630 白猫の天幕
ウォルトの住み家に1人で泊まりに来たチャチャ。
「ん…」
ベッドで目覚めて窓を見ると、外はまだ真っ暗。夜明け前に起きてしまったっぽい。寝ぼけ眼でゆっくり上体を起こす。
「……ふふっ。可愛い」
隣で兄ちゃんが寝息を立ててる。昨日は「手合わせで私が全敗したら添い寝して」という無茶なお願いをして、負けず嫌いの兄ちゃんは添い寝してくれた。
欠かさず修練して鍛えてるから、そろそろ一度くらい勝ってもよさそうなのに、まだ勝ったことがない。本当に強い勘違い猫人。
シャノもだけど、猫の顔って目を瞑ると凄く可愛いなぁ。
…あれ?そういえば、先に起きて兄ちゃんの寝顔を見るのは初めてかもしれない。寝付きがいいから兄ちゃんが先に寝るのは毎度のこと。とにかく早起きする猫人は、いつも先に起きてなにかやってるし、私はぐっすり眠ってる。
ずっと見てられるけど…まだ眠いから二度寝しよう!腕枕してもらいたいから、兄ちゃんの腕を伸ばして…っと。
……ん?
「……いっ…やぁぁぁっ!!」
その日の夜。私の要望により、フクーベのサマラさん宅で緊急4姉妹会議を開催することになった。会議という名の単なる飲み会なんだけど。
マードックさんは出産が近くなったバッハさんの体調を心配して、向こうの家に泊まるみたい。見た目は厳ついけど優しい獣人なのは知ってる。
料理はサマラさんが作ってくれて、その代わりにお酒を3人で持ち寄った。
「とりあえず、かんば~い!」
「「「かんば~い」」」
早速料理を頂く。
「美味しいです」
「サマラさんは腕を上げてますね~!」
「そうかなぁ~!ありがと!」
本当に美味しい。私も負けてられない。
「ところでチャチャ。今日は急にどうしたの?」
「昨夜は住み家に泊まりに行ってたんだよね?なにかあった?」
「お悩み解決はお姉ちゃんに任せなさ~い!」
いつも気遣ってくれるお姉ちゃん達。招集をかけると直ぐ心配してくれる。
「ありがとうございます。もしかすると、皆さんは周知の事実かもしれないんですけど、私は知らなかったから話したくて」
「気になるね。どんとこい!」
「あの…皆は兄ちゃんと添い寝して、先に起きたことありますか?」
「私はない!ぐっすり朝まで寝て、「サマラ、ご飯だよ」で起こされるパターンばっか!起きてたら驚かれそう!」
「私も添い寝してるときにはないよ。起きたら更地で魔法の修練してたり、朝ご飯を作ってることが多いね」
「私もない!この間なんか、「ご飯だよ」って起こされたのに二度寝して、「先に食べちゃうよ?」って首傾げられたのは眼福だったぁ~!」
全員なしということは…知らないのかな?
「今朝は私が先に起きたんです。変な時間に目が覚めちゃって」
「へぇ。それで?」
「しばらく兄ちゃんの寝顔を堪能した後、二度寝しようと思って…」
「ふんふん。だろうね」
「腕枕をしてもらいたくて、腕とか持ってモゾモゾしてたら…ふと目に入ったんです…」
「なにが?」
「あの……その…」
うぅ~っ!口に出しづらい…!
「兄ちゃんの……ぶらぶらが……」
3人はビクッと反応する。
「も、もちろんズボンは履いてましたよ!いやらしい意味じゃなくて……男の人って……朝は元気になるじゃないですか…」
「あぁ~」
「そっかぁ」
「生理現象ね!」
3人の頬がほんのり赤く染まる。父親とか兄弟のは見たことあるはず。至って普通のことすぎて私も気にしてなかった。
「私は…今まで父さんのしか見たことなくて…。兄ちゃんの……その…テントを初めて見たんです…。皆さんは…見たことありますか…?」
全員がブンブンと首を横に振る。
「寝起きで意識してなかったから…見た瞬間にビックリして大声を上げちゃったんです」
「ウォルトさんは起きなかったの?」
「「どうしたんだっ!?」って跳び起きたんですけど、直ぐに後ろから裸締で気絶させました」
「チャチャの気持ちわかるよ~!正直に言ったら、ウォルトは添い寝してくれなくなりそう!」
「そうなんです。「やっぱりよくない」とか言って、今後添い寝はしないって言いだしそうで」
「「ボクのは魔物みたいに凶暴なんだ!」って振り回して大暴れするかも!」
「そんなアホ兄ちゃんは嫌です」
「チャチャが驚いたってことはさ……結構凄かったの…?」
言ってもいいのかな…?
「テントの高さは…このくらいでした…」
「「「えぇ~っ!?」」」
「兄ちゃんはいつもゆったりしたズボンを履いてるじゃないですか。それでも…皺が伸びるくらいピーン!って…」
はずかしい~!でも、言わなきゃ落ち着かない!
「起きてからなにか言ってた…?いきなり締め落としたんでしょ?」
「「こっそり寝汗を拭いてたら、窓に影が映った気がして驚いた。兄ちゃんに肌を見られたくなくて恥ずかしかった」って誤魔化したら「そっか」って笑ってました」
「ちょろすぎる幼馴染み」
「さすがウォルトさん」
「締めてたのがチャチャだったから、無理して抵抗しなかったんだろうね!」
そんなことはなくて、全力で締め落とさないと無理なくらい抵抗された。がっちり首にキマってたし、興奮状態だったのと気合いでなんとかした。不意打ちかつ魔法なしとはいえ初めて兄ちゃんに勝ったのだ。
「私も確かめてみようかなぁ。チャチャは狙って精の付くモノを食べさせたの?紅マムシの体液とか、そういう薬になるらしいね」
「チャチャ!一服盛った?!」
「盛ってません!むしろ、野菜中心の晩ご飯だったのにこうなるの?!って絶句したんですから!」
わざと仕掛けてても驚いてたと思う。とにかく衝撃的だった。
「ドナの言ってたことは大袈裟じゃなかったってことかぁ」
「ウォルトさんは諸々でっかい男なんです!らしいですよね♪」
アニカさんの発言は、的外れのようで的確な気がする不思議。
「サマラさんなら軽くつついたりしてたかもですけど、私には無理でした」
「さすがにやらないって!でもさ、慣れといたほうがいいかもね。いざって時に私達が怖じ気づいたらウォルトは悲しいはず!」
「耐性をつける必要ありそうです。ウイカさんやアニカさんは、オーレンさんで見慣れてたりしますか?」
「ううん。起こしに行って何度か見てるけど、気にしたことない。オーレンはカズ達と一緒で弟だから」
「私は汚いモノを見せられた気分になってへし折りたくなる!寝顔もヘラヘラしてるから、ぶん殴りたくなるし!」
「やっぱり兄ちゃんだからドキドキしちゃうんですよね」
自分でもあんなに動揺するなんて思わなかった。それだけ意識してるってこと。
「聞いたことなかったけど、皆はウォルトのどこに男の魅力を感じる?私は胸元。胸の筋肉の間が好きなんだな!」
「私は掌です。大きくて温かくて、頭を撫でられると毎回嬉しすぎますね」
「私は~……1つに絞れないんですけど、あえて言うなら怒ってるときです!普段とのギャップも相まって野性味が凄いんですよね!」
「断然兄ちゃんの匂いです。嗅いでるだけでクラッとなったり」
「「「わかる~っ!」」」
ハグしてるときは静かに興奮して、おもいきり猫吸いしちゃう。
「なんかさぁ、ウォルトは自分がエッチっぽいこと言うけど、どっちかというと私達の方じゃない?」
「そう思うときは多々あります」
「何度押し倒したい気持ちを我慢したことかっ…!」
「自制心が弱いのは私達の方かもですね」
「でも、最近は赤面することが増えてるからいい傾向だよ。ちゃんと意識してくれてる。前は照れたら直ぐに大きな声で誤魔化してたけど、今は少し楽しんでるね」
「汗ばんだりしてるだけで、ちょっと恥ずかしそうにしてます」
「気付かず下着が透けてたとき、真っ赤になってましたよ!でも、チラッと見てくれて!」
皆が言うように、兄ちゃんは私達を女性として意識してくれて出会った頃に比べると格段に進歩してる。スピードがかなり緩やかなのは否めないけど。
「正直なところ、皆は焦ってない?」
「私はまったく」
「魔法と一緒でちょっとずつの前進でも嬉しいです!」
「確かにそうですよね」
「あのさ、ウォルトって子供ができたりしたら番をおざなりにしそうじゃない?」
「子供が1番で、2番手になるかもですね」
「いや!むしろ「ボクの子供を生んでくれてありがとう」って愛が深まるとみた!」
「私もアニカさんに同意です。自己評価低すぎるんで」
こんな風に意見が分かれるときもある。
「ところで、サマラさんとチャチャは最近冒険してますか?」
「してないよ。身体動かすのにいいからたまに行きたいんだけど、マードックが嫌な顔するからさぁ~。大人しくしてる」
「私は魔物だけ狩ってます。素材を売ると臨時収入になるので、これからもやっていきたいです」
「今度また皆で行きましょ~♪難しくなくていいから、クエストやりたいです!」
「いいね。ウォルトはどうする?」
「子猫が生まれたら誘いましょう!多分、しばらく無理だと思ってます!」
話が盛り上がって、調子よくお酒を飲み続けていると、酔いが回ってきた。酔ってないのはサマラさんだけ。大食い競争ならアニカさんだけど、お酒の強さではサマラさんには敵わない。
「そういえば、アニマーレに女の子が服買いに来たの。お父さんと一緒にね。その子、ウォルトと結婚するって張り切ってた」
「また小さなライバル誕生ですか」
「どんな繋がりがあったんですか!」
「足が本物の木みたいになる病気だったらしいよ。まだ5歳なのに治してくれた魔法使いと絶対結婚するって笑ってた。名前は言わなかったけど、凄く優しかったって興奮してたよ」
「ウォルトさんですね。そんな病気、聞いたこともないです」
「間違いないね!相変わらず凄すぎ!」
「兄ちゃんめ…。ララだけじゃ飽き足らず、まだライバルを増やすつもり…?」
異常に子供にモテる白猫。
「私は嬉しかったなぁ。あんな小さな子でもウォルトの魅力がわかるんだって。女って、子供でもあんまり適当なこと言わなくない?」
「ふふっ。最終的に何人姉妹になるんでしょう」
「軽く10人はイケそうだよね!」
あり得そうで怖い。
「ただねぇ、父親はそこら辺にいる人間じゃなかった。私じゃ闘っても勝てないかも」
「どんな人だったんですか?」
「多分、犯罪者。知り合いの衛兵が警戒してたから」
「子供のタメに森でウォルトさんを探し出したんでしょうね」
「きっと子供想いの親だよね!ウォルトさんは、やるやらないは別として真剣な気持ちを無視しないし相手の素性も関係ないから!」
「兄ちゃんは、自分が治したいと思えば親の敵でも治しますよ、きっと」
やりたいようにやる…が信条の猫人。
「そゆこと。ウォルトは自分勝手だからさ、私達はいつでもこい!っていう気持ちでいないと!突然燃え上がるかもしれない!」
「心構えは万全です」
「私はチャチャみたいに驚かずに「え?その程度ですか?」って余裕見せますよぉ~!」
「ぜぇ~ったい無理です!賭けてもいいです!急に見たら目が丸くなりますから!」
「じゃあ、私が負けたら勢いでウォルトさんに告白するよ!」
「負ける気満々じゃないですか!」
その後も兄ちゃんの前では話せない話題で盛り上がる。私も含めてそれぞれの意見があって楽しい。
気持ちが焦らずにいられるのは、お姉ちゃんズがライバルなのと兄ちゃんが鈍いからで、そんな状況を楽しんでる。
でも、こっそり胸が大きくなると云われてる食材を食べたりしてるのは皆にも秘密。大したことじゃないけど、影の努力は大事だし、やっぱり負けたくないから。
逆に私の天幕で兄ちゃんをドキドキさせるつもりだったりする。




