612 たまには男子会
フクーベの酒場にて、今夜はオーレンが誘ってロックとサシ飲み。
ウイカやアニカ、ミーリャの女性陣の方が酒好きで、俺達はお互いに酒は好きじゃないけど今日は少し語りたい気分だった。
「オーレンさんに誘ってもらって嬉しいです」
「男同士もたまにはいいよな。驕るから好きモノを食べてくれ」
「ご馳走になります」
Cランク冒険者たるもの、たまには後輩に驕らなきゃな。俺も先輩のマックさん達に驕ってもらってる。ロックも酒は飲まないから飯しか誘ってなかったけど、たまには不満を吐き出してもらいたいと思った。
「なんで俺達の周りには口の悪い異性しかいないんでしょう。オーレンさんは、ミーリャのどこがいいんですか?」
「いきなりぶっ込んでくるなぁ」
シスターマリアの件で、クソ丸眼鏡って言われてたもんな。気持ちはわかる。ミーリャはロックに厳しい。
「ミーリャの口が悪いとは思わない。でも、なぜか幼馴染みには厳しい。俺が思うに、アニカ達から悪い影響を受けてる」
「確かに2人は異常にオーレンさんにだけ厳しいですよね。アレを見てなかったら凄く可愛い姉妹ですけど…」
「厳しいというか、兄妹みたいに育って性格を知りすぎてるからウザいんだろうな。仲良くても兄妹のことは好きにならないだろ?」
「ですね。早く1人暮らししたいんですけど、もう少し余裕ができてからじゃないと厳しくて」
「Dランクに上がればクエストの報酬も余裕があると思う」
「オーレンさんが早くミーリャと暮らせるように頑張ります」
「気にしなくていいぞ」
ロックはミーリャと一緒に住んでるけど、しょっちゅう外を泊まり歩いて家にいないことが多い。小言を言われるから四六時中は一緒にいたくないらしい。
「ウイカさん達と暮らしてるのに、ミーリャを選んだのって地味に凄いですよ」
「わかってると思うけど、アイツらは俺に興味がない。最初から可能性がゼロに等しい」
「目に映ってるのはウォルトさんだけですよね。俺が1番信じられないのはウォルトさんで、あの人は鈍いとかいう問題じゃないですよ」
「言ってることはわかる」
…けど、ロックはウォルトさんが虐げられていた過去を知らない。ミーリャもだ。同族から蔑まれ、ほぼ孤独だった時代を知ってるのは『森の白猫』の俺達3人だけ。
積極的に自分の世界を広げようとしないウォルトさんは、女性に限らず他人に興味がない。縁があって知り合いが少しずつ増えているだけで、例外になる子供を除けばいつだって受け身だ。
「シスターマリアの件も、ウォルトさんみたいな考えが好感を持たれるんでしょうけど俺は誘います!」
「積極的に行くから女好きって思われるんだよな。勘違いなのに」
「おっとり美人のお姉さんって憧れませんか?ウイカさんもそうですけど、お近づきになりたいです」
「ウイカは違う。甘く見るとえらい目に遭うぞ。あわよくばの精神はお勧めできない」
根本的な性格は変わってないけど、昔とは全然違う。最近のウイカは、人の内面を冷静に注意深く観察してる気がして、氷のように冷たい微笑みを浮かべるときがある。その表情がマジで怖い。本気で怒らせたときのヤバさはアニカよりウイカの方が数段上。
「この間の冒険で、笑顔のまま素手で魔物を殴り殺したのを見て足が震えました…。それ以前の問題ですけど」
「そうだよなぁ」
話が弾んで酒も進む。強い酒は無理だけど俺達なりに楽しめてる。肴も美味い。
「最近、俺の師匠がウォルトさんに興味を持ってるんです」
「魔導師なら誰でもそうじゃないか?」
「男にも他の魔導師にも興味なんか示さない人です。結婚できたことが奇跡ですから。そんな師匠が、なぜかテムズ…ウォルトさんには興味を示してて」
「ダーシーさんも魔法に魅せられたんだよ」
「師匠の魔力回路を見てくれたのと、障壁だけですよ?単純にウォルトさん自身に興味があると思うんです」
「そうかなぁ?違う気がする」
魅力満載だけど相手に伝わりやすい人じゃない。ただ、子供が相手だとめちゃくちゃ優しくてサービス精神があるから別。
「俺、ちょっと思ったんですけど、ウォルトさんになればモテるんじゃないですか?」
「どうやってなるんだ?」
「雰囲気を真似てみるんです。『俺は貴女に興味なんかないですよ~。勘違いも激しいけど無垢だからなんですよ~』って。そしたら、どんな人?って興味を持ってくれそうで」
「無理だ。俺やロックにそんな余裕はない。あの人は天然だし」
ズレたことを言っても、本人は至って真面目。
「な~んか面白いこと話してるね」
通りすがりの女性店員が微笑みかけてきた。
「フェアリンさん。聞いてたんですか?」
明るくて元気な顔見知りの店員さんで、ウイカやアニカとも仲がいい。俺達より結構年上のお姉さん。
「歩き回ってるからちょこちょこ聞こえてるよ~。若者2人でモテる方法を考えてるのが面白くてさ。有望な冒険者の君達はモテるでしょうに」
「全然モテないんですよ~。遊んだりするのはいいんですけど、付き合うまではいかなくて」
ロックはいい感じになった女の子に告白すると「お友達で」と断られてばかりらしい。だからミーリャが怒る必要はないと思ってる。
「へぇ~。意外。オーレン君はミーリャちゃんがいるでしょ?まだモテたいの?」
「浮気とかじゃないんですけど、やっぱりモテたいです」
「あはははっ!正直でよろしいっ!別にいいんじゃない?本人には言わない方がいいけど」
「言えませんよ」
「フェアリンさん。やっぱり、男から積極的にいかないと道は開けないですよね?」
「時と場合によると思う。ロック君は、さっき誰かの真似するって言ってなかった?モテる人なの?」
ロックがウォルトさんのことをやんわり教える。
「へぇ。私は苦手なタイプの人だ」
「いい人ですよ」
「だってさ、こっちが頑張ってるのにとぼけた態度や言葉で返されたら腹立つよ。ガツガツ行くのも疲れるんだから。優しくないよね」
優しくないのは本人が認めてる。ウイカやアニカは楽しんでる節があるからへこたれない。サマラさんやチャチャというライバルの存在も大きいんだろうけど。
「私は君達みたいにモテようと頑張ってる男が好きだし、努力が実ってほしい。強くなるのと一緒で頑張ったからには結果が付いてきてほしいじゃない」
「こらぁ!フェアリン!なにサボってんだ~!」
怒られたフェアリンさんは「ごめん。またね」と笑いながら仕事に戻った。
「励まされましたね」
「強くなるのと一緒って言われたらそうかもなぁ。必ずしも結果が出ない」
「ちょっと思ったんですけど、ウォルトさんって凄い魔導師じゃないですか。もしかして、努力を感じ取れる人にモテるんじゃ…?」
「努力で言うと俺の知ってる誰より凄い。あの人以上の努力家に会ったことがないから」
お師匠さんとの魔法の修練で何十回と死にかけたり、今でも平気で腕や足を切り落としたりする。この間もウイカ達の魔法を生身で受けたと言ってた。今のアイツらの魔法を生身で受けたら、死んでもおかしくないのに喜んでたらしい。
剣だってそうだ。掌の皮が剥けるまで剣を振って、治すのも魔法の修練。出会った頃、肉球のように柔らかかった掌は皮膚が厚くなって硬く変化してる。
ウォルトさんの修練は量より質に重点を置いていて、簡単なダンジョンを100回攻略するんじゃなく短時間でもキリアンに挑む…みたいな修練。その内、「ボクを剣で斬ってくれないか?」とか真顔で言いそうで怖いんだよなぁ…。絶対やりたくない。
「おっ!オーレンとロックじゃないか!」
「サシ飲みか!寂しいな~!」
振り返ると、冒険者仲間のモスさんとドミスさんがいた。仲良くさせてもらってるCランクパーティー『南瓜の馬車』のメンバー。面倒見もよくてロックもよく一緒に冒険してる。
「お疲れさまです。今からですか?」
「クエスト帰りなんだ。マックは家に帰りやがった!」
「冷たい奴だぜ!」
「マックさんは家庭持ちだから、クエスト帰りは仕方ないです」
「冗談だよ。一緒に飲んでいいか?」
「もちろんです」
酒を頼んで乾杯したあと、「モテるにはどうしたらいいのか」という会話のテーマについて説明したら、2人は深く頷いて口を開く。
「男にとって永遠の課題だな」
「それがわかれば苦労しねぇぜ!」
「オーレンにはミーリャって彼女がいるのに、まだモテ男を目指すとは大したもんだ」
「刺されても本望ってことだろ?男だぜ」
「違いますよ。単純に男として魅力的でありたいだけで」
「そうです。でも、ミーリャやアニカさん達にはわかってもらえないんですよ」
「そうか…。アニカやウイカには俺達の努力も通用しない」
「自分を磨いて磨いて、磨き倒しても笑って断られる。磨きすぎてもはや自分が薄っぺらくなった気がするぜ」
モスさんはウイカ、ドミスさんはアニカに惚れてるけど相手にされてない。既に気持ちは伝えていて、柔らかくもハッキリ断られた。
友人を脱却するタメに何度も挑んでは高い壁に跳ね返され、それでも諦めずに努力を重ねる先輩冒険者。願わくば、諦めない心は冒険で発揮してもらいたい。2人にいいとこ見せようと張り切って空回りすることが多々ある。
「モスさんとドミスさんは、なんでそこまで頑張るんですか?アイツらのこと諦めませんよね」
「そりゃあ好きだからだ」
「惚れたんだからしょうがないぜ」
「諦めなきゃ、想いがいつか届くかもしれないだろ?」
「冒険と一緒だぜ。凡人が最難関のダンジョンを攻略するには、少しずつ前進するっきゃない」
きっとアニカやウイカに恋人ができるまでは諦めない。2人を応援したくても、反り立つ壁は果てしなく険しいんだよな。姉妹の好きな男は、「とても強く賢くて2人が憧れるような人物」とだけ教えてる。
「オーレン。俺とドミスは…ウイカ達の想い人の実力に近づいてるか?」
「まだまだです」
「溜めも作らず即答しやがって!このぉ~!」
モスさんにヘッドロックされて、拳で頭をぐりぐりされる。
「いてててっ…!お世辞は嫌だっていつも言ってるじゃないですか!」
「ちょっとは近づいてるだろうが!今度のBランク昇級試験は絶対受かってみせる!お前達より先になるからなっ!」
「ちょっとは近づいてるかもしれませんね!」
「そうだろ!」
やっと離してもらえた。むしろ差は広がってる可能性大です…とは言えない。ウォルトさんは出会った頃から凄い獣人だったけど、飽くなき探究心からあらゆる面で進化を続けてる。
魔法や剣術だけじゃなくて、人を救う薬学や魔道具の知識も。色々な魅力に溢れる獣人すぎて、どう対抗すればいいのか見当がつかないんだ。
「モス。近づくだけじゃダメだぜ。ソイツらを超えなきゃ意味ない。俺達の方を向いてもらうには」
「なるほど」
ソイツら、じゃなくて1人なんだけど。
「ソイツらはアニカ達の好意に気付いてない。なぜなら強者はモテる。言い寄ってくる女達の影に隠れて、2人の密かな恋心に気付かないだろ。神が俺達に与えた猶予だぜ」
アイツらは相当アピールしてるけど、ウォルトさんが気付いてないだけ。
「モテるのも善し悪しってな。千載一遇の好機を逃してる」
「凡人に足元を掬われるとは思ってもみないだろうよ。モテすぎるのも考えモノってヤツだぜ」
2人が熱く語っている横でロックが耳打ちしてくる。
「無理だってハッキリ伝えた方がよくないですか…?2人は自分に酔ってそうですけど…」
「そうだけど…いい刺激になってるみたいだ。ライバルを打倒するタメに燃えてる。ウイカやアニカも嫌がってない。2人のことは先輩冒険者として好きらしい」
前にそれとなく訊いたとき、「恋愛対象じゃない」と断言されてる。
「この先どうなるのか見たい気もしますけど…とんでもなく落ち込みそうで怖いです」
「もし2人がトドメを刺されたら、ヤケ酒に付き合ってくれ」
「えぇ~?間違いなく朝までコースになりますよ?」
「なんとか酔い潰そう」
それぞれ会話していると、またフェアリンさんが通りかかった。
「モス。ドミス。また後輩を困らせてるの?」
「またとは人聞きが悪いな」
「オーレンとロックはモテたい連合の同志だぜ!」
この3人は駆け出しの頃からの長い付き合いで、同い年らしい。飲みに来るといつも楽しげに会話してる。
「あはははっ!アンタ達がモテるのは無理じゃないの?」
「なんでだよ!」
「お前になにがわかるってんだ!」
「だってさ~、モスとドミスはたった1人に好かれたいだけでしょ?モテるとは違うんじゃない?」
「そう言われると…」
「まぁそうだな…」
「アンタ達は女性に真面目で、相手のことを尊重できる。ひたむきに頑張れるしね。そんなところが魅力だと思う。誠実にいけば好感を持ってもらえるよ」
「へっ。たまにはいいこと言うじゃねぇか」
「沁みるぜ」
「顔が気持ち悪いからモテるのは無理だけどね」
「お前っ…!」
「ふざけんなっ!」
「ははははっ!」
思わず笑ってしまった。上げてからの落差が酷すぎる。
「オーレン…」
「そんなにおかしかったか…?」
マズいっ…!
「大体、お前が恋敵を抹殺してくれたら終わる話だ…」
「無茶言わないで下さい!逆に殺されます!」
「オーレンは協力者のふりして俺達を嘲笑ってるんだぜ…」
「違いますって!」
「前から訊きたかったんだが、なんでソイツらの名前すら教えてくれない?フクーベの冒険者じゃないだろ?」
「上位ランクじゃ思いつく人がいないぜ。あるとすれば…ハルトさんかシュラぐらい。スザクさんは…年上すぎて考えにくそうだ」
フェアリンさんは溜息を吐く。
「あのさぁ、相手は誰でも一緒だよ。知ってどうするの?蹴落とすつもりじゃないんでしょ?」
「そんなことするか」
「正々堂々勝つつもりだぜ!」
「その意気だよ。とりあえず…反省会はウチの店でよろしく!予約はいつでも承るから!」
「応援しろよ!」
「ホントふざけた奴だぜ!無理だと思ってんだろ?!」
「思ってないよ。可能性はゼロじゃないし、ん~……万に1つくらいはあるかなぁ」
「低すぎる!」
「私はその人達を知らないけど、多分そんなもんでしょ」
なんだかんだフェアリンさんは和ませてくれる。言い合っている姿も楽しそうだ。本当は、フェアリンさんのような人が2人の恋人に向いてるんじゃないかと思う。
「とにかく、アンタ達にウイカとアニカは荷が重いと思うんだよね~」
「なんでだよ」
「冒険者として追い抜かれるのが目に見えてるじゃん。プライド保てるの?」
「追い抜かれるつもりはないぜ」
「つもりはない…ねぇ…。私は冒険者じゃないけど、酒場に来るいろんな人の話を聞いてるんだ。あの子達って凄いんでしょ?考えが甘いよ」
「どういう意味だ?」
「仮に付き合えたとしても、2人に追い抜かれたら心が耐えられないに決まってる。たとえば、2人がAランクになってアンタ達はCランクのままだとする。冒険で助けられても笑ってられるの?」
「ぐっ…」
「周囲から「だらしない」って言われて、耐えきれずに「これ以上お前とは付き合えない…」なんて言い出すのはなしだよ。最初からわかってたろ、ふざけんなって話」
モスさんとドミスさんは黙ってしまう。アイツらの実力はよく知ってるもんな…。実際そうなる可能性は高い。俺は絶対アイツらに負けたくないから鍛えてるのもある。
「私が言いたいのは、口だけじゃなくて実行しろってこと。今のままじゃ高確率でそうなる未来しか見えないけど、アンタ達が死ぬほど鍛えて結果を出せば、それだけで間違いなく格好いい。ライバルのことを考えてる暇があるなら身体を鍛えなよ。恋敵が凄いのは鍛えたからでしょ?惚れさせて奪ってやる!…くらいの気概でいなきゃ太刀打ちできないんじゃないの?以上」
つらつらと言葉を並べたフェアリンさんは、手を振りながら行ってしまった。なんというか、自分に向けての言葉だったように感じてしまう。
「アイツの言う通りかもしれない」
「刺さったぜ…。考えが甘すぎる…か」
「男なら…背中で語るしかないな」
「俺に付いてくれば大丈夫って言ってやるぜ」
「引っ張っていくくらいじゃないといけないってことですね」
ロックも会話に加わってしんみり飲み始めた。モテたいと話していたのに、いつの間にか好きな人にいいところを見せるにはどうしたらいいか?という話にすり替わってる。俺達が単純だからフェアリンさんに誘導されたってことなのか?
そうだとしても大切なことを学んだ気がする。ミーリャにいい男だと思ってもらうのに小細工はいらない。今のままでもっともっと上を目指す。そして、格好いいと思ってもらえたらそれだけで最高だ。




