624 始末屋の決断
ソフィアの足が治った翌日。
親子で起きて直ぐに宿の女将が朝食を運んでくれた。
「おはようさん。朝飯の時間だよ。たんとお食べ」
「あぁ。ありがとう」
「いただきます!」
部屋でソフィアと朝食を食べる。
「とうちゃん。きょうはテムズくる?」
「来ない」
「なんで~?」
「テムズは忙しいんだ」
「ぶぅ~!」
昨夜、カネルラに残るか否かという会話をしたあと、サバトは直ぐに森へと帰った。同居人がいるらしく、危害を加える可能性がある者かを確認するために、結界に入ってきた俺と接触を図ったと言っていた。
アイツにも守るべき者がいる。共に竜を倒した仲間か。それとも家族か。サバトは「3日以内にもう一度宿を訪ねます。いなくても構いません」と笑った。それまでに身の振り方を考えろということ。
「…うちゃん。…とうちゃん!」
「あ、あぁ。なんだ?」
「みえるようになったのに、なんでめがしろいの?」
「念のためだ」
「ふ~ん。へんなの」
サバトの魔法で瞳の色だけ変化させている。急に目が見えるようになったら宿の女将も驚くだろうと。信じられないが、変色の効果は軽く1年以上保つらしい。噓のような魔法を操る男。
とにかく目立ちたくないと言ったのは本気のようだ。秘匿することを約束しているから、誰にも言うつもりはない。人は思った以上に他人を観察していることを生業から知っている。見てないようでよく見ているから仕事の時は細心の注意を払う。
「ソフィア。テムズのことは誰にも言うなよ」
「とうちゃ~ん、しつこいよ!」
「嫁にいきたいんだろ?話したら二度と会えなくなるぞ」
「いやっ!テムズとけっこんするっ!」
なぜ初対面のサバトにこだわるのか理解できないが、輩を連れてくるより数倍マシか。親として恩人なら納得がいく。
「10年たったら、アイツはおじさんだがな」
「かんけいない!おとこはかおじゃないもん!」
アクサナ。間違いなくお前に似たな。
「一度会ったくらいで、いい男かどうかなんてわかるはずもない。テムズもいい男を捕まえろと言ったろ?普通に暮らせばいいんだ」
「おんをわすれるなって、とうちゃんいつもいってる!」
「恩は忘れるな。けれど、それに縛られるな」
「むずかしいぃ~」
「あと、俺は結婚を認めたワケじゃないからな」
「うそっ!?なんで?!」
なぜ5歳児と将来を語り合っているのか。10年先の話だと思っていた。エルフであるサバトは、かなりのジジイである可能性が高い。しかも顔に大火傷を負ってるという。娘がそんなエルフに嫁ぎたいと言い出すなんて考えたことすらなかった。昨日までは。
「とうちゃん」
「なんだ?」
「いえにかえってもいいよ」
「カネルラに残りたいんじゃなかったのか?」
「とうちゃん、かえりたいでしょ?」
「そうだな…」
「かあちゃんにあいにいこう!なおったっておしえたい!」
「テムズはいいのか?」
「びじんになってあいにくる!おとなになってからカネルラにすむ!」
「そうか」
サバトにもらった未来だ。押しかけ女房でもなんでも好きに生きればいい。10年言い続けていられるならな。
「帰る前に、カネルラを見て回るか」
「いく!」
ソフィアを背負い、女将にしばらく留守にすることを告げて宿を出る。周囲がハッキリ見えすぎて気持ち悪いくらいだ。見えなければ嫌でもソレが普通になる。
「行きたいところがあるか?」
「ん~……さんぽする!」
「そうか」
フクーベの街中をのんびり歩く。
「アヴェスとぜんぜんちがうね!」
「そうだな」
故郷はカネルラより気候も寒冷で、住んでいる場所も人里離れている。なんというか暖かくて活気がある。
「とうちゃん!あれなに?!」
「屋台だ。店だな」
「いいにおい…。たべよう!」
「さっき食ったばかりだろ」
「いっぱいたべて、はやくあるけるようにならなきゃ!」
「しょうがないな」
ここ何カ月かは、まともに外出もさせてない。たまにはいいか。屋台に寄って串焼きを買う。
「お嬢ちゃんは足が悪いのか?沢山食べて元気出せ。サービスで大っきいのをやるよ」
「ありがと!はやくあるけるようになる!」
「はははっ。その意気だ。頑張れよ」
関係ない子供まで励ますか。
「うまぁ~い!」
「喉に詰まらせるなよ」
歩いているだけなのに、いろんな情報が入ってくる。路地裏からは獣人のケンカする声。人間のカップルの甘い囁きも聞こえる。
聴覚や嗅覚の鋭さはこのまま継続するか。それとも、視覚が戻ったことで元に戻るのだろうか。
ふと気付く。フクーベの子供達は綺麗な服を着ている。ソフィアが着ている服は、古くてサイズも小さい。その辺りの買い物はアクサナに任せていた。俺に女児の服を選ぶセンスなど皆無。
「ソフィア。お前の服でも買うか」
「なんで?」
「お洒落な方がテムズは喜ぶかもしれないぞ」
「じゃあ、かう!」
サバトをダシに使えば簡単だな。感謝しよう。通行人に尋ねると、少し先まで歩けば服屋があるという。行ってみるとするか。
「いらっしゃい!」
店に入ると、元気のいい獣人の店員に声を掛けられる。
「この子に服を買ってやりたい。見繕ってもらえないか?」
「私でいいの?」
「目もよく見えないし、疎いんでな」
「ふ~ん。この子の名前は?」
「ソフィア!」
「じゃあ一緒に服を選ぼうか。私はサマラだよ。よろしくね。歩ける?」
「病み上がりで歩けないんだ」
「そっか。私に任せなさい!」
獣人は軽々とソフィアを抱き上げた。女でも力が強いのは知っている。
「お父さんはどうする?座っててもいいよ。椅子出そうか?」
「いや。このままでいい」
「りょ~かい。どのくらいの予算でとかある?」
「特にない」
2人は服を選び始めた。
「ソフィアはどんな服がいいの?」
「せくし~なやつ!」
ぐふっ…!
「なんで?」
「きれいになりたいの!」
「そっかぁ~。気持ちはわかるぞ~。気合い入れて選ぼう!」
「うん!」
……冷静になれ、だな。2人で仲良く服を選んでいる。この獣人は優しくちゃんとソフィアの話を聞く耳を持ってる。店員なのも納得だ。アヴェステノウルの獣人は、男女問わずとにかく過激な奴が多い。
「ソフィアは年上を狙ってるのか~。いいね~」
「ぜったいにけっこんするの!」
「その意気だよ」
「すっごいまほうつかいなんだよ!」
「へぇ~。ってことは、かなり年上だね」
マズいか…?名前まで口走りそうだ。だが、「子供が話してしまうのは仕方ない」とサバトは笑っていたな。だからこその変装と偽名なんだろうが。
「ソフィアのあしをまほうでなおしてくれたの!」
「凄いね。格好いい人なの?」
「そうでもないけど、かおですきになったわけじゃない!」
「あははっ!いいねぇ~!すごくいい!」
容姿は好みではないのか。とりあえず、この店員に任せてよさそうだな。気が合っていそうだ。
「すまないが、俺は外に出ている。終わったら教えてくれ」
「りょ~かい!」
「とうちゃん!まってて!」
「あぁ。ゆっくり選べばいい」
店を出て直ぐに声を掛けられる。
「ちょっといいか?」
近寄ってきたのは格好からして衛兵。2人いる。
「なんだ?」
目を合わせることなく聞き返す。
「お前は、『惨禍』グレゴリーか?」
やはり気付かれたか。いつから知られていたかわからないが、カネルラとてやるべきことをやる国。だからこそ平和を保っている。
「そうだ」
「すんなり認めるか」
「こんな特徴のある目をして、誤魔化しようもないだろ」
「この国に来た目的は?」
「目の治癒師を探しに来た。フクーベにいるのは、動物の森にいると噂されるサバトを探しているからだ」
「…なるほどな」
盲目を装って話しているが、理由として信用しないだろう。俺が衛兵なら信じない。
「自分が国際犯罪者リストに載っていることは、知っているな?」
「当然だ」
「お前の主張が虚言でないという証拠は?」
「娘と一緒に来た。仕事なら連れてこない。店の中にいる」
店の中を覗き込む衛兵。1人は目を離さず俺を警戒している。群衆の面前で刃を抜くほどバカじゃないが。そして、コイツに負けはしない。
「いつ出国する?」
「なんだと?」
「いつアヴェステノウルに戻るのかと訊いている」
「遅くとも明後日だ。3日間フクーベに宿をとってある。捕まえるつもりじゃないのか?」
「なにか事件を起こしたと自白するのか?」
「なにもしてない。やるつもりもない」
到底信じるとは思えないがな。
「だったら監視をつけさせてもらう」
「なに?」
「カネルラを出るまで監視させてもらうと言っている。いいな?」
「構わないが…甘いな」
「事を起こせば当然対処する」
「お前らが俺を止められると思っているのか?」
目が見えない状態でも負けないだろう。だからここまで仕事を続けてこれた。目が見えなくともなんとかやってきたんだ。
「おい、ボリス。詰所に連行するべきだ。いくら盲目でも、名の知れた殺し屋を野放しにするべきじゃない」
「なんの罪状だ?リストに載っているだけでは逮捕できない。カネルラで手配されてもいない。その代わりに張り付く」
この衛兵はまともだが、随分と軽く見られている。
「俺は事を起こす直前に捕まるようなヘマはしない」
「事件を起こさないなら関係ないだろう。これで話は終わりだ」
舐められている気がするが、暗部が近くに潜んでいる可能性もある。監視されるだけなら逆に安全といえる。
…と、店員が顔を出した。
「ソフィアの服、選び終わったけどどうする……って、ボリスさんじゃん」
「久しぶりだな、サマラ」
コイツらは知り合いなのか。
「なにしてんの?」
「ちょっと世間話をしている。目が見えてないようだったんでな」
「そっか。…で、ソフィアはお父さんに見てほしそうにしてるよ」
「直ぐに行く」
衛兵を無視して店に入ると、ソフィアは可愛らしい服を着て椅子に座っていた。
「とうちゃん!どう!」
「……いいんじゃないか」
「でしょ!サマラといっしょにえらんだの!」
「そうか」
2人は満面の笑み。
「似合ってる!これからもお洒落に頑張ってよ~!」
「ありがと!がんばる!」
代金を支払って店を出る。さほど高くもなく、いい買い物だった。衛兵は…相当離れて付いてきているな。宣言した通り動くつもりか。
人当たりのいい獣人にクソ真面目な衛兵。なにもかもが、アヴェステノウルと違いすぎる。
★
「昨日の内に、2人で出ていっちまったよ」
「そうですか」
カネルラに残る意思を最終確認するために、グレゴリーとソフィアが泊まっていた宿を訪ねたウォルト。
女将さんがもう泊まっていないことを教えてくれた。アヴェステノウルに帰ってしまったのだろう。
「アンタがテムズだろ?グレゴリーが渡してほしいってさ」
「ボクにですか?」
「そうさ」
手紙を受け取り、気になるので直ぐに目を通す。グレゴリーさんの手紙には、やはりカネルラに住むことはできない旨が書かれている。『ソフィアが住むにはいい国だと思うが、そのタメに俺が一生を捧げる覚悟はない。アヴェステノウルに帰る』と。
最後には『貴方にはいずれ礼をさせてもらう。ソフィア共々治療してくれたことを心から感謝している』とも。
ポツリと女将さんが呟く。
「大丈夫かねぇ。目の悪い父親と足の悪い娘が2人で生きていくのは大変だろうに…っと、いらっしゃい」
客が入ってきた。邪魔にならないよう宿を出る。
リスティアにお願いする必要はなくなった。「ここだけの話にする」と言ってくれて、もしカネルラ残留の意思を示したなら、国王様にも掛け合うとまで。けれど、そうはならなかった。お節介してしまったのはボクの我が儘。
グレゴリーさんは自分を始末屋だと言っていたけど、仕事の内容はさておき常識のある大人で子を強く想う父親だという印象。なぜそんな仕事をしてるのか知らないし、知ったかぶりもしたくない。だから思うままに動いてみた。
ソフィアのためにそんな選択があってもいいんじゃないかと思ったんだ。愛娘のタメに遠い異国の地まで足を運べるような父親なら。名の知れた犯罪者、しかも殺し屋を国に残す危険性を承知しながら、リスティアは理解を示してくた。
カネルラには暗部という実績がある。東洋の暗殺者集団が母体となって誕生した暗部は、今ではカネルラを守護する集団に変貌を遂げなくてはならない存在。
だから、「本人のやる気次第だね」と頭ごなしに否定しなかった。グレゴリーさんの出方次第では反対されようと交渉してくれたはず。
あの人が故郷で生きていくのを選んだことは納得しかない。同じ立場なら、ボクもカネルラに帰りたいと思うだろう。神木と人の融合という稀有な事象を目の当たりにして新たな知識を授けてもらったし、ソフィアを治療できたことは嬉しかった。
まだ5歳の小さな女の子。精一杯生きてほしい。




