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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
620/715

620 祖先と先祖

 ウォルトは思案していた。


 今日は朝からシャノの様子がおかしい。いつもは朝早くから動き回っているのに、小屋で横になってる時間が長くて少し息が荒い。


「シャノ。もしかして、生まれそうなのか…?」

「ニャッ」


 本人も『よくわからない』みたいだ。初めての出産なのかな?でも、文献にある猫の出産の兆候に似てる。とはいえ、出産でボクが手伝えることはなにもない。ただ、今日は傍にいよう。ご飯はいつもより食べやすいよう工夫して、小屋の中に置いてみたものの食欲もないみたいだ。


 シャノを刺激しないような魔法を修練したり、畑を耕しながらたまに様子を見るけど、特に変化はない。ジッと見つめてくるだけで反応も薄い。あまり構うと刺激してしまいそうだから、気にせず普通にしている方がいいのかな。

 ただ、よく動き回るシャノが静かなのは気になる。子猫が無事に生まれなかったら…どうする?母子共に無事でいられなかったら……間違いなくボクは平常心ではいられない。



「なんだい。久しぶりに会うのにシケた顔してるねぇ」

「え…?」


 急に姿を現したのはアイヤばあちゃん。気配に全然気付かなかった。


「ばあちゃん…。久しぶり」

「久しぶりだ。どうしたってんだい?」

「実は…」


 ばあちゃんにシャノのことを説明する。


「なるほどねぇ。ちょいとその子に会わせな」

「この小屋の中にいるよ」

  

 ばあちゃんは迷うことなくドアを開けて、シャノと対面する。身体が大きいから上半身しか入らない。


「綺麗な黒猫じゃあないか」

「ニャ!?」

「アタシはアイヤだ。ウォルトのばあちゃんだよ。なにもしないさ」

 

 大きな身体でどんどん身を乗り入れるばあちゃん。なにをするつもりなんだ…?


「ほれ。いいからさっさとやっちまいな」

「…シャ~!」


 シャノが中で大暴れしてる。ばあちゃんはお尻だけ出してピクリとも動かないけど、なにが起こってるのか外からは見えない。しばらくして静かになったら、ばあちゃんが出てきた。


「……大丈夫かっ?!」


 顔や身体を引っ掻かれたり、何箇所も噛まれて血が出てる。直ぐに魔法で治療する。


「このくらいで騒ぐんじゃないよ。暴れてちょっとはスッキリしたろ。子供を生む前は人だって妙にイライラしたり甘えたくなる。自分じゃどうにもできない。発散させてやればいいんだよ」

「そうはいっても…」


 ボクは猫でもなければ女性でもない。そんな感情を知らない。治療していると、シャノが小屋から出てきた。ばあちゃんに身をすり寄せる。


「ちょっとは気が済んだか?」

「ニャ~…」


 シャノは申し訳なさげだ。


「気にすんじゃないよ。アンタらは旦那の祖先だ。サバトに怒られちまう。飯食って動いてりゃ生まれるんだから考えすぎなさんな。とりあえず、一緒に飯食うか?」

「ニャッ」

「そうかい。ウォルト、飯を頼むよ」


 仲良く住み家に向かう2人。


 ばあちゃんは……豪快だな…。





「ニャッ」

「初めてでも心配しなくていいんだよ。なんとかなる」

「ニャ~」

「腹が大きくなってるからあと少しだろうけど、ハッキリわからないのは人も猫も一緒さ。今日でも明日でも大して変わりゃしない。痛くなるまで森で駆け回ってな。それから帰っても間に合う。アタシがミーナを生んだときは畑仕事してたよ」

「ナァ~」


 居間でご飯を食べながら会話する2人。猫の相談に答える熊人…みたいな構図になってるけど、ちゃんと会話が成り立ってるっぽい。ただ、同じ出産経験者でも母さんにはできなそう。


 会話が落ち着いたところで確認する。


「ばあちゃん。今日は用があって来たの?」

「タオの薬が切れたんでもらいに来た」

「最近顔を出してなくて気がつかなかった。ゴメン」


 まだ余裕はあるだろうと思ってた。結構早く減るな。自分が滅多に飲まないからといって、皆もそうとは限らない。


「日和って使いすぎなのさ。ちょっと調子が悪くなったら直ぐに飲む。元々里にゃ立派な薬なんかなかったのに、アンタのはよく効くもんだから贅沢になっちまった。まぁ、アタシらジジババはいつ死んでもいいけど、今は子供がいるからねぇ」

「子供じゃなくても死んじゃダメだ。それに、皆がばあちゃんみたいに身体が強くないんだ。どんどん使ってもらっていい」

「冗談だよ。アンタにも会いたかったから駆けてきてみりゃ、まさか猫がいるとはね。サバトが生きてりゃ喜んだろうに」

「じいちゃんは猫に会ったことなかったのか?」

「ない。死ぬまで会いたがってた」


 望むべくもないけど…じいちゃんにも会わせたかった。


「そんなことより、ちょいと身体を診ておくれよ」

「いいよ。部屋に行こう」


 ベッドに寝てもらって身体を診断する。相変わらずあちこち痛めてるな。腰も肩もちょっと首の骨も歪んでる。原因の9割はアルクスさんとの相撲だろう。

 わかってるけど止めるようなことは言わない。相撲はばあちゃんの生き甲斐で、ボクにできるのは元気に相撲をとれる身体に戻してあげること。


「治せるけど、ちょっと痛むよ」

「遠慮せずやっとくれ」


 グッと骨を押し込んだりしながら魔法で治療する。できる限り痛みを抑えてるつもりだけど、唸り声1つ上げないのが凄いと思う。

 

「終わったよ」

「ありがとさん。アンタの魔法で治してもらうと、若返ってる気がする。身体が一気に軽くなるんだ」 

「実際に若返ってるかもしれない。毛皮の艶や肌の張りがよくなってる」

「はははっ!アタシゃ100まで生きるね!」

「100と言わず、生きられるだけ生きてほしい」

「はいよ。また里の連中も診てやっとくれ」

「わかった」


 タオで特に必要な薬を教えてもらい、在庫がない薬は手早く調合することにした。シャノは元気に森に向かい、ばあちゃんは「見せてもらう」と言うので会話しながら作業する。


「アルクスさんやタオの皆は元気?」

「アルクスは相変わらず生意気さ。ジジババもアンタのおかげでバリバリ働いてる。子供らも駆け回って騒がしい」

「それはよかった」

「サマラ達は元気なのかい?」

「昨日も会ったけど、元気だよ」

「その感じだと、まだってことか。アンタは困った孫だよ」

「なにが困るんだ?」

「あの子達は気が長いねぇ。あたしゃ感心する。けど、そうじゃなきゃやってられないんだろ」

「よくわからないこと言うなぁ。…よし。できたよ」


 傷薬や痛み止めの他に、解熱剤や滋養の薬も作った。治癒魔法を付与した包帯も渡す。


「仕事が早いねぇ。ところで、アンタが殺した竜ってヤツは美味かったのかい?」

「ばあちゃんも知ってるのか」

「たまにタオに来る行商がサバト好きなもんで、色々と教えてくれるのさ」

「倒したけど食べてないんだ。ちょっとでも食べておけばよかったと後悔してる」

「ははっ!どんな魔物だったんだい?」


 アニェーゼさんに見せたラードンを再現した魔法で説明する。


「なるほどねぇ。よくわかった」

「またじいちゃんの名前が悪目立ちしてゴメン」

「バカ言ってんじゃないよ。どうせやるならとことん派手にやりな。サバトもあの世で笑ってるだろうよ。あたしゃ愉快すぎて、酒がすすんで仕方なかった」

「だったらいいんだけど」

「あと、ちょいとサバトに変身しとくれ」


 じいちゃんに『変化』すると、直ぐにばあちゃんが抱きしめてくる。やっぱり会いたいんだろうな。


「落ち着くねぇ…。抱きつかれてアンタは嫌じゃないのかい…?」

「全然。抱き合うことをハグっていうんだけど、心が落ち着く効果があるって知ってた?」

「誰が言ったんだい?」

「ウイカに教えてもらった。4姉妹とはしょっちゅうしてる」

「前に来たときもやってたねぇ。そういうことだったのかい」 


 ばあちゃんと抱き合って思い出す。


「あとで相撲とろうか?」

「今すぐやるに決まってるだろ。かかってきな」


 完全なる愚問だった。抱擁なんてそっちのけで、更地に出て相撲をとることに。即席で作った土俵で対峙する。


「魔法でもなんでも使っていい」

「力じゃ適わないけど、魔法は使わない。その代わり獣人の力を使わせてもらう」

「そうかい。準備はいいか?」

「いつでもいいよ」

「ふぅ…。…おらぁぁっ!」


 遠慮など微塵も感じさせず、頭からぶちかましてきた。


「ぐうぅっ…!」


 獣人の力を纏って受け止めても胸が弾かれてのけ反る。60歳近いおばあちゃんなのになんてパワーだ。加齢で衰えていくはずなのに、以前より力強くなってる気がしてならない。生身だったら間違いなく吹き飛ばされてる威力。


「受け止めるたぁ大したモンだねぇ!けど、一気に決めてやるさねっ!」


 ズボンを掴み土俵際まで押し込んでくる…と思いきや、身体を捻って予想外の投げを打ってきた。


「くっ…!」


 ばあちゃんの内股に足を掛けてなんとか堪える。


「粘るじゃないか。あたしゃ孫だからって容赦しないよっ!!」

「よく知ってるよ…!うわっ!」


 掴んだまま左右に振り回して投げを打ってくる。どうにか反応して躱すものの、反撃する余裕はない。なんとか凌ぎ、がっぷり四つに組んで一息つく。


「昔のアンタからは考えられない。ここまで張り合うたぁね」

「ボクもそう思うよ」


 獣人の力を発揮してもまだ劣勢。しかも、今回のばあちゃんは前と違って隙がない。一切油断してない証拠だ。下手に攻撃すると、返し技を食らうのが目に見えてる。

 ボクの操る獣人の力は、量が増えてるといっても魔力と違って長く保たない。長期戦になると地力に勝るばあちゃんが圧倒的に有利。互角に闘ったサマラがいかに凄いのか気付かされる。


 どう攻めるべきか…。


「仕掛けてこないところを見ると、アンタの力とやらは長く保たないみたいだねぇ。無駄遣いしたくないんだろ?」


 マズい。気付かれた。


「うぉらぁぁ!」

「うぉぁっ…!」


 また投げ…と見せかけて、ズボンを引き千切らんばかりに身体を持ち上げられ、場外に放り投げられる。綺麗に着地したけど、土俵から出たので相撲はボクの負け。吊られたら抵抗しようがない。


「あっはっは!どうだい!孫に二度も負けてたまるかってんだ!」

「負けたよ。思考を読み切られたね」


 悔しいけど完敗。いつまでも強い祖母だなぁ。負け惜しみでもなんでもなく格好いい。


「アンタの操る力ってヤツは面白い。けど、互角の奴と相撲で力比べしたらつまらなくなっちまうねぇ」

「なんでも相撲が基準だね」

「相撲より楽しいことなんて、この世にありゃしないよ」

「ボクにとっては魔法があるけど」

「確かにアンタの魔法は相撲とタメ張るくらい面白い」


 嬉しい評価だ。ばあちゃんが好きなモノは、まずじいちゃん。次にじいちゃん。そしてじいちゃん。だいぶ差がついて相撲。あとは大体横並び。相撲に肩を並べるのは凄いこと。


「ところで、アンタが魔法を使って相撲とったらどうなるんだい?」

「使える魔法はいろいろある。でも、直ぐに終わって面白くない」

「アンタが勝つってことかい?」

「そう。反則だから勝っても嬉しくないけど」

「面白いじゃないか!見せてみなっ!」

「じゃあ、1つだけ」


 再度土俵に入って対峙する。


「どんな魔法か知らないけど、そう簡単にやられないよ」

「じゃあ、こっちからいくよ」

「きなっ!」


 一気に間合いを詰めて身体を合わせる。そして…。

 

「な、なんだいこりゃ!?」


 ばあちゃんを軽く持ち上げて、一切止まることなく土俵の外に押し出した。


「ばあちゃんの体重を軽くしたんだ。今は紙より軽いよ」

「…ははははっ!やられたよ!」

「ね?面白くないだろう?」

「アンタの魔法は不思議と笑っちまうんだよ。あまりにも見事なもんでさ」

「そうかな?」


 ……ん?遠くからシャノの鳴き声が…。


「ニャ~!」


 いきなりシャノが森から飛び出してきた。魔物に追いかけられてる。


「あっはっは!元気だねぇ!」

「笑い事じゃなさそうだよ」


 魔物は徐々にシャノに迫る。悪いけど、狩らせるワケにはいかない。手を翳して『雷撃』で上から仕留めた。


「ニャ~」

「気にしなくていい。怪我してるね。治すよ」


 傷は『治癒』で綺麗に元通り。


「逃げ切れてよかった」

「ニャ」

「アンタの子は元気に育つだろうさ。びびって家で寝転んでるようじゃ身体も弱っちまう」

「ナァ~」

「やっぱり動いた方がいいのかな?」

「さぁね。ただ、森で暮らしながら子を生んで育てるのが普通だ。この子もわかってる。別に構うなってんじゃない。けど、好きにやらせる覚悟がないなら一緒に住むのはよくない。動物ってのは自然の中で生きるのが当たり前なんだ」

「頭ではわかってるんだ。猫人だからか、どうしても過保護になってしまうけど」

「悪いとは言わないさ。サバトは喜ぶだろうよ」

「なんで?」

「一度でいいから猫と並んで会話したがってた。アンタがいつもやってることだ。小っこい夢だろう?」

「小さくなんかない。理解できるよ」


 再びじいちゃんに『変化』する。声もじいちゃんの声に変えた。


「シャノ。ボクのじいちゃんなんだ。優しい男でサバトラの猫人だった」

「ニャ」


 ジッと見つめてくるシャノに魔法が見えているかはわからない。


「猫と話したがってたけど、今はもういない。少しだけ隣に座ってくれないか?」


 ボクの横に座ってくれる。


「ありがとう」

「ニャ~」


 背中を撫でながら他愛のない会話をしていると、ばあちゃんが泣いてる。


「困った魔法使いの孫だよっ…!夢を…見てるみたいだっ…!」

「泣きすぎじゃないか?」

「泣かずにいられないんだよっ…!」

「シャノ。強いのに困ったばあちゃんだね」

「ニャ~」

「やかましいっ!」


 ふと空を見上げる。


 サバトじいちゃん。いつも名前を借りてばかりでゴメン。ボクは困った孫だと思う。ばあちゃんの傍で見守っているなら、せめて今だけボクに乗り移ってくれないか。

 アイヤばあちゃんを抱きしめてあげてほしい。そして、ボクのやってることをどう思うか教えてほしいんだ。

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