62 ダナンさんと語らう
暇なら読んでみてください。
( ^-^)_旦~
住み家の居間に集まったのは、白猫の獣人以下、全身甲冑と首なし騎馬。端から見れば異様な光景に違いないが、当人達は疑問すら持っていない。
「ダナンさん。魔物から英霊への復帰おめでとうございます」
ウォルトのとんちんかんな台詞から会話が始まる。
「ウォルト殿の尽力あってのこと。貴公に会わなければ、私とカリーは今頃どうなっていたことやら。改めて感謝申し上げます」
台詞に疑問を持たない騎士の亡霊。
「ヒヒーン!」
顔がないのに元気に嘶く白騎馬。
若干、混沌とした空間。
★
「そんなにかしこまらないで下さい。普通に話して頂いて結構です」
「恩人に失礼があってはカネルラ騎士の名折れ。しかし、もはや騎士とは呼べぬ存在になってしまいましたが。ハッハッハッ!」
「死してなおカネルラを守ろうとする精神に頭が下がります。なぜアンデッドになってしまったのか疑問ですが」
ダナンさん達には心当たりがあるだろうか?
「本日私とカリーがこの森で蘇ったのは間違いないのですが、おそらく蘇ったのは今回が初めてではないのです」
「そうなんですか?その時の記憶が?」
「はい。過去に何度か蘇っています。おそらく、何十年かに一度。そして…その度に絶望した」
「絶望…ですか?」
ダナンさんは頷いて続ける。
「初めはアンデッドでなかったことを覚えております。霊体…とでもいうのでしょうか。蘇る度にカネルラを守ろうと王都を目指した。しかし、なぜか辿り着けずに朝を迎え、絶望の中で土に還っていた。動ける時間が決まっているのでしょう。蘇るのはいつも決まって夜でした」
「絶望を繰り返す内に負の感情が心を黒く染めて、遂にアンデッド化してしまったのかもしれませんね」
学者じゃないからアンデッドが生まれる理由は知りようもないけど、負の感情が関係している気がしなくもない。心に闇を抱えることで、やがて身体も闇へと変化する。短絡的な思考かな。
「役立たずな己を悔いながら土に還っていました。とても無念であったことを覚えております」
ダナンさんは全身甲冑なので表情はないけど、どことなく悲しそうな雰囲気。今の王都についてボクが知ることを語ろう。
「王都の所在が変わったことを知っていれば、あるいは結果が違ったかもしれません」
「なんですと!?王都の場所が違う?!この森は『動物の森』では?見覚えがあります。王都に近いはず…」
歴史を顧みればダナンさんが知らないのは当然。
「クライン王政時代はそうでした。けれど、先の戦争後期に王都は焼け野原と化したんです。戦争が終結したのち、国民が必死に復興して新たな場所に王都が誕生した。それが今の王都です。ココから馬車で5時間ほどでしょうか」
「なんと…。そんな遠い場所に…。戦争では早い段階で命を落とし、王都が壊滅したとは露知らず…」
「実は、ボクも王都に行ったことがないんです。生きる時代は違ってもダナンさんと同じですね」
詳しく教えたいけど、王都についてボクはなにも知らない。教えられるのは習った歴史程度。苦笑いしかできない。
「クライン王政以降、戦争は生起していないと伺って…こんなに嬉しいことはありません…。同志も皆…浮かばれます」
ダナンさんに表情はない。それでも喜んでいるのが感じられる。
「少し前に現役カネルラ騎士の方と手合わせする機会がありました。とても強かったです。ダナンさん達の意志は後進にしっかりと受け継がれているかと」
ボクが言うのもなんだけど、アイリスさんはもの凄く強かった。紛れもない事実。
「ウォルト殿が強いと言うのであれば頼もしい限りです。しかし…400年経つと獣人も魔法を操っているとは。正直、信じられません」
獣人が魔法を使えないのは当時から常識だったんだな。
「本当かどうか確かめようがないんですが、ボクしかいないと思います。自分で言いたくないんですけど…」
「なんと!私達の生きた時代にも、貴方のような魔導師はおりません。素晴らしい魔法でした」
大袈裟だけどお世辞でも嬉しい。
「ありがとうございます。ボクは魔導師ではありませんが」
「いやはや驚くことばかりです。伺いたいのですが、クライン国王の後継はどなたが即位されたかご存知ですか?」
「メディック国王です」
「なんとっ!メディック様が…。小さかった第二王子殿下がさぞ立派になられたのでしょうな」
「グラルバード第一王子が即位する予定だったらしいのですが、直前で病に倒れたと伝わっています」
史実として伝わっている。ダナンさんはゆっくり項垂れた。
「そうなのですか…。グラルバード殿下は好漢だったのです。豪放磊落で…聡明で…。そうですか…。病に…」
言葉に詰まる。親しかった者の訃報には悲しみしか感じ得ない。話題を変えるタメに気になっていることを訊いてみよう。
「話は変わりますが、カリーはなぜ首から先がないのですか?」
名前を呼ばれたと思ったのか、足を折り畳んで綺麗に座っていたカリーが立ち上がって頬擦りしてくる。微笑んで毛皮を撫でると、気持ちよさそうにプルプル震える。とても可愛い。
「本当に驚いているのですが、カリーがそんなに懐いたのはウォルト殿だけです。昔から他人に心を開かないことで有名な騎馬でして」
「そうなんですか?とても美人で優しい娘です。ね、カリー」
カリーの顔は見えないけど、ムフ~!と鼻息が荒くなっているのが聞こえる。事実を言ってるだけだけど褒められたと思って嬉しいのかな。本当に人語を解しているかのようだ。
「カリーは…私が戦場で敵の刃に倒れたとき、首を落とされてしまったのです。騎士と騎馬として戦場を駆け巡った相棒なので一緒に蘇ったのでしょうか」
「なるほど。でも不思議ですね。見えないけどカリーには斬られたはずの顔があります」
ダナンさんは「はて?」と首を傾げる。
「真ですか?初めて知りましたぞ」
「ありますよ。ゆっくり触ってみてください」
言われた通りカリーの見えない顔を触ろうとするダナンさんだが、なにもない感じないと言う。ボクが触れると確かに顔の感触があるけど…。
「やはり感じませんな。ウォルト殿だけが触れるということ。なぜ…?」
「思い当たることはありますが…。カリー…。君はもしかして…」
視線を向けるとカリーは小さく嘶く。まるで「内緒にしておいて」と言うかのように。今は彼女の意志を尊重しよう。
話を逸らすように続けて訊いてみる。
「ダナンさんは幾つで亡くなられたんですか?」
「50を少し過ぎた頃だったかと思っておりますが、記憶がやや曖昧でハッキリ覚えておりません。いやはや申し訳ない」
「いえ。亡くなった人に享年を訊くのも、かなり失礼かと自分でも思いますので」
普通ならあり得ないことだ。
「はっはっはっ!お気になさらず。間違いなく老いぼれでした。騎士としての実力は若い者には負けん!…と思っておりましたが、今となれば気を使ってくれていたのだとわかります」
豪快に笑うダナンさんからは、悲壮感を微塵も感じない。
「力も槍術も素晴らしかったです。『闘気』もかなり余裕に感じられましたが」
「魔物であったから…でしょうか。若い頃に戻ったような感覚でした。己がそうなったから言えますが、魔物の力は凄い。それよりも、貴方が闘気で闘気を弾いたことに心底驚きましたぞ」
「騎士と手合わせしていたから可能だったんです。やはり本物の闘気は騎士にしか操れないのだと実感しました。ボクのは似て非なるモノです」
「そんなことはないと思います。貴方の拳で殴られたとき、かつて新兵だった頃を思い出した。失敗しては先輩騎士に叱られていた頃を。厳しくも温かかった拳。だから正気に戻れたのです」
「殴っておいてなんですが、そう言ってもらえると助かります」
間接的ではあるけど、ダナンさんの後輩であるアイリスさんのおかげ。
「…むっ!思い出しましたぞ!いくらアンデッドと化していたとはいえ、ウォルト殿の祖先である猫を侮辱するような発言をしたこと、改めて謝罪致します」
「もう充分です。気持ちは受け取りました。ただ…過去に猫となにかあったんですか?」
紳士なダナンさんが理由もなく猫を侮辱するとは思えない。
「猫ではなく、猫の獣人…と少々」
「猫の獣人…。よければ教えて頂いても?」
ダナンさんは思い出すように天井を見上げる。
「つまらない話です。私が好いておった女性が、ウォルト殿と同じ白猫の獣人に奪われてしまいましてな…。一緒になろうと思っておったのですが、ある日突然「モフモフが気持ちいいの!」「料理をうみゃ~!って褒めてくれるの!」などと意味不明なことを言われまして。簡単に言うとフラれてしまったんですな。恥ずかしながら以来猫嫌いになってしまったという…。ウォルト殿には関係ない話で申し訳なく」
「いえ…。それは…なんというか…」
歯切れの悪い返答をしたのには理由がある。ボクの毛皮は白いけど、両親は茶色と三毛。獣人の毛色は遺伝で決まり、本来ならどちらかの毛色を受け継いでいるはずだけど、なぜか白だった。
ただし、獣人にとっては特別おかしなことじゃない。何代か前の遺伝が毛色に影響することも多いからだ。
つまり、いつの時代かわからないけど先祖に同じ毛色を持つ者が存在したことを証明している。そして、猫の獣人の中でも白猫は圧倒的に数が少ない。…ということは、ダナンさんに迷惑を掛けた白猫の獣人はボクの先祖である可能性がなきにしもあらず。
侮辱されて激昂したものの、もしかすると自分の先祖のせいだったのではないか…?たらればの話。
のんびり世間話を続けていると夜が明け始めた。明るくなり始めた外に出て朝の空気を吸う。
「ウォルト殿。我々はお暇しようかと思います」
「これからどうするおつもりですか?」
「『昇天』で成仏させてもらおうかとも考えましたが、話を聞く内にもう少しだけ今の世を見たくなりました」
「昇天はいつでもできます。その前に満足いくまで貴方たちの尽力で平和になったカネルラを見て下さい」
「ウォルト殿…。本当にかたじけない…」
と、ここで脳裏にある疑問が浮かぶ。
「そういえば、ダナンさんの墓はどちらに?」
「ありませぬ。動物の森に埋めてもらったようです。国王様と同僚達は私の我が儘を聞き入れてくださったのでしょう」
「我が儘…ですか?」
「常日頃から「私が死んだら誰の記憶にも残らないよう森に埋めてほしい。墓標もいらない」と冗談交じりに伝えておいたのです。希望を叶えて下さったのでしょう。……それでも……蘇った場所の周りは少しだけ拓けて……沢山の花が咲いていました」
「ダナンさん…」
「…いかんですな!年を取ると涙もろくなります!もう出ませんが。はっはっは!」
「ダナンさん…。カリー…。ボクはいつもここにいます。いつでも遊びに来て下さい。そして、また昔のカネルラの話を聞かせて下さい」
「了解致しました。必ずや」
「ヒヒン!」
カリーが身を寄せて見えない顔をすり寄せる。名残惜しむように優しくカリーの顔を撫でた。ダナンさんがカリーに跨がる。
「またお会いしましょう。お転婆娘も貴方にすっかり懐いてしまったようですし。今後も、じゃじゃ馬共々よろしくお願いします」
発した言葉を聞くや否や、カリーは嘶いて大暴れ。ダナンさんを背中から振り落とした。
「ぬわっ!?カリー、なにをするっ!?」
「ヒヒ~ン!!」
すかさずダナンさんにお尻を向けてパカーン!と後ろ足で蹴り上げると、甲冑はバラバラになってしまった。
「ダナンさん!大丈夫ですか?!」
慌てて甲冑を拾って組み直す。鼻息の荒いカリーはまだまだ蹴り足りないといった様子。めちゃくちゃ怒ってるな…。なんでだ?
その後、素早く甲冑を組み立てたのが功を奏したのか意識を取り戻したダナンさん。去り際に「二度とウォルト殿の前でカリーをバカにするようなことは口にしません」と言われたけど意味がわからなかった。
読んで頂きありがとうございます。