61 まるでダークヒーロー
暇なら読んでみてください。
( ^-^)_旦~
ウォルトは凍りついたままの甲冑に更に打撃を加えようと跳びかかる姿勢。巨馬が前脚を高く上げて威嚇してきた。
「ヒヒ~ン!!」
「顔がなくても嘶くのか。献身的だな」
甲冑に跳びかかるのをやめて素早く巨馬に接近。がら空きの腹部に向けて光の魔力を纏った拳を数発打ち込む。
「ウラァァァッ!!」
「ヒヒン!ヒヒーン!」
衝撃でバランスを崩した巨馬が倒れると、凍ったままの甲冑は落馬して地面に横たわる。痛みを感じるのか、巨馬は倒れたまま脚をバタバタさせて苦しみ殴られた箇所からは瘴気が漏れ出している。
「『昇天』の魔力を拳に乗せて打ち込んだ。猫風情の一撃ではお前らには効かないんだろう」
ボクはまた嗤う。アンデッドは闇の属性を持つ魔物。対アンデッド戦では闇の対極にある光属性の魔法を使用するのが効果的。
漆黒の巨馬は、フラフラしながらなんとか立ち上がり再び突進してきた。躱しながら今度は脚に魔力を纏い、巨馬の横っ腹を蹴る。
なす術なく倒されてまた嘶く巨馬。
「的が大きいからよく当たる。何度繰り返しても同じだ」
そうこうしていると甲冑がガチャリと動き出した。腹の穴からは瘴気が立ち昇っている。瘴気が一瞬にして甲冑を覆い尽くすと、晴れたときには穴は綺麗に塞がり、甲冑の傷も修復されていた。
甲冑は立ち上がって槍を構えボクに向き直る。そんな甲冑に向かってすかさず詠唱した。
『破砕』
今度の『破砕』はさっきと比べものにならない魔力を込めて打ち出し、凄まじい衝撃波が甲冑に襲いかかる。躱すこともせずまともに食らったのに吹き飛ばされただけで損傷は見られない。
「やはり『闘気』を纏っているな。生前は騎士だったのか?」
ボクの問いには答えない。
「オマエ…。ネコノクセ二…」
「それ以上は言わせない」
一気に間合いを詰めて息もつかせぬ打撃を浴びせる。防戦一方の甲冑は防御を固めるが、そんなことなどお構いなしにひたすら拳と蹴りを叩きつける。
「ウラァァァッ!!砕けろっ!!」
「グッ……グオォ…グッ…オッ…」
甲冑に浴びせる打撃の嵐。『昇天』の魔力を纏った打撃の威力は凄まじく、『闘気』で対抗しても徐々に甲冑はヒビ割れていく。やがて崩れ始めたが猛攻を止めるつもりはない。
このままでは耐えきれないとふんだのか、一瞬にして纏う『闘気』が膨らんだかと思うと、ボクを引き剥がすように闘気を一気に解放して吹き飛ばした。
けれど甘い。平然とした顔で嗤いかける。
「闘気を使えるのが騎士だけだと思ったか?」
「ナン…ダト…?」
アイリスさんとの手合わせしたあと、『闘気』について研究した。魔法に耐え抜いたり、騎神乱舞のような攻撃を形作れるということは、闘気も魔力と似た性質ではないかと推測した。
アイリスさんが纏っていた闘気を思い出しながら、魔力を操作して修練した結果、完全に再現することはできなかったものの同等の効果を持つ魔法を会得した。今も闘気が放出される瞬間に同等の魔力で相殺できた。
「オマエハ…イッタイ…?タダノ…ネコデハナイ…」
「いいや…。お前がバカにしているタダの猫だ!猫が……お前らを天に還してやる!」
「オレハ……キシ…。オマエニナド…マケナイ…」
魔物の台詞に激昂する。
「ふざけるなっ!お前が何者か知らないが、ボクの知る騎士は誇り高い!決して理由もなく人に襲いかかったり、誇りを傷つける発言などしない!お前が騎士を名乗るなっ!」
「ダマレ…。ジャマヲ……スルナ!」
「なにを邪魔したって言うんだ?…お前は一体なにがしたいんだっ!!」
模倣した闘気を拳に纏わせ思い切り甲冑の頭部を殴りつけた。まともに殴られた甲冑は崩れ落ちる。
「やりたいことがあるなら言ってみろっ…!聞くだけ聞いてやるっ!」
甲冑はピクリとも動かない。ココまでか…と手を翳して『昇天』を詠唱しようとする。
「コクオウサマヲ……カネルラノタミヲ……マモラナケレバ…」
「なんだって…?」
ボクは動きを止めた。
眼前には、甲冑がひび割れた騎士の亡霊と息も絶え絶えで横たわる巨馬。自分を落ち着かせるタメに大きく深呼吸してから魔法を詠唱する。
『漆黒』
翳した掌から、ズズズッ…と黒い霧が発現して魔物を浸食するゆらゆらと蠢く黒い霧に包まれていた魔物は、霧が晴れると傷1つない甲冑と巨馬に戻っていた。
『漆黒』は闇魔法の1つ。通常は物質を闇に取り込んで消滅させたり生命力を吸い取る魔法だけど、闇の属性を持つ者に使用すると状態を回復させることができる。
「コレハ…?ナゼ…?」
甲冑はワケがわからないとでも言いたそうな様子。
「ボクは獣人のウォルトと言います。祖先の猫を悪く言わないのであれば貴方と話したい。そうでなければ今すぐ天に還します。どうしますか?」
この条件は譲れない。断るのなら即座に昇天させる。
「イワナイ…。ヤクソクスル…」
「それでは、貴方達の名前を訊かせてもらっても?」
「ダナン…ダ…。キバハ…カリー…ダ」
「ダナンさんとカリーですね。急いでいるみたいですが少しだけ話をさせて下さい」
そこからダナンさん達の事情を聞いた。
闘気を纏った拳で殴られたことで、幾つかの記憶が蘇ったこと。ダナンさんはカネルラの騎士でカリーは騎馬であること。気付いたらなぜか森の中にいたこと。今から戦争に向かい、王と国民を守らなければならないこと。
事情を聞き終えて思案する。
「なるほど。ダナンさんとカリーはカネルラ王都へ戦争に向かう途中でこの住み家を通りがかった。そして、ボクに邪魔をされたと…」
「アァ…。コウシテルアイダニモ……センソウハ…」
2人に…伝えなくちゃならない。
「ダナンさん…。カリー…。カネルラの戦争は……もう終わっています」
「ナニ…?ウソヲ…イウナ…」
「ダナンさんの仕えているカネルラ国王は誰ですか?」
「クラインコクオウヘイカ…ダ」
やはり…。確信して告げる。
「クライン国王は…ご存じだと思いますがカネルラの第20代国王です。現在は29代目のナイデル国王が王位に就かれています。クライン国王が崩御されて……既に400年以上経っています」
「ソンナ…!バカ…ナ…」
衝撃を受けるダナンさんに向かって言葉を続ける。
「信じられないのも無理はありませんが、紛れもない事実です。クライン国王の時代を最後にカネルラでは戦争が起きていません。今のカネルラは平和なんです」
「ナン…ト…。シンジ…ラレン…」
「クライン国王は、歴代国王の中でも人格者として知られています。隣国との戦争に巻き込まれ、王都を失ってもなお共存を望み、崩御されるまで関係改善に取り組まれたと伝わっています。当時のカネルラでは「国王は甘すぎる」という意見も多かったようですが、現代の平和はその精神の上に成り立っている部分も大きいと思います」
「……ウッ…!ウゥッ…!」
ボクの言葉を…信じてくれたのかな…。
嗚咽を漏らすダナンさんにカリーが寄り添い、首を優しく擦りつけている。慰めているのだろうか。言葉を紡げないでいると、ダナンさんが口を開いた。
「ワレラヲ……テンニ…カエシテクレ」
ボクらは住み家の外に出て向かい合って立っている。ダナンさんはカリーと共に天に還してほしいと言った。
己の使命はとうに果たされ、今の世に自分達の居場所はないと感じた…と。
「本当に…いいんですか…?」
「スマナイ…。タノム…」
項垂れるダナンさんに提案してみよう。あくまでボクの我が儘で。
「ダナンさん。カリー。ボクから提案があります。2人がよければ光魔法を試させてくれませんか?」
「タメス…?ドウイウコトダ…?」
「理由はわかりませんが、2人は共にこの時代に蘇りました。言い辛いのですが、アンデッドとして」
黙って聞いてくれている。
「ボクの知る魔法が成功すればアンデッドではなくなり、加えて生前の記憶を取り戻せるはずです」
「ソンナコトガ…デキルトイウノカ…?」
「絶対とは言えません。前例はあるんですが、あくまで成功すれば…です。ダナンさんは今の状態でも生前のことを覚えているようですが…」
さっき話してわかった。ダナンさんは、戦争や国王、騎士だったことなど、ほんの一部しか思い出せていない。
けれど、ダナンさんとカリーはカネルラを守りたいという強い想いが通じて蘇ったのかもしれない。魔物のまま天に還すのは不憫に思えた。
「ワカッタ…。ヤッテクレ。ダメデモ…カマワナイ」
「ありがとうございます。では、力を抜いて下さい」
師匠の魔力の色を思い出しながら魔力を練り上げる。魔力の調整を終えて、まずカリーに手を翳した。
問題はここからだ。どうすればいい?翳した手を動かしていくと、カリーの心臓付近に魔力のようなモノを微かに感じた。
手を近づけると逃げるように身体の中を移動する。もしかして…師匠の言う魔物成分?追跡して前脚の先まで追い詰めると動きが止まった。
試しに練り上げた魔力をぶつけると、少しの間蠢いていたが、消滅すると同時にカリーがパタリと倒れた。ダナンさんが心配そう。
「ダイジョウブカ…?」
「大丈夫だと思います。見ていて下さい」
1分と経たない内にカリーの漆黒の毛皮が純白の毛皮へと変化していく。さらに、かなりの巨馬だったのに普通の騎馬と言っていい体躯に変化した。
よく見ると首の瘴気も消え失せている。半信半疑だったけど、どうやら成功したようでホッと胸をなで下ろす。
「オォッ…」
「しばらくは目を覚まさないでしょう。次はダナンさんです」
「ワカッタ…。タノム…」
同様にダナンさんの魔物成分を追い込んで消滅させるとガチャンと崩れ落ち、漆黒の甲冑は見事な白銀へと色を変えた。
★
先に目を覚ましたのは、カリーだった。
「ヒヒン!」
ガバッと立ち上がり元気に跳ね回る。元の姿に戻ったことが理解できてるみたいだ。
感謝の行動なのか身体を擦りつけてきた。毛並みはモフモフしていて気持ちいい。ゆっくりカリーの首の辺りを撫でて、あることに気付く。
「驚いた。見えないけど顔があるんだね」
ゆっくりと見えない顔を撫でる。確認のタメに目、鼻、口と優しく撫でた。
「カリーは美人だね。女の子なのに殴ったりしてゴメン。痛かったろう?」
「ヒヒ~ン!」
カリーは嘶きながら飛び跳ねる。なぜか許してくれたように感じる。もしかして、ボクの言っていることを理解しているのかな。ペニーもそうだし普通か。
次はダナンさんの番だけど、中々動く気配を見せない。カリーが心配そうに近づいて覗き込んでいる。
「ヒヒン」
「大丈夫だよ。もう少しだけ待ってくれるかい?」
優しくカリーの毛皮を撫でながら寄り添って、ダナンさんの様子を見守る。すると、白銀へと変化した甲冑はガチャガチャと音を立てて起き上がった。
「成功したのか…?おぉ!カリー!元の美しい毛並みだ」
「ヒヒン!」
カリーがダナンさんに身を寄せる。互いに生前の姿を確かめ合っているんだろう。成功してよかった。向き直ったダナンさんが頭を深々と下げて口を開く。
「ウォルト殿…。この度は魔物であった我々にこのような慈悲を頂き言葉もありません。そして、貴方の先祖を侮辱する発言と急な襲撃を謝罪させて頂きたい」
やはりダナンさんはカネルラ騎士。礼を重んじ国民を守護する存在だ。アンデッドであっても意識は残っていたのかもしれない。
「気にしないで下さい。ボクも熱くなりすぎました。貴方達の事情も知らず、騎士ではないなどと暴言を吐いてしまい申し訳ありません」
ボクも深々と頭を下げる。すると、カリーが「ケンカ両成敗!」とばかりに間に割って入って嘶いた。
「ヒヒーン!!」
照れ臭そうに兜を掻くダナンさんを「互いについてもっと話しましょう」と住み家に誘い、カリーも軽い足取りでボクらの後をついてきてくれた。
読んで頂きありがとうございます。