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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
634/690

634 誕生

「ナァ~」 


 朝。


 ウォルトはシャノの鳴き声で目を覚ました。


 差し込む光の具合からすると、時間はまだ早い。こんな早い時間に起きるのは珍しいな。


 ミィ~…。ミィ~…。


 微かに鳴き声が聞こえてくるけど、シャノじゃない。……まさかっ!


 跳び起きて着の身着のまま猫小屋に向かうと、目の開いてない4匹の子猫が鳴いている。横たわったまま顔だけ向けたシャノと目が合う。


「シャノ…。身体は大丈夫かい…?」

「ニャッ」

「大丈夫か…。よかった…」


 子猫に寄り添いながら身体を舐めてる。


 子猫は……小さいなぁ。なぜだろう…。動く姿を見ているだけで泣けて仕方ない…。




 シャノは子猫達に寄り添っているので、水とご飯も猫小屋に運ぶ。たくさん母乳が出るよう栄養を蓄えてもらおう。産後の身体も労ってあげたい。


「なにか手伝いが必要なら遠慮なく言ってくれないか」

「ニャ」


 子猫達は横たわるシャノに寄り添われて眠ってる。にしても、………可愛いなぁぁぁ~~~!


 信じられないくらい可愛い!あり得ないくらいに!人の赤ちゃんも可愛いけど、子猫の可愛さはまったく違う。ボクの顔は相当だらしなくて腑抜け状態だろう。自分で見えなくてよかった。


 毛色は、黒が2匹に三毛が1匹、そして…なんとサバトラがいる。白猫がいないのは残念だけど、そんなことよりサバトラがいるのが嬉しい。じいちゃんと同じ毛色。奇妙な縁のようなモノを感じて感傷的になってしまう。

 三毛にはほぼ雌しかいないから確定として、他の3匹の性別はどうなんだろう。おいおい確認したい。


「ニャッ」


『だらしない顔するな』と怒られてしまった。それもそうだ。子猫はまともに動けないから油断大敵。生まれたての動物は身を守る術も持たない。病気の兆候にも気を配っておかないと。


「ウォルト~~!」


 突然聞き慣れた声が響く。小屋から出ると、父さんと母さんが遠くから駆けてくるのが見えた。母さんは駆けるのが速いから、父さんは付いていくのが辛そう。


 キキィーッ!と目の前で急ブレーキ。


「子猫生まれたって?!」

「生まれたよ。来るの早かったね」

「そりゃあね!」


 朝早くに魔伝送器で母さんに連絡しておいた。「朝っぱらからなんなのよ!」と怒られたけど、教えたら「もっと早く言いなさいよ!直ぐ行く!」とまた怒られた。理不尽すぎる。


「ふぅ…」

「父さんもお疲れ」

「早く子猫に会いたくて…仕事も休んだ…」


 仕事熱心な父さんが休むほどの出来事。理解できる。


「子猫は中にいるよ」 


 2人揃ってそっと小屋の中を覗き込む。


「…み、三毛がいるっ!可愛すぎっ!」

「あぁ…。可愛いな…」

「シャノ!お疲れさま!無事生まれてよかったね!」

「頑張ったな…シャノ…」

「ニャ」


 2人も感動してる。


「とりあえずご飯食べる?疲れたろう?」

「頂く!4姉妹は?」

「さっき連絡したよ。仕事が終わってから夜に来ると思う」

「えぇ~。夕方には帰らないといけないのに」

「泊まっていけないのか?離れもあるし、多分サマラ達も泊まると思うよ」

「邪魔したくないんだよ!それに、ストレイは仕事あるから!今日、無理言って休んだからね!」

「邪魔じゃないけど、そういうことなら仕方ないか」


 3人でちょっと遅い朝食をとる。実家のようで落ち着く。


「ごちそうさま!」

「美味かった…」

「ウォルト。もうちょっと大きくなったら、三毛猫だけ連れて帰っていい?」

「ダメに決まってるだろ」

「ケチ!冷たいぞっ!」

「ボクに決める権利はないし、生まれるまでってシャノと約束してる。いつ出て行っても仕方ないんだ」

「いいもんね!直接頼むから!」


 母さんは猫小屋に向かってシャノと交渉することにしたようだ。


「ねぇ、シャノ。私と同じ三毛猫だし、この子を連れて帰ってもいいよね~?」

「ニャ~!」


『ふざけるな!』って怒られてる。


「ストレイと一緒に絶対可愛がるから!シャノも遊びに来ていいし!ね?」

「シャ~!」

「いててっ!」


 爪で引っ掻かれる母さん。まぁ、予想できたけど。


「ミーナ…。やめておけ…」

「なんでよ!一緒にいたくないの?!」

「猫は…人と違う…。我が儘はよくない…」

「ストレイまで…!わかったわよ!」


 怒りながら住み家に戻る母さんの後ろ姿を父さんと並んで見つめる。


「母さんの気持ちはわかるよ。きっと可愛がるのも」

「俺達は……触れ合えた…。望みすぎてはいけない…」

「そうだね」


 母さんの後を追うように住み家に向かう。


「うっ…う~っ…」

「なんで泣いてるんだ?」

「だっでぇ~…。あんなに可愛いなんで、おぼわながっだがらぁ~」


 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。


「気持ちはわかるよ。ボクがシャノの友達じゃなかったら連れて帰りたくなる」

「だよねぇ~…」

「もう泣かないでくれ」

「うぅ~っ!」


 父さんに抱きついて泣き続けてる。やっぱり連れて帰りたくて葛藤してるのかな。心が落ち着くまで待とう。




「ふぅ~!どうかしてた!可愛さにやられた!」

「冷静になった?」

「なんとかね!…って、なにしてんの?」

「いつでも使えるように授乳瓶を準備してる」


 出産に向けて事前に作っておいた。


「いらないでしょ。シャノがお乳あげるんだから」

「動物は弱い子を見捨てることもある。飲ませる必要があるかもしれない」


 犬や猫は愛玩を目的として人族と暮らしていた歴史がある。生態については多くの文献に記されていて、実際に起こりうること。


 母さんの眉間に深い皺が寄る。


「母猫をなめんなっ!お腹を痛めて生んだ我が子を捨てるような真似するかっ!」

「あり得るってだけだよ。憂いをなくしたいんだ」

「薄情な考えだっての!信用しなさいよ!」

「シャノだって食事もするし寝る。狩りにだって行くかもしれない。母さんだって赤子のボクにずっと寄り添ってなかっただろ」


 この森で4匹を守りながら育てるのは容易じゃない。自分の身を守るだけでも大変なのに。だから、身体が強くて元気な子供が親に愛されて育つ。敵に襲われたとしたら弱い子供の面倒を見ている余裕はない。

 実際、森では親とはぐれたであろう獣の子を見かけることも多い。種を残すのは本能。危機に瀕して弱い者に構っていられない。人族とは違って生まれたときから生存競争が始まっている。


「あぁ言えばこう言う!アンタはお節介すぎる!」

「お腹を空かして子猫が鳴いていても、シャノが戻るまで待つのか?ボクにはできない」

「むぅ~っ…!」

「あくまで備えなんだよ。必要ないのが1番なんだ」

「妙な理屈ばっかこねて…!アンタをそんな風に育てたつもりはない!ふんだっ!」


 怒らせてしまった。余計な手は出さず、補助だけするつもりだけど、母親として子を見捨てると思われたことが許せないんだろうな。ボクもないとは思ってるんだ。


「ボクは弱い獣人だったけど、一生懸命育ててもらったから今がある。住み家にいる間だけでも分け隔てなく元気に育てたい。杞憂に終わるならそれでいい」

「はいはい!わかったってのっ!難しくて、言ってることよくわからんし!」


 話は切り上げて子猫用のミルクを作ろう。フクーベに行ったとき仕入れて『保存』しておいた乳牛のミルクで代用する。薄めて、砂糖と卵黄を少々加えてよく混ぜると完成。昔から親しまれる子猫用の授乳食。


「ニャ~」


 シャノがドアを開けて住み家に入ってきた。元気よく父さんに跳び付く。


「ナァ~」

「大変だったな…。シャノ…。お疲れ…」


 腕に抱えられて毛皮を撫でられてる。直ぐに目を閉じて眠ってしまった。


「父さん、少し一緒に眠ったら?」

「む…。そうするか…」

「母さん、一緒に子猫の様子を見にいこう」

「1人で行けば」


 完全にへそを曲げられた。


「母猫だから気付くことがある。おかしなところがないか教えてくれないか?頼りにしてる」


 ピクピクと耳が動くも、ボクを見ない。


「子供のことに関してはやっぱり母親に敵わないんだ」

「アンタは頭いいじゃん。なんでも知ってるし~」

「知識だけで子育てできない。経験豊富で愛情深い母さんだから頼んでるんだ。ボクに教えてくれないか?」


 激しく耳が動く。


「…しょうがないなぁ!そこまで言うなら行ってあげよう!」


 足取り軽やかに猫小屋に向かう。中を覗くと子猫はすやすや眠ってる。排泄してるから魔法で綺麗にしておこう。元気な証拠だ。どんどんしてもらいたい。


「ウォルトの小っちゃい頃を思い出す~」

「…ミィ~」


 母さんの声に反応するように子猫が起きた。ちょっとした合唱みたいに鳴き始める。


「お腹空いてるっぽいね。ウォルト、ミルク頂戴!」

「はい」


 2人で協力してミルクをあげる。早速役に立ちそう。


「うつ伏せのまま少し上体を起こして飲ませてあげるといいらしい」

「こうね。飲ませたあとは?」

「排泄を促すよう柔らかい布で優しくお尻の辺りを刺激する。シャノがいれば舐めてくれるけど」

「なるほど!赤ちゃんにゲップさせるのと一緒ってことね!」

 

 一生懸命飲んでる姿が愛らしいなぁ。


「アンタはだらしない顔しすぎでしょ!」

「母さんこそ」


 親子揃って締まりのない顔になるのも当然。小さくてとにかく可愛い。

 

「ミルクは3時間に1回くらいのペースで飲ませるのがいいみたいだ」

「そう考えると、シャノのお乳だけじゃ厳しいか~」

「でも、普通は自然の中で暮らしてる。定期的にあげる余裕はないはずだから、大体の基準じゃないかな」

「まぁ、あげすぎないように注意したほうがいいよ。そこは獣人と同じでしょ」

「あと、お腹を壊さないか注意深く観察する必要があるだろうね」


 あくまでミルクは母乳の代用。飲み終えて落ち着いた様子の子猫を優しい眼差しで見つめる母さん。


「無事に生まれてよかった。生きてる内に子猫に会えるなんて想像もしなかったよ。ウォルトのおかげだね」

「シャノが頑張ったんだ。ボクは一緒に住んでるだけでなにもしてない」

「ふふっ。ストレイと同じこと言う」

「父さんと?」

「ウォルトを生んだとき、「いろいろありがと」ってお礼言ったら「ミーナが頑張ったからだ…。なにもしてない…」って!」


 父さんらしい。きっと大変だったはずなのに。


「元気に育ってほしい~」

「そうだね。それ以外になにも望まない」


 ……ん?母さんは猫の目でじ~っとボクを見つめてくる。


「なに…?」


 この顔は……嫌な予感…。


「赤ちゃんのウォルトにミルクあげてた時を思い出しちゃったなぁ~」

「だから…?」

「久しぶりに飲んでよ。膝枕してあげるからさ」

「絶っ対嫌だっ!断るっ!」


 やっぱりおかしなこと言い出した!


「恥ずかしがることないでしょうよ!親子なんだから!」

「ボクはもう大人だ!可愛くもないだろう!?この歳になって母親の膝枕でミルクを飲むなんて意味不明すぎる!」


 親子だからってさすがにキツい。想像しただけで毛が逆立つ。


「アタシにとってはいつまでたっても子供なんだよ!」

「だからってやらないぞ!」

「へぇ~…。反抗的じゃない…。4姉妹に恥ずかしい過去をバラされたいのね」

「そんな脅しには屈しない!」


 いざとなったら、魔法で眠らせてでも拒否しよう。


「残念っ!」

「えっ?」


 背後から声が聞こえた。小屋から出るとサマラ以下4姉妹が勢揃い。オーレンとミーリャもいる。


「レアなウォルトの赤ちゃん姿が見れると思ったのにな~♪」

「誰にも見せたくない。皆、仕事じゃなかったのか?」

「早く子猫見たくて半休もらった!お客も少なかったし、たまの休みだからよし!」

「冒険も早めに切り上げて来ました。早く会いたくて」

「気合い入ったよね~!」

「狩りも順調に終わったの」

「そっか。今ミルクを飲んで寝てるよ」


 代わる代わる小屋の中を覗いて大興奮。4姉妹と母さんはそれぞれ再会を喜んでる。


「マジで可愛すぎるね~!しかもミーナさんと同じ三毛がいるじゃん!」

「そ~なのよ!なんとか思い留まったけど、危うく誘拐犯になるとこだった!さっ、皆でお茶しよ~!」


 4姉妹と母さんは仲良く住み家に向かって、ボクとオーレンとミーリャが並んで後に続く。


「ウォルトさん。俺、なんか感動しました」

「私もです。あんなにちっちゃいのに、生きてることが凄いなぁって」

「あっという間に大きくなるから、今しか見れない貴重な姿だね」

「どのくらいで大人になるんですかね?」

「1年くらいらしいよ」


 シャノがあとどれくらいこの場所にいてくれるかわからないけど、きっとあの子達が成猫になる前に出ていく。今日か明日かもしれない。そうであってもできることをやってあげたい。


 

 住み家に戻ると、4姉妹と母さんの会話は盛り上がっているみたいだった。大きな声で母さんが話してる。


「あのね~。ウォルトはおっぱい大好きなんだよ。赤ちゃんのときは、お腹いっぱいになってもしばらく離れなくてさ~」

「「「「へぇ~!」」」」


 足早に居間に向かう。


「ちょ、ちょっと母さん!」

「ん?なによ?」

「記憶にないけど、皆が聞いても面白くない話だって!」

「なんで動揺してんの?赤ちゃんなら当たり前だし、子猫がミルク飲んでる姿は可愛いと思ったでしょ?」

「まぁね…」


 過剰な反応だったかもしれない。


「変な意味で言ってないし。気にしすぎだっての」

「そうかな?ゴメン」

「アンタは巨乳好きらしいね!そういう意味でもおっぱい好きな猫だ♪」

「変な意味で言ってるじゃないか!」

「しょうがないんだって」

「…しょうがない?」

「ストレイも巨乳好きだから!遺伝だね!」

「可哀想だからやめてくれ!」


 ボクはいいとして、シャノと一緒に寝ててこの場にいない父さんまで巻き込まないでほしい。暴露されて父さんも恥ずかしいはず。


「あのさぁ、アンタも男でしょ?結局見たがったり触りたがるのに、好きなのを隠す必要ある?」

「ぐっ…。それとこれとは…」

「格好つけてどうすんのよ。皆は知ってるのに受け止めて普通にしてるんだから、アンタも恥ずかしがるな」

「言ってることはわかる。でも、そういう嗜好は口に出さなくてもよくないか?」

「他人と親しくなるには自分の恥ずかしいことを教え合うのが手っ取り早いんだよ!アンタの魔法みたいに普段人に言わないことを教えてもらえると、その人に信用されてるって思うでしょうが!だから、4姉妹には包み隠さず教えておきなさい!」


 なるほど…。ボクも逆なら嬉しいと思う。珍しく理屈は通ってる気がするな。


「わかったよ。母さんは、行商人に騙されて買った偽のやせ薬で下痢が止まらなくなったよね。お尻にはばあちゃんに叩かれた青痣がくっきり残ってるし。若作りしようと化粧したら、成分が腐ってて顔面が発疹だらけ…なんてこともあったな」

「アンタは…なんの話してんのよっ!いつアタシの失敗談を語れって言った!?」


 怒られてる理由がわからない。


「恥ずかしい話ってこういうことだろ?虫を捕まえようと木を蹴って、足を骨折したこともあった。人間の男に「若い」っておだてられて、変な彫刻を買わされたりとか。あの像は気持ち悪かったよ」

「いい加減にしろ、バカ息子っ!まだ3~4歳くらいだったくせに…どんな頭してんのよ!ぶん殴って記憶を飛ばしてやる!」

「うわっ…!やめろって!言い出したのはそっちなのに!」


 居間で大暴れ。動じてない4姉妹は大爆笑。


「この性悪の恩知らず猫がっ!」

「なんでだよ!?」

「アンタのはただの嫌がらせだ!アタシはアンタのタメたを思って言ってんのにっ!」

「皆と母さんがもっと親しくなれるように言っただけだ!間違ってないだろ?!」


 騒いでいると父さんが起きてきて、『静かにしろ』とシャノに怒られてしまった。疲れているシャノを起こしてしまって、2人揃って反省しきり。


 両親は夕方に帰ったけど、「今度4姉妹と一緒に泊まりで帰ってこい。アンタが来なかったら親子の縁を切る」と母さんに言われた。


 なにを企んでるのか今から怖くて仕方ない。

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