります。誰も着てないような古い服でいいです」
派手なのに高貴な感じを受ける不思議な衣裳だった。羽織のようで、どう作られているのか気になる。
「お安い御用だよ。今度持ってくる」
よし。これでお礼については終了。もうサービスされることもないし、4姉妹にも怒られずに済む。
「ウォルトが私にこの住み家で着てほしいってことだな」
「違います」
「……あん?なんか……鳴き声が……聞こえんぞ…」
「動物の子供みたい…だな…」
「確かにするね…」
微かに子猫達が鳴いてる。様子を見に行こう。
「すみません。ちょっとやることがあるので、外に行きます」
「今のは…なんの鳴き声だよ…?」
「猫です。一緒に住んでて」
「んだとっ!?テメェ…!森で捕まえてきて、無理やり飼ってんじゃねぇだろうなっ?!」
クーガーさんの一言で血が沸騰する。懐に入り込み、胸倉を掴んで持ち上げた。
「ぐぁっ…!」
「ふざけたことをぬかすな…。もう一度言ってみろ…」
「ウォルト!やめろっ!」
「黙れ…。文句があるならあとで聞いてやる…。それとも邪魔するか…?」
「うっ…」
リタさんを睨む。命令される筋合いはない。
「こ…の…クソ猫ヤロ……ぐぁっ…!」
筋力強化して首を締め上げる。
「いくら口が悪くても、言っていいことと悪いことがある…。他の種族ならいざ知らず…獣人に対して無理やり飼うだと…?お前は祖先を捕まえるような真似をするか…?」
獣人から獣人へ最大級の侮辱的な言葉。知らない獣人なら魔法で首を切り飛ばしてる。
「親猫とは森で知り合った…。子猫が生まれるまでという約束で一緒に暮らしてる…。そして、まだ生まれたばかりだ…」
「…離せっ!クソ…猫っ…!」
希望通り手を離し、猫小屋に向かう。ボクはこの人が嫌いだ。恩人の娘であることと、根が悪い獣人ではないのを知っているから複雑なだけ。
純粋に動物を心配しての台詞だとわかっているから我慢できたけど、自分勝手に相手を刺激することを口走りすぎる。
小屋を覗くとシャノは起きていた。大丈夫そうだ。3人が外まで付いてきてる。
「ウォルト…。アタシらも子猫を見ちゃダメか…?」
「今まで動物を見たことなくて…。見てみたいの…」
同じ獣人として、気持ちはわかる。
「…子猫達の存在を秘密にしてもらえるなら親猫に聞いてみます」
「約束する。絶対に言わない」
「私も」
噓の気配はないけど、念のため言っておく。
「口を滑らせてよからぬことが起きたら覚悟してください。完全にボクの我が儘ですが…この家族を守りたいので」
「わ、わかってる…」
「だ、大丈夫!絶対に言わないから!」
他の種族からすれば、動物は狩りの対象。愛玩動物としていたずらに攫われたりするかもしれない。過保護かもしれないけど、世界でも動物の数は減少する一方で、絶滅寸前という意見もある。せめて子猫達が巣立つまでは守ると決めた。
1人黙ったクーガーさんを見つめる。
「…黙ってりゃいいんだろっ!クソがっ!」
各々の意志は確認したので、シャノに訊こう。
「シャノ。ボクの知り合いが子猫を見たいって言ってる。狐と犬と豹の獣人で、3人とも女性だ。信用できるけど、どうする?」
「ニャ~」
「ありがとう」
いい返事をもらえた。
「シャノ……親猫はいいと言ってくれました。狭いので、1人ずつどうぞ」
「じゃ、まずはアタシから…」
リタさんは中を覗いてシャノと話してる。出てきたらやっぱりだらしない顔。
「子猫達は死ぬほど可愛いぞっ!アタシは狐だけど、種族なんて関係ない!動物は尊いなっ!しかも、親猫はある程度話せる!」
「私も見たいっ!」
タイニーさんもしばらく中にいた。シャノや子猫に積極的に話し掛けてる。
「親猫も子猫も可愛い~!ホント動物って最高だ~!いいモノ見れたぁ!子供がほしくなったよぉ~!」
2人とも嬉しそうな匂いをさせてる。最後はクーガーさんだけど、動こうとしない。
「見なくてもいいんですか?」
「見ていいのかよ…?」
「シャノがいいと言ってるのに、ボクが止める理由はないです」
「ちっ…」
身体が大きいクーガーさんは、狭そうに中に入った。
「……めちゃんこ可愛いじゃねぇかよっ!あ、あり得ねぇぞぉ~!」
「ミィ~…」
「ニャ~ッ!」
「わ、わりぃ!興奮して、ついデカい声出しちまったっ!勘弁してくれっ!お前らも起こして悪かったよ!まだ寝とけっ!よしよし!ごめんな!」
「ニャッ!ニャ!」
子猫を起こしてシャノに怒られてる。この人……謝れるんだな。
「シャノっつったか?お前、あの猫野郎と友達なのかよ。性格悪ぃから付き合うのやめた方がいいぜ」
「ニャ」
途轍もなく余計なお世話だ。クーガーさんにだけは言われたくない。シャノが『そんなことはない』とフォローしてくれてる。いつまでたっても小屋から出てこない豹人。思いのほか会話が弾んでるな。
「クーガー。いい加減に帰るぞ」
「うるせぇな。先に帰ってろ」
リタさんの言葉にも耳を貸さない。
「はぁ…。子育ての邪魔すんなって」
「待ってる間に食事されますか?作りますよ」
「そうしようか」
「ウォルトが作るの?大丈夫?」
「嫌なら食べなくて大丈夫ですよ」
「タイニー。ウォルトの飯はそこらじゃ食べられない絶品なんだ」
「マジで?!食べたい!」
「クーガーは、あぁ見えて可愛いモノに目がない。しばらく動かないだろ」
住み家に戻りご飯を作って食べてもらう。
「…めっちゃ美味い!凄いっ!」
「だろう?今回も驚きだよ」
「ありがとうございます」
「ウォルト。やっぱりアンタには花街でサービスさせてもらうから、そこんとこ忘れないようにね」
「えっ?!さっき服を見せてもらうってことで話は纏まりましたよね…?」
「それはそれ。アタシはシビれた。もう遅い」
「だよねぇ~。私もシビれたもん。ウォルトってギャップ凄すぎ獣人~!」
ギャップを感じるくらい料理が美味しかったのなら嬉しいけど…。
「おかげさまで潤った。アンタは獣人の男だ」
「うんうん!わかるぅ~!」
「いや…。獣人なのは間違いないんですけど…」
会話が意味不明すぎて…。と、いきなり玄関のドアが開いた。
「おい!猫野郎!シャノが腹減ってるってよ!」
「わかりました」
「あと、今日小屋に泊まっていいか?!いいよなっ!?」
シャノがいいなら構わないけど、また考えなしに勢いで喋ってるな。
「ダメです」
「んだと、コラァ!!いいだろうがっ!!」
「花街の警備はどうするんですか?」
「お前が代わりにいきやがれ!」
やっぱり思いつき。またマッコイのドーラン騒動のようなことが起きたらどうするつもりなのか。
「手合わせでボクを倒せたら泊まっても構いません。その代わり、倒されたら帰ってまた会いに来てください」
「上等だ、この猫野郎~!吠え面かくなよ!テメェをぶっ倒して、ここに住んでやる!」
シャノにご飯をあげたあと、更地で再びクーガーさんを倒した。
掛け値なしに強い獣人だし、あの手この手で攻めてくるけど癖を読み切ってる。大きく変化しない限り手合わせでは負ける気がしない。まだ獣人の力だけでこと足りる。
なんとか帰らせたけど、シャノに『豹人は面白い。また来ないのか?』と言われた。どうやらクーガーさんを気に入ったっぼい。




