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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
617/715

617 ユグドラシル

 畑仕事や修練をこなして、疲れを癒すようにぐっすり眠っていたウォルトは、気付けば見慣れた空間に立っていた。


 バラモさんやウルシさんと対面する不思議な空間だけど…。


『ウォルト。お久しぶり』

『お久しぶりです』


 眼前に姿を現したのは世界樹さん。バラモさん曰く【木の精霊の始祖】らしいけど、ボクにはさっぱりだ。


『バラモやウルシじゃなくてがっかりした?』

『驚きましたけど、がっかりなんてしません』

『うふふ。皆がお世話になってるわね。治療してくれてるんでしょう?』

『こちらこそ結界魔法に協力してもらって助かってます』

『精霊と獣人で持ちつ持たれつね』

『はい』


 種族は違えど友人として付き合ってくれて、今や動物の森だけで何人か知り合いがいる。でも、バラモさんとウルシさん以外はこの空間に現れたことはない。

 鍛錬の休憩中に会話したり、要望があれば治療もこなしてるけど、樹木特有の病気を治療するのは新たな試みでいい経験になる。

『信頼してる』『君にしかできない』と褒められると純粋に嬉しい。精霊魔法を覚えてよかったと思える。


 そういえば、オッちゃんにはまだ出会えてない。フィガロについて語り合いたいけど、ボクが見つけて話しかけるのが条件。他の精霊に場所を訊くのは約束を破ることになるから、まだ先になりそうだ。


『ウォルトにお願いしたいことがあってお邪魔したの』

『なんでしょう?』

『ちょっと困った子がいて、相手をしてもらいたいのよ』

『話し相手ですか?』


 ウルシさんより口の悪い精霊には会ったことがないから多分大丈夫。


『貴方と闘いたいんですって』


 答えが予想外すぎる。


『なぜボクと?』

『精霊と人族が仲良くしているのが気に入らないみたい。人族を樹木を伐採して傷付けるだけの存在だと思い込んでいてね』

『あながち間違いじゃないと思います』

『そうかしら?』

『木はボクらにとって立派な資源で幅広い用途がありますが、精霊側からすれば伐採は野蛮な行為に映るんじゃないですか?』

『気遣いは嬉しいけれど、木が増えればいいワケじゃない。人も木もいるこの世界で、バランスを保つにも適度な間伐は必要。栄養も行き届かなくなる』


 理解があるのは世界樹さんのような気がするなぁ。


『ボクと闘ってどうしたいんでしょう?』

『貴方を消滅させるつもりね』


 平然と言い放つ。でも、この人の言葉には嫌味や蔑みといった他意を感じない。ただ思ったことを口にしてるだけっぽいな。


『この空間で闘うんですか?』

『そうよ。オッコと遊んだときと同じ』

『よく知ってますね』

『繋がって見ていたわ。断ってもいいのよ』

『そうですね…。殺し合いはやりたくないので…』


 言葉に甘えて断ろうとした矢先、世界樹さんの横に精霊が姿を現した。バラモさん達と同じく中性的な容姿で目つきが鋭い精霊。


『あら。勝手に来てしまったのね』

『…マム。なぜ直々に獣人と話を…?』

『ちょうどアナタのことをお願いしていたの』

『私の…?』

『ウォルトと闘いたがっていたでしょう?望みを叶えてあげようと思って』

『手を煩わせつもりはなかったのです。お許しください。……貴様が猫のウォルトか』


 ボクを睨んでくる。


『そうですが、貴方は?』

『名乗る必要はない』


 まともに話ができないタイプだな。こういった手合いには慣れてる。


『こちらも話すことはありません』


 話したいオッちゃんでもなし、別に訊きたいこともない。相手にするだけ時間の無駄。明日も早いからさっさと寝よう。


『なにをしている?!このっ…!』


 横になって意識を手放そうとした瞬間、放たれた精霊魔力を感じとる。横になったままドーム状の障壁で防いだ。


『見ればわかるでしょう…。寝るんですよ…』

『ぬぅっ…!』


 精霊魔法はオッちゃんと遊んだときにある程度学んだから、受け止めること自体は難しくない。ボクは既に唯一の特技である寝付きのよさを発動させた。寝ると決めたから一気に眠気が襲ってくる。既に瞼が重い。


 そうだ…。言うのを忘れてた…。


『世界樹さん…』

『なにかしら?』

『さっきの話はお断りしていいですか…?もう眠ると決めたので…』

『ふふっ。わかったわ』

『獣人め…!私を虚仮にする気かっ!?』


 初対面のウルシさんより敵意を向けてくる精霊は、ボクに向けて連発で魔法を放つ。寝転んでいる相手に容赦ない攻撃を精霊魔力で相殺して話しかけた。


『やる気があるなら…早く本気を出してもらえませんか…?もう眠気が限界なんです…』

『なんだとぉ~!きっさまぁ~!この状況で本当に寝るつもりかっ!』

『あはははっ!おかしい!』

『マム!笑い事ではありません!』


 一度眠くなったら、短い時間でもぐっすり寝るまで眠気が覚めない。頭がぼ~っとする。


『動かないということは…もういいんですよね…?では……おやすみなさい…』

『このっ…!そうはさせるかっ!』


 引き続き精霊魔法を放ってくる。オッちゃんが操っていた魔法と全く同じで、初見の魔法はないな。薄く目を開けて受け止めながら観察するも、眠気は覚めない。初見の魔法があれば覚醒すると思うけど。


 ……あぁ。口振りからしても舐められてるのか。様々な魔法を見せるまでもないと。やっぱり時間の無駄だな。闘うつもりがないから、眠るまでの時間を稼げたらそれだけで充分。ねっむぅ……。


 寝転んだまま手を翳して、巨大な精霊魔力弾を発現させる。


『な、なにぃっ!?』


 想像力が強く作用するこの空間では、こんな魔力弾も簡単に作れる。現実空間において精霊力は攻撃に使えないけど、この空間では魔力と同じ扱いで攻撃できる。

 かなり圧縮してみたけど、このくらいの威力で吹き飛ばせるかな?ダメだったら次は倍の大きさにするか。でも、起きていられそうにない……。


『じゃあ、今日はコレで終わりです…』

『あの魔法をまともに受けたらどうなるのかしらね?』

『ちょっ…!待てぇっ!』

『待ちません……』


 誰だか知りませんが……もう限界だ……。


 なぜか慌てている精霊に向けて魔法を放ち、結果を見ることなく意識を手放した。


 




 翌朝。


「よく眠れたなぁ」


 辛うじて昨夜の記憶はある。ボクが生きているということは、少なくともあの空間から消え去るまで攻撃されなかったということだろう。


「ニャ~」

「おはよう、シャノ」


 ベッドに跳び乗ってきたシャノを撫でる。昨日は住み家で一緒に眠った。出産間近のシャノは、激しく動き回ることも少なくなって日々ゆっくり過ごしている。張り切って朝食を作り一緒に食べると食欲は旺盛でホッとした。

 後片付けを終えて朝の日課である畑仕事に向かうと、姿は見えないけれど何者かの気配。結界魔法には反応がない。目を向けても木が立っているだけ。近寄ってみると、知っている感覚が肌を刺す。


 木に向かって『念話』で話しかけた。


『世界樹さん。外で会うのは初めてですね』

『こっそり会いに来たのに見事にバレちゃったわね』

『貴女は他の皆さんとは違う雰囲気を纏ってます。神木でなくても意識が渡れるんですね』

『世界中の木が可愛い我が子よ』


 言うことのスケールが違うな。


『ところで、なにか用があって来たんですか?』

『昨夜は急に呼び出してしまったから、お詫びと御礼を言いたくかったのよ』


 律儀だなぁ。


『どちらも心当たりがないんですが』

『ラムドが失礼な態度をとったお詫びと、闘ってくれたことに対するお礼よ』


 あの精霊はラムドって名前なのか。


『お詫びの方はわかりますけど、闘った記憶はないです』

『でしょうね。ウォルトの魔法を浴びて気が済んだみたい』

『魔力弾は当たったんですね』


 闘ってなくても満足したならボクから言うことはない。話してみたいとすら思わない精霊だった。


『会えなくなって少し寂しいけれど』

『旅にでも出たんですか?』

『そうねぇ。ちょっと長い旅に出たと言えるかしら?経験者のオッコに止められたのに、言うことを聞かなかったから。うふふっ』

『よくわかりませんが、元気にしているといいですね』

『そんなこと言って、もう会いたくないでしょ?』

『えぇ。いきなり敵対行動をとられると気分が悪いので、次に会ったら今回のように遊ぶつもりはないです』

『ふふっ。ハッキリしてて面白いわ。いきなりだけど、私と友人になってもらえる?』

『ボクは貴女の思うような獣人じゃないと思いますよ?それでもよければ』


 わざわざこんな場所まで意識を運んでくれる精霊の始祖からお誘い。付き合っていける気はするけど、無茶な要求には応えられない。


『理解しているつもり。そうなると、世界樹と呼ばれるのは他人行儀ね。私の名を知ってる?』

『知る限りでは、ユグドラシルやイルミンスールと呼ばれています。ワールドツリーとも』

『どれでもいいけど…長いからユグと呼んで頂戴な』

『わかりました。ユグさん』

『友人になったことは、しばらく他の精霊には内緒にしておいて。いずれ私から話すわ』

『なにか問題が?』

『私とウォルトが友人だと知られたら、皆は恐縮して貴方と対等に話せなくなるかもしれない』

『それは困ります。特にウルシさんは持ち味がなくなってしまうので』

『そう。木の精霊にも個性があっていいの』


 うんうんと頷いてるのか、バサバサ枝が揺れてますよ…とは言わない。


『ユグさん。申し訳ないんですけど、畑仕事の作物と花壇に水やりをしたいんですが、いいですか?』

『もちろんよ。植物に水は大切』

『ありがとうございます』


 魔法でのんびり水を撒く。万遍なく適量を撒くのが肝要。水量は少なすぎてもあげすぎてもいけない。


『いいわね~。喜んでるわ』

『そうですか?ありがとうございます』


 結構離れてるのに軽々話しかけてくる。さすがは世界樹。一仕事終えて、ユグさんに提案してみる。


『ユグさん。まだ時間はありますか?』

『暇だから来たの』

『教えてもらいたことがあって』

『いいでしょう』

『ちょっと待ってて下さい』


 離れから植木鉢を持ってくる。ある程度土を入れ、『大樹の海』を詠唱して小さな木を生やす。


『なにをしているの?』

『この木に意識を移せますか?家の中で話したいんですが』

『面白い発想ね。そっちに行くわ』


 どんな原理か知らないけど、無事に移ってくれた。話しかけてくる方向と感覚でわかる。住み家に入り居間のテーブルに木を置いた。


『私に訊きたいことってなにかしら?』

『前から思ってたんですけど、木の精霊に嗜好はありますか?』

『どういう意味?』

『たとえばなんですけど…』


 ユグさんの周囲の土に、精霊魔力を混合した水魔法を撒く。


『こんな感じで魔力を混合すると、どう感じますか?』

『スッキリした気分になるわ。もうちょっと精霊力を強めると、より気持ちよくなるでしょう』

『このくらいですか?』

『もう少し多く……うん。そのくらいがいい』

『ありがとうございます。他の魔力も試していいですか?』

『いいけれど……もしかして、私に訊きたいことってコレなの?』

『そうですが、なにか?』

『人族が私に物事を尋ねる場合、大抵世界の真理とか解明されてない事象についてなの。だから拍子抜けしている』

『なるほど』


【この世界は世界樹の上に存在している】という説もあるくらいだ。世界樹に出会ったなら、あらゆる疑問について答えてほしくなるのかも。ボクも好きなロマンの分野だけど…。


『凄く興味はあるんですが、今は木の精霊に喜ばれるもてなしを考えたくて。そもそも、友人になったばかりなのに世界の真理を尋ねるなんて図々しくないですか?』


 ボクがユグさんなら『なんだコイツ…?世界の真理なんて知ってどうする?』と思う。そんなことより、精霊の好きなモノを調査するほうが有益。


『…あはははっ!世界の真理よりもてなしが大事なのね!』

『結界を張るのに協力してもらったり、フィガロについて教えてもらったりとお世話になってるので、お礼が優先です』

『協力は惜しまないわ』


 その後も思いつく限り試してみる。果汁や肥料を混ぜるのもアリだけど、シンプルに精霊魔力だけが1番という結論になった。重要なのは、多すぎず少なすぎずの匙加減。


『こんなのバラモに訊けば直ぐに答えたでしょうに』

『バラモさんはエルフの里に立ってます。できれば行きたくない場所なんです』

『ウルシは?』

『受け答えが適当すぎて当てになりません』

『ふふふっ!どこまでも自然体のウォルトに、私から授けたいモノがある』

『なんでしょう?』


 夢の中と同じ姿のユグさんが部屋に顕現する。


「驚きました…。昼間でも姿を現せるんですね」

「こう見えて珍しい存在なのよ。ウォルトの手を借りていいかしら?」

「どうぞ」


 右手を差し出すと、そっと手を添えたユグさんの身体が淡い光を放つ。


「はい。終わり」

「なにも感じなかったです」

「ウォルトは精霊力とほぼ同質の魔力を操るわよね?けれど、今後は本物の精霊力を操れるようになった」

「えぇっ!?」

「友人になった記念と、昨日の我が儘を聞いてくれたお礼も兼ねて力を与えた。どう活かすかは貴方次第です!」


 笑顔でビシッ!と指を差される。


「勝手にやってしまったけれど、やりすぎた?」

「別に構いません。ユグさんの眷属になったとかじゃないですよね?」

「違うわ」


 紛い物じゃない精霊力を操れるということは、さらに魔法の幅が広がりそうだ。魔力を流して体内を探ると、一部にちょっと異質な力を感じる。精霊魔力と全然違うけど、コレが精霊力なのか?気になるから使ってみよう。


 問題なく動かせる。でも、魔力とは操る感覚が違うな。こうか…?…いや、こうか?難しいな…。


「簡単に操り方を教えておこうかし…ら…?」

「なんとかできました」


 大皿を持つように両手を構えて、箱状の空間を生み出した。精霊に会うときと同じ性質の空間ができたはず。


「いきなり『仮想空間(メタバース)』を作り出すなんて。魔法でも再現できるのね」

「空間魔法の上達に使えそうだったので、覚えてみたくて修練してました。でも、精霊魔力では上手くいかなかったんです。ボクなんかに力を与えてよかったんですか?」

「誰かを傷付けるような力ではない。貴方がどう使うか見たいだけ。あと、私が長時間宿ったこの小さな木は、やがて神木に成長するでしょう。育ったらパナケアも採れるわ」

「えぇっ!?」

「住み家の近くに植えるといい。今は人でいう赤子だけど、やがて個性が生まれるから楽しみにしてね!」


 そろそろ帰らないと精霊達に心配されるということで、ユグさんは世界樹の本体へと帰った。てっきり分体だと思っていたけど違ったらしい。


 神木の苗木は、住み家に近く陽当たりが良好な場所を選定して丁寧に植樹する。学んだ割合の精霊水を与えて育てよう。

 神木の世話をすることになるなんて思わなかったけど、まっすぐ育ったなら貴重な素材も採れるし、どんな個性の神木になるのか興味がある。よく対話して間違ってもウルシさんのように怒りっぽい神木にならないよう祈ろう。


 よくよく考えると、獣人が世界樹に力を分け与えられるなんてあり得ない。しかも、精霊力は魔力とは全くの別物で、模倣に使っていた魔力も温存できる。運よく使える技能が1つ増えた感覚。使い方を模索して新たなことに挑戦していこう。


 力を分けてくれたユグさんにがっかりされないように。

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