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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
622/715

622 一縷の望み

「お客さん。フクーベに着いたよ」

「あぁ。ありがとう」

「ははっ。堅苦しい態度は必要ないさ。また頼むぜ」


 男は娘を背負って馬車から降りる。


「久しぶりにこの国に来たが、空気が随分と違うな」


 馬車を乗り継いできたが、山脈を越えて南に下るだけで随分と暖かい。不思議なモノだ。


「とうちゃん…。ここがカネルラ…?」


 背中から娘の声。


「そうだ。町並みはどうだ?」

「たてものがいっぱいある」

「宿はありそうか?」

「う~ん…。わかんない」


 娘のソフィアはまだ5つ。見ただけではわからないか。通行人に話しかける。


「すまんが教えてほしい。宿はどちらか?」

「宿ならここを真っ直ぐ行って………アンタ、もしかして目が見えないのか?」


 俺の両目は白く濁っているらしいが、自分では見えない。


「微かには見えている。慣れているから不便はない。教えてもらえるか?」

「宿ならこっちだ。一緒に行ってやるから付いてこい。安くていい宿だから心配するな」

「悪いな」


 カネルラ人はお人好しだと云われているが、ここまでの旅路でも感じている。


 盲目であることに気付いても、騙したり煙たがる気配がない。たまたまの可能性もあるが、他国では考えられん。


「見えてるように歩くんだな」

「長年の勘だ。輪郭程度なら見えるし、人の気配は感じ取れる」


 親切な男の後を歩き、教えてもらった宿に入ると部屋は空いていた。確かに値段も安い。


「2人で1部屋でいい。とりあえず、3日分を前払いしてもいいだろうか?」

「構わないよ。食事もつけられるけどどうする?料金はもらうけどね」

「頼みたい。俺は出歩くこともあるが、いなくてもこの子に食べさせてやってほしい。足が悪いから部屋に運んでもらえると助かる。手間賃も上乗せしていい」

「いらないよ。お嬢ちゃん、名前は?」

「ソフィア…」

「ソフィア。トイレでもなんでも、困ったことがあればおばちゃんを呼びな」

「ありがと」

「いいんだよ。目や足が悪いなら1階がいいね。ついてきな」


 気が利くな。アヴェステノウルとは違う。


「とうちゃん。このくにのひと、やさしいね」

「…そうだな」


 宿の女将であろう声の主を追った。料金を支払い、部屋に荷物を置いて早速支度する。


「ソフィア。いい子にしていろよ」

「わたしもいきたい!」

「魔物が出る場所に行く。危ないからダメだ」

「…わかった。ちゃんとかえってきてね」

「あぁ。心配するな。ただ、今日は無理かもしれない」


 この子を置いて死ぬわけにはいかない。愛娘を抱きしめてから宿を出て、とりあえず通行人に話しかける。


「すまないが、動物の森とやらに行くにはどうすればいい?方向だけ教えてもらえないか?」

「動物の森ならあっちだ……けど」

「そうか。助かる」

「ちょっと待て。杖をつきながら森に行く気じゃないだろうな。目はちゃんと見えてるのか…?」

「杖は前を確認するタメだ。全く見えないわけじゃないが、さすがに森に行くほどバカじゃない。観光で来たからせめて方角を知りたい」

「そうか…。ホッとした」


 お人好しに止められてはかなわん。杖で前を確認しながら淀みなく歩く。見知らぬ街では必需品。雑踏における最大の障害物は人だ。

 声の反響や微かに感じる光の具合で、街の輪郭だけは掴んでいる。ここは大通りでひたすら真っ直ぐ進めば森ということだな。問題はそこからだが、ここまで来て引き返す気もない。突き進むのみだ。






 森に入ると空気が変わった。


「先が思いやられる」


 保護区と聞いたが、手付かずの森だけあって木が密集して歩きにくいことこのうえない。周囲を警戒しながら少しずつ歩みを進める。


 なんとか辿り着かねばならない。カネルラの大魔導師、エルフのサバトとやらの元に。噂では金色の竜殺し。そして、誰もが驚く魔法を操ると云われる。所在など知らないが、アヴェステノウルではこの森にいると目されている。

 ドラゴンに関する情報は詳細に流れ、「サバトって奴を見てくらぁ!」とイキがった奴らがことごとく姿を消しているからだ。実際は、消えているのではなく消されているのだろう。

 あの悪名高い奴らが、この緩い国で簡単に消されるとは思わない。森の魔物にやられるのも考えにくい。つまり、サバトに遭遇して消された。カネルラ暗部に消された可能性もあるが。


 暗部という組織には、猛者が多いことが判明している。しかも、お人好しの多いカネルラにあって甘さなど微塵もない奴らだと聞く。カネルラを守るためなら、無慈悲なことも躊躇わない連中だと。

 他国でも一目置かれる存在だが、無闇矢鱈に他国民を抹殺するとは思えない。出国した奴らもバカではなかった。目立つことはせずにココまでは辿り着いているはず。


 やはりサバトはこの森に潜伏している可能性が高いと俺は読んだ。俺の目で森を探索するのは厳しいが、今回ばかりはやり遂げなければならない。遭遇した結果がどうなろうとサバトに出会ってみせる。




「ふぅ…」


 少々歩き疲れた。この森には思った以上に魔物がいる。俺のように動きの遅い生き物を襲うのは当然。しかも視界がぼんやり暗くなってきた。今日は野宿になるな…。ソフィアには堪えてもらうか。

 せめて飯くらいは食ってくるべきだったと後悔している。スピードが遅いとはいえ、かなり歩いて腹が減った。1日や2日食べなくても死にはしないが力は残しておきたい。


 聞き耳を立てながら5時間は歩いている。エルフの里すら見つかりそうもない。逆に目標から離れている可能性もあるか。行き当たりばったり過ぎる旅だ。


 

 ……なんだ?


 まだ遠いが、何者かの気配を察知した。草や落ち葉を踏みしめる音が近づいてくる。


「……っ!?」


 驚いて横に跳び退く。突然浴びせられたのは……魔力だ。突き刺すような感じたこともない魔力。魔法ではない…はず。

 歩み寄ってくる気配の主を警戒する。目が見えなくなってからというもの、他の感覚が鋭くなったが森の中では鈍い。


受動感知(パッシブ)


 発動した警戒技能は周囲の障害物を立体的に捉えることができるが、魔法ではない。発動している間は木々の枝葉まで認識できる。

 

 警戒範囲に足を踏み入れたのは…男か。輪郭からすると、背は高くローブのような服と…頭に三角の耳…?獣人か。

 どの時点で気付いていたのか、俺の元へ向かっているのは間違いない。近くもなく遠くもない絶妙な距離で立ち止まる。


「こんなところで、なにをされてるんですか?目が悪いようですが」


 声からすると…若い。


「…なんでもいいだろう」

「少しだけ気になったもので」

「ほっといてくれ」 

 

 コイツは…姿が見えるわけでもないのに、途轍もなく嫌な気配を纏っている。


「さっき素早く身を躱しましたね。魔力を感じたんですか?」

「なんのことだ…?」

「違うならいいんです」


 男はそれ以上なにも言わず、身を翻して離れていくが、ただの通りすがりとは思えない。


 ふと気付く。これは…チャンスだ。


「ちょっと待ってくれ」

「なんでしょう?」


 男は立ち止まった。


「魔導師の……サバトを知らないか?」

「名前は知ってます」

「この森にサバトがいるという噂を聞いて来た。情報はないだろうか?些細なことでいい」

「聞いてどうするんです?」

「会いたいと思っている」

「理由を聞いても?」


 さも知っているかのような口振りだな。


「口にするようなことじゃない」

「そうですか。教えられることはないです」


 また離れていこうとする。コイツは一体…?


 さっき当てられたのは間違いなく魔力。コイツはおそらく獣人で、周囲に人の気配はないのに魔力を当てられたことを知っている。まさかと思うが…コイツの仕業なのか?あり得ないが…俺の感知が間違っている可能性もなくはない。


 ……!


「待ってくれっ!」

「まだなにかあるんですか?」

「もしかして……お前がサバトなんじゃないか…?」


 おかしなことを言っていると思われようと、確認して損はない。真実でも認めるとは思えないが…。


「そうです」


 まさかの即答。


「本当か…?」

「信じるも信じないも貴方の自由です」


 再び接近してきた獣人は、眼前に立ち俺の答えを待っている。自然に鳥肌が立つ。輪郭はどう見ても獣人であるのに、エルフだというのか…。

 そういえば…顔は焼け爛れ白猫の面を被った変わったエルフだという話だった。姿形を偽装している可能性がある。


 どちらにせよ選択肢は1択。騙されたとて俺に損はなく、真実である可能性に賭けるべき。そもそも藁にもすがる思いでココまで来たんだ。


「俺の話を聞いてもらえるだろうか」

「聞くだけなら」

「貴方に…頼みがあって会いに来た」

「わざわざアヴェステノウルから?」

「なぜわかる…?」

「特有の訛りがあるので」


 何人も遭遇して気付いたか。敵意はないことを伝えなければ。


「貴方に挑んだ者もいたと思うが、俺は敵対する気はない。魔法で治療してもらいたい者がいるんだ。俺の娘でフクーベに泊まっている」

「治癒師ではありません」

「そうかもしれないが、話だけでも聞いてほしい。娘が珍しい病に罹っている。故郷の医者や治癒師には匙を投げられた」


 サバトは少し黙る。


「病名は?」

「『木化病(リグニン)』だ。身体の一部が木のように硬くなり、見た目も樹木のように変化する病」

「現在の進行具合は?」

「足の指から発症し両足の膝下まで。感覚がなく、歩けなくなってしまった」


 身体の末端から木化が始まり、腹部に達したのち衰弱して命を落とす。何十万人に1人が罹ると云われる奇病。


「まだ5歳だ…。薬も魔法も効果は薄い。あるのかすらわからない。貴方にお願いに来たのも、できることはなんでもやると決めたから。治る保障などないのはわかっているが、有名な治癒師や魔導師と聞けば会いに行っている。だが、詳しく診ることもせず断られてばかり」


 考え込んでいる雰囲気を醸し出すサバト。表情はわからない。


「失敗しても報酬は払う。診るだけでも構わない。お願いできないだろうか」

「貴方が見聞きしたモノや、サバトの存在を秘匿してくれるのなら診るだけ診ます。金銭は必要ありません」

「本当かっ!?」

「気持ちは伝わったので」

「感謝する…。絶対に秘密にすると約束する」

「念のため確認しますが」

「なんだ?」

「貴方から染みついた血の匂いがします。本当に敵対するつもりはないんですね?」


 見抜かれていたか。


「俺は殺し屋のような仕事をしている。始末屋とでもいうべきか。名はグレゴリー。娘の名はソフィアだ。武器は…」


 杖を両手で握ってずらし、内部に隠してある刃を見せる。以前は剣を使っていたが、目を悪くしてから愛用している。


「この仕込み杖で他にはない。信じてもらえるかわからないが、闘うつもりは一切ない。あるなら既に挑んでいるし、コレは貴方に渡しても構わない」


 信用してもらえるか…。


「よくわかりました」


 サバトが纏う気配が一気に和らいだ。警戒を解いたとみえる。


「信じてくれて助かる」

「では、フクーベに向かいましょう」

「いいのか?」

「構いません。5歳なら父親の帰りを首を長くして待っているはずです」


 思った以上に理解のあるエルフ。耳が長くて捻くれているというイメージしかなかったが。


 ただ、コイツは噂通り化け物の類で間違いない。会話しながら過去に感じたことのない恐怖感を味わった。近距離で魔導師に負けるなど考えたこともないが、遭遇したときに手を出していたら既に命はなかったかもしれん。



 フクーベまで先導するというサバトの気配を追う。普通に歩けば1時間程度で着くらしい。かなり彷徨っていたようだ。滅多にないであろう機会に話を聞いておくか。


「サバト。貴方は噂されているように竜殺しなのか?」

「倒せたのは仲間のおかげですが」

「アヴェステノウルから来た輩も排除したのか?」

「ご想像にお任せします」


 かなりの実力者もいて、集団で入国した者もいたはずだが、この様子だと遭遇した者はもれなく屠られているな。


「木化病の症状について、詳しく聞いていいですか?」

「なんでも答える」


 ソフィアの症状を細かく確認してくる。病に関する知識はあるようだが、期待できるのかはわからない。説明しながらしばらく進み、いきなりサバトが歩みを止めた。


「少しだけ待っていて下さい」


 それだけ告げて1人移動を始めた。静かに待っていると、10分ほどして戻ってきた。小便にしては長かったが。


「進みましょう」

「あぁ」


 再び歩き出しサバトの後ろを歩く。俺のスピードに合わせて歩いているのがわからないほどバカじゃない。仕込み杖で刺そうと思えばいつでも刺せる距離。背中を一突きできる。

 盲目であっても、コイツがいかに化け物のような魔導師でも、この距離でこの態勢なら高確率で俺が勝つ。


 信用したからこうしているのだろう。若しくは、自意識過剰でよほど自信があるのか。なんにせよ理解しかねる。話せば無駄に丁寧で人間のような気遣いを見せ、エルフらしさはなく、だからといって化けている獣人のようでもない。


 サバトは一体どういう男なのか。

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