609 ポンポン
サラとアニェーゼさんが訪ねてきた翌日、ウォルトは更地でみっちり魔法の修練。今回も多くを学んだから、忘れてしまう前に身体に叩き込む。
休憩中にお茶を飲みながらしばし考える。新たに見せてもらえた魔法を修得しようと試行錯誤を重ねながら、アニェーゼさんはやっぱり凄い魔導師だと再認識した。
魔法を模倣すれば、苦労を重ねて編み出した過程を理解できる気がするんだ。完成に辿り着くまでの道程が逆算的に想像できるから。
新たな魔法を編み出すのは困難なのに、惜しみなく見せてくれた。おそらく弟子にしか教えない魔法を。 自分になにかあれば弟子に伝えてほしいと頼まれたのは意外だったし、ボクには荷が重い。ただ、素晴らしい魔法が失われて次世代に継承できないのは悲しいこと。
魔法を知らなければボクに出来ることはなかったけど、幸いなことに見せてもらえて食事しながら魔法について細かい質問をしたら、真摯に答えてくれた。そんな場面が訪れたなら、微力ながら手伝わせてもらう。貴重な魔法を教えてもらった恩返しに。
アニェーゼさんの魔法は普及している魔法にはない独特の美がある。削ぎ落とすことも可能な部分を残して、あえて造形に拘っているかのようだ。
花のような氷魔法に加えて、風魔法も刃ではなく帯状に発動していた。だからといって威力が劣ることはなく、十人十色だから魔法は面白いし、自分が操作しやすい魔法に越したことはない。
帰り際、「ウォルトは子供は好き?」と訊かれ、ちょっと勘繰ったものの素直に答えたら、「うふふっ。その内お願いするかもしれないわ」と意味深なことを言われた。なんだったんだろう?
「ニャ」
近寄ってきたシャノが、ボクにお尻を向けて伏せる。
「叩いてほしいのかい?」
最初はこの行動の意味がわからなくて、頭や背中を撫でたりしていた。でも反応が今ひとつで、色々と試したところ軽くお尻付近を叩いてあげると喜ぶことに気付いた。
「ナァ~~」
尻尾の付け根辺りを優しくポンポン叩くと満足そう。お腹の子猫は順調に育ってる。出産まで折り返しを過ぎていそうな感じだけど、どうなのかな。
気が済んだのか、シャノはボクを見ることもなくどこかへ向かう。いつだって変わらず気まぐれで、ツンとした女王様のような振る舞いが愛らしい。一通り修練を終えたら、昨日サラさんから聞いたモノを作ってみようかな。猫が好きらしいけど。
「ただいま」
「ただいま!」
「おかえり」
日が暮れる頃にウイカとアニカが来てくれた。
「アニェーゼさんとサラさんに会いました」
「わざわざ家に寄ってくれて!」
「ココにも来てくれたよ」
冒険終わりの2人を招き入れる。
「アレは…」
「なんですか…?」
居間に移動した姉妹の視線の先には、サラさんに教わって作ったモノが置いてある。
「大っきいカボチャだね」
「めっちゃデカい!初めて見る大きさ!」
「アニカ、見て。横に穴が空いてる。人の顔みたい」
「ホントだ!」
2人がしゃがんで中を覗き込もうとした瞬間…。
「ニャッ!」
「わぁぁっ!?」
「シャノ?!」
急にシャノが中から顔だけ出した。驚いてのけ反ってる。
「びっくりしたぁ~」
「シャノが中に入ってるなんて思わないよ!」
「ニャ~」
姉妹を驚かせて満足そうなシャノは中に引っ込んだ。
「すっごい寛いでる。丸まって気持ちよさそう」
「落ち着くのかな!」
「チグラっていうらしい。サラさんに教えてもらったんだ。カボチャなのは大きさがちょうどよかったからなんだけど」
狭い空間を好む猫のタメに考案されたらしくて、世界には似たようなモノが沢山あるみたいだ。昔は共存していて、猫好きが多くいたんだろうな。
「こんな大きなカボチャが生えてるんですね」
「元は『燈火南瓜』だよ」
「それって…光るカボチャが空を飛ぶっていう怪奇現象じゃないですか?」
「そうだよ。そのカボチャを使ってるんだ」
「危険じゃないんですか?」
「大丈夫だよ。霊的なモノじゃなくて実体がある。どこから来るのか知らないけど、捕獲することもできて害はないんだ」
ジャッコランタンの本体は、ホタルのように発光する虫の集合体。カボチャはあくまで移動するときの隠れ蓑で、住み家や縄張りを変えるときの習性だとボクは推測してる。
だから乗り捨てられたカボチャは無害。なんらかの能力で巨大化させられているのか、元から大きいのか不明。
「食べたことあったりしますか?」
「味は普通のカボチャだよ」
「ウォルトさんはなんでも知ってますね!」
「好奇心だけはあるからね」
今日の晩ご飯にカボチャスープが付いてるけど、ジャッコランタンから採った食材じゃないことを伝えておこう。3人で夕食を作って食べる。シャノも一緒だ。
「リンドルさんが魔力回復薬のお礼を伝えてほしいって言ってました」
「役に立ったならよかった」
「治癒院は軌道に乗ったみたいです。私とアニカも暇があったら手伝いに行ってます」
「アニカも?」
「冒険の合間にお世話になってます!最近は魔法理論を勉強してて、幅広く魔法を知りたい欲が出ちゃって!治癒魔法も知りたいんです!」
「そうなんだね」
「ウォルトさんの占いのおかげです」
「占いと関係あるの?」
「私は技術者に向いてて、アニカは学者気質って言われたじゃないですか。それぞれ沿った行動をしてみたら楽しくて」
「お姉ちゃんは医療に役立つモノを作って、私は文献を読み漁ってます!前は難しくて苦手だったんですけど、自分に向いてると思うと面白くなって慣れてきました!」
「力になれたならよかったよ」
初めて占いが人の役に立った。きっかけになっただけで嬉しい。
「お願いがあります!無理ならいいんですが、お師匠さんの文献を見せてもらえたりしますか?」
「丁寧に扱ってくれたら大丈夫だよ」
「ありがとうございます!」
「アニカが本を読んでる間に私のモノづくりを見て下さい」
「もちろん」
食後にアニカは読書、ウイカはモノづくり。今までになかった流れで新鮮。離れには移動せず居間でやることに。
「ウォルトさん。この魔導書、なにが書いてるのかさっぱりわかりません」
「師匠の魔導書の中では入門編なんだけど、文章が回りくどく書かれてるから読むのにコツがいるんだ」
魔導書には癖のある文体が多い。癖の凄い師匠が書いた魔導書が最も簡潔ですんなり読める不思議。
「ウォルトさん。この部分ってどう作ればいいですか?」
「ボクならこう作るけど、こっちのやり方がいいかもしれない」
質問には丁寧に答える。2人のやる気を削いではいけない。ウイカは自前の工具も持参していてやる気を感じる。
「ふぅ~。難しいけど…」
「やり甲斐あるよね~!」
毎日のように冒険しながら治癒院に料理に工作に読書。なんでもこなして凄いけど、ちょっと心配になる。一息ついてもらおうとカフィを淹れた。
「2人は遊ぶ暇もないんじゃないか?」
「遊ぶって」
「なにして遊ぶんですか?」
「思いつかないけど…たまには息抜きが必要だと思って。ボクの場合は、魚を釣ったり楽器を弾いたりして魔法の修練以外は基本的に息抜きを兼ねてる。料理もモノづくりも体力強化もだ」
「私達もちゃんと息抜きしてますよ」
「ココに来てますから!」
「息抜きになるならいくらでも来てほしい」
「私の場合、クローセにいた頃はまともに動けなかったので、忙しいのは苦じゃないです」
「気持ちはわかるよ」
ウイカとは理由が違うけど、幼い頃ずっと部屋に閉じこもっていたから。
「私は昔から落ち着きがないので、ジッとしてるのが性に合いません!」
「そうかな?元気なだけだと思う」
アニカは他人の話もしっかり聞くし、修練や冒険でも集中してる。溌剌としてるだけで落ち着きがないワケじゃない。
「そういえば、ウォルトさんはアニェーゼさんの魔法を受け継いだんですね」
「そんな大層な話じゃないよ。教えてもらっただけで」
「「ウォルトから習いなさい」って公認してもらいました!教えてください!」
「もちろん」
ウイカとアニカはギュネさん達と交流してる。是非伝えたいし、2人が習得したらボクの出番はないかもしれない。
「アニェーゼさんは本当に凄い魔導師です」
「姉妹で憧れてます!」
「ボクもだよ」
「ウォルトさんは、性別で魔法や魔力の適性に違いがあるのを知ってますか?」
「初めて聞くよ」
「アニェーゼさんの編み出した魔法が一般的な魔法と形態が違うのは、その方が操りやすくて男性には難しいらしいです!女性の魔法適性を考えた造形みたいで!」
「性別での相違は考えたことなかった。奥が深いなぁ」
気にしたことがなかったけど、身体の構造が違うのだから魔力回路や適性に違いがあって当然と思える。深く知れぱ修練に活かせそうだ。
「魔導師界隈では常識じゃなくても、経験上確実に差があるらしくて、突き詰めて今の魔法になったみたいです」
「ただ、私とお姉ちゃんにはあまり関係なさそうって笑ってましたけど!」
「ボクに教わってるからだね…。申し訳ない…」
2人の力量に合う修練をやってるつもりだけど、女性の特性に合わせた修練は考えたこともなかった。そもそも全て我流で知恵がない。本当にボクが師匠でいいんだろうか?もっと能力を伸ばせる師匠に教わった方が…。
「私達の師匠はウォルトさんがいいです」
「1択です!」
読まれてるなぁ。
「男女の違いがあることを知って、どう活かすかは貴女達次第って言われました!だから今まで通りでいいんですよ!いろいろ考えるのも修行ですから!」
「確かにそうだね」
与えるだけじゃなく考えさせる。さすがはアニェーゼさん。ボクが知る魔導師で最も師匠らしい師匠。同じ大魔導師でもライアンさんとは違う。
たった一度だけど、魔法を交えて感じた。あの人は、自分が最高でありたいから研鑽する我が儘な魔導師で、恐れ多いけどボクと思考が似てる気がする。アニェーゼさんは、自分を磨きながら弟子に愛情を注ぎ、何十年も先を見据える先見の明を持った大魔導師だと思う。
「そういえば、魔法戦で久しぶりに魔法を浴びたんですよね?」
「そうなんだ。アニェーゼさんが本気ならボクは死んでたよ。時間差で発動する魔法には心底驚いたなぁ」
「どんなのか知りたいです!」
「じゃあ、こういう魔法だっていう形だけ見てもらおうか。実際の魔法はまだ覚えてないんだ」
テーブルの上に差し出した掌に『炎』を発現させて直ぐに消滅させる。手も直ぐ引っ込めた。
「…どうなるんですか?」
「なにも起こらないですけど?」
突然魔力が煌めいて、同じ場所で『炎』が発動する。今のボクは一切魔力を操作してない。
「わっ!」
「まったく気付かなかったです!」
「魔力を空中に残置するように操作して、遅れて発動させてみた。でも、魔法戦では魔力を感じなかったからこの手法じゃない。薄ら理解してるけど、操るには修練しないと無理だね」
「アニェーゼさん、凄いですね…」
「ボクが立つであろう位置まで読み切ってた。さすが大魔導師だ」
魔法操作は当然だけど経験値が違う。地面を伝う『雷撃』も、『無効化』を発動した一瞬の隙を突かれて発動に気付けなかった。視線や呼吸まで読まれていたと思う。
派手な魔法じゃなくとも、難しいことを簡単に見せる大魔導師の技量に総毛立ったし、より一層警戒しながら魔法戦に臨んだ。
「久しぶりに魔法を受けてどうでしたか?」
「いい意味で師匠の魔法に比べると優しかった。魔法には性格が出るのかもしれない。師匠の魔法は魔力量云々じゃなくて身体の芯にくるんだ」
性格の悪さが魔法に表れてる。
「じゃあ、今回のは包み込むような雷撃だったんですね!」
「いや。充分痛かったよ。追撃されたら危なかった」
「大魔導師の魔法を凌いだのは凄いって自分でも思いませんか!」
「知ってると思うけど、君達に出会うまでは師匠としか魔法戦をやったことがなくて、必然的に障壁と反応だけは鍛えられてると思う。でも、最大の要因は手加減されてるからだね」
加減されていたとはいえ、師匠の凶悪無比な魔法を受け続けたおかげで、防御に専念すればいくらか防げる。魔力感知や先読みを鍛えられてるから、魔法戦で魔法を浴びてない気がする。今回は懐かしくて新鮮な感覚を味わった。
…そうだ。
「よかったら、ウイカとアニカの魔法をボクに浴びせてくれないか」
「えっ!」
「正気ですか?!」
「長いこと他人の魔法を受けてなかったから油断が生まれたのかもしれない。魔法の怖さと初心を忘れないように、痛い目を見ておきたい。嫌なら大丈夫だよ」
「痛い目って…。ウォルトさんがいいならやりますけど」
「本当にいいんですか!?」
「もちろん。死んだとしても、君達の魔法でなら仕方ないと思えるからね」
「おかしいですって」
「絶対死なせませんよ!」
夜の更地で2人の魔法を浴びることになった。ローブを着ていると、威力が軽減されたり傷つくかもしれないので、上半身だけ裸になってお願いする。
「いつでもいいよ」
「「わかりました」」
人一倍魔法を食らってきたボクが思うに、魔法を生身で受けるときはとにかく精神力が重要で、彼女達に心配をかけちゃいけない。
「フゥゥ…」
耐えきるタメに気合いを入れた。
「はぁっ……はぁぁぁっ…」
放たれる魔法にどうにか耐えていたものの、さすがにキツくて大の字に倒れる。やっぱり生身で魔法を受けるのは辛いな…。
「ウォルトさん…」
「大丈夫ですか…?」
近寄ってきた2人が傍にしゃがんで声をかけてくれる。
「大丈夫だよ…。ありがとう…」
「どうでしたか?」
「私達の魔法、効きましたか!」
「もの凄く効いたよ。手加減してくれてありがとう。やってよかった」
久しぶりに毛皮が燃えて、凍らされて痺れた。自分で『治癒』しながら何度も魔法を食らっていると、師匠に挑んでは跳ね返されていた昔を思い出す。
やっぱりまだまだだって思えた。初心を忘れないよう定期的に食らうべきだ。
「私達は手加減なんてしてません」
「生身で魔法耐性ありすぎです!」
「やせ我慢してるだけだよ。2人の魔法の威力は素晴らしいと思う」
この身で直に受けて理解できることもある。2人は本当に成長してるなぁ。予想以上の威力だった。
「言っても無駄なのは…わかってたけど…」
「ほんっとに……困った師匠だよね…!」
「えっ…?」
いつの間にか2人は涙ぐんでる。
「ご、ゴメン…。なにか嫌がることをやってしまったかな…?」
「やると決めたのは私達なんですけど…」
「無抵抗の尊敬するウォルトさんに魔法を浴びせて…嬉しくなんかないですよ…」
あぁ…そうか…。本当はやりたくなかったのに、ボクの気持ちを汲んでくれたんだ…。本当に優しくて有り難いなぁ…。身体を起こして俯き加減の2人の頭を優しくポンポンと叩く。
「ゴメンね。二度と頼まないから安心してほしい」
「私達を信頼してくれて頼んだのはわかってます。またいつでもやります」
「ちょっと辛かっただけです!他の人に頼まれるくらいなら私達がやりたいです!」
「ありがとう。嫌なら言ってね」
「もちろん言います。…そんなことより」
「もうちょっと頭をポンポンしてもらっていいですか?」
「頭をポンポンって…こう?」
「「でへへ…」」
よくわからないけど嬉しそうでなにより。シャノもだけど、優しく叩くのには心を和らげる効果でもあるんだろうか?




