604 王都の皆に挨拶
見学を終えたウォルトは、ボバンさんに礼を告げてダナンと共にある場所に向かう。
ダナンさんはシノさんと指定された場所で待ち合わせるよう調整してくれたらしい。「シノが癪に障ることをほざいたら、魔法で灰にすればいい」とボバンさんは笑ったけど、ボクにできるワケがない。
「あれ?王城の外に出ないんですか?」
来た道を戻って反対側の庭へと移動する。
「シノ殿は敷地内での待ち合わせを希望されました。些細な隙も見せず、任務に穴を空けたくないのでしょう」
「なるほど」
さすが暗部の長。しばらく歩き立ち止まって指差す。
「待ち合わせ場所はアソコですね」
「貴方の探知能力には脱帽です」
目隠しのように大きな木が立ち並ぶ塀際に、姿は見えないけど何者かの気配を感じる。ダナンさんと気配の元へ近づく。シノさんが…いるな。
「お久しぶりです」
木の裏に回り込みなにもないところに向けて告げると、木に寄りかかって立つシノさんが現れた。『隠蔽』のような術だろう。遁術かな?城側からも塀の上からも覗かれない場所の選定が見事。
「なぜわかった…?」
「匂いです。次に気配ですね。上手く言えないんですが微かに空間の歪みを感じます」
「ククッ…。それにしても…誰かわからないほど変装しているな…」
「コレが精一杯です」
「…で、俺に話とはなんだ…?」
「闘気の回復薬を作ったんですが、暗部の秘薬の精製に似た方法なんです。ボバンさんにお伝えしていいか確認したくて」
「奴から聞いたが…ダメだ…。長年秘匿してきた手法だからな…」
「でも、一度は許可したんですよね?」
「一時の気の迷いだ…」
「では、仕方ないです」
森に帰ろうかな。シャノが待ってる。
「…待て」
「どうしました?」
「お前はそれでいいのか…?」
「その台詞はそのままお返しします」
「なに…?」
「ボバンさんは、騎士団を精強にする目的で回復薬を作りたいんだと思います」
何百人もの騎士を統率するカネルラ騎士団長が、一介の獣人であるボクにわざわざ頭を下げた。人間にとっては敬意を表する行為で、真に欲してることがわかった。だからボクも微力ながら力になれたらと思ったけど…。
「ボクは、長年秘匿してきた暗部の秘薬の製法を決して漏洩しませんし、ボバンさんも配慮してシノさんの意向を尊重しています。騎士団が精強になっても、暗部が弱体化する事態が起こりかねないからです」
「だからなんだ…?」
「気が済むように2人で決めて下さい。協力したいんですが、揉め事に巻き込まれるのは御免です。ボクは騎士団も暗部も尊敬しているので、どちらかに肩入れするつもりはありません」
「なるほどな…」
「ただ、ボクが騎士団に回復薬を差し入れするのは許可してもらえませんか?決して製法は教えないので」
「いいだろう…」
「ありがとうございます」
「それだけでも助かりますぞ」
今日の見学のお礼に、作れるだけ作って差し入れさせてもらおう。
あっ…!そうか。暗部の秘薬とは異なる製法で回復薬を作り出せたらいいのか。そして、製法を伝えられたら全てが丸く収まる。できるかは別としてやってみる価値はある。
「話は以上です。時間をとらせてすみませんでした」
「別にいい…。もう1つだけ答えろ…。お前は…先代に負けたのか…?」
「先代…?」
カケヤさんのことか。
「森で手合わせして負けました」
「なんとっ!暗部の先代は凄まじい方なのですな…」
「もの凄い方です」
「その時の…詳しい状況を教えろ…」
手合わせについて説明する。ダナンさんがどこまで知っているかわからないので、カケヤさんを特定できそうな情報は伏せておこう。
「…というワケで、術を破るのに魔法を使ってしまったボクの完敗です」
「聞いて納得いきましたぞ」
「俺もだ…。ククッ…。食えない先代らしい言い回し…」
いよいよ帰ろうか……と思ったけど、リスティアのことを思い出した。会わなければ怒られること必至と忠告されたばかり。
「ダナンさん。今日のリスティアの予定を知っていますか?帰る前に会いたいんですが」
「存じ上げませんが、いつもの曜日と同様であれば舞踏の稽古中ではないかと」
「城のどの辺りに稽古場があるかご存知ですか?」
「ココから見えますぞ。あの…窓が大きな部屋です」
ダナンさんの指差す先に大きな窓がある。しかも幸い1階だ。
「あの~、こっそり窓から覗いたりして、バレたら捕縛されますかね…?」
「俺なら…捕まえて嬲り殺す…」
「こう見えて、一応彼女の親友なんですけど」
「今のお前の…どこに獣人要素がある…?ただの不審者だろうが…。獣人の方が怪しいがな…」
「確かに」
どうにか来たことだけでも伝えたいので、掌に魔法で小鳥を発現させる。
「見事ですな。まるで生きているようです」
「お前…なにをするつもりだ…?」
「ちょっと稽古場を覗いてみます」
小鳥を飛ばして窓際に留まらせる。細い魔力の糸を繋いで操作しているから…。
『鷹の目』
小鳥の視界から部屋の中を覗くと、リスティアと講師らしき女性が踊っている。まったく知らないけど綺麗な踊りだ。直ぐに休憩に入ったようで講師らしき女性が部屋から出ていく。メイドもいなくてリスティア1人に。
ボクの存在を伝えるタメに『念話』を飛ばすことにした。部屋の配置は丸見え。標的は椅子に座っているリスティア。この距離ならイケると思う。
『リスティア。綺麗な踊りだったよ。頑張ってるね』
魔力を飛ばして率直な感想を伝えてみる。届くといいけど……と、瞬く間にバァーン!と窓が開いてリスティアが顔を出した。キョロキョロと外を見渡してる。ちゃんと届いたっぽい。木の陰から姿を見せて遠くから語りかける。
『ボクは右前方の木陰にいるよ。シノさんとダナンさんと一緒に』
バッ!とこっちを向いた。小さく手を振ると、窓から飛び出して全力で駆けてくる。
「えぇぇっ?!」
まさかの行動に言葉が出ない。ボク的にはお互い微笑んで終わり…みたいな感じを想像してた。とりあえずしゃがんで待ち受けるしかない。
見知らぬ人間の胸に、躊躇なく飛び込んでくる親友を優しく受け止めた。いつものように首に抱きついてきたからそっとハグをする。
「ウォルトだよね?!」
「そうだよ。久しぶりだね、リスティア」
「久しぶり!変装してても毛皮の感触がある!今日はどうしたの?」
「ダナンさんに誘ってもらって、急だけど騎士団の訓練を見学に来たんだ。急にいなくなったら探されるけどいいの?」
「大丈夫!あと5分は帰ってこないはず!シノ、ダナン。私がモフってたのは内緒にしてね!」
「王女様が…仰られるのであれば…」
「かしこまりました」
「ありがとう!それにしても凄い変装だね。ウォルト感がまったくないよ」
「魔法を複合して姿と声を変えてるんだ。顔を触られるとバレるけどまず触られないし、手袋してるから握手しても気付かれない。獣人には匂いでバレるけどね」
「他に怖いのは『無効化』?」
「そうだね。魔導師や暗部には通用しない。ライアンさんには気付かれたよ」
今はあの頃より技量も上がってバレにくくなったと思うけど。
「そうだっ!ラードン討伐もお疲れさま!」
「勝手にやっただけだよ。ほとんど友人のおかげなんだ」
和やかに話していると窓から女性が顔を出した。舞踏の講師だ。
「王女様っ!王女様ぁ~!どこですのっ?!」
「マズっ…!戻ってくるのが思ったより早かった!じゃ、またね!」
「稽古、頑張って」
「うん!」
また駆け出したリスティア。
「王女様!どちらにいらっしゃったのですか?!」
「珍しい鳥がいたからつい追いかけちゃった!逃げられたけどね!」
「そうでしたか。活発で御座いますね。では、続きを始めたいと存じますが」
「よろしく!」
リスティアは王女としてやるべきことを頑張ってる。魔法で胸に一輪の花を添えたけど気付いてくれるだろうか。シノさんとはここでお別れ。足音もなく背を丸めて去っていった。
「テムズ殿。これからどうなさいますか?」
「本当ならいつものお礼にテラさんと手合わせして帰りたいんですが、シャノがいるので早めに戻ろうかと。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。門の外でしばらくお待ち下さい」
ダナンさんより一足先に王城から出て、門から離れた場所でしばらく待っていると、テラさんが駆けてきた。
「ウォル……じゃなかった、テムズさん!手合わせしてくれると聞いたんで珍しく半休もらってきました!明日も休めって言われましたよ!休みませんけど!」
「お久しぶりです。ダナンさんから聞いたんですね」
さすがに名を呼ばれかけたら気付く。
「驚きましたよ!まったく気付かなかったです!アイリスさんやシオーネも驚いてました!」
「皆さんが気付かないなら成功ですね」
「剣術でネスタ教官に1本入れるなんて凄いです!」
「大袈裟です。他国の騎士という触れ込みだったので、花を持たせてくれたんだと思います」
やっぱり手合わせしたいということで、テラさんの家に移動することに。お腹も空いているみたいだからご飯も作らせてもらう。
「テラ!まさか彼氏かっ?!爽やかじゃねぇか!」
「お姉ちゃん!また遊んでね!」
「今日もいい筋肉だな」
「はいよ~!ありがと~!」
歩きながら皆の呼びかけに応えるテラさん。以前から城下町で話しかけられてた。明るく元気があって気さくで人当たりもいい。ダナンさんの話では色々な人助けもしてるらしい。
己を律して模範的な生活を送り、日頃から民に信頼される行動をとるのが騎士だという。有事の際に『この人達に付いていけば大丈夫』と信じてもらえるような徳を積むのだと。ボクとは正反対だ。
「テラさんは有名な騎士になりそうですね」
「どういう意味でですか?」
「もちろん偉大な騎士として、です」
「テムズさんに言われてもなんだかなぁ~です。私、討伐されたドラゴンの実物見たんですよ。アマン川から王都まで運んだんで」
「お疲れさまでした」
魔物研究は進んでるのかな。詳しい結果が知りたいから、教えてもらえるかリスティアに頼んでみようか。
「皆、口があんぐり開いてました。なにが言いたいかわかりますか?」
「いえ」
「あんな魔物を倒せる魔法使いは、もはや英雄ですよ」
「大袈裟すぎます。たまたまですから」
「たまたまで倒せませんって」
「偶然遭遇したのがボクだっただけで、いずれ討伐されていました。倒せたのは友人のおかげで、単独なら手も足も出てません」
「そういうことにしときましょう!」
紛れもない事実だ。その後は食材を買って、久しぶりにテラさんの家で腕を振るう。かなりお腹が空いてるらしいから沢山作ろう。
「美味しいです!ところで、今日は泊まっていくんですよね?」
「そうしたいんですが、身籠もってる友達と一緒に住んでて世話をしたいので帰ります」
「ぶっふぅっ…!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「ごほっ…!身籠もってるって、もしかしてアニカとか…!?」
「いえ。猫です」
「ね、ねこ?!猫の獣人ですか?!」
「違います。猫です」
事情を説明すると直ぐに納得してくれた。そんなに驚くことかな?
「なるほどぉ…。焦ったぁ…。3度目の訓練忍び込みでクビ寸前になったときくらい焦りましたよ」
「たまにはちゃんと休みましょう」
お腹が落ち着くのを待って外で手合わせすることに。
「ウォルトさん。のぞ…」
「覗きません」
「ウォルトさん。のぞ…」
「覗きませんよ。なんで2回言ったんですか?」
「決めてたので!」
ボクらにとっては挨拶みたいなもの。嬉しそうでなにより。準備を終えたテラさんと裏庭で対峙する。
「お待たせしました!早速いきます!」
「いつでも」
闘気の剣で槍に対抗。槍は見るからに使い込んでくれていて嬉しい。動きが洗練されてるのは、訓練のときから気付いてた。努力家のテラさんは見る度に成長してる。
「私が成長しても、ウォルトさんも成長するから永遠に追いつけません…ねっ!」
「そんなことないです…よっ!」
スムーズな魔法の発動で穂先が炎を纏う。
「セイッ!」
突きながら炎を飛ばしてくる。素晴らしい魔法操作。こちらが闘気を飛ばして攻撃しても難なく防ぐ。
「どうですか!」
「見違えました。本当に素晴らしいです。もはや……魔法騎士ですね」
「やったぁ!認めてもらったってことですね!?」
「はい」
今のテラさんが違うとは言えないほどに魔法の扱いが上達してる。テラさんの闘気と魔力の補充を繰り返し、体力が尽きたところで手合わせは終了。体力まで回復すると永遠に終わらない。
「氷の魔力の精製と発動の流れはこうです」
「難しいけど、なんとなくわかります」
炎の魔力操作は申し分ない。次に覚えたいのが氷属性ということで基礎を教える。格段に魔力操作が上手くなってるから理解するのも早い。
「すごくわかりやすいです。ウォルトさんは未来の魔導師の指導者になるべきですよ!」
「子供達の…という意味ですか?」
「そうです!きっと喜びます!」
「子供相手なら教えられるかもしれませんね」
「…そういえば、私に魔法の才能がないって言い切った宮廷魔導師がいるんですけど」
「覚えてますよ」
未だに頭の片隅に引っ掛かってる。
「その人、サバトに会うタメに動物の森に行ったらしくて、未だに行方不明なんです。なにか知りませんか?」
「知らないです」
風貌や失踪した時期を聞いて、思い当たる節が1つある。
「断言できませんが、住み家に魔法を放って自爆した可能性はあります。灰になったんですが」
「灰にっ?!なんでっ?!」
「簡単に言うと、住み家のドアには攻撃されると倍返しするような魔法を付与しているので、悪意をもって魔法を放つと大変なことになります。時期は一致しますが、留守中の出来事で同一人物かは不明です。衣服も灰になってました」
とはいえ、宮廷魔導師なら反射されても難なく捌くだろう。可能性は低い。
「あくまで可能性で、考えてもしょうがないですね」
「そうです」
しばらく魔法の修練を重ねて、テラさんがコツを掴んだところで帰ることに。夕食は作り置きしておく。
「では、帰る前にアレをやりましょ!遂に魔法騎士になりましたから!いざ!」
「わかりました…」
テラさんは忘れてなかった…。魔法騎士になったらボクが着替えを覗くという約束を…。ほんの冗句で「覗かせてもらうかもしれません」と言っただけなんだ。そこだけは誤解されたくないなぁ。
意気揚々と先に部屋に入ったテラさんに、「しっかり覗いて下さいね!」と念を押された。
「準備完了でっす!どうぞ♪」
「うぃ…」
はぁ…。ダナンさんに申し訳ない…。知られたら変態獣人の烙印を押されて失望されるだろうな…。せめてもの抵抗を…。
ゆっくりドアを開けて、片目の半分で部屋を覗き込む。限りなく目を細めて視界はほぼない。もうこれしかない。
「見ましたよ…。もういいですよね…?」
ぼんやりした人影しか見えなかったけど、ちゃんと覗いて約束は果たした。
「ダメです!見えてませんよね!わかりますよ!」
「でも、覗くってこういうことですよね?」
「い~や!覗いたとは認めません!もっと顔を出して、がっつり見てください!」
「それはただの不審者です」
「ウォルトさんは勘違いしてます!私はお腹を出してるくらいで、派手に脱いでませんから!着替えてる途中を覗くだけなんです。全部脱ぐようなアホな女性がいると思いますか?」
「そう言われるとそうですね」
勝手に動揺しすぎた。テラさんが正しい。だったら見ても大丈夫かな?一瞬だけ目を開き、バチン!と閉じて隠れる。
「テラさんっ!話が違うじゃないですかっ!」
「あはははっ!騙されましたねぇ~!」
テラさんはもろに下着姿だった。真っ白の下着が瞼の裏に焼き付いて顔が熱い!
「約束は守ったのでもう帰りますね!今回もお世話になりました!」
「ちょっと待ったっ!!一言だけ感想を下さい!私を侮ってる爺に伝えるんで!スタイルはどうでしたか!?」
「ダナンさんには言わないでもらえると助かります!では、またお会いしましょう!」
「あっ!ちょっと~!」
これ以上は勘弁してもらおう。逃げるように家を飛び出して、心を落ち着かせながらゆっくり帰路につく。
なんで、ボクの周りには揶揄うのが好きな女性が多いんだ?反応が面白いのか?恋人がいたこともなければ女性と触れ合ったこともない。4姉妹やリスティアのおかげで触れ合うことに慣れてきたけど、あくまで彼女達限定でいつまでも動揺してしまう。そんな姿が面白おかしく映るんだろうか。
今日こそ『頑固』の出番だったな…なんて冷静さを欠いていたことを後悔しながら、帰り道を駆け抜けた。




