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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
628/689

628 北の情報屋

 カネルラ北部に隣接する国、アヴェステノウル。


 高山地帯では吐く息が白く広がり、風の冷たさにぶるりと身動ぐような朝にソイツは家を訪ねてきた。


「朝っぱらからなんの用だ?」

「いやだなぁ、グレゴリー。わかって言ってるんだろう?」


 玄関のドアを閉め、外で向かい合う。ほぼ開いていない狐目。いつものごとく飄々とした態度と表情で、常に作りモノの微笑みを貼り付けたような顔の男。名前はペイトン。コイツに会うのも随分と久しぶりだ。


「いつの間に目が治ったのさ」

「なんのことだ?」

「どういう原理か知らないけど、瞳の色を変化させてるんだろ?」

「言ってる意味がわからん」

「隠しても無駄だって。ソフィアと一緒にカネルラに行ったらしいね。誰かに治療してもらったんだろう?子供の足も、キミの目もさ」

「見ていたかのように話すが、お前の妄想だ」


 どこで仕入れたのか。ただの勘ではなさそうだな。


「まぁいいや。会って噂の真相を知りたかっただけだよ。アヴェスが誇る始末屋『惨禍』が、急に街から姿を消したって小耳に挟んだからさ。人里離れてるけど静かでいい場所じゃないか」

「なにが言いたい?」

「キミは優秀な始末屋だけど、目を患ってからは仕事も減らしてもう終わった男。だから、田舎に引っ込めば誰も気にも留めない……なんて思ってるんじゃないだろうね?」

「さぁな。どう思おうとお前の勝手だ」

「そうかぁ。完全じゃないかもしれないけど、キミの目が回復したと知られたらおちおち寝てもいられないんじゃない?」


 ……ふぅ。


 素早く後方に跳び退くペイトン。 

 

「怖い怖い。冷静に話そうよ。友人に向かっていきなり殺気を放たないでほしいなぁ」

「友人?笑わせるな」

「割と本気なんだけどね。アヴェスからカネルラに出国した悪党が帰ってきてないの知ってる?」

「さぁな」

「地獄の魔導師に会いに行ったらしいんだけど、消されちゃったのかな?」

「知るか」

「まぁまぁの腕前が揃った集団だから、魔導師じゃ勝てないと思うなぁ。暗部に粛清された可能性が高いと思うけどさ。奴らは文字通りカネルラの闇で猛者揃いだ」

「お前の回りくどい話はまだ続くのか?」

「カネルラで噂とか聞いてないかと思って訪ねたってワケ。こう見えて情報屋だから色々知りたいんだよ」

「自分の足で情報を集めてみたらどうだ」

「冷たいなぁ。たまには逆に提供してくれてもいいだろう」

「法外な金を取るくせによく言う。お前がタダで情報をくれたことがあるか?」

「報酬をもらうことはあっても、渡すことはないのが情報屋の矜持ってヤツだよ」


 変わらずヘラヘラしているが、少々苛立っているようだな。


「キミはサバトに会えたんだろう?違うかい?」

「さぁな」

「口が固いね。肯定も否定もしないから困るよ。噂の大魔導師でもないかぎり、キミ達親子の治療は無理だと思うけどなぁ」

「お前が知ってどうする?」

「埒があかないから教えようか。この国には、悪党がいなくなると困る人もいるってこと。君ならわかるだろ」

裏社会(オメッタ)か。放っておいても悪党は生まれる」

「常に頭数が欲しいのは表も裏も同じ。隙を見せたくないんだよ。『狂犬』も殺され、『惨禍』も引退同然。裏としては人手不足ってヤツだ」

「ふん。それがどうした?」

「まぁ、今回は勢力争いとは違う。仮にカネルラで処刑されたとなれば、復讐を企む者がいる。キミが1番わかってるんじゃないか?愉快なことに、裏社会には家族ごっこが好きな者がいるのを知ってるだろ」


 やれやれ…といったジェスチャーを見せつけてくる。


「遠出は嫌いなんだけど、今回ばかりは仕方ないか。断れない依頼ってのは面倒だよ。暑い国は嫌いなんだよねぇ」


 情報屋をやっていればいろいろな柵が生まれ、反感を買って命を狙われることも多々ある。よほど上手く立ち回らなければ生き残れない仕事。ココまでの会話も真実か怪しい。全てが噓でもおかしくない。


「ペイトン」

「ん?」

「なんでもない」

「ははっ。目のことは言うな…ってとこかい?キミと敵対する気はないけど約束はしない。自分勝手なのはお互い様だろ。じゃあ」


 離れていく背中を見つめる。この国で名のしれた情報屋は、アイツの元まで辿り着けるか。俺が心配することではないが。


 ドアが開いて声が聞こえた。


「とうちゃん!さむいよ!はやくいえにはいらないと、ねつでる!」

「あぁ。入る」

「きょうはさむいけど、ひるからはたけにいかなきゃね!びんぼうなんだから!」

「あぁ。後で種を撒こう」


 

 ★



 情報屋ペイトンはカネルラに入国した。


 さぁて、どうするか。アヴェスを出国してカネルラに着いたけれど、やっぱり暑い国だ。身体が溶けるようで気が滅入る。

 さっさと帰りたいから、とにかく情報収集だね。馬車を乗り継いでフクーベとやらに向かいながら今後の行動について思案する。


 グレゴリーの目と娘の足を治療したのは、間違いなくサバトだ。どちらも不治の病と云われているにもかかわらず、既に回復しているのは間違いない。隠しているつもりでも、張り込んでこの目で確認した。

 治療できるとしたら、噂の大魔導師以外にいない。どんな条件で依頼すれば請け負ってくれるのか知らないけど。

 奴の目が完治したことはまだ知れ渡ってない。グレゴリーを狙う輩は多く存在する。表の仕事も裏の仕事も分け隔てなく受注し、失明寸前でも仕事をこなしていた優秀な始末屋。


 味方としても敵としても注目される男が、誰も住まないような僻地に移り住んだ。不治の病に侵されているのが周知の事実だからこそ、一時代の終焉だと思われ、無視して構わないと思う輩とコレを機に始末してやると意気込む輩がいる。


 だが、後者は生きて帰ることはないな。会話したとき感じた殺気は微塵も錆び付いてなかった。全盛期のグレゴリーに戻っている。

 なのに、以前の気難しさはなりを潜め、世捨て人のような空気を醸し出していた。殺し以外になにかできるとは思えないのに。命を惜しみ今さら怖じ気づくような奴じゃない。どういう心境の変化だ?


 まぁ、アイツの心配より自分のことか。なにかしら成果を上げなきゃ依頼主は納得しないのが目に見えてる。情報屋としての腕の見せ所。隣国まで来てしくじるワケにはいかない。




「お客さん。フクーベに着いたよ」

「どうも」


 馬車から降りて、周囲を見渡すと結構人が多いな。カネルラ有数の都市だというだけある。そして、サバトが潜むと云われる動物の森に最も近い南部の都市。


「従者さん。ちょっと教えてほしいんだけど」

「どうした?」

「アヴェステノウルから来たって輩を、フクーベまで乗せたことある?」

「結構前にあるぞ。態度が悪くて印象は最悪だった」

「俺も迷惑をかけられたことがあるんだ。ソイツらは集団じゃなかった?」

「そうだ。偉そうに闇の…カラス?だか鷲だか、鳥みたいな名前だ」


 闇夜の鵺か。やはりこの街に来てる。


「兄ちゃんも知ってるのか?」

「できればあんな輩に関わりあいたくないよね。タチが悪くて話せば反吐が出る」

「ははっ。ハッキリ言うなぁ。他にもいたけど名前は忘れたよ」

「カネルラになにしにくるんだろう?」

「さぁな。サバトを探してるようなことを言ってた気がする。けど、アヴェステノウルから来た奴もいろいろだ。目が悪いのに足の悪い娘と来てた奴もいたなぁ」

「へぇ。大変だったろうに」

 

 グレゴリーも来ているなら間違いない。治療の後についでに観光して帰るような奴じゃない。労せず裏が取れたのは幸運。


「じゃ、ありがとう」

「はいよ。観光を楽しんでくれ」


 今日はとにかく情報収集。急いては事をし損じる。


 酒場に花街。衛兵や新聞屋。顔を出して、ありとあらゆる情報を集めるとしよう。



 ★



 数日後。ペイトンは動物の森を歩く。


「ふぅん。立派な森だ」


 まぁまぁの時間歩いて、森の中に佇む一軒家に辿り着いた。


「ココか。遠かった」


 数日かけてサバトの情報を集めた結果、答えは直ぐに出た。この森に家を建てて住んでいる猫の獣人。ソイツがサバトだ。

 道に迷った冒険者が救われたり、ソイツは冒険者をやってるなんて話も出てきた。噂によると獣人なのに魔法を操るとも。


 だが、サバトだと疑われてない。カネルラ国民は獣人が魔法を使えないと思ってる。世界共通認識で間違いないが、変装していると可能性を捨ててる。素直過ぎるというか考えが足りないというか。


 お人好しが多いのも理解したが、話を総合すればどう考えても候補はソイツしかいないだろうに。サバトが常識外れの魔導師だと知っているのに、常識が邪魔をするってこと。素直なお人好しが多いからそうなるのかもしれない。

 まぁ、会えばわかるか。魔法なら見抜けないことはないだろう。直に話を聞いて事実を確認するだけ。別にサバトをどうこうするつもりはない。求められた情報を聞き出せば依頼は達成できる。なんら難しいことじゃない。


 

 建物に近付くと、角から白猫が顔を覗かせた。ゆっくり身体全体を現す。何者かの気配に気付いて警戒したってことか…。


 一見すると暑苦しい格好をした獣人に見える。この暑さでローブを羽織る獣人など存在すると思えない。やはり怪しい。怪しさ満点すぎる。


「なにか用ですか?」


 遠い距離から話しかけられ、どう答えるべきか…などと悩むのはおかしな話。

 

「森で探してる人がいて、たまたまこの家が目に入ったんだ」

「そうでしたか」


 口調や表情は変わらないけど、どうやら警戒を強めた空気。彼がサバトでほぼ間違いない。遠目には見事な変装。どう見ても獣人だ。


「少しだけ話を聞かせて…」


 サバトに歩み寄ろうとして…全身を悪寒が駆け抜ける。思わず後方へ跳び退いた。


「どうかされましたか?」


 変わりない様子で平然と語りかけてくる。動揺を悟られてはいけない。


「一瞬異様な空気を感じてさ。魔物の気配かな」

「なるほど」


 おそらくサバトがなにか仕掛けた。思わず反応して警戒されてしまったけれど、どうするか。


「キミはサバトを知ってる?この森に住んでいると言われてるみたいだけど」

「えぇ。知っています」

「彼に会うために王都から来たんだ」

「お疲れさまです」


 どうにか歩み寄りたい。まだ変装の魔法か確認できる距離ではないし、目的を話すとどんな行動をとるか予想できない。


「歩いて喉が渇いたから、水を1杯分けてもらうことはできる?」

「構いません。こちらへどうぞ」


 手招きされて歩き出すと、さっきと同じく異様な空気に身を包まれる。


 …堪えろ。しかし…途轍もなく嫌な空気だ。


「貴方は…」

「うわっ!」


 いつの間にか眼前まで接近されていた。また大きく跳び退いてしまう。


「水を欲しいと言ったのは貴方です。なぜ離れるんです?」


 サバトは水筒を差し出している。


「ボーッとしていたから、驚いてしまった」

「そうですか」


 かなりマズいな。完全に警戒されている。このままではなにも聞き出せない。持ち直す必要がある。


「なにか言いかけたね」

「貴方は喉が渇いているだけか訊きたくて」

「そうだよ。もらえるかな?」

「どうぞ」


 嫌な空気に背中に汗をかきながらゆっくり歩み寄る。この空気は一体なんなんだ。アヴェスでは味わったこともない。初の感覚。


 そして、接近して観察しても猫の獣人にしか見えない。変装の類にしては違和感がなさすぎる。


 水筒を受け取り、コップに水を移して飲むと普通の水だ。


「こんな場所に住んで、不便じゃない?」

「住めば都です。貴方はどちらから?」

「さっき言った通り王都だよ」

「モスカということですか」


 アヴェスの首都の名。気付いているのはお互い様ってことか。大した洞察力だね。


「やだなぁ。もちろんカネルラの王都さ」

「勘違いでしたか」

「サバトの情報がないかな。些細なことでも」

「ないですね」


 どこまでもとぼける。まぁ、逆の立場でも話すことはしないな。俺はあまりに言動が怪しい訪問者。サバトであっても懐に入るのは簡単だと思ってたのは慢心だ。思った以上に賢く人を警戒している。

 

 こうなれば、正面突破しかない。

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