632 バロウズの憂い
「アラガネさんは、なにがお好きですか?」
「なにってぇ~と?」
「この間、アラガネさんが教えてくれた薬を渡した人に御礼したいと言われてて」
「いっらないっぞぃ!ウォルトがもらえっつぁ!」
「ボクも必要ないです」
「別にいいっ!作るのは簡っ単だっら!そ~も頼まれてないっしょ!」
今日はアラガネがウォルトの住み家を訪ねてきた。久方ぶりの訪問。
アラガネさんには闘気回復薬の素材改良や調合に尽力してもらった。ダナンさんと約束していたので訊いてみたけど、なにもいらないらしい。凄い人なのに謙虚だ。
「知り合いに伝えておきますね」
「そうっしてっくれぃ!やめいっ!ってぇ~」
もしかすると…知らない人に言いにくいだけかもしれないから確認してみよう。
「ボクに頼みたいことはないですか?よければ代わりに御礼したいんですが」
「う~ん…?……特にないってぇろ~」
…そうだ。
「もしよければ、コレだけでももらってください」
持ってきてスッと差し出す。
「こりゃ…なんだっ?」
「パナケアです。調合に使えませんか?」
「使える…ような、使えない…?よな?」
どっちだろう?
「今すぐじゃなくても、使えそうなときに使ってもらえたら」
「おぅ!もらっとくぅぞぅ!ししょ~だからっ!」
「師匠といえば、バロウズさんはお元気ですか?」
「元気すぎ!そう簡単にゃ死なないぃなっ!けど…おかしくて変だぃ?」
「おかしい?どういうことですか?」
「ん~…。なんかぁ…おっかしくて」
どうおかしいのか気になる。
「一緒に会いに行ってみませんか?」
「いいぞっ!ウォルトはっ、走るの速いぉう~!」
ボクが背負って駆けると喜んでくれる。じゃあ行ってみよう。
フクーベにあるバロウズさんの薬屋に到着した。
「バロウズ!」
勢いよく店に入るアラガネさん。店内に客の姿はなく、カウンターの奥にバロウズさんが座ってる。
「…相変わらず騒がしいねぇ、アラガネ。ウォルトも久しいね」
「ご無沙汰してます」
「聞いたよ。ラン病の薬を作って訴えられたらしいじゃないか」
薬師の情報網があるのかな。
「結果的に咎められなかったんですが」
「気をつけな。作りたいから作ったんだろうけど、素人が薬師の領域に足を突っ込むことをやっかむ者もいる」
「そ、そうなのかっ!?俺も薬師じゃない~よ…?」
「アラガネさんは、ナバロさんを介してるから大丈夫です。ボクは勝手に処方したので」
「そうなのかぁ~。難しぃすっ!」
「ところで、なにか用かい?」
「バロウズさんの様子がおかしいと聞いたので、気になってきました」
「アラガネ…。気付いてたのかい?」
「なっめるなぁよぉ~!知ってる!」
「…別にどこも悪かないさ」
おそらくだけど…。
「耳が聞こえにくいのでは?」
「その通りだ。わかりやすいか?」
「アラガネさんの声がいつもより大きいので、もしやと思いました」
かなりの声量で話してる。バロウズさんにどう聞こえているかはわからない。
「聞こえにくくなったもんでね。この歳になればガタがくるのも当たり前だ。ただの老化だよ」
「病の可能性もあると思うので、よければ診断させてもらえませんか?」
「そりゃぁいいっ!ウォルト、頼むって!」
「呆れたね。捕まりそうになったばかりで、今度は医者の真似事をするってのか」
「素人なので無理にとは言いませんが」
「必要ない。誰だっていつかは弱って死ぬだろ。耳も同じさ。ほっといてくれ」
「やってもらえっつぇ!」
アラガネさんは珍しく強い口調だ。
「自分のことは自分が1番知ってんだよ!」
「わかってねっだ!医者ぁ嫌いとかって、わぁがままばっか言ってらぃ!いい歳こいてっよぉ~!かっこつけってぇ!」
「くっ…」
「俺にぃ~は、やかましいばっかりなの~にぃ!たまにゃ言うこときけってゃ!」
声を荒げるアラガネさん。心配しているのが伝わってくる。
「ふぅ…。しょうがない子だよ。頼めるかい?」
「わかりました。アラガネさんにも協力してもらいたいんですが」
「任せってろい!」
2人並んで椅子に座ってもらう。ちゃんと伝えておこう。
「アラガネさん。ボクは魔法を使えます」
「そうなのかっ!?知らなかったりしたっけ…。魔法使いかぉ……まぁいい!」
伝えるのに少し緊張したけど、動じてないな。不思議な力のことを躊躇わず教えてくれたアラガネさんには、早い内に伝えたいと思っていた。目の前で使う機会がなかったけど今日は伝えておきたい。
「アラガネ。ウォルトの魔法のことは他の奴には黙っときな。アンタの力と一緒に」
「おぅ!任せっとけっ!言わんぞぅ!」
「喋るとウォルトはいなくなるかもな」
「なにぃ!?ダメってばよ!心配すなっ!」
いろんな人に性格を読まれてる。
「アラガネさんとバロウズさんの耳を調べて、比べたいんですが」
「いいぞぃ!」
アラガネさんの側頭部に手を添えて『診断』する。
…なるほど。人間の耳の内部はこんな感じなのか。当然だけど、形状や器官が獣人とは違う。自分の頭の中は見たことがあるけど。続いてバロウズさんの耳の中を確認すると、蝸牛のような形の器官が濁って見える。『幻視』を使って見えている状態を説明する。
「バロウズさん。魔法で治療していいですか?」
「いいよ。やってみな」
治癒魔法を混合して治療を試みる。
「どうだい?」
「…もう少し待ってもらえますか?」
どう魔法を配合しても変化が見られない。思いつく限りの組み合わせを試しているのに、ほんの少し濁りが薄まった程度。
「無理なんだろ。もう充分だ。やめな」
「力になれずすみません」
なんとかなるんじゃないかと思ったけど…。
「ウォルト、勘違いしちゃいけない」
「勘違い…ですか?」
「アンタが大した魔法使いなのは知ってる。それでも、死んだ奴を生き返らせることはできないだろ」
「はい」
「老化ってのは、病じゃなく衰えて朽ちていくことだ。寿命に近付くのは誰にも止められない。方法があるとすれば禁呪だろ。アラガネ。満足かい?」
「わかった!」
「そうかい。まぁ……アンタの気持ちは嬉しかったよ…」
「ウォルト!なんとかしてっくれぃ!」
「人の話を聞けってんだ!無理だって言ったばかりだろ!」
「やっかましっなぁ~!魔法は無理ってぇんだろぉ?他にもやれるってあらぁね!」
魔法の他にボクにできること…。そうか。
「バロウズさん。音はどんな風に聞こえてるんですか?」
「小さくて聞こえにくいだけさ」
「だったら、補助できるモノを作ってみましょうか」
「はぁ?」
「小さいクズ魔石はありますか?あと、短い針金が」
「あるよ」
爪ほどの大きさの魔石と針金を受け取る。
「ちょっと集中します」
空中に魔法陣を浮かび上がらせ、魔石に付与する。針金は耳の形に沿うよう上手く加工して魔法で魔石と接着する。
「できました」
「そりゃなんだい?」
「魔石が耳の穴付近に来るように、針金を耳にかけて下さい」
「こうか?」
「どうですか?」
「…よく聞こえる。こりゃ『拡声』の魔法か」
「本当に軽い付与ですが、聞こえやすくなるかと思って」
音が耳に入る直前に大きくする簡易的な魔道具。単に音を捉えづらくなっただけならコレだけで違うと思った。
「さっすっがウォルト!ホントに聞こえてるっか試すっぞぃ!」
「聞こえすぎてうるさいんだよっ!小声で喋りなっ!」
「なにぃ!?…よぉし。じゃ、こっれは聞こえるんかぁ…?……………クソババァ」
「このガキゃぁ…!ふざけんじゃないよっ!」
店の中を追い回されるアラガネさんはとても嬉しそう。
「もっと目立たないように作ることもできます。必要ないですか?」
「欲しいねぇ。調合には耳も使う。頼んでいいのか?」
「もちろんです」
「ウォルト、ありがとっ!」
「魔道具作りは趣味なので、気にしないで下さい」
「あと、バロウズ!コレもやるっつぇ!」
「なんだい……こりゃパナケアか…」
「おぅ!ウォルトがくれたっ!薬~に使えっ!」
「お前が使いな。こんな上等な素材はアタシにゃ必要ない」
「黙ってもらえって!俺ぇ~は使わないっさぼ!やり方知らんしっ!」
初めからバロウズさんにあげるつもりだったのかな。アラガネさんらしい。
「もの凄く貴重な素材だ。ウォルトはよかれと思ってお前に渡してる。無下にするんじゃない」
「ウォルトはぁ~、あげても怒ららないっ!」
「人の優しさはちゃんと受け取りな。なにもできないくせして」
言い争う2人は本当の親子みたいだ。
「ボクは構いません。アラガネさんがどう使おうと自由です。調合しても売り捌いても、誰かに譲っても」
「ほらなっ!」
「はぁ…。アンタが甘やかすから余計図に乗るんだ」
「甘やかしてません」
「そうっだぞ!友達だっ!」
「はっ。たまに会うだけだろ」
「友人って、たまに会うだけじゃダメなんでしょうか?」
友達の定義が曖昧だから、相手に言われたり自分が思っている人をそう呼んでいる。嫌がるなら二度と言わない。
「アラガネとずっと付き合っていけるってのかい?」
「そのつもりです。アラガネさんがよくて、仲違いするようなことが起こらなければ」
「俺はい~いっ!」
「はっ。汚い家に住んで、飯もまともに作れやしない。いつおっ死んでもおかしかないハゲ中年だ。付き合っていけるのかね」
「うっるさぃ!ハゲは関係ないっだろっ!しわしわババア~!」
「なんだってぇ~!?」
「仲良いですね」
「「よくない!」」
母さんとボクも、こんな風にいつまでも言い合っているんだろうか。
「話は変わるけど、アンタの名はこの辺りの薬師業界で知られた。大人しくしといたほうがいい」
「大人しくとは?」
「獣人がラン病の薬を作ったことを信用してない薬師がほとんとだ。けど、修道者って人種は人を騙さない。興味を示したのが何人かいるだろう。目立ちたくなきゃ忘れられるまでじっとしときな」
「忠告ありがとうございます。そうそう薬は他人に使わないんですけど、気にしておきます」
「アラガネ。アンタもだ」
「俺って?」
「変わった色して、効果の高い薬が流通してるって噂も流れてる。ナバロが秘密にしてるからアンタの薬とはバレてない。あの子は信用できる商人だ。聞かれてもバカ正直に答えるんじゃないよ。どんな話に巻き込まれるかわからないんだ」
「わかってるっつぇ!信用しっろぃ!」
「どうだかねぇ。まぁ、アンタがどうなろうと知ったこっちゃないけどさ」
口調はぶっきらぼうだけど、バロウズさんは気遣いの人だ。心配してなければ口に出す必要もない。
「アンタらを見てると腹立たしい」
「なぜですか?」
「なんっでだっ!?」
「言いたかないけど、アンタらは素人のくせに大した薬師だ。遊び半分みたいのに見事な薬を作る。軽々やられると立つ瀬がない」
「やれることは人それぞれですよね?バロウズさんにしかできないことの方が凄いと思いますが」
「そうっさ!バロウズはバロウズっ!ウォルトはウォルト!俺は俺っ!」
「ふん。気休めはいらないんだよ」
バロウズさんこそ勘違いしてるんじゃなかろうか。
「ボクが調合を覚えたのは自分で使うタメです。今では対価にするのが基本で、あとは作りたいと思える人に使うだけで」
「俺はぁ~、薬しか作れないっ!あと、好きだからぁ~!」
「あらゆる病気の蔓延を防いでるのは、薬師の皆さんです。ただ薬を作ってるだけの獣人を気にする必要がないのでは?」
「知らっないけ~んど、頼んだぞぃっと!」
「…おかしな子達だよ。言っても無駄で困ったもんだ」
ボクも、そしておそらくアラガネさんも薬師の邪魔をするつもりはない。ただ薬を作ってるだけだ。
「ボクらは普通ですよね?アラガネさん」
「な~んも考えてないって~よ!それに、バロウズが教えてくれたっからだぁぞぅ。ありがとなっ!」
「なにも教えてない。アンタらにこれだけは言っとく。普通の奴にできないことをやる奴は、よくも悪くも利用される。変な争いに巻き込まれないよう自分の身を守りな」
「気遣いありがとうございます」
「いいことっぽいこと言う!」
「やかましい!」
ボクはさておき、アラガネさんの調合する薬は稀有なモノだ。だからこそ以前は安く買い叩かれていたんだろうし、これからも目を付ける輩がいるかもしれない。
「アラガネさん。おかしな輩に絡まれたら教えて下さい」
「だ~いじょぶ!」
「力になりたいので」
「そうかぁ~!そんときゃ頼むって!」
厳しい顔をしていたバロウズさんがふっと微笑む。
「なにかおかしかったですか?」
「いいや。困ったガキんちょだけど、アタシからも頼むよ」
もしかして…ボクが言い出すと予想してたのか?なにかあれば、友人としてアラガネさんを助けてやってほしいと思って。なんて考えすぎだろうか。