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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
623/715

623 生きていく覚悟

 フクーベに辿り着く頃には夜を迎えていた。


「この宿だ」


 サバトと共に宿に入る。


「いらっしゃい…って、お帰り」


 女将の声だ。


「あぁ。ソフィアは飯は食べたか?」

「腹一杯食べてくれたよ。寂しそうにしてたから、早く顔を見せてやりな」

「助かる」

「一緒にいるのは、お客さんか?」

「私はソフィアの足を診にきた医者です」

「そうかい。医者を探しに行ってたのか。アンタの顔は初めて見るね」

「最近フクーベに来たばかりなんです」


 サバトは街に入る前に「人間に変装する」と言った。そして、人前ではサバトの名を呼ぶなと。俺には見えないが、どうやら違和感なく変装しているようだ。共にソフィアの待つ部屋に入る。


「…とうちゃん!」

「戻ったぞ」

「いいこにしてた!…よこのおにいちゃんはだれ…?」

「ボクはテムズ。ソフィアの足を治すために来たんだ」

「ソフィアのあし、なおせるの…?」

「約束できないけど、もしかしたら治るかもしれない。足を診せてもらっていいかな?」

「……いやっ!」

「ソフィア。我が儘を言うな」

「だって……いつもなおらないっていうもん!」

「お前の足は難しい病気なんだ。だから、いろんな医者に見てもらわなきゃならない」


 子供ながらに嫌なのはわかるが。


「ソフィア。お父さんは頑張ってボクを探してくれたんだよ。目が見えないのに、何時間も危険な森を歩き回ってたんだ」

「そうなの…?」

「本当だよ。それに、君の足を治したいのはボクも同じだ。だから、少しでいいから診せてほしい。痛くないし、できるだけ早く終わらせると約束するよ」

「……わぁっ!」


 なんだ…?ソフィアはなぜ驚いている…?


「お近づきの印に受け取ってくれるかい?」

「きれ~!とうちゃん!テムズがきれいなはなたばをくれた!まほうなの?!ありがと~!」

「そうか…」


 魔法で花を出したということか?聞いたこともない。


「魔法で診てもいい?」

「う~ん……ちょっとならいいよ!」

「ありがとう。ソフィアは動物は好き?」

「みたことないけど、いぬがすき!」

「じゃあ…」

「…うわぁぁ!すごい!ちっちゃいいぬだ!かわいい!」


 今度は魔法で動物を出したのか…?本当か…?


「寝たままでいいから一緒に遊んでて。直ぐに終わるから」

「うん!」

「お腹に触ってもいいかい?」

「いいよ!」

「ありがとう。グレゴリーさんは椅子に座っていてください」

「あ、あぁ…」


 治療で俺の出番はない。椅子に座りぼんやり見えているサバトの輪郭だけ見つめる。


 これほど早くソフィアを手懐けた男は初めてだ。子供が好きなのか。ソフィアの腹に手を添えてなにか探っている風。探るなら足だろうになにを考えている?


「ふふ~っ!いぬ、くすぐったい!」

「本当の犬は、噛んだりするから触るときは気を付けて」

「そうなの?!こわい!」

「悪気はないんだ。目を見てゆっくり話しかけたらわかってくれるよ」

「そうする!」


 2人はのほほんと会話している。真面目に診察しているのか?


 診察すること20分ほど。


「ソフィア、終わったよ。ありがとう」

「あし…なおる?」

「大丈夫だと思う」

「それは本当かっ?!」


 立ち上がって思わず大きな声を出してしまった。


「まだ確定ではありませんが」

「そうか…」

「ソフィア、少しだけ寝てもらっていいかい?」

「ねむくないよ?」

「寝てる間に足が治ってるかもしれないよ」

「じゃあ、ねる!」

「いい子だね。魔法をかけるよ。おやすみ」

「……すぅ」


 全てが無詠唱でいつ魔法を使ったのかすらわからない。凄まじい男だ。


「このまま治療していいですか?」

「頼む。よく見えないが、横で見ていてもいいだろうか?」

「少し手伝いをお願いします」


 サバトの横に立ち、横たわるソフィアを見つめると、静かに寝息を立てているのが聞こえる。


「今からなにをするのか、説明してもらっていいだろうか?」

「ソフィアの体内に残っている種を取り出します」

「種…?」

「過去にパナケアを煎じて飲ませたことがありますか?」

「なぜわかる?」


 ソフィアが高熱を出したとき、薬師に頼んで熱冷ましにと飲ませた。頭は悪いが、パナケアが万能薬であることくらい知っている。


「パナケアはすり潰した枝や葉を煎じて調合するのが基本ですが、薬師が種も一緒に煎じてしまった可能性があります。おそらく、パナケアの種が体内に残り、成長することで同化現象を引き起こしています。つまり『木化病』は病ではありません」

「そんなことがあり得るのか…?」

「友人が1つの可能性として教えてくれました」

「友人…?」

「来る途中の森で聞きました。木に詳しい友人がいるので」


 まさか、あの空白の時間か…?周囲に人の気配はなかったはず…。


「魔法で体内を確認したところ、胃を抜けた辺りに種が残っています。取り除きたいので、軽くソフィアの口を開けてもらえますか?」

「こうか?」

「しばらくそのままで」


 なにやら翳した手を動かしているようだが、やっていることはわからない。だが、凄まじく集中しているのが伝わってくる。


「……取れました」

「まだ5分と経ってないが…」

「見えますか?」


 俺の目の前に手を差し出す。目を凝らしてみると、ぼんやり丸く小さなモノが見えた。


「コレがパナケアの種?」

「正確には種と苗木の間です。ソフィアの内臓に根を張っていました。よく言えば共生、悪く言えば寄生。第2の心臓のように脈付いて、ソフィアの身体は木と同化しようとしていたんです」

「取り出して…この子の身体は大丈夫なのか?」

「教わった方法で根を外し、魔法で取り出しています。身体に負担はかけていません」

「そうか…」

「ソフィアの足に触れてみてください」


 そっとソフィアの足に触れる。


「…あ……あぁぁっ…!」


 指先に伝わる柔らかい感触。人間の…子供の足だ…。


「うあぁぁっ…!あぁ…ぁっ…!あぁっ…!」


 役に立たない両目から…涙が止まらないっ…!



 ★



「テムズ!ありがと♪」

「どういたしまして。直ぐには歩けないと思うけど、練習すれば少しずつ歩けるようになると思う」

「うん!」


 サバトの『覚醒』で目を覚ましたソフィアは大層喜んだ。だが、サバトの説明によると筋肉が弱って足がかなり細くなっているという。これから少しずつ動くようになるはずだと。


「もうたてるかも!」

「やめておけ」

「あまりお父さんを心配させちゃいけないよ」

「やだっ!やるっ!…とうちゃん!たったよ!」

「あぁ…。そうだな…。見える…」


 言うことなど聞きやしない。ぼんやりだが…自分の足で立っているのが見える。この男は……なんて魔導師なんだ…。

 誰もが匙を投げた難題を驚くべきスピードで解決してみせた。俺が来ることなど予想もしていなかったはずなのに。


「サ……テムズ。なんと感謝を伝えたらいいかわからない。貴方が死ねと言うなら、喜んで死んでみせよう」

「必要ないです。願わくば、ソフィアと仲良く暮らしてください。せっかく治ったので」

「そうだな…」


 始末屋をやっていると、家族まで命を狙われる。妻は…報復から守り切れず殺されてしまった。ソフィアを二の舞にしたくはない。この男にどう返礼すればいいのだろう。俺の頭では思い浮かばない。


「後日、全財産を届ける。それで治療費に足りるかわからないが」

「いりません。報酬は事前に約束しましたよね」

「本当に秘匿するだけでいいと言うのか…?」

「充分です」


 信じられん…。お人好しすぎる。


「ねぇ、テムズ。おねがいがあるの」

「なんだい?」

「ソフィアのかあちゃんは、びじんだったんだよ。おぼえてないけど、いつもとうちゃんがいってる」

「ソフィアもお母さんに似て美人になりそうだね」

「そう!もっとびじんになって、テムズとけっこんする!だから……とうちゃんのめをなおして!」


 突然、予想もしなかったことを言い出す。


「ソフィア…。お前…」

「ボクと結婚してどうする気なんだい?」

「ソフィアをぜんぶあげる!なんでもするから……とうちゃんのめをなおして!」


 少し黙ったサバトは、ソフィアに近寄る。


「わかった。治せるように頑張ってみるよ」

「ほんとに…?」

「噓じゃない。でも、治るかはやってみないとわからない」

「テムズならだいじょうぶ!すごいまほうつかえるもん!」

「ははっ。褒めてくれてありがとう。…グレゴリーさん。目を治療していいですか?」

「願ったり叶ったりだが…」

「では、椅子に座って前を見て下さい」


 サバトが顔を覗き込んでくる。


「後天性の偏光症だと思います」

「医者にもそう言われてる。やがて光を失い、視界は暗闇に包まれると」 

「であれば、治療できるかもしれません。見えたら教えて下さい」

「なに…?」


 視界が……だんだん明るくなって……ハッキリとソフィアの顔が見えた。


「見える…」

「もう大丈夫だと思います」

「貴方は……なんて魔導師なんだ……」

「過去に治療した経験があるので」


 不治の病と呼ばれているのに、あっという間だった…。顔を向けると、サバトの風貌は若い人間の男。人のよさそうな顔をしている。


「とうちゃん!みえるようになったの?!」

「あぁ…。お前の顔もハッキリ見える」


 いつの間にか大きくなっている…。またソフィアの姿を見れるとは夢にも思わなかった。


「お父さんの目が治ってよかったね」

「ありがと~!おれいに、ソフィアがテムズをしあわせにするからね♪」

「その気持ちだけで充分だよ」

「けっこん、いやなの?」

「嫌じゃない。でも、ボクがほしいお礼はソフィアが幸せに暮らすことだよ。これから沢山の男性に出会う。その中に君を幸せにできる人がきっといる」

「えぇ~。テムズのおよめさんになっちゃだめ?」

「お父さんの言うことを聞いて、10年後にボクより好きな人がいなかったら考えてもいいかな」

「ながいよぉ~」

「カネルラでは、結婚できるのが15歳からだからね。ソフィアは美人になるんだろう?いい男を選ばなきゃダメだよ」

「テムズがいいのっ!びょうきになってもなおしてくれるからっ!」

「あははっ。しっかりしてるね」


 優しくソフィアの頭を撫でるこの男が竜殺しとは思えない。だが、疑う余地はない。治療だけで魔導師としての並外れた技量がわかる。こんな芸当、他に誰ができるというんだ。


「テムズ。俺は真っ当な人間じゃない」


 人殺しのようなことを生業にする外道。吹き溜まりのような場所で育ち、それしか生きる術を知らない。


「子を大切に想う親だと思いますが」

「目が治ったことによってこれからも仕事をするだろう。ソフィアのためにも稼がなければならない」


 治療した意志に反することになるかもしれない。きちんと伝えておくべきだと思えた。


「どんな仕事をするかは貴方が決めることで、他人がとやかく言うことじゃないです」

「…続けても構わないと言うのか?」

「器用に生きられない人もいます。やりたいのならそれでいい。治したことは後悔しません」


 人のことは言えないが…コイツも大概まともじゃないな。


「身の振り方は真剣に考えるが、決めたことがある」

「なにを決めたんですか?」

「貴方には必ず恩を返す。そして、過去は消せないがカネルラには害をなさないと誓おう」


 過去にはこの国で仕事をしたこともあるが、せめてこの男の周囲を賑わせることはしたくない。


「恩返しはいりませんが、カネルラに害をなさないのは助かります」


 困難な治療が無償などあり得ない。欲のない男だからこそ誰にも知られずに生きていられるのかもしれん。


「ねぇ、とうちゃん」

「どうした?」

「カネルラにすみたい!」

「なんだって…?」

「みんないいひとで、だいすきになった!」


 1つの選択肢だが、現実は厳しい。


「ソフィア…。俺がカネルラに住めば、衛兵に捕まるかもしれない」

「なんで?わるいことしてないのに」

「…どうしてもだ」


 始末屋稼業のことは教えていない。俺はアヴェステノウルで名の知れた犯罪者。視力が落ちたせいで仕事の依頼は激減したが、自惚れではなく全盛期は誰にも負ける気がしなかった。

 あの頃の俺に殺せない奴などいなかったと自負している。それもまだ数年前のこと。今でも国際的なリストに載っているはず。既に暗部や衛兵に入国した情報を掴まれているだろう。こうしている間も監視されている可能性すらある。


「お前だけカネルラに住むか?」

「いやっ!とうちゃんもいっしょに!」

「我が儘を言うな。欲しくとも…手に入らないモノはある」


 失ったソフィアの母親…アクサナの命のように。


「…うれしかったんだもん!やさしくて…ごはんたべさせてくれて…びょうきをなおしてくれて~…!わぁぁ~!」


 泣き出してしまった。サバトがそっと寄り添う。


 全ては…俺のせいだ。悪人が…人並みに家庭を築いてしまった。いっそ、このままソフィアだけでもこの国に置いていけば…。


 …無理だ。できない。俺の宝であるこの子を手放すことなど…。


「生まれ変わる気がありますか?」

「なに…?」

「悩んでいるように見えます。ソフィアのためにカネルラに残ってもいいと思っているのでは?」

「…だったら?」

「相談だけしてみます」


 サバトは部屋から出て行く。


 相談だと…?





 女将に頼んで遅い晩飯をもらい、ソフィアと話しているとサバトが戻ってきた。部屋の外に呼び出され、誰もいない場所に連れて行かれる。


「グレゴリーさん。幾つか質問させてください」

「構わない」

「カネルラに残れるとしたら、ソフィアと暮らしたいですよね?」

「当然だ」

「仮に可能だとして、「カネルラに骨を埋める覚悟が必要だ」と言われたら受けますか?二度と祖国には帰れないという意味です」

「それは難しい。俺の妻…アクサナの墓もある」


 大切な女と思い出は簡単に捨てられない。


「わかりました。話は終わりです」

「待ってくれ。貴方はなにをしてきたんだ?」

「友人に、貴方とソフィアがカネルラに残れる方法がないか相談しました。返答は『できるけど一度死んでもらう』です」

「死ぬ…とは?」

「貴方の名は知られていました。その道では有名なんですね」

「誰と話したんだ?」

「詳しくは言えません。ただ、貴方はカネルラで命を落としたことにして、アヴェステノウルや各国に発信すれば国際犯罪者リストから外れる。その後、カネルラに恩返しをしてもらえるなら可能かもしれないと」


 随分と無茶苦茶なことを言う相手だ。


「カネルラに恩返しとは、どういう意味なんだ?」

「暗部、若しくは騎士団としてカネルラのために生きてもらいます。もちろん信用を勝ち取れたらの話ですが」

「殺し屋の俺に…カネルラを守れというのか…?」

「違います。そのくらいの覚悟があるなら協力できるかもしれないというだけです。決めるのは…」

「俺だな」

「はい」


 突拍子もない話だが、この男の存在よりは現実味がある。カネルラの上層部と繋がっていてもなんらおかしくない実力だと思える、

1番の非常識がサバトの存在。この男に出会って、たった数時間で世界がまるっきり変わってしまった。今この時だって、俺の想像していた未来じゃない。


「騙してカネルラに居つき、好きに生きるかもしれない」

「そうすればいいのでは?」

「…ふははっ!なぜそんなに適当なんだ?俺を治療したことで、殺しの片棒を担ぐことになるんだぞ。治療された身で言い方は悪いが、イカレてるんじゃないのか?」


 俺はこんな奴を他に知らない。力を持つ者は、与しやすいように他人を型に嵌めたがる。好き勝手にやれという奴は珍しい。


「先を見通す力はないので、気が済むようにしてます。それに、予測できない事態を引き起こした場合は罪ではないんですか?」

「予測できない事態?」

「始末屋を生業にしていて、目の治療後も同じことを繰り返す可能性が高いのは理解できます。ですが、目が見えなかった人を治療してその後に始末屋になったら同じことでしょう」

「明らかに違う。倫理観や社会通念上の話だ。そんな事態が起きても、貴方が治したこととは直接関係ないと判断されるだろう」

「人とはこうあるべき…という道筋の話ですか?世間の評価や患者の過去なんて、噓を吐かれたら意味がないので気にしません」

「まぁ…そうだな…」


 偏屈な物言いはエルフらしい。俺の方が常識がある気がしてきた。


「気が済むようにと言ってますが、決して適当に考えていないんです。貴方は輩とは違うと判断しました。自分が治療したいと思えば大犯罪者でも魔王でも治療するので」


 本当に変わった奴だ。中身は危険な思想を持つ偏屈な人間なんじゃないか?少なくとも人の上に立たせていい男じゃない。言動が自由すぎる。

 

「ソフィアは貴方を求めています。自分の生涯を捧げてでも父親の目を治してほしいと願う純粋な心に応えたかった。後は貴方がどう応えるかです」

「そう…だな」

「断言しますが、ソフィアにお願いされていなければ貴方の目は治療していません。する理由がない。感謝するなら彼女にお願いします」

「あぁ…」


 ソフィアのおかげで目が見えるようになったのだから、ソフィアが望むことをよく考えて行動しろ…と言いたいのか。


「せめて、始末屋を続けるなら仕事の内容についてソフィアに伝えておくべきかと。今すぐじゃなくていいと思いますが、いずれわかることです」

「わかっているんだ…」


 いつまでも隠してはおけない。


 …アクサナ。俺は…どうすればいい…?

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