627 衛兵嫌い
「つぅ…」
「毎回すみません」
「気にしなくていい」
今日はボリスさんが住み家を訪ねてくれた。そして、いつものごとくシャノに引っ掻かれて今に至る。逃走したシャノは猫小屋に立てこもってしまった。
「完全に嫌われてるな」
「シャノにはボリスさんを嫌う理由があるんです。貴方が悪いワケじゃないんですが」
居間で椅子に腰掛けてもらい、治癒魔法をかけながら伝える。
「猫が俺を嫌う理由とはなんだ?」
「獣人は動物と意思疎通を図れますが、完璧に理解できないという前提で話していいですか?」
「構わない」
前回、ボリスさんを攻撃したあとにシャノに確認してみた。「なぜボリスさんを攻撃するんだい?」と。シャノは、初対面の人を警戒はしても攻撃したことはない。されたのもカリーくらいだし、カリーはわかっていながら接近していた。
そんなシャノの答えは…。
「衛兵に家族を斬り殺されたそうです」
「なんだと…?」
「正確には、貴方と同じ格好をした者に…です。シャノ自身も攻撃されたと」
「理由は…?」
「いきなりだったみたいで、わからないようです。ただ、シャノは衛兵の制服姿を記憶していました」
『見ているだけで引き裂きたくなる』というのがシャノの言い分。
「そうか…。今後は私服で来るとしよう」
「賢いので顔を覚えられてると思いますが、反応は違うかもしれません。ところで、入院していたと聞きましたが回復したんですか?」
「万全だ。その節は世話になった。おかげで内通者を逮捕できた」
衛兵の中に麻薬組織と通じている者がいたと聞いてる。
「カネルラは治安がいいと云われていますが、麻薬に手を出す者は多いんですか?」
「他国に比べると少ないらしいが、興味本位で手を染めたなら誰であれ中毒に陥るのが麻薬。大らかだといわれるカネルラ国民は、隙も多い。麻薬は元々外国から渡来した。標的にされたのもあるだろう。だが、国民性ゆえ広がりにくい面もある」
「与し易いと侮られ、あの手この手で国内に蔓延を狙うと」
「狙いとしてはあるだろう」
「衛兵の内通者は、なぜ協力を?」
「金に困っていたようだ。本人は手を染めていなかったが、情報提供や見逃したりと便宜を図っていた」
「罪に問われますか?」
「衛兵という立場を利用して、麻薬取引や栽培を手助けしている。当然罪に問われる」
「そうですか」
衛兵など辞めて完全に手を染めた方が稼げると思うけど、組織側からすれば衛兵だからこそ利用価値がある…か。
「率直に言うが、衛兵が悪事を働かないというのは幻想だ。俺も1歩間違えばそうなる」
ボリスさんの口からこんな言葉を聞くなんて、ちょっと前なら考えられない。
「だが、大多数の衛兵は国民を守るという使命を全うしたいと考えている。そして…悪事に手を染めたとしても、心根には衛兵の誇りが残っていて苦悩しているんだ」
「そうなんですか」
「理解できないか?」
「人の心が変化するのはわかります。ただ、苦悩しているかは親しい人しかわからないかと」
見ず知らずの他人の心境について予想するのは難しい。亡くなってしまった人の気持ちを想像するのと同じで、もっと情報があれば推測できるかもしれない…くらい。仲間であるボリスさんだから理解できること。
話も一区切りしたところで、カフィを淹れて差し出す。
「話は変わるが、フクーベにお前が起こした事件を調べている新聞記者がいる」
「ボクが起こした事件とは?」
「忘れたのか?裏カジノやグランジの件、偽サバトに花街の件もだ。無関係の事件もあったが少し気になってな」
「名前は?」
「ツァイトだ。知ってるか?」
「名前と顔は知ってます。一度だけ会って話したことがあるので」
記事への熱意を感じたアヴィソ。怪しい猫仮面の話を真剣に聞いてくれた人だ。
「俺も顔見知りで、なぜ調べているのか確認したがはぐらかされた。だが、事件の共通点を探っている風で言葉の節々からサバトの仕業だと睨んでいそうだったな」
「勘のいい方ですね」
「やがて突き止められるかもしれん」
「その時はその時です。ツァイトさんにサバトを追う理由があって、バレてしまったならなるようにしかなりませんし」
新聞に載せられなければ別に構わない。それだけは断固阻止したいけど。
「素性と居場所と公表されたらどうする?」
「無意味に人が集まるようならこの場所から去ります」
ボク自身も嫌だけど、なにより師匠が許さないだろう。注目されたならあの人は二度とこの場所に住まない。内緒にしてくれて、信用できる友人ばかりだから帰ってきてもなんとか説き伏せる自信がある。これまでの生活についても許してもらうつもりだ。どんな手を使っても。
「旧知の仲なら訪ねてみるのも手かもしれん。「なぜ探している?」と」
「勘違いだったら恥ずかしいのでやめておきます。それに、今までサバトだと初見で断言されたことは一度もないので」
「お前はサバトか…?」と訊かれたことは何度かあるけど、外国から来たタチの悪い奴ばかり。正直に答えなければ信じなかった気がする。ライアンさんやアニェーゼさんは、ボクがサバトだと事前に知ってたけど、知らなくても見抜かれていたと思う。
「声や雰囲気でバレてしまう可能性は?」
「充分あり得ますね」
スザクさんは簡単に見抜いた。
「まだ素性が判明していないこと自体が奇跡に近いがな」
「変な面を被った魔法使いなんて、珍しさだけですぐ飽きられます」
「話がズレているが…まぁいい。ところで、1つ頼みがある。相手の噓を見抜けるような魔道具を作れるか?尋問に使いたいんだが」
「ボクには無理です。感情の揺れを感知する魔道具ならありますが、噓は見破れないと思います」
「感情の揺れ?」
「見てもらいましょうか」
魔道具を持ってきて手渡す。
「このレンズが魔道具…?」
「片目に当てて、ボクを覗いてください」
「こうか?……中心に色が映っている。青っぽい…」
「その色がボクの心境を表しています。覗いたまま質問してください」
「お前はサバトか?」
「違います」
「…色が変化した。どういうことだ?」
「噓を吐いたので、感情が動いて色が変化したはずです。自分の色は見えないんですが、人それぞれ違うのは確かです。質問しながら推測した感情を色に当てはめていけば、細かく知ることができるかもしれませんね」
「なるほどな。もう少し質問していいか?」
「全て違うと答えます」
「了解だ。お前は魔導師か?」
「違います」
「番はいるか?」
「いません」
「俺の女装は変だったか?」
「そんなことないです」
次から次へと質問される。
「心の内がなんとなく読めてきた。俺の女装はやはり変だったか」
「…とにかく、訓練を積んだ者でないと完璧に感情を制御できないと思います」
「確かにな。この魔道具を譲ってもらうことは可能か?」
「悪用しないと約束してもらえるなら構いませんが、定期的に魔力の補充が必要です」
「約束する。絶対に悪用しない」
「譲ります」
「信用してくれるか」
「レンズを覗かなくてもわかるので」
魔道具のレンズより自分の嗅覚を信じるし、ボリスさんの性格も知っているつもりだ。匂いに変化はない。
「万が一、俺がこの魔道具を悪用したらお前が止めてくれ」
「言われなくてもそのつもりで、どんな手を使っても返してもらいます」
「ははっ。即答か」
「使いようによっては危険な魔道具なので」
「そうだな。頻繁に使うつもりはないが、ここぞという時に持っているだけで心強い」
「眼鏡のように加工することもできます。そのまま使うと明らかに怪しいですよね?」
「それはいい。是非頼みたい」
「今度来るまでに作っておきます」
眼鏡を作るのは初めてだけど、楽しんで作ってみたいな。
「ちなみに、お前が付けてるモノクルは魔道具か?」
「違うと思うんですが」
あらゆる魔力を付与しても変化はないけど、師匠の所持品だから断言はできない。特定の条件で発動する可能性もある。
「今度フクーベで魔道具の展示会が開催されるぞ。カネルラ各地や外国から集まる。非売品が多いみたいだが」
「いつですか?」
衛兵は警備に当たるらしく開催日程を教えてもらった。是非見に行きたい。見るだけで楽しいだろう。
後日、ボリスさんは約束通り私服で訪ねてきた。
「ニャ~?」
シャノは遠目に警戒しながらも攻撃しない。無理だと思ってたけど、服装が違うだけで意外に誤魔化せてるのかな?
「シャノ。この人は衛兵だけど、友人だから君を攻撃したりしないよ。攻撃してもボクが守る」
「ニャ~…」
嫌悪の対象は衛兵の制服だけかもしれない。
「眼鏡を作っておきました」
「よくできているな」
「木製ですが、眼鏡に触れてさえいれば魔力が補充できるように作りました」
フレームの芯に細く魔法金属を埋め込んである。
「手間をかけた。対価を持ってきている」
「別にいりませんが」
「そうはいかない。ただ、お前が好みそうで、俺が入手できるモノはコレしかなかった」
ボリスさんは、背負っていた袋から箱を取り出してボクの前に置いた。
「開けてみてくれ」
箱を開けると幾つかの装飾品らしきモノが入っていて、どれも禍々しい気配を放っている。
「全て呪具ですね。どうやって手に入れたんですか?」
「事件の押収品だ。証拠品の類は、事件解決後に引き取る者が名乗り出ない場合に限り、一定の期間を置いて廃棄される。…が、呪具は処分に困る最たるモノ」
適切に処置せず廃棄すれば悪用される可能性が捨てきれず、破壊や解呪するにも費用がかかる。確かに厄介だけど興味をそそられて仕方ない。
「本当にもらっていいんですか?研究したいので欲しいんですが、返せと言われてもこのままの状態では返せません」
「被害者、加害者含めた関係者全員に受け取りを拒否されたモノばかりだから返却する必要はない。単に押しつけられたとも言う」
なんとか処分したいんだな。
「利害が一致するのなら心置きなく頂きます」
有り難く呪術の研究に使わせてもらおう。心配をかけるから4姉妹には見つからないように隠しておかないと…。
「悪用はしません」
「この眼鏡をかけずとも信用している。それぞれの呪具の効果は紙に記しておいた」
「助かります」
「ちなみに、解呪できるのか?」
「見た感じだと、この程度の呪いならボクの魔法でも解けます」
「面倒な処理を任せてすまんな」
「こういった案件ならいつでもお待ちしてます」
数多くの呪具を見たい。消滅させるのは闇魔法でも可能で、別に面倒でもない。
「お前ならそう言うと思って…」
ドーン!と追加で箱を出された。おもちゃ箱のように中に呪具が詰め込まれている。遠慮してたのか。
「この数でもいいか?」
「むしろ感謝です。解析した後は解呪して渡すこともできますが」
「必要ない。一度呪われた曰く付きのモノは、元が高級品であっても忌避されてしまう。だから引き取り手がいないんだ」
「よければ今後もボクが引き取ります」
「それは助かる。だが、悪用されると罪に問われる可能性があることを忘れないように」
「了解です」
呪いを嫌う心情は理解できるけど、実にもったいない。決して悪い面ばかりじゃないんだ。身に付けると、能力を向上させたり特殊な効果を得る。引き換えに呪われるというだけ。状態を強化することの困難さを知る者は呪いの凄さを感じるはず。
命に関わらないなら呪具も使いようで、いずれ『浄化』して素材に還元しよう。良質な素材として生まれ変わらせるのはやり甲斐がある。
その後、少し会話して見送るために玄関へ向かう。ドアを開けて外に出ようとするボリスさんを見てふと思った。
「ボリスさん!ちょっと待ってくだ…!」
「ニャ~!」
呼び止めるも時既に遅し。待ち伏せしていたのか、跳び上がったシャノの爪が顔面を捉える。またもや素早く逃走した。
「つぅ…。油断した…」
「すみません。もっと早く呼び止めていれば」
「なぜやられるとわかったんだ?」
「もしかすると…シャノは貴方の持ってきた呪具の禍々しさを感じて接近しなかったのかもしれない…と思ったんです」
「あり得る…な」
身重のシャノは、得体の知れないオーラに近付きたくないはず。常日頃、なにもない場所を見つめたり、なにかを目で追ったりしていて、猫は感覚が敏感なのを知ってる。
結果論だけど、攻撃を回避できたのは呪具を持っていたからこそ。つまり、呪具といえど厄除けの効果あり…というのはこじつけ過ぎだろうか。
ボクはシャノに触れたいから、呪具を身に付けることはしない。子猫への悪影響も避けたいから。楽しみは後に取っておこう。




