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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
625/715

625 残留思念

 ウォルトは早朝から動物の森を駆け回って一休み中。


 シャノの出産が近そうなので、鍛錬でもあまり遠出せず近場を回遊している。魔法で確認すると猫小屋で休んでるっぽい。

 この周辺はダナンさん達が眠っていた場所。埋葬されていたケインさん達が蘇った後は、名が刻まれた大木と共に季節毎に咲く花が残されている。


 木の根に腰を下ろしてお茶を取り出す。


「……ん?」


 花茶で喉を潤しながら気付いた。大木の名前が刻まれた部分が淡い光を放ってる。何度か訪れているけど初めて目にする現象。歩み寄って近くで観察すると、精霊力に見える。


「ユグさんに精霊の力を与えられたから見えるようになったとか…?考えすぎかな」


 気になったので他の大木も確認してみると、同じく名前が彫られた箇所が光っている。好奇心が抑えられない。気になるので触れてみることにしよう。


 ゆっくり手を近づけて光に触れた瞬間、視界が眩い光に包まれた。





 ゆっくり瞼を開くと眼前に知らない者達。


 見覚えのある甲冑を身に着けた者達と騎馬。カネルラ騎士団だ。


「貴方達は…?」


 声を出したつもりが声にならない。掻き消されたというより口が動いただけ。騎士達もボクのことなど見えていないかのように反応しない。この状況はなんだ…?この人達はどこから現れた…?


「国王様。こちらです」


 騎士達の後ろから現れたのはナイデル国王。リスティアやジニアス王子の父親であり、第29代カネルラ国王。かなり遠目だったけれど武闘会の時に見たことがある。


「久しぶりだな…」


 静かに膝をつき、大木に右の掌を添えた。そして、掌が淡い光を放つ。ボクもよく知る『精霊の慈悲』だ。リスティアが受け継ぐカネルラ王族のみが操る癒しの力。今代の王族ではリスティアしか操れないと聞いたけれど。


 騎士達も掌を胸に添えて黙祷を始め、祈りを捧げている。


「クライン様。こちらを」

「うむ。すまんな、グリアム」


 クライン様…?まさか…ナイデル国王ではなく、クライン国王…?瓜二つだけどコレは夢なのか…?声は聞こえるけど感覚や匂いはない。


 自分自身の姿はハッキリ視認できるのに、すぐ傍にいる騎士達には完全に無視されている。夢だと考えるのが妥当。ただ、妙に現実的で不思議な感覚。ぼんやりしたいつも見ている夢と違って臨場感に溢れていてリアルだ。


「久しぶりに槍を振るいたくなった。お前達に見てもらうタメに来たのだ」


 クライン国王はグリアムと呼ばれた騎士から真紅の槍を受け取り、騎士達は距離をとる。


「フゥゥ……。ハァァッ!」


 大木を前にクライン国王は槍を振るう。力強く鋭い槍術であるのに、踊っているかのようで華麗な槍捌き。身体の一部かのように槍を操る。

 素人でもわかる洗練された動きは、ダナンさんの言葉が真実だと感じさせる。クライン国王は、槍術組の筆頭実力者ムバテさんも届かぬ槍の天才であったと。


 しばらく槍を振るったクライン国王は、槍を片手に大木に語りかける。


「カネルラは必ず復興する。お前達が転生するその時まで、笑って過ごせる国で在り続けると誓おう。今しばらく眠っていてくれ」

 

 その後も不思議な夢はしばらく続いた。



 ★



 ウォルトは森を駆け、正午を過ぎた頃に王都に辿り着いた。いつものごとく東門の爽やかな門番に挨拶して、脇目も振らず王城を目指す。


 門に辿り着くと、立哨はお馴染みのトニーさんだ。ボクが訪ねると毎回のように立っている。


「トニーさん、お久しぶりです。フクーベから来た…」

「ウォルトじゃないか。さすがに顔を覚えたぞ。いつも同じ格好だしな」

「今日はダナンさんとシオーネさんはいらっしゃいますか?」

「訓練時間中だから訓練場だと思うぞ」

「大体いつ頃終わるのでしょうか?」

「あと1時間くらいか。今日は早練で、昼からは休息のはず」

「わかりました。また後ほど伺います」

「来たことは伝えておこう」


 今日はダナンさん以外にも用がある。次にやってきたのは王都の外れにあるケインさん達が共同生活を送る家。ダナンさんが倒れたとき以来の訪問。先人達は修練に励んでいた。


「ウォルト。久しぶり。勝負しろ」

「お久しぶりです、ムバテさん。手合わせするのは構わないんですが、皆さんと話した後でもいいですか?」

「いい」


 ケインさんやサグロさん達も含め、全員に集まってもらう。


「皆さんにお願いがあってきました」

「どうしたんだ?」

「ボクと一緒に動物の森へ行ってもらえませんか?」

「構わないが、なにかあるのか?」

「理由は現地でお伝えします。無理なら構いません」

「行くに決まってる」


 全員が同意してくれて有り難い。ダナンさんとシオーネさんの訓練が終わるまでは時間があるので、ムバテさんと手合わせする。


「せいっ!ハァッ!」

「シャアッ!」


 闘気の槍を手に手合わせしてもらったけれど、終始押されっぱなしで手合わせは終了。体格に似合わぬ大型のランスは脅威。どうにか凌ぎきっただけで、やはり素人槍術では敵わなかった。


「お前は大したもんだ。闘気のみでムバテの槍を躱しきるんだからな」

「防御に専念したのでどうにか。体力に自信はあるんですが、かなり危なかったです。まったく反撃できませんでした」


 英霊であるムバテさんの体力は無尽蔵。ただ、闘気には限界があるようで、枯れたところで手合わせは終了となった。


「ウォルト~!次は倒す~!」

「次も負けません」

  

 会話しながら王城に辿り着くと、ダナンさんとシオーネさんは門前にいた。


「ダナンさん、シオーネさん、お久しぶりです」

「御無沙汰しております。トニーから話を聞いてお待ちしておりました」

「私もです」

「皆さんにお願いがありまして…」


 ダナンさんとシオーネさんにも動物の森への同行を願うと、二つ返事で同意してくれた。


「カリーやルビーを連れてくるのでお待ち下さい」


 騎馬も揃って準備万端。皆が頬擦りしてくれてモフりモフられ。元気そうでよかった。


「同行するのは我々だけでよろしいのですか?」

「はい。よろしくお願いします」


 王都を離れ動物の森を駆ける。先人達は分かれて乗馬し、ボクが騎馬達を先導する。併走するカリーが『念話』を飛ばしてきた。


『ウォルト。どこへ向かってるの?』

『皆が埋葬されていた場所だよ。そこで伝えたいことがあるんだ。もしかすると「ふざけるな」って怒られてしまうかもしれないけど』

『私が許さない。全員蹴り飛ばしてバラバラにする』

『ダメだよ』



 休みなく駆けてダナンさん達が埋葬されていた場所に辿り着いた。先人達は騎馬から降りる。


「ココに来るのは久しぶりですな」

「花が綺麗だ」

「いい」


 周囲を見渡す皆に告げる。


「この場所で、皆さんにお伝えしたいことがあります」

「伝えたいこととはなんですかな?」

「突然ですが、ボクはクライン国王にお会いしました」

「…なんですと?」

「お前は…なにを言ってんだ?」


 この反応は至極当然。


「正確には、現実ではなく意識の中で…なんですが」

「夢の中ってことか?」

「最初はそう思っていました。ですが、おそらく違います。皆さんに判断してほしくて遠い所までご足労願ったんです」

「言葉の意図を掴みあぐねておりますが、貴方が冗談を言うはずもありません。詳しくご説明を」

「はい。少しだけ時間を下さい…」


 局限まで集中して魔力を練り上げる。


「皆さんに…ボクが目にしたモノをお見せします…。果たして夢であったのか…」


『幻視』を発動して目にした光景を森に反映する。この場所に…寸分違わず重ね合わせて。


「…うぉぉっ!」

「なんということだっ…!信じられんっ!」

「クライン様っ!」

「先輩達がいますっ!騎馬達もっ!」

「ヒヒン!」


 やはりそうか…。


「ボクが意識の中で目にした光景を魔法で再現しています…。しばらく集中を続けます…」

「お前は……なんて魔法を操るんだ…。信じられない……」


『幻視』で声は再現できない。けれど、今のボクは魔法で声や音も表現できる。集中だ…。


「久しぶりだな…」


「クライン様の声っ…!」

「再び聞くことが叶うとはっ…!」


「クライン様。こちらを」

「うむ。すまんな、グリアム」


「グリアム団長がっ…!」


「久しぶりに槍を振るいたくなった。お前達に見てもらうタメに来たのだ」


 始まったクライン国王の演武に魅入る先人達。動作はしかと脳裏に焼き付いている。あまりに見事だったクライン国王の演武は、ダナンさんやテラさん、ムバテさんと槍術で手合わせしていたおかげで動きがスッと頭に入ってきた。


「クライン様は……新たな動きを取り入れてらっしゃる…。見たこともない…」

「うむ…。あの華麗な槍捌きを…時を超えて再び目にできようとは…」


 やがて演武は終わり、クライン国王が告げた。


「カネルラは必ず復興する。お前達が転生するその時まで、国民が笑って過ごせる国で在り続けると誓おう。今しばらく眠っていてくれ」


 ダナンさん達は俯いて肩を震わせる。カリーやルビーも傍で静かに佇む。


 クライン国王は全ての大木に『精霊の慈悲』を使い、先人達に贈るように型の違う演武を続けた。全てを終えて、優しく微笑む。


「復興に向け、俺も国民も忙しい日々を送っている。槍を振るうこともままならない。だから、俺の心と共に置いていこう。常にお前達と共にある。グリアム、頼む」

「はっ!」


 数名の騎士が協力し、大木の全てを見渡せる離れた場所の土を掘り起こし、真紅の槍を埋めた。


「シャガテが存在するならば、いつの世か必ず巡り会うだろう。その時を楽しみにしている。たとえ俺が俺でなくとも、お前達がお前達でなくとも、この国で共に笑おう。カネルラの一国民として」






『幻視』を消滅させてからしばらく、先人達は動かなかった。誰も声を発せず静かに佇んでいた。ボクも静かに立ち尽くす。


「……ウォルト殿。此度の魔法……拝見させて頂き感謝に堪えませぬ…」


 ダナンさんが深く頭を下げた。


「伝えるか迷ったんです。ボクの妄想……単なる夢である可能性もありました。ただ、大木が教えてくれた気がしています」

「どういうことですかな?」

「今朝、この場所を訪れたとき、大木が放つ淡い光に触れて意識を失って今の光景を目にしたんです。憶測ですが、大木に刻まれた遙か昔の記憶ではないかと」


 今はもう名が刻まれた箇所も光っていない。ユグさんから精霊力を授かったからこそ見ることができたと思える。ダナンさん達に伝えたことでボクの役目は終わったんじゃないだろうか。


「夢と考えるには出来すぎております…。クライン様もグリアムも…騎士団の同僚や騎馬達も我々の知る人物そのものでした…。その通りであると思われます」

「そうだな…。グリアムの憎たらしい顔は忘れようもねぇ…。生意気に神妙な顔してやがった……」

「傷が増えていました…。生き残った皆さんも…」

「ヒヒン」


 ケインさんやシオーネさん達も会話に加わってくれる。


「記憶が朧気になる前に伝えたかったんです。鮮明に焼き付いた記憶がある内に。寸分違わず再現できたと思います」

「ウォルト。感謝」

「貴方は…本当に凄い魔法使いです。まさにクライン様達がこの場にいるかのようでした。錯覚などという次元ではありません」

「本当は槍をお届けしようと思ったんですが、説明が難しいと思って」

「そうか。真実であればクライン様の真紅の槍が埋まっているはずだ」


 皆で槍が埋められた場所へ移動する。


「おい、ダナン。掘り起こしていいと思うか?」

「クライン様は…我らと共にと仰られた。もうこの場所には誰もいない。孤独に見守って頂くワケにはいかぬ…」

「…だな。丁寧に掘るぞ」


 闘気で造形したスコップを渡し、皆で丁寧に地面を掘り起こす。


「……あったぞ」

「まさしく…クライン様の槍…」


 表面は錆びて、多少劣化しているけれど意識の中で見た槍と同じ。同行した数名の魔導師が『保存』らしき魔法を付与していた。だからこそ状態が保たれているのだろう。数百年もの間、朽ち果てることなく形が残っていることが凄まじい。


「王都へ持ち帰り…ナイデル様に返上する」

「あぁ…。そうしようぜ…」


 慈しむように全員がそっと槍に触れている。槍に語りかけるように。ケインさんがボクに向き直った。


「ウォルト。教えてくれて感謝しかない」

「偶然気付いただけです」

「関係ない。他の誰があんな魔法を見せられるというんだ。俺達は…全員がもう逝ってしまっても構わないと思っている」


 先人達は揃って頷いた。天に召されクライン国王の元へ…と考えているのかもしれないけど…。


「時期尚早ではないでしょうか」

「…なぜだ?」

「クライン国王が披露した槍術を騎士団に伝授していません。クラン槍術の継承は皆さんの指導がなければ困難で、素人のボクですら次世代に繋いでほしいと思える見事な演武でした」


 演武にどんな意味があったのか、どんな言葉や心が込められているのかわかりようもない。けれど、そう思った。


「確かに…俺達にしかできねぇな…」

「クライン様は…我々が各々得意とする槍術を元に新たな演武を編み出されていた…。我々への餞やもしれぬ…」

「国王様、凄い。燃える」

「…よっしゃ!帰って修練だ!ダナン!若い騎士にも教えてやれ!」

「言われずともそのつもりだ。まず己が習得するところからだが」


 クラン槍術の技能を後世に伝えるのは、クライン国王が生きた証を伝えること。なによりの喜びだとダナンさんは言った。


 そう願う。クライン国王については、賛否両論で語り継がれている。けれど、慈悲深くカネルラを愛する国王であることは間違いない。埋葬された1人1人に語りかける姿を目にして理解した。ココにいる皆さんとは切磋琢磨した仲間だけど…おそらくクライン国王は国民に分け隔てなく同じ想いを抱き、同様の行為を施しているに違いない。合同墓地やその他の場所でも同じく。

 匂わずとも、語る声や表情から感じた。親友であるリスティアに似ていると…あの子の先祖だと強く感じたんだ。


 セロに煽動されたプロカニルの侵攻による戦争の勃発は不可避だった。陣頭指揮を執り、祖国を守る為に己も勇敢に戦ったと云われる好漢。

 カネルラが最も混乱した時代に、国民を統制して乗り越えた偉大な国王。そんなクライン国王が見せた稀少な槍術を後世に残してほしい。


 カネルラの安寧に人生を捧げた偉大な先人達に、この地で見守ってきた大木からの贈り物を渡せてよかった。



 ★



 ダナン以下騎士達は王都へ帰還して直ぐに拝謁を願った。日を跨がずに叶うこととなり全員で臨む。


「ダナン。何事か?」

「ナイデル様に…こちらを献上致したく」


 眼前に赴き、跪いて真紅の槍をお渡しする。


「コレは…?」

「クライン様が愛用された槍で御座います」

「なに…?クラインの愛槍…」


 槍を手にしたナイデル様はクライン様に瓜二つ。流れもしない涙がこみ上げてくる感覚。


「本日、動物の森にて400年の時を超え発見するに至りました。御子孫であらせられる国王様に返上させて頂きたく」

「そうであったか…。心より感謝する。だが、よいのか?執心と言わずとも其方達にとって特別な品であろう」

「恐れ多いお言葉。僭越ながら我々も触れさせて頂きました」

「動物の森にて発見されたということは……此度の件サバトが関与しているのだな?」

「その通りで御座います。御仁の協力により槍の所在が判明し……稀有な魔法に我々は深く感銘を受けたのです」


 ケイン達も深く頷いた。


「あいわかった。サバトは一切の返礼を望まぬのであろう?」

「御仁に限り些かもあり得ませぬ」

「俺も謝意は心の内に留めるとしよう。クラインは王族墓地に埋葬されているが…王城から遠く離れていた心が戻ってきたのだな」

「仰る通りで御座います」

「歴代国王の中でも特に慈悲深き男と云われている。槍が城に戻ろうと、未だ心はカネルラ各地に散らばり納得いくまで見守るであろう。俺の代で王都へ帰還できるとよいが」


 ナイデル様は笑顔を浮かべた。我々もよく知る表情に心が揺さぶられ、血脈は確実に受け継がれているのだと強く感じる。


 現役騎士ではない我々は、クライン様の御心と技術を次世代へと繋ぐ使命があり、それがウォルト殿への返礼になると信じたい。

 絶対に認めぬと思うが、私はウォルト殿にもクライン様と近しいモノを感じた。別れ際、私の要望に応え魔法でクライン様の姿を模して行った槍の演武は見事だった。


 武とは、姿形を似せるだけでは張り子であると見抜かれてしまう。心技体が揃ってこそ。槍の技量は遠く及ばずとも、心の内を映すような素晴らしい演武を見せてくれた。

 時代は違えどクライン様との邂逅を果たし、魔導師としても成長するであろう。感性豊かな御仁は全てを今後の糧とするはず。


 そして、意図せず我々と共にクラン槍術の伝承に協力してくれると信じている。

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