621 研究者の娘に生まれて
メリルと研究者で父親のムリデルがウォルトの住み家を訪ねてきた。まずは食事でもてなす。
「美味いっ!コレが最近噂のカレーという食べ物かっ!?激辛で美味すぎる!」
「メリルはよく食べれるなぁ~。信じられないよ~」
メリルさんには激辛カレーを、ムリデルさんには普通のカレーを食べてもらう。調味料で辛さの調節ができるから食べているカレーは同じ。
「はふっ!今日はだなっ……親父がっ…!ふぅ~!」
「話は食べてからでいいですよ」
「そうだよ~。ゆっくり食べな~」
いつものことなので静かに待つ。
「メリルはしばらく無理だね~。今日はラードンについて話を聞きに来たんだよ~」
「研究は一段落ついたんですか?」
「なんとかね~。それに、家に帰る前に個人的な興味を解決しておきたいんだ~」
「個人的な興味ってなんですか?」
「君がサバトの正体なんだろ~?」
「そうです」
なんでわかったんだろう?メリルさんが言ったのかな?
「正直に答えてくれてありがと~。メリルに訊いても適当にはぐらかされてさ~。ひどいだろ~?」
「メリルさんはボクに気を使ってくれてるんです。目立ちたくないといつも言ってるので」
「そうか~。なるほどね~」
「ムリデルさんは、なぜボクがサバトだと気付いたんですか?」
「リリムの事象の関係者ってことは、ウォルト君がなにか施したのかもしれないと思ったんだよ~。そうなると魔法だろうけど~、普通の魔導師にはできっこない~。メリルの弟子ってことは~魔道具職人だとわかってるし仮説を立てみたんだ~」
「どんな仮説を?」
「簡単に言うと~、『君は魔法を使える』という仮説から始まって~、白猫の風貌やドラゴンの知識もあるって情報から~、サバトの正体かもしれないという結論に辿り着いたんだ~。推測だけどね~」
仮説を立て、反証の可能性を探りながら真実を追い求めるのが研究者。ボクの存在は、『そんなことあり得ない』と断じる性格の人には気付かれにくいだろう。ムリデルさんは固定観念にとらわれない人なのかな。
「ご馳走さま。美味しかった」
黙々と食べていたメリルさんが汗だくでカレーを食べ終えた。魔法で冷やした水を差し出す。
「ふぅ~。親父よ。ウォルトがサバトだと口外したら、肉親でも許さんぞ」
「誰にも言うつもりはないよ~。娘に殺されるなんて辛すぎる最期だろ~。純粋に質問したいだけだ~」
「わかった。あと、ご馳走になった礼はちゃんと伝えろ。相手が若者だから調子に乗ってるのか?」
「そんなつもりはないって~。ウォルト君、ごちそうさま~。本当に美味しかったんだ~」
「口に合ったならよかったです」
感想は言ってもらえなくてもいい。口に合わなかったと判断するだけで、料理は作りたいから作ってる。お礼を言いたいのはボクの方だ。
「後学のタメに~、ラードンと闘ったときの状況やどんな魔物だったか教えてもらいたいんだ~」
「わかることは答えます」
「ラードンはどのくらいの速さで飛行してた~?」
「そうですね…。おおよそですが、この場所から王都まで20分くらいの飛行能力だと思います」
「知能は高いよね~?」
「かなり賢いです。羽や尻尾での攻撃も使い分けてきました。暴風はやっかいですね」
「自然に傷が回復する魔物だと思ったけど~、どの程度だろう~?」
「生半可な魔法では傷付きません。鱗は初級魔法程度なら掻き消します。効いたとしても、肉の表面を抉ったくらいでは3分と待たずに回復します」
次々と投げかけられるムリデルさんの問いに知る限り答える。気になるのはラードンの生態みたいで、ボクや魔法には興味がないのか話しやすい。
「逆鱗を貫いた方法は~?」
「貫通力を増幅させた氷魔法で同時に貫きました」
「剣や槍でもイケるかなぁ~?」
「鱗が硬いので、相当な業物か貫通力の高い技能なら可能だと思います」
「ラードンの真ん中の首は~、魔法でもげたのかい~?」
「闇魔法です。この魔法なんですが」
掌の上で『黒星浸食』を発動する。
「へぇ~。触ってもいいかい~?」
「いいですけど、指がなくなりますよ」
「頭を突っ込め」
「メリルはひどいな~!数人で討伐したと聞いたけど~、魔導師だけってこと~?」
「協力者については言えません」
「そうなのか~」
ファルコさんのことは他言無用。存在を知ってるウイカ達にはバレていたけれど。
「他に気付いたことを教えてもらえるかな~?」
ボクが気付いた特性や習性を伝える。
「ありがとう~。有意義な情報だったよ~。1つだけ言っておきたいんだ~」
「どうぞ」
「ウォルト君は~、あまり深く物事を考えなかったりするんじゃないのかな~?」
「どういう意味ですか?」
その通りだけど。
「今日教えてもらったラードンの情報は~、研究者が時間をかけて調べたのに~、知らなかったことも多いんだ~。直ぐに教えてもらえたら~、他の研究に時間が裂けるんだよ~」
「確かにそうですね」
「君が直ぐに情報をくれたとしても~、広がるには時間がかかるんだ~。早いに越したことはないよ~。報酬も出るし~、いいこと尽くめで~」
「そうなんですね」
「きっとウォルト君だけ知っていることがまだある~。もっと情報を流してくれたら世のタメに……げふんっ!」
メリルさんがムリデルさんの脳天に拳骨を落とした。おもいきり舌を噛んだけど大丈夫かな…。
「いきなりなにするんだよ~!痛いじゃないかぁ~!」
「いい加減にしろ。殺されたいのか?」
「なにも変なことは言ってないだろ~?!言動が乱暴すぎるって~!なんでそんな過激なことを言う子に育ったんだ~?」
「黙れ。親父が言ってるのはタダの我が儘だ。なんでウォルトがお前達の都合よく動かなくちゃならない?好きなだけ時間をかけて研究しろ。それで金をもらって生きてるのになんの不満がある?」
「研究には速度が求められることもあるんだよ~。次のドラゴン襲来が直ぐの可能性だってあるんだ~。時間は有限で~、迅速な対応が必要になる~」
確かにその通りで、ムリデルさんの言ってることはごもっとも。間違ってない。
「お前が討伐するワケでもあるまいし。自分が納得いくまで研究したいから研究者になったんだろうが。嫌ならやめろ」
「嫌だなんて言ってないだろ~。極論ばっかり言うんだもんな~。感情だけで話すのはよくないぞ~」
「なんだと…?」
親子ゲンカが始まった。止めるべきなんだろうけど、まずは静かにしておこう。公共の場でもないし、気が済むよう言いたいことを言ってから止めていい。
「ウォルト君が目立つ目立たないの話じゃないんだよ~。信用できる誰かに伝えるだけでいいんだから~。メリルだけでもいい~。そこから広がって世のためになる~。別にサバトだと言う必要もないし~」
「私が言いたいのはそんなことじゃない。お前の人間性がふざけてると言ってる」
「単なる不満じゃないか~」
「そうだ。至極私的なことを言ってる。いい機会だから答えろ」
「なにを~?」
「どれだけお膳立てされたら気が済む?家族じゃ飽き足らず、ウォルトにまで手伝わせるつもりか?」
「お膳立てって~、なんのことだい~?」
「死んだ母さんも、私もリリムもお前の研究に協力してきた。幼い頃、家で遊びたくても静かにして決して邪魔はしなかった。雨の日も風の日も外で遊んでいたんだ。家長のお前が家が静かであることを望んだから」
ムリデルさんの表情が変わった。少しだけ目を伏せる。
「仕事を家に持ち込んで…悪いことをしたと思うよ…」
「私達が話しかけても無視してばかりだったな。たまに目が合っても話しかけてもこない。食事のときですらな。リリムはどう思っていたか知らないが、私はある日から『親父はいない』と思うことにした」
メリルさんは淡々とした口調で語る。話が逸れてるけど黙っておこう。
「…今よりがむしゃらで、毎日悩んでたんだ…。研究の成果が出せなければ給料泥棒扱いされるし…クビになったら家族は路頭に迷う…。俺は研究が好きで…研究しかできない。結果を出そうと頑張ってた。でも、今は関係ない話だろう?」
「いや。ある。私達は別にいい。腐っても家族で、大人になって理解できたこともある。だが、お前の考えをウォルトに押しつけるのは見苦しいことこのうえない」
「押しつけてない。一般論だよ。実際に討伐した彼は、誰よりドラゴンの知識がある。披露するだけでカネルラの…ひいては世界のタメになるんだ。わかるだろう?」
「理屈はわかるが、お前がウォルトに向けている感情はただのひがみだ」
「ひがみ…?」
「言うに事欠いて、ウォルトは物事を深く考えないと言ったが、お前はいつでも深く考えているのか?偉そうに言うが、お前のやった研究で世の役に立ったモノを言ってみろ。私は1つも知らない」
「残念ながら…自慢できるようなことはないよ…。研究者1人にできることなんてたかが知れてる。皆の力を結集して大きな成果を出すんだ」
「誰が自慢しろと言った。直ぐにそういう思考に行き着くのがひがんでる証拠だ」
「ひがんでないって。ただ、彼の能力とやり遂げたことはもっと評価されるべきだと思う。得た知識にしたって、俺は活かせなくてもきっと活かす研究者がいるはず」
「私が知る限りでもウォルトは人の役に立つことを数多くこなしてるが、見返りも名声も求めない。お前はなにも知らないくせに都合のいい言葉ばかり並べている」
「いいことだと思えないよ。もっと称賛を浴びて然るべきだ。彼はそれだけのことを成し遂げてる」
「お前の意見を押しつけるな。彼はなにも求めないのが普通だ。本当に物知り顔でほざく。研究材料になる亡骸を渡されただけ幸運と思うべきだ。ウォルトは跡形もなくすこともできた」
「ウォルト君…そうなのか…?」
ボクはコクリと頷く。魔法で消し去ることは可能だった。リスティアなら研究して後世に伝えたいんじゃないかと思って川に流しただけで。
「私はお前を連れてきたことを後悔している。研究の足しになる話を聞きたいと思っていたら、まさか偉そうに上からモノを言うタメだったとはな。なにが「純粋にドラゴンについて質問したいだけ」だ。ふざけるなよ、嘘つきが。友人を不愉快にする片棒を担がせやがって。反論があるなら言ってみろ」
ムリデルさんはついに黙ってしまった。
「ウォルト。嫌な気持ちにさせて詫びようもない」
「いえ。嫌ではないです」
「親父の記憶を飛ばして構わない。魔法でできるだろう?研究には真摯だと思っていたのに、私はガッカリだ」
「記憶を消すことはできますが、やる必要はないと思います」
メリルさんの言葉が嬉しかった。我が儘な性格だから考えを押しつけられるのは嫌いで、そんな思考を理解してくれる人がいるだけで気が晴れる。少しでも話を聞こうと思える。あと、ムリデルさんの言ってることはある程度理解できる。ボクのやったことを評価してくれてるみたいだし、言葉にも悪気はなかったんだと思う。
なぜなら、ムリデルさんからもの凄く反省しているような匂いがするから。親しくないからハッキリ言えないけど、おそらく軽い気持ちで口にしたことがメリルさんが幼少期から抱えてきた想いを爆発させる引き金を引いてしまっただけ。
少しだけ意見を言わせてもらおう。
「研究者は必要な存在で、彼等のおかげであらゆることが発展します。多くの情報を与えられた方が助かることは理解できます」
「その通りだが、勘違いしてる奴が多い。魔道具作りで何人か関わったが、「より便利に」「より高度に」と自分の理想ばかりのたまって他人の意見は蔑ろにする。受動的なくせに自分の意見と興味が優先。死ぬ気で目的達成に邁進しているなら理解できるが、二言目にはやれ「時間が足りない」だの、「金が足りない」と不平不満を言う。研究が認められなければ卑屈になる。要するに口だけだ」
「見えない答えを追い求めるのは、辛い修練と同じです。弱音を吐きたい時もあるんじゃないでしょうか」
ボクも修練で上手くいかないと、愚痴を言いたくなるときがある。独りだから言わないだけ。
「君は違う。何事も静かにやり遂げる。誰にも評価されないとしてもだ。過去の苦労をおくびにも出さない。私はその姿勢を尊敬しているんだ」
「やりたいようにやって、上手くいけば幸運、ダメなら他の手段を試しているだけです。解決できない問題は放置して次にいきます。ムリデルさんの言う通りで深く考えてません。後で解けたらいいな…とか、誰か解いてくれるかも…くらいの軽い気持ちです」
「身の丈を知っているということだよ。研究者の大多数は身の程知らずで、「自分がやり遂げたい」「評価されたい」という我が儘な連中だ。上昇志向は必要不可欠だが、好きでやるなら黙ってやればいい。不満を言う暇があるなら自分の力を磨けと思う」
あぁ。そうか…。メリルさんは、研究者やムリデルさんを嫌ってるんじゃなくて、檄をとばしているのか。あらゆる苦しさも含めて、好きなら研究を楽しんでやれ…と。確かに魔法修練もそうだな。
メリルさん自身はそうやって腕を磨いてきたんだろう。想いを内に秘め、ひたすら行動して凄い魔道具を作り上げた。ボリスさんに復讐するタメに、常に考えて目標を達成しようと動き続けたんだ。
「親父よ」
「なんだい…?」
「なぜ子供の私に「お前は俺にとって必要ない存在だ」と言わなかった?」
「思ってもいないのに言えないよ…。なぜそんなことを言うんだ…?」
「早く言ってくれたら色々と吹っ切れて他のことに時間を使えたのに、少女だった私は親父が相手してくれるかもしれない…と待ってしまった。お前の主張でいう無益な時間だ」
「あ……あぁ…。そう……だったのか……」
「お前が言ってるのはこういうことだろう?早く伝える重要性は確かにある」
ムリデルさんは目に見えて落ち込んでる…。鈍さに定評があるボクが気の毒だと思うくらいに。メリルさんは、気に入らない人や物事にハッキリ文句を言うけど、嫌味を言ったり侮蔑はしない。表現がちょっと過激なだけで全部本音だし付き合いやすい。
「メリルさん。ムリデルさんは落ち込まれてますが」
「どうということはないさ。ずっと優しく言ってるだろう」
コレで優しいのか。表情も変わらず、口調も冷静で淡々と毎回ぶった切ってる気がする。ただ、匂いからすると怒ってはいない。そんなメリルさんは、ムリデルさんにまだ言いたいことがあるようで…。
「あと、勘違いするなよ」
「しないよ…」
「親父のことは好きだぞ」
「え…?」
「質素でも不自由なく暮らせたのは、親父が働いてくれたおかげで感謝している。リリムの冒険者になりたい願いも肯定して、骨になって再会してもすんなり受け入れたのは、大した親だと思った。幼い頃、とんでもなく面倒くさそうに数分だけ遊んでくれたのも今となってはいい思い出だ」
「それは…いい思い出…なのか…?」
「だが、互いに年齢を重ねて親子だからこそ腹が立つ。なぜ自分らしく生きない?昔はがむしゃらだったろうが。今さら母さんや私達に贖罪の気持ちがあるとほざくんじゃないだろうな」
「あるよ…。生活に余裕ができて、研究できるようになったらルーラは身体を壊して……リリムやメリルは驚くほど大きくなってた…」
「見てようが見てまいが子は勝手に育つ。母さんも精一杯生きた。恨み言を聞いたこともない」
「そうか…」
「そもそも、親子とは気を使う関係じゃないだろ。私は親が縮こまるのを望まない。好き勝手できると思って腹一杯研究しろ」
「ありがとう…。リリム」
「メリルだ、バカタレが」
締まらない。
「私はこんな性格だが、ちょっと前まで商会の売り子をしていた。ウォルトのように猫を被ってな」
ボクは被ってない。紛れもなく猫人。
「変な特技を覚えたのは、親父に好かれたいと思ったからだ。被り方を教えてくれて役に立っているぞ」
「ははっ…。教えてないし、嬉しくないなぁ…。今後はちゃんと教えられることを教えたいと思うよ…。心を入れ替えて頑張るから…」
「歯を食いしばって死ぬまで好きな研究をやれ。倒れたら葬式は出してやるから心配するな」
「ははっ。研究しながら死ぬ前提か~。でも、そうなった時は頼むよ~」
やっと笑みがこぼれた。
「また変なことを口走ったら直ぐに拳骨をお見舞いするからな」
「やめてくれよ~」
ムリデルさんはボクを見る。
「ウォルト君~。メリルを頼む~。嫁にもらってくれるのは君くらいじゃないかな~」
「ボクらは恋人じゃないですよ」
「何度も言わせるな。失礼で下世話な親父だ」
「腐ってもメリルの父親だからね~。遠慮せず好き勝手言わせてもらうことに決めたよ~」
「生意気な奴だ」
「娘の言う台詞じゃないんだって~」
とりあえず丸く収まったのかな。
「ムリデルさんとメリルさんに渡したいモノがあります」
「俺とメリルに?」
「ちょっと待ってて下さい」
離れから取ってきた素材を渡す。
「ラードンの鱗と牙、爪です。研究や魔道具作りに役立てて下さい」
「有り難いけどいいのかい~?相当珍しいモノだよ~」
「私も欲しいが、コレは希少すぎる素材だ」
「気にせず使って下さい」
多少は手元に残している。
「親父よ。ウォルトが凄いと思うのはこういうところだ」
「全然凄くないです」
「わかった気がするよ~。本当に欲がないんだなぁ~。勝手なことを言ってすまなかった~」
「本当に反省しているのか?適当なことを言ってるなら…」
「殺すなって~。直ぐ怒るのは誰に似たんだか~」
「お前だよ」
「嘘だろ~?!」
「いつも不機嫌だったろうが」
「ぐうの音も出ないな~」
やっぱり仲いいな。
「お2人は、ボクにはできないことを簡単にやり遂げる気がします。道は違っても、それぞれの道で素材を活かしてもらって結果を知りたいです」
「驚くような魔道具を作ってみせよう。親父に解析を頼むかもしれない」
「任せてくれ~。わかることなら教えるから~」
「あと、昔を思い出して腹が立ったから激辛カレーを食え」
「無理だって~!俺のこと好きって言ったろ~!?」
「好きでも腹は立つ。当たり前のことを言わせるな」
無理やり1口食べさせられたムリデルさんは、涙を流しながら居間を駆け回る。水を飲んだくらいで和らぐ辛さじゃないからなぁ…。
その様子を特になんの感情も表さず眺めるメリルさんことを、ちょっとだけ怖く感じた。




